分子ぶんし軌道きどう

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
アセチレン (H–C≡C–H) の完全かんぜん分子ぶんし軌道きどうぐんひだりらん基底きてい状態じょうたい占有せんゆうされているMOをしめし、さい上部じょうぶもっともエネルギーのひく軌道きどうである。1のMOでられる白色はくしょく灰色はいいろせんはアセチレン分子ぶんしたまぼうモデルによる表示ひょうじである。オービタル波動はどう関数かんすう赤色あかいろ領域りょういきせい青色あおいろ領域りょういきまけである。みぎらん基底きてい状態じょうたいではそらのMOをしめしているが、励起れいき状態じょうたいではこれらの軌道きどう占有せんゆうされる。
ベンゼン最低さいていそら軌道きどう

分子ぶんし軌道きどう(ぶんしきどう)または分子ぶんしオービタルえい: Molecular orbital略称りゃくしょう: MO)は、分子ぶんしなかかく電子でんしなみよういを記述きじゅつするいち電子でんし波動はどう関数かんすうのことである。分子ぶんし軌道きどうほうにおいて中心ちゅうしんてき役割やくわりたし、電子でんしたいするシュレーディンガー方程式ほうていしきを、いち電子でんし近似きんじもちいてくことによってられる。

1個いっこ電子でんし位置いちベクトル 関数かんすうであり、 あらわされる。原子げんしたいする原子げんし軌道きどう対応たいおうするものである。

この関数かんすうは、特定とくてい領域りょういき電子でんしかくりつといった化学かがくてき物理ぶつりがくてき性質せいしつ計算けいさんするために使つかうことができる。「オービタル」(えい: orbital)という用語ようごは、「one-electron orbital wave function: 1電子でんしオービタル(軌道きどうorbit〕のような)波動はどう関数かんすう」の略称りゃくしょうとして1932ねんロバート・マリケンによって導入どうにゅうされた[1]初歩しょほレベルでは、分子ぶんし軌道きどう関数かんすう顕著けんちょ振幅しんぷく空間くうかんの「領域りょういき」を描写びょうしゃするために使つかわれる。分子ぶんし軌道きどう大抵たいてい分子ぶんしのそれぞれの原子げんし原子げんし軌道きどうあるいは混成こんせい軌道きどう原子げんしぐん分子ぶんし軌道きどう結合けつごうさせて構築こうちくされる。分子ぶんし軌道きどうハートリー-フォックほう自己じこ撞着どうちゃくじょう(SCF)ほうもちいて定量ていりょうてき計算けいさんすることができる。

概要がいよう[編集へんしゅう]

分子ぶんし軌道きどう (MO) は電子でんし見出みいだされる可能かのうせいたか分子ぶんしちゅう領域りょういきあらわす。分子ぶんし軌道きどうは、原子げんしちゅう電子でんし位置いち予測よそくする原子げんし軌道きどう結合けつごうによってられる。分子ぶんし軌道きどう分子ぶんし電子でんし配置はいちいち電子でんし〈あるいは電子でんしたい〉の空間くうかんてき分布ぶんぷならびにエネルギー)を詳細しょうさい記述きじゅつできる。通常つうじょうとく定性的ていせいてきあるいは非常ひじょう近似きんじてき利用りようでは、MOは原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごうによってあらわされる。これらは分子ぶんしちゅう結合けつごう単純たんじゅんなモデルを提供ていきょうすることにおいて非常ひじょう有益ゆうえきである。計算けいさん化学かがくにおけるほとんどの今日きょうてき手法しゅほうは、けいのMOを計算けいさんすることからはじまる。分子ぶんし軌道きどうは、原子核げんしかくやその電子でんし平均へいきん分布ぶんぷによって生成せいせいされた電場でんじょうちゅういち電子でんし挙動きょどう記述きじゅつする。2電子でんしおな軌道きどう占有せんゆうする場合ばあいパウリの排他はいた原理げんりはそれらがぎゃくスピンつことを要求ようきゅうする。必然ひつぜんてきにこれは近似きんじであり、分子ぶんし電子でんし波動はどう関数かんすう精度せいどたか描写びょうしゃ軌道きどうたない(配置はいちあいだ相互そうご作用さよう参照さんしょう)。

