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革命歌劇 - Wikipedia

革命かくめい歌劇かげき(かくめいかげき、혁명가극)とは、朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく以下いか北朝鮮きたちょうせんしるす)において上演じょうえんされている、独特どくとく形態けいたい音楽おんがくげきオペラ)である。

革命かくめい歌劇かげき
各種かくしゅ表記ひょうき
ハングル 혁명가극
漢字かんじ 革命かくめい歌劇かげき
発音はつおん ヒョンミョンガグク
日本語にほんごみ: かくめいかげき
英語えいご表記ひょうき Revolutionary opera
テンプレートを表示ひょうじ

発祥はっしょうとその

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1969ねん公開こうかいされた『うみ(ピパダ)英語えいごばん』をはじめとする抗日こうにちパルチザン闘争とうそう日本にっぽん統治とうち時代じだいをテーマにした映画えいがきむ日成いるそん感激かんげきさせた。そして、これらの作品さくひんをよりしたしみやすくしひろめるためにきむ正日じょんいる主導しゅどうによって歌劇かげき仕立したてげられ、そのだい1だんとして歌劇かげきうみ』が国立こくりつ芸術げいじゅつ劇場げきじょうにおいてうみ歌劇かげきだん日本にっぽんではピパダ歌劇かげきだんともよばれる)と朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく国立こくりつ交響こうきょう楽団がくだんによって1971ねん初演しょえんされた。現在げんざい平壌ぴょんやんだい劇場げきじょうひとしにおいて公演こうえんおこなっており、伴奏ばんそうオーケストラは国立こくりつ交響こうきょう楽団がくだんではなく座付ざつきのオーケストラを使用しようしている。

なお、きむ正日じょんいる自身じしんは、『音楽おんがく芸術げいじゅつろん』において、「革命かくめい歌劇かげき」を「『うみしき歌劇かげき[1]んでいた。

音楽おんがくじょう特徴とくちょう

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独唱どくしょう合唱がっしょうオーケストラによって演奏えんそう上演じょうえんされるというてんでは西洋せいようのオペラと同一どういつであるが、おおきくことなる部分ぶぶんもある。西洋せいようオペラにおけるレチタティーヴォアリア廃止はいしし、「ゆうぶし歌謡かよう」や「はた唱(パンチャン)」をもちいている。

これらは、きむ正日じょんいる指示しじによるものであり[2]、「ゆうぶし歌謡かよう」を基本きほんにおくこととした。「ゆうぶし歌謡かよう」は、かくふしからなる歌詞かし最初さいしょふしきょく(1ばん)にわせてうたうものである[2]一方いっぽう、「パンチャン」は、舞台ぶたいじょう登場とうじょう人物じんぶつうたうものとはべつに、舞台ぶたいそとにいる歌手かしゅ合唱がっしょう舞台ぶたいじょう人物じんぶつ心境しんきょう場面ばめん状況じょうきょうなど客観きゃっかんてき叙述じょじゅつして代弁だいべんするというものである[2]。また、きむ正日じょんいるは、舞踊ぶよう必須ひっす表現ひょうげん手段しゅだんであるとみなして積極せっきょくてき導入どうにゅうした[3]

きむ正日じょんいるは、みずからの著作ちょさく音楽おんがく芸術げいじゅつろん』において「レチタティーボ調ちょうのメロディーをなくし、ゆうぶし歌謡かよう調ちょうのメロディーを創造そうぞうしなければならない」[4]べたうえで、レチタティーヴォを「メロディーてき声楽せいがく形式けいしき[5]とし、レチタティーヴォの排除はいじょ主張しゅちょうした。その一方いっぽうで、「ゆうぶし歌謡かよう」については「メロディーの本質ほんしつてき要求ようきゅう十分じゅうぶんかすことができ、人民じんみんなが音楽おんがく言語げんごてき伝統でんとう慣習かんしゅううすぐれた音楽おんがく形式けいしきである」[5]として、これを推奨すいしょうする立場たちば表明ひょうめいした。とくに「ゆうぶし歌謡かよう」にかんするきむ正日じょんいるのこだわりはつよく、革命かくめい歌劇かげき創作そうさくにおいてもっと重要じゅうようてんは、「うたゆうぶし歌謡かようするというとう方針ほうしん貫徹かんてつする」[6]ことにあるとしていた。

