カチオン-πぱい相互そうご作用さよう

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ナトリウムカチオンとベンゼンとのあいだのカチオンーπぱい相互そうご作用さよう

カチオン-πぱい相互そうご作用さよう(カチオン-パイそうごさよう、えい: Cation-πぱい interaction)は、電子でんし豊富ほうふπぱい電子でんしけいれいベンゼンエチレン)と近接きんせつするカチオンイオン、れいLi+, Na+)とのあいだはたら共有きょうゆう結合けつごうせい分子ぶんしあいだ相互そうご作用さようである。たんきょく(カチオン)とよんじゅうごくπぱい電子でんしけい)とのあいだしずかでん相互そうご作用さよう由来ゆらいする。カチオン-πぱい相互そうご作用さようエネルギーは、水素すいそ結合けつごうしおきょうつよさとどう程度ていどであり、分子ぶんし認識にんしきにおいて重要じゅうよう役割やくわりたしている[1]

ベンゼンたまき上下じょうげπぱい電子でんしけいは、よんじゅうごく電荷でんか分布ぶんぷむ。

起源きげん[編集へんしゅう]

πぱい電子でんしけいのモデル分子ぶんしであるベンゼンは、C-H結合けつごう分極ぶんきょく分子ぶんし対称たいしょうせいによってされるため、全体ぜんたいとしては永久えいきゅう双極そうきょくモーメントっていない。しかしながら、ベンゼンたまき上下じょうげ電子でんし豊富ほうふπぱい電子でんしけい部分ぶぶん電荷でんかゆうしている。このはさ電荷でんかとのいをるため、ベンゼンちゅう原子げんし存在そんざいする平面へいめんじょうせい電荷でんかしょうじ、その結果けっかとしてベンゼンは永久えいきゅう電気でんきよんじゅうごくつ。そして、まけ電荷でんかπぱい電子でんしけいせい電荷でんかつイオンとこのんで相互そうご作用さようする。

相互そうご作用さようつよさに影響えいきょうあたえるもの[編集へんしゅう]

カチオン-πぱい相互そうご作用さよう水素すいそ結合けつごうどう程度ていどつよさを分子ぶんしあいだりょくであり、さまざまな場面ばめん重要じゅうようである。溶媒ようばいとともに、カチオンの性質せいしつπぱい電子でんしけい置換ちかんもとなどいくつかの条件じょうけんがこの相互そうご作用さようつよさに影響えいきょうあたえる。

カチオンの性質せいしつ[編集へんしゅう]

静電気せいでんきがくクーロンの法則ほうそく)にしたがい、よりちいさく、より電荷でんかおおきいカチオンがよりつよしずかでん引力いんりょくむ。ベンゼンとアルカリ金属きんぞくカチオンとの相互そうご作用さようおおきさを、しょうにおけるギブズエネルギー変化へんかにより下表かひょうしめ[2]。このように、イオン半径はんけい (rion) はカチオン-πぱい相互そうご作用さようおおきく左右さゆうする。

M+ Li+ Na+ K+ Rb+
ΔでるたG / kcal/mol 38 27 19 16
rion / pm 76 102 138 152
典型てんけいてき置換ちかんもとつベンゼンとNa+との結合けつごうエネルギー (kcal/mol)[3]

πぱい電子でんしけい置換ちかんもと[編集へんしゅう]

置換ちかんもとせいでんてき特性とくせいもまた相互そうご作用さようつよさに影響えいきょうあたえる。電子でんしもとめ引性もとれいシアノもと -CN)は相互そうご作用さようよわめるが、電子でんし供与きょうよせいもとれいアミノもと -NH2)はカチオン-πぱい結合けつごうつよめる。いくつかの置換ちかんもとについての関係かんけいみぎしめされている。この効果こうか起源きげんπぱい電子でんしけいへの寄与きよでしばしば説明せつめいされるが、最近さいきん計算けいさん結果けっかによって置換ちかんもととカチオンの直接的ちょくせつてき相互そうご作用さようだいいち理由りゆうであることが指摘してきされている[4]

溶媒ようばい影響えいきょう[編集へんしゅう]

溶媒ようばい相互そうご作用さよう相対そうたいてきつよさを左右さゆうする。溶媒ようばい分子ぶんし存在そんざいするとどんな溶媒ようばいかにかかわらず相互そうご作用さようよわまるため、カチオン-πぱい相互そうご作用さようについてのほとんどのデータは相互そうご作用さようもっと顕著けんちょあらわれるしょうにおけるである。また、溶媒ようばい極性きょくせいたかいほど相互そうご作用さようよわまる[よう出典しゅってん]

ニコチンアミドアセチルコリン受容じゅようたいトリプトファンざんもとへのカチオンせいアセチルコリン結合けつごうはカチオン-πぱい相互そうご作用さようによる。

自然しぜんにおけるカチオン-πぱい相互そうご作用さよう[編集へんしゅう]