物理ぶつりてき意味いみ[編集へんしゅう]

分子ぶんし軌道きどう規格きかくされているならば、その絶対ぜったいじょう微小びしょう体積たいせきけたもの

は、その微小びしょう体積たいせきなか電子でんし見出みいだかくりつあらわす。

応用おうよう[編集へんしゅう]

化学かがく反応はんのう理論りろんてき予測よそくとその解釈かいしゃく。→フロンティア軌道きどう理論りろん

分子ぶんし軌道きどう形成けいせい[編集へんしゅう]

分子ぶんし軌道きどう原子げんし軌道きどうあいだ許容きょようされた相互そうご作用さようによってしょうじる。これは原子げんし軌道きどう対称たいしょうせい群論ぐんろんから決定けっていされる)がたがいに適合てきごうするとき許容きょようされる。原子げんし軌道きどう相互そうご作用さよう効率こうりつは2つの原子げんし軌道きどうあいだかさなりによって決定けっていされ、これは原子げんし軌道きどうのエネルギーが近接きんせつしているさい顕著けんちょである。最終さいしゅうてきに、形成けいせいされた分子ぶんし軌道きどうかずは、分子ぶんし形成けいせいするために結合けつごうされた原子げんしちゅう原子げんし軌道きどうすうひとしくなければならない。

定性的ていせいてき議論ぎろん[編集へんしゅう]

不正確ふせいかくであるが定性的ていせいてき有用ゆうよう分子ぶんし構造こうぞう議論ぎろんのために、分子ぶんし軌道きどうは「原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごう分子ぶんし軌道きどうほうアンザッツLCAOほう)によってることができる。ここでは、分子ぶんし軌道きどう原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごうとして表現ひょうげんされる。

原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごう (LCAO)[編集へんしゅう]

分子ぶんし軌道きどうは、1927ねん、1928ねんフリードリッヒ・フント[2][3][4][5][6][7]ロバート・マリケン[8][9] によってはじめて導入どうにゅうされた[10][11]

原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごう(LCAO)による分子ぶんし軌道きどう近似きんじジョン・レナード=ジョーンズによって1929ねん導入どうにゅうされた[12]。レナード=ジョーンズの画期的かっきてき論文ろんぶんは、量子りょうし原理げんりからどのようにしてフッ素ふっそおよび酸素さんそ分子ぶんし電子でんし構造こうぞうみちびくかをしめした。この分子ぶんし軌道きどう理論りろんへの定性的ていせいてきアプローチは現代げんだい量子りょうし化学かがくはじまりの一部いちぶである。

原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごう (LCAO) は、分子ぶんし構成こうせいする原子げんしあいだ結合けつごうきるさい形成けいせいされる分子ぶんし軌道きどう推定すいていするために使用しようすることができる。原子げんし軌道きどう同様どうように、電子でんし挙動きょどう記述きじゅつするシュレーディンガー方程式ほうていしき分子ぶんし軌道きどうのために構築こうちくすることができる。原子げんし軌道きどう線形せんけい結合けつごうあるいは原子げんし波動はどう関数かんすうおよび分子ぶんしのシュレーディンガー方程式ほうていしき近似きんじかいあたえる。単純たんじゅん原子げんし分子ぶんしについては、られた波動はどう関数かんすう以下いかしき数学すうがくてき表現ひょうげんされる。

このときおよびはそれぞれ結合けつごうせい分子ぶんし軌道きどうおよびはん結合けつごうせい分子ぶんし軌道きどう分子ぶんし波動はどう関数かんすうであり、およびはそれぞれ原子げんしaおよびbの原子げんし波動はどう関数かんすうおよび調整ちょうせい係数けいすうである。これらの係数けいすうは、個々ここ原子げんし軌道きどうのエネルギーおよび対称たいしょうせい依存いぞんして、せいまけもとることができる。2つの原子げんしたがいに近接きんせつすると、それらの原子げんし軌道きどうかさなり電子でんし密度みつどたか領域りょういきつくられる。その結果けっか、2つの原子げんしあいだ分子ぶんし軌道きどう形成けいせいされる。原子げんしは、まさ荷電かでんしたかく結合けつごうせい分子ぶんし軌道きどう占有せんゆうするまけ荷電かでんした電子でんしとのあいだせいでん引力いんりょくによってたがいにむすけられる[13]