制作せいさくシステムの特徴とくちょう

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きむ正日じょんいるは、革命かくめい歌劇かげき創作そうさくさいして「世界中せかいじゅうのオペラで演奏えんそうされていない形式けいしきがどのようなものか調しらべよ」[7]との指示しじ音楽家おんがくかあたえていた。

朝鮮ちょうせん労働党ろうどうとう対外たいがい情報じょうほう調査ちょうさふく部長ぶちょうつとめたさるけいかん(シン・ギョンワン)によれば、『はな乙女おとめ英語えいごばん』の制作せいさくにあたって、きむ正日じょんいるみずからが歌手かしゅ選抜せんばつい、主題歌しゅだいかうた歌手かしゅ選定せんていした[8]。また、映画えいが監督かんとくさる相玉あいたまによれば、『うみ』の制作せいさくさいには、2000きょく以上いじょう作曲さっきょくさせ、そのなかからすうじゅうきょくきむ正日じょんいるみずからが選出せんしゅつした[9]われている。『うみ』の主題歌しゅだいかは、冕相(リ・ミョンサン)が作曲さっきょく担当たんとう[10]した。

五大ごだい革命かくめい歌劇かげき

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革命かくめい歌劇かげき登場とうじょうして以来いらい現在げんざい北朝鮮きたちょうせんでの人気にんきたかいつつの歌劇かげき五大ごだい革命かくめい歌劇かげき(5だいオペラ)[11]ぶ。下記かききょくである。映画えいがもされている。

なお、これらの5作品さくひんのうち、『うみ』と『はな乙女おとめ』は、1930年代ねんだい原作げんさく創作そうさくされていた[12]

録音ろくおん

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上述じょうじゅついつつの作品さくひんはいずれも録音ろくおんされており、CDもレインボー通商つうしょうなどで入手にゅうしゅできる。

金剛山こんごうさん歌劇かげきだんが1974ねん9がつに『金剛山こんごうさんうた』を浅草あさくさだい劇場げきじょう上演じょうえんしており、これが日本にっぽん初演しょえんである。また、革命かくめい歌劇かげきなかには、交響こうきょうきょくうみ》(キム・ユンブン、キム・ヨンギュ、チョ・ギルソク合作がっさく[13]交響こうきょうきょくはな乙女おとめ[14]のように、交響曲こうきょうきょく編曲へんきょくされたものも存在そんざいし、日本にっぽんでも演奏えんそうされている。

映画えいがばんはな乙女おとめ』で主人公しゅじんこうコップニをえんじたホン・ヨンヒは、1ウォンさつ裏面りめんえがかれている。また、中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく建国けんこく15周年しゅうねん記念きねんして制作せいさくされたミュージカル『東方とうほうべに』も、革命かくめい歌劇かげきとして位置いちづけられている。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ きむ正日じょんいる、67ページ。
  2. ^ a b c 朝鮮ちょうせんほう』86ねん10がつごう、20ページ。
  3. ^ 朝鮮ちょうせんほう』86ねん10がつごう、21ページ。
  4. ^ きむ正日じょんいる、46ページ。
  5. ^ a b きむ正日じょんいる、47ページ
  6. ^ きむ正日じょんいる、106ページ。
  7. ^ 西岡にしおか、2015、122ページ。
  8. ^ 西岡にしおか、2015、111ページ。
  9. ^ 西岡にしおか、2015、111ページ
  10. ^ 西岡にしおか、2015、106ページ。
  11. ^ a b c d e f 、2012、5ページ。
  12. ^ 、2012、21ページ。
  13. ^ 、2012、55ページ。
  14. ^ 、2012、57ページ。

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 音楽おんがく芸術げいじゅつろんきむ正日じょんいるしる印刷いんさつ朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく
  • 『「音楽おんがくきょう」のくに 将軍しょうぐんさまとそのミュージシャンたち』(西岡にしおか省二しょうじちょ、2015ねん小学館しょうがくかん
  • 朝鮮ちょうせん音楽おんがく きむただしおんだいいち委員いいんちょう時代じだいへ』(喆雨ちょ、2012ねん、レインボー出版しゅっぱん
  • 革命かくめい歌劇かげきうみ」ができるまで(朝鮮ちょうせんむくい、1986ねん10がつごう、20~21ぺーじ

外部がいぶリンク

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