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ちょう原子げんし

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

ちょう原子げんし化合かごうぶつもしくはちょう原子げんし分子ぶんし(ちょうげんしかぶんし、えい: hypervalent molecule)とは、形式けいしきてき原子げんしからに8つ以上いじょう電子でんし典型てんけい元素げんそ含有がんゆうする化合かごうぶつ分子ぶんしのことである。また、このような状態じょうたい典型てんけい元素げんそちょう原子げんし状態じょうたいである、ちょう原子げんしる、などとわれる。塩化えんかリン ()、ろくフッ硫黄いおう ()、さんヨウ化物ばけものイオン () はちょう原子げんし化合かごうぶつれいである。なお、リンさんイオン ()もちょう原子げんし化合かごうぶつ代表だいひょうれいとしてげられることがあるが、近年きんねん解析かいせき結果けっかちょう原子げんし状態じょうたい寄与きよすくないと指摘してきされている[1]ちょう原子げんし化合かごうぶつはJeremy I. Musherによって、酸化さんかすうもっとひく状態じょうたいでない15-18ぞく元素げんそ化合かごうぶつとして、1969ねんはじめて定義ていぎされた[2]

いくつかの特殊とくしゅちょう原子げんし化合かごうぶつ存在そんざいする。

歴史れきし論争ろんそう

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ちょう原子げんし分子ぶんし性質せいしつ分類ぶんるいかんする議論ぎろんギルバート・ルイスおよびアーヴィング・ラングミュアと1920年代ねんだいにおける化学かがく結合けつごう性質せいしつかんする議論ぎろんさかのぼ[3]。ルイスはちょう原子げんし描写びょうしゃにおいて中心ちゅうしん電子でんし(2c-2e)結合けつごう重要じゅうようせい主張しゅちょうし、それゆえにこういった分子ぶんし説明せつめいするために拡張かくちょうオクテットそくもちいた。その一方いっぽうで、ラングミュアはオクテットそく優勢ゆうせいせい支持しじし、オクテットそくやぶることなくちょう原子げんし説明せつめいするためにイオン結合けつごうもちいることをこのんだ(たとえば , )。

1920年代ねんだいまつと1930年代ねんだい、Sugdenは中心ちゅうしんいち電子でんし(2c-1e)結合けつごう存在そんざい主張しゅちょうし、ゆえに拡張かくちょうオクテットそくやイオン結合けつごうせい必要ひつようとすることなくちょう原子げんし分子ぶんしにおける結合けつごう合理ごうりてき説明せつめいした。これは当時とうじほとんどれられなかった[3]。1940年代ねんだいと1950年代ねんだい、Rundleとピメンテル英語えいごばんさん中心ちゅうしんよん電子でんし結合けつごうかんがえをひろめた。このかんがえはSugdenがそのすうじゅうねんまえ提示ていじしようとこころみたものと本質ほんしつてきおな概念がいねんである。さん中心ちゅうしんよん電子でんし結合けつごうは、リガンドに局在きょくざいした2つの結合けつごうせい電子でんしのこした2つのともせんてき中心ちゅうしんいち電子でんし結合けつごうからるというべつ見方みかたができる[3]

実際じっさいちょう原子げんし有機ゆうき分子ぶんし調製ちょうせいするこころみは20世紀せいき前半ぜんはんヘルマン・シュタウディンガーゲオルク・ウィッティヒによってはじまった。かれらは現存げんそん原子げんし理論りろんいどもうとし、窒素ちっそおよびリンを中心ちゅうしんとするちょう原子げんし分子ぶんし調製ちょうせい成功せいこうした[4]ちょう原子げんし理論りろんてき基礎きそはJ. I. Musherの研究けんきゅうまでくわしく説明せつめいされなかった[2]

1990ねん、Magnussonは、だい2周期しゅうき元素げんそちょう原子げんし化合かごうぶつちゅう結合けつごうにおけるd軌道きどう混成こんせい役割やくわり決定的けっていてき排除はいじょする影響えいきょうりょくおおきい研究けんきゅう発表はっぴょうした。これはながあいだ分子ぶんし軌道きどう理論りろんもちいてこれらの分子ぶんし描写びょうしゃするうえで論争ろんそう混乱こんらんてきであった。混乱こんらん一部いちぶはこれらの化合かごうぶつ描写びょうしゃするために使つかわれる基底きてい関数かんすうけいにd関数かんすうふくめなければならない事実じじつ起因きいんしており(さもなければ不合理ふごうりたかいエネルギーといがんだ構造こうぞうられる)、分子ぶんし波動はどう関数かんすうたいするd関数かんすう寄与きよおおきい。これらの事実じじつはd軌道きどう結合けつごう関与かんよするはずであることを意味いみすると歴史れきしてき解釈かいしゃくされてきた。原子げんし結合けつごうほう観点かんてんからは、s軌道きどう、p軌道きどう、d軌道きどう混成こんせいによるsp3dとsp3d2混成こんせい軌道きどう結合けつごう関与かんよするとされてきた。しかしながら、Magnussonは、d軌道きどうちょう原子げんし関係かんけいしていないと結論けつろんけた[5]