結合けつごうせいはん結合けつごうせい結合けつごうせいMO[編集へんしゅう]

原子げんし軌道きどう相互そうご作用さようするときられた分子ぶんし軌道きどうには結合けつごうせいはん結合けつごうせいあるいは結合けつごうせいの3つの種類しゅるいがある。

結合けつごうせいMO
原子げんし軌道きどうあいだ結合けつごうせい相互そうご作用さよう相乗そうじょうてき同相どうしょうの)相互そうご作用さようである。結合けつごうせいMOはそれらをつくるために混合こんごうされた原子げんし軌道きどうよりもエネルギーてきひくい。
はん結合けつごうせいMO
原子げんし軌道きどうあいだはん結合けつごうせい相互そうご作用さよう相殺そうさいてき異相いそうの)相互そうご作用さようである。はん結合けつごうせいMOはそれらをつくるために混合こんごうされた原子げんし軌道きどうよりもエネルギーてきたかい。
結合けつごうせいMO
結合けつごうせいMOは適合てきごうする対称たいしょうせい欠如けつじょのために原子げんし軌道きどうあいだ相互そうご作用さようこらなかったことの結果けっかである。結合けつごうせいMOは分子ぶんしちゅう原子げんしひとつの原子げんし軌道きどうひとしいエネルギーをつ。

σしぐまおよびπぱい軌道きどう[編集へんしゅう]

原子げんし軌道きどうあいだ相互そうご作用さよう種類しゅるいは、原子げんし軌道きどう対称たいしょうせいs、pなどと分子ぶんし軌道きどう対称たいしょうせいラベルσしぐま(シグマ)、πぱい(パイ)などによってさらに分類ぶんるいすることができる。

σしぐま対称たいしょうせい[編集へんしゅう]

σしぐま対称たいしょうせいつMOは、2つの原子げんしs軌道きどうあるいは2つの原子げんしpz軌道きどう相互そうご作用さようによってしょうじる。軌道きどうが2つのかく中心ちゅうしんむすじくかくあいだじく)にかんして対称たいしょうてきとすると、MOはσしぐま対称たいしょうせいつ。これは、かくあいだじくまわりのMOの回転かいてん位相いそう変化へんかさせないことを意味いみする。σしぐま* 軌道きどうσしぐまはん結合けつごうせい軌道きどう)も、かくあいだじくまわりを回転かいてんしたときおな位相いそう維持いじする。σしぐま* 軌道きどうかくあいだかくあいだじくたいして垂直すいちょくふしめん[14]

πぱい対称たいしょうせい[編集へんしゅう]

πぱい対称たいしょうせいつMOは、2つの原子げんしpx軌道きどうあるいはpy軌道きどう相互そうご作用さようによってしょうじる。軌道きどうかくあいだじくまわりの回転かいてんかんして非対称ひたいしょうとすると、MOはπぱい対称たいしょうせいつ。これは、かくあいだじくまわりのMOの回転かいてん位相いそう変化へんかきることを意味いみする。πぱい* 軌道きどうπぱいはん結合けつごうせい軌道きどう)も、かくあいだじくまわりを回転かいてんしたとき位相いそう変化へんかきる。πぱい* 軌道きどうもまたかくあいだふしめん[14][15][16][17]

δでるた対称たいしょうせい[編集へんしゅう]

δでるた対称たいしょうせいつMOは、2つの原子げんしdxyあるいはdx2-y2軌道きどう相互そうご作用さようによってしょうじる。これらの分子ぶんし軌道きどうていエネルギーd原子げんし軌道きどうふくむため、遷移せんい金属きんぞく錯体さくたいちゅうられる。

φふぁい対称たいしょうせい[編集へんしゅう]

理論りろん学者がくしゃらは、f原子げんし軌道きどうかさなりに対応たいおうするφふぁい結合けつごうといった高次こうじ結合けつごうこりると推測すいそくしてきた。2005ねん現在げんざいφふぁい結合けつごうふくむと主張しゅちょうされている分子ぶんしとして1れいのみがられている(U2分子ぶんしちゅうのU−U結合けつごう[18]

対称たいしょうせいおよび対称たいしょうせい[編集へんしゅう]

反転はんてん中心ちゅうしんゆうする分子ぶんし中心ちゅうしん対称たいしょう分子ぶんし英語えいごばん)については、分子ぶんし軌道きどうたいして適応てきおうできるさらなる対称たいしょうせいラベルが存在そんざいする。

中心ちゅうしん対称たいしょう分子ぶんしとして以下いかものがある。

中心ちゅうしん対称たいしょう分子ぶんしとしては以下いかのものがある。

分子ぶんしちゅう対称たいしょう中心ちゅうしんとお反転はんてんによって分子ぶんし軌道きどう位相いそう変化へんかしない場合ばあい、MOは偶(g、ドイツ: gerade対称たいしょうせいつとわれる。分子ぶんしちゅう対称たいしょう中心ちゅうしんとお反転はんてんによって分子ぶんし軌道きどう位相いそう変化へんかする場合ばあい、MOは(u、ドイツ: ungerade対称たいしょうせいつとわれる。

σしぐま対称たいしょうせい結合けつごうせいMOでは軌道きどうσしぐまgとラベルでき、σしぐま対称たいしょうせいはん結合けつごうせいMOでは軌道きどうσしぐまuとラベルできる。πぱい対称たいしょうせい結合けつごうせいMOはπぱいuとラベルできる。しかし、πぱい対称たいしょうせいはん結合けつごうせいMOはπぱいgとラベルできる[14]

MOダイアグラム[編集へんしゅう]

MOの定性的ていせいてきアプローチは、分子ぶんしちゅう結合けつごうせい相互そうご作用さよう可視かしするために分子ぶんし軌道きどうダイアグラムもちいる。このダイアグラムでは、分子ぶんし軌道きどう横線おうせんあらわされる。たかせん位置いち軌道きどうのエネルギーがたかいことをあらわし、縮退しゅくたいした軌道きどう間隔かんかくけておなたかさにかれる。つぎに、分子ぶんし軌道きどうたいしてフントの規則きそくパウリの排他はいた原理げんりうように電子でんし配置はいちしていく。より複雑ふくざつ分子ぶんしについては、結合けつごう定性的ていせいてき理解りかいにおいて波動はどう力学りきがくてきアプローチは有用ゆうようせいうしなう(しかし定量ていりょうてきアプローチではまだ必要ひつようとされる)。

  • 軌道きどう基底きてい関数かんすうけい分子ぶんし軌道きどう相互そうご作用さよう利用りよう可能かのう原子げんし軌道きどう結合けつごうせいあるいははん結合けつごうせい)をふくむ。
  • 分子ぶんし軌道きどうかずは、線形せんけい拡張かくちょうあるいは基底きてい関数かんすうけいふくまれる原子げんし軌道きどうかずひとしい。
  • 分子ぶんし対称たいしょうせいゆうする場合ばあいは、縮退しゅくたいした原子げんし軌道きどうおな原子げんしエネルギーをつ)は線形せんけい結合けつごうにグループされる(対称たいしょう適合てきごう原子げんし軌道きどうばれる)。これは対称たいしょう変換へんかんぐん英語えいごばん表現ひょうげんぞくするため、このぐん記述きじゅつする波動はどう関数かんすう対称たいしょう適合てきごう線形せんけい結合けつごう (SALC) としてられている。
  • ひとつのぐん表現ひょうげんぞくする分子ぶんし軌道きどうかずは、この表現ひょうげんぞくする対称たいしょう適合てきごう原子げんし軌道きどうかずひとしい。
  • 特定とくてい表現ひょうげんないでは、原子げんしエネルギーじゅん近接きんせつしている場合ばあい対称たいしょう適合てきごう原子げんし軌道きどうはより混合こんごうする。

分子ぶんし軌道きどうにおける結合けつごう[編集へんしゅう]

軌道きどう縮退しゅくたい[編集へんしゅう]

複数ふくすう分子ぶんし軌道きどうおなじエネルギーを場合ばあい、それらは縮退しゅくたいしているとわれる。たとえば、周期しゅうきひょう最初さいしょの10種類しゅるい元素げんそとうかく原子げんし分子ぶんしにおいて、pxおよびpy原子げんし軌道きどう由来ゆらいする分子ぶんし軌道きどうは2つの縮退しゅくたいした結合けつごうせい軌道きどうていエネルギー)および2つの縮退しゅくたいしたはん結合けつごうせい軌道きどうこうエネルギー)をもたらす[13]

イオン結合けつごう[編集へんしゅう]

2つの原子げんし原子げんし軌道きどうあいだのエネルギーがかなりおおきいとき一方いっぽう原子げんし軌道きどう結合けつごうせい軌道きどうにほぼ完全かんぜん寄与きよし、もう一方いっぽう原子げんし軌道きどうはん結合けつごうせい軌道きどうにほぼ完全かんぜん寄与きよする。ゆえに、電子でんし一方いっぽうからもう一方いっぽう電子でんし移動いどうしたときに、この状況じょうきょう有効ゆうこうとなる。

結合けつごう次数じすうおよび結合けつごうちょう[編集へんしゅう]

分子ぶんし結合けつごう次数じすう(あるいは結合けつごうすう)は、結合けつごうせいおよびはん結合けつごうせい分子ぶんし軌道きどうちゅう電子でんしかず以下いかのようにわせることで決定けっていすることができる。

結合けつごう次数じすう = 0.5*[(結合けつごうせい軌道きどうちゅう電子でんしかず) - (はん結合けつごうせい軌道きどうちゅう電子でんしかず)]

たとえば、結合けつごうせい軌道きどうに8電子でんしはん結合けつごうせい軌道きどうに2つの電子でんしつN2結合けつごう次数じすうは3であり、三重みえ結合けつごう構成こうせいする。結合けつごうちょう結合けつごう次数じすう反比例はんぴれいする。

Be2はMOによれば結合けつごう次数じすうは0となるが、結合けつごうちょう245 pm、結合けつごうエネルギー10 kJ/molの高度こうど不安定ふあんていなBe2存在そんざいする実験じっけんてき証拠しょうこがあることに留意りゅういすべきである[14]

HOMOおよびLUMO[編集へんしゅう]

最高さいこううらない分子ぶんし軌道きどう(highest occupied molecular orbital)および最低さいていそら分子ぶんし軌道きどう(lowest unoccupied molecular orbital)は、それぞれHOMOおよびLUMOとしばしばばれる。バンドギャップしょうされるHOMOおよびLUMOのエネルギーは、分子ぶんし励起れいきせい指標しひょうとしての機能きのうたす。エネルギーちいさいほど、より励起れいきしやすい。

分子ぶんし軌道きどうれい[編集へんしゅう]

とうかく原子げんし分子ぶんし[編集へんしゅう]

とうかく原子げんしMOは、基底きていけいのそれぞれの原子げんし軌道きどうからのひとしい寄与きよふくんでいる。これはH2、He2、Li2とうかく原子げんしMOダイアグラムでしめされる(これらすべては対称たいしょうせい軌道きどうふくんでいる)[14]

H2[編集へんしゅう]

単純たんじゅんなMOのれいとして、H'、H"とラベルされた2つの原子げんしからなる水素すいそ分子ぶんしH2かんがえる(分子ぶんし軌道きどうダイアグラム参照さんしょう)。最低さいていエネルギーの原子げんし軌道きどう1s'および1s"は分子ぶんし対称たいしょうせいおうじて変形へんけいしない。しかしながら、以下いか対称たいしょう適合てきごう原子げんし軌道きどう変化へんかする。

1s' - 1s" 反対称はんたいしょう結合けつごう: かがみうつによって変化へんかする、その操作そうさでは変化へんかしない。
1s' + 1s" 対称たいしょう結合けつごう: すべての対称たいしょう操作そうさによって変化へんかしない。

対称たいしょう結合けつごう結合けつごうせい軌道きどうばれる)は基底きてい軌道きどうよりもエネルギーてきひくく、反対称はんたいしょう結合けつごうはん結合けつごうせい軌道きどうばれる)はよりたかい。H2分子ぶんしは2つの電子でんしつため、それら両方りょうほう結合けつごうせい軌道きどうはいることができ、2つの自由じゆう水素すいそ原子げんしよりもけいをエネルギーてきによりひくく(つまりより安定あんていに)している。これは共有きょうゆう結合けつごうばれる。「結合けつごう次数じすう」は結合けつごうせい電子でんしかずはん結合けつごうせい電子でんしかずして2でったものとひとしい。このれいでは、結合けつごうせい軌道きどうに2つの電子でんしがあり、はん結合けつごうせい軌道きどうには電子でんしがないため結合けつごう次数じすうは1となり、2つの水素すいそ結合けつごうあいだにはたん結合けつごう存在そんざいする。

水素すいそ原子げんしひだりおよびみぎ)の1s軌道きどう電子でんし波動はどう関数かんすうとH2分子ぶんし対応たいおうする結合けつごうせいした)およびはん結合けつごうせいうえ電子でんし軌道きどう波動はどう関数かんすう青色あおいろ曲線きょくせんきょ赤色あかいろ曲線きょくせんである。あかてん陽子ようし位置いちしめしている。電子でんし波動はどう関数かんすうシュレーディンガー波動はどう方程式ほうていしきしたがって振動しんどうし、軌道きどうはその定常波ていじょうはとなる。定常波ていじょうは周波数しゅうはすう軌道きどうのエネルギーに比例ひれいする。

He2[編集へんしゅう]

一方いっぽう、He'、He"とラベルされた原子げんしつHe2仮想かそうてき分子ぶんしかんがえてみる。ここでも、最低さいていエネルギー原子げんし軌道きどう1s'および1s"は分子ぶんし対称たいしょうせいおうじて変化へんかしないが、以下いか対称たいしょう適合てきごう原子げんし軌道きどう変化へんかする。

1s' - 1s" 反対称はんたいしょう結合けつごう: かがみうつによって変化へんかする、その操作そうさでは変化へんかしない。
1s' + 1s" 対称たいしょう結合けつごう: すべての対称たいしょう操作そうさによって変化へんかしない。

H2分子ぶんし同様どうように、対称たいしょう結合けつごう結合けつごうせい軌道きどうばれる)は基底きてい軌道きどうよりもエネルギーてきひくく、反対称はんたいしょう結合けつごうはん結合けつごうせい軌道きどうばれる)はよりたかい。しかしながら、その基底きてい状態じょうたいにおいてそれぞれのヘリウム原子げんしは1s軌道きどうに2つの電子でんしゆうしており、わせると4つの電子でんしがある。2つの電子でんしがよりていエネルギーの結合けつごうせい軌道きどう占有せんゆうするが、のこりの2つがよりこうエネルギーのはん結合けつごうせい軌道きどう占有せんゆうする。ゆえに、結果けっかとしてられた分子ぶんしまわりの電子でんし密度みつどは2つの電子でんしあいだ結合けつごうσしぐま結合けつごうばれる)の形成けいせい支持しじしない。ゆえに、分子ぶんし存在そんざいしない。もうひとつの見方みかたとして結合けつごう次数じすうかんがえると、2つの結合けつごうせい電子でんしと2つのはん結合けつごうせい電子でんし存在そんざいすることから、結合けつごう次数じすうは0となり結合けつごう存在そんざいしない。

Li2[編集へんしゅう]

リチウムLi2は2つのLi原子げんしの1sおよび2s原子げんし軌道きどう基底きてい関数かんすうけい)のかさなりによって形成けいせいされる。それぞれのLi原子げんし結合けつごうせい相互そうご作用さように3つの電子でんし提供ていきょうし、6つの電子でんし最低さいていエネルギーにある3つの分子ぶんし軌道きどうσしぐまg(1s)、σしぐまu*(1s)、σしぐまg(2