自然しぜんにおけるビルディングブロックもまた芳香ほうこうぞく部分ぶぶんふくんでいる。トリプトファンやチロシンアミノ酸あみのさんがわくさりDNA塩基えんきなどはカチオンしゅ金属きんぞくイオンだけでなく電荷でんかアミノ酸あみのさんがわくさりとうも)と結合けつごうすることができる[5][6]。ゆえに、カチオン-πぱい相互そうご作用さようタンパク質たんぱくしつさん次元じげん構造こうぞう安定あんていにおいて重要じゅうよう役割やくわりたしている。カチオン-πぱい相互そうご作用さようべつ役割やくわりは、ニコチンせいアセチルコリン受容じゅようたいにおいてもられる。ニコチンせいアセチルコリン受容じゅようたい内因ないいんせいリガンドであるアセチルコリン(せい電荷でんかゆうする分子ぶんし)と、よんきゅうアンモニウムしおとのカチオン-πぱい相互そうご作用さようによって結合けつごうする[7]

また、スクアレンたまき酵素こうそによる反応はんのう遷移せんい状態じょうたいであるカルボカチオン安定あんていに、周囲しゅうい芳香ほうこうぞくアミノ酸あみのさんとのカチオン-πぱい相互そうご作用さよう寄与きよしていることが示唆しさされている[8]

アニオン-πぱい相互そうご作用さよう[編集へんしゅう]

おおくのてんにおいて、アニオンかげイオン)-πぱい相互そうご作用さようはカチオン-πぱい相互そうご作用さようせい反対はんたいであるが、基本きほんてき原理げんり同一どういつである。アニオン-πぱい相互そうご作用さようれいはこれまでにほとんどられていない。電荷でんかけるためには、πぱい電子でんしけい電荷でんか分布ぶんぷ逆転ぎゃくてんさせる必要ひつようがある。これは、πぱい電子でんしけい複数ふくすう強力きょうりょく電子でんしもとめ引性もと配置はいちすることで達成たっせいされる(れいヘキサフルオロベンゼン[9]。アニオン-πぱい効果こうかは、特定とくていかげイオンに反応はんのうする化学かがくセンサーにおいて利用りようされている[10]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Eric V. Anslyn, Dennis A. Dougherty (2004). Modern Physical Organic Chemistry. University Science Books. ISBN 978-1-891389-31-3 
  2. ^ J. C. Amicangelo, and P. B. Armentrout (2000). “Absolute Binding Energies of Alkali-Metal Cation Complexes with Benzene Determined by Threshold Collision-Induced Dissociation Experiments and ab Initio Theory”. J. Phys. Chem. A 104 (48): 11420. doi:10.1021/jp002652f. 
  3. ^ S. Mecozzi, A. P. West, and D. A. Dougherty (1996). “Cation-πぱい Interactions in Simple Aromatics: Electrostatics Provide a Predictive Tool”. J. Am. Chem. Soc. 118 (9): 2307. doi:10.1021/ja9539608. 
  4. ^ S. E. Wheeler and K. N. Houk (2009). “Substituent Effects in Cation/πぱい Interactions and Electrostatic Potentials above the Centers of Substituted Benzenes Are Due Primarily to Through-Space Effects of the Substituents”. J. Am. Chem. Soc. 131 (9): 3126. doi:10.1021/ja809097r. PMC 2787874. PMID 19219986. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2787874/. 
  5. ^ M. M. Gromiha, C. Santhosh, and S. Ahmad (2004). “Structural analysis of cation-πぱい interactions in DNA binding proteins”. Int. J. Biol. Macromol. 34 (3): 203. doi:10.1016/j.ijbiomac.2004.04.003. PMID 15225993. 
  6. ^ J. P. Gallivan and D. A. Dougherty (1999). “Cation-πぱい interactions in structural biology”. Proc. Natl. Acad. Sci., U.S.A. 96 (17): 9459. doi:10.1073/pnas.96.17.9459. 
  7. ^ D. L. Beene, G. S. Brandt, W. Zhong, N. M. Zacharias, H. A. Lester, and D. A. Dougherty (2002). “Cation-πぱい Interactions in Ligand Recognition by Serotonergic (5-HT3A) and Nicotinic Acetylcholine Receptors: The Anomalous Binding Properties of Nicotine”. Biochemistry 41 (32): 10262. doi:10.1021/bi020266d. PMID 12162741. 
  8. ^ Morikubo N, Fukuda Y, Ohtake K, Shinya N, Kiga D, Sakamoto K, Asanuma M, Hirota H, Yokoyama S, Hoshino T (2006). “Cation-πぱい interaction in the polyolefin cyclization cascade uncovered by incorporating unnatural amino acids into the catalytic sites of squalene cyclase”. J. Am. Chem. Soc. 128 (40): 13184-13194. doi:10.1021/ja063358p. PMID 17017798. 
  9. ^ D. Quiñonero, C. Garau, C. Rotger, A. Frontera, P. Ballester, A. Costa, and P. M. Deyà (2002). “Anion-πぱい Interactions: Do They Exist?”. Angew. Chem. Int. Ed. 41 (18): 3389. doi:10.1002/1521-3773(20020916)41:18<3389::AID-ANIE3389>3.0.CO;2-S. 
  10. ^ P. de Hoog, P. Gamez, I. Mutikainen, U. Turpeinen, and J. Reedijk (2004). “An Aromatic Anion Receptor: Anion-πぱい Interactions do Exist”. Angew. Chem. Int. Ed. 116 (43): 5939. doi:10.1002/ange.200460486. 

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]