批判ひはん

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ちょう原子げんしという言葉ことばは、化学かがくてき結合けつごう様式ようしきかんしてなん情報じょうほうしめしていないと理由りゆうから、Paul von Rague Schleyerは、1984ねんちょうはい (hypercoordination) という言葉ことば提案ていあんしている。

ちょう原子げんしという概念がいねん電子でんし局在きょくざい役割やくわりについて分析ぶんせきおこなっているRonald Gillespieによっても非難ひなんけている。Gillespieは、「ちょう原子げんしとそうでないものの結合けつごうにおいて、根本こんぽんてきちがいがく、ちょう原子げんしという言葉ことば使つか理由りゆうい」と結論けつろんづけた[6]

PF5のような電気でんきてき陰性いんせいはいをもったちょうはい化合かごうぶつは、中心ちゅうしん原子げんしから電子でんしかれて局在きょくざいし、中心ちゅうしん原子げんし実質じっしつてき電子でんしすうは8電子でんし以下いかになることがしめされている。このような見方みかたは、PF5のようなフッ素ふっそ構成こうせい要素ようそとするちょうはい化合かごうぶつ水素すいそ類縁るいえんたい、すなわちホスホラン PH5不安定ふあんてい化合かごうぶつであるということとも合致がっちする。

ねつ力学りきがく計算けいさんうえでは、イオンせいのモデルでもある程度ていどうまく説明せつめいできる。たとえば、さんフッリン フッ素ふっそ とのはんおうから生成せいせいするさいには発熱はつねつ反応はんのうとなるのにたいし、生成せいせいするさいにはそうならない[7]

代替だいたい定義ていぎ

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Durrantは、Atoms in molecules英語えいごばん理論りろんからられる原子げんし電荷でんかマップの解析かいせきもとづいて、ちょう原子げんし代替だいたい定義ていぎ提唱ていしょうしている[8]。この方法ほうほうは、「観測かんそくされる電荷でんか分布ぶんぷ再現さいげんする妥当だとうなイオンせいおよび共有きょうゆう結合けつごうせい共鳴きょうめい構造こうぞう任意にんい組合くみあわせによってられる、任意にんい原子げんしでの形式けいしき共有きょうゆう電子でんしすう」として原子げんし電子でんしとうりょうγがんま)とばれるパラメーターを定義ていぎする。特定とくてい原子げんしXについて、γがんま(X) のが8よりもおおきければ、その原子げんしちょう原子げんしである。この代替だいたい定義ていぎもちいると、Musherの定義ていぎではちょう原子げんしである PCl5、SO42−、XeF4といったおおくの化学かがくしゅは、中心ちゅうしん原子げんしから電子でんしつよいイオン結合けつごうのために、ちょう原子げんしではなくちょうはいさい分類ぶんるいされる。一方いっぽうで、オクテットそく満足まんぞくさせるためにイオン結合けつごう通常つうじょうかれていたオゾン O3酸化さんか窒素ちっそNNO、トリメチルアミン-N-オキシド (CH3)3NOといった一部いちぶ化合かごうぶつは、正真正銘しょうしんしょうめいちょう原子げんしであることがかる。リンさんイオンPO43−γがんま(P) = 2.6、ちょう原子げんし)およびオルト硝酸塩しょうさんえんNO43−γがんま(N) = 8.5、ちょう原子げんし)についてのγがんま計算けいさんれい以下いかしめす。

リンさんイオンとオルト硝酸しょうさんイオンについての原子げんし電子でんしとうりょう計算けいさん

ちょう原子げんし分子ぶんしにおける結合けつごう

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ちょう原子げんし分子ぶんし幾何きか構造こうぞう初期しょき考察こうさつは、原子げんし結合けつごうについてのVSEPR模型もけいによってうまく説明せつめいされていたしたしみのあるめにもどる。それにもとづいて、AB5ならびにAB6かた分子ぶんしはそれぞれ三角さんかくりょうきりならびにはち面体めんてい構造こうぞうる。しかしながら、観察かんさつされる結合けつごうかく結合けつごうちょう、ルイスのオクテットそく見掛みかけの違反いはん説明せつめいするため、いくつかの代替だいたい模型もけい提唱ていしょうされてきた。

1950年代ねんだいちょう原子げんし結合けつごう拡張かくちょう原子げんしから表現ひょうげんが、5はいおよび6はい分子ぶんし中心ちゅうしん原子げんしがsおよびp原子げんし軌道きどうくわえてd原子げんし軌道きどう利用りようしている分子ぶんし構造こうぞう説明せつめいするために提示ていじされた。しかしながら、ab initio計算けいさん研究けんきゅうにおける進歩しんぽは、ちょう原子げんし結合けつごうへのd軌道きどう寄与きよはこの結合けつごう性質せいしつ描写びょうしゃするにはちいさすぎることをあきらかにしており、この描写びょうしゃははるかに重要じゅうようせい度合どあいがひくいと現在げんざいなされている[5]。6はいSF6場合ばあいは、d軌道きどうはS-F結合けつごう形成けいせい関与かんよしていないが、硫黄いおう原子げんしフッ素ふっそ原子げんしあいだ電荷でんか移動いどうおよび適切てきせつ共鳴きょうめい構造こうぞうちょう原子げんし説明せつめいできることがしめされている(下記かき参照さんしょう)。

オクテットそくのさらなる改良かいりょうちょう原子げんし結合けつごうにおけるイオン結合けつごうせいふくめるためにこころみられてきた。これらの改良かいりょうひとつとして、1951ねんに、定性的ていせいてき分子ぶんし軌道きどう使つかってちょう原子げんし結合けつごう描写びょうしゃするさん中心ちゅうしんよん電子でんし(3c-4e)結合けつごう概念がいねん提唱ていしょうされた。3c-4e結合けつごう中心ちゅうしん原子げんしじょうのp原子げんし軌道きどう中心ちゅうしん原子げんし両側りょうがわの2つのはいのそれぞれからの原子げんし軌道きどうとのわせによってあたえられる3つの分子ぶんし軌道きどうとして描写びょうしゃされる。2つの電子でんしたいの1つのみが中心ちゅうしん原子げんしとの結合けつごう関与かんよする分子ぶんし軌道きどうめており、2つ電子でんしたい結合けつごうせいで、2つのはいからの原子げんし軌道きどうのみから分子ぶんし軌道きどうめている。オクテットそくたもたれるこの模型もけいはMusherにも支持しじされた[3]

さん中心ちゅうしんよん電子でんし結合けつごう定性的ていせいてき模型もけい

分子ぶんし軌道きどう理論りろん

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ちょう原子げんし分子ぶんし完全かんぜん描写びょうしゃは、量子力学りょうしりきがくてき手法しゅほう使つか分子ぶんし軌道きどう理論りろん結果けっかからしょうじる。たとえば、ろくフッ硫黄いおうにおけるLCAO原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごう)は、1つの硫黄いおう3s軌道きどう、3つの硫黄いおう3p軌道きどうフッ素ふっそ軌道きどうの6つの八面体構造対称適合線形結合(SALC)を基底きてい関数かんすうけいり、合計ごうけい10分子ぶんし軌道きどうられ(最低さいていエネルギーの完全かんぜん占有せんゆうされた4つの結合けつごうせいMO、中間ちゅうかんてきエネルギーの完全かんぜん占有せんゆうされた2つの結合けつごうせいMO、もっとたかいエネルギーをそらの4つのはん結合けつごうせいMO)、12あたい電子でんしすべてがめるだけの軌道きどうられる。これは、フッ素ふっそのような電気でんきてき陰性いんせいはい原子げんしふくむSX6分子ぶんしについてのみ安定あんてい配置はいちであり、これによってなぜSH6形成けいせいされないかが説明せつめいされる。この結合けつごうモデルでは、2つの結合けつごうせいMO(1eg)は6つすべてのフッ素ふっそ原子げんしじょうひとしく局在きょくざいしている。

原子げんし結合けつごう理論りろん

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はい中心ちゅうしんちょう原子げんし原子げんしよりも電気でんきてき陰性いんせいであるちょう原子げんし化合かごうぶつでは、共鳴きょうめい構造こうぞうはわずか4つの共有きょうゆう電子でんしたい結合けつごう使つかってえがくことができ、オクテットそくしたがうイオン結合けつごうられる。たとえば、フッリン(PF5)では、5つの共鳴きょうめい構造こうぞうがそれぞれ4つの共有きょうゆう結合けつごうと1つのイオン結合けつごう(アキシアル結合けつごうにおけるイオンせいによりおもきをく)を使つかって生成せいせいできる。これはオクテットそくたし、観測かんそくされる三角さんかくりょうきり分子ぶんし構造こうぞうとエクアトリアル(154 pm)よりもアキシアル結合けつごうちょう(158 pm)がなが事実じじつ説明せつめいする[9]

フッリン。アキシアルイオン結合けつごうつ2つの共鳴きょうめい構造こうぞうとエクアトリアルイオン結合けつごうつ3つの共鳴きょうめい構造こうぞう存在そんざいする。

ろくフッ硫黄いおうといった6はい分子ぶんしでは、6つの結合けつごうおな結合けつごうちょうである。上述じょうじゅつした合理ごうり適応てきおうでき、イオンせいがそれぞれの硫黄いおう-フッ素ふっそ結合けつごうひとしく分布ぶんぷするような、4つの共有きょうゆう結合けつごうと2つのイオン結合けつごうつ15の共鳴きょうめい構造こうぞう生成せいせいされる。

ろくフッ硫黄いおう隣合となりあう(cis位置いちに2つのイオン結合けつごうつ12の共鳴きょうめい構造こうぞうと、反対はんたいがわtrans)の位置いちに2つのイオン結合けつごうつ3つの共鳴きょうめい構造こうぞう存在そんざいする。

スピン結合けつごう原子げんし結合けつごう理論りろんジアゾメタン適用てきようされ、られた軌道きどう解析かいせき中心ちゅうしん窒素ちっそが5つの共有きょうゆう構造こうぞう化学かがく構造こうぞう観点かんてんから解釈かいしゃくされた。

ジアゾメタンの化学かがく構造こうぞうしきちょう原子げんし窒素ちっそしめされている。

この結果けっか著者ちょしゃらは以下いかのような興味深きょうみぶか結論けつろんいたった[10]

我々われわれみな学部がくぶせいときおそわったことにはんして、窒素ちっそ原子げんし実際じっさいには5つの共有きょうゆう結合けつごう形成けいせいしており、d軌道きどうはこの状態じょうたいなん関係かんけいもない。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ M. Fugel, L. A. Malaspina, R. Pal, S. P. Thomas, M. W. Shi, M. A. Spackman, K. Sugimoto and S. Grabowsky (2019). “Revisiting a Historycal Concept by Using Quantum Crystallography: Are Phosphate, Sulfate and Perchlorate Anions Hypervalent?”. Chem. Eur. J. 25: 6523-6532. doi:10.1002/chem.201806247. 
  2. ^ a b Musher, J. I. (1969). “The Chemistry of Hypervalent Molecules”. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 8: 54-68. doi:10.1002/anie.196900541.  (Errata: doi:10.1002/anie.196901311)
  3. ^ a b c d Jensen, W. (2006). “The Origin of the Term "Hypervalent"”. J. Chem. Ed. 83 (12): 1751. Bibcode2006JChEd..83.1751J. doi:10.1021/ed083p1751.  | Link
  4. ^ Kin-ya Akiba. Chemistry of Hypervalent Compounds. New York: Wiley VCH. ISBN 0-471-24019-2 
  5. ^ a b Magnusson, E. (1990). “Hypercoordinate molecules of second-row elements: d functions or d orbitals?”. J. Am. Chem. Soc. 112: 7940–7951. doi:10.1021/ja00178a014. 
  6. ^ Gillespie, R. J.; Silvi, B. The octet rule and hypervalence: two misunderstood concepts. Coord. Chem. Rev. 2002, 233-234, 53-62. doi:10.1016/S0010-8545(02)00102-9
  7. ^ Predicting the Stability of Hypervalent Molecules Mitchell, Tracy A.; Finocchio, Debbie; Kua, Jeremy. J. Chem. Educ. 2007, 84, 629. Link
  8. ^ Durrant, M. C. (2015). “A quantitative definition of hypervalency”. Chemical Science 6: 6614–6623. doi:10.1039/C5SC02076J. 
  9. ^ Curnow, Owen J. (1998). “A Simple Qualitative Molecular-Orbital/Valence-Bond Description of the Bonding in Main Group "Hypervalent" Molecules”. Journal of Chemical Education 75 (7): 910–915. Bibcode1998JChEd..75..910C. doi:10.1021/ed075p910. 
  10. ^ Gerratt, Joe (1997). “Modern valence bond theory”. Chemical Society Reviews 26 (2): 87–100. doi:10.1039/CS9972600087. 

関連かんれん項目こうもく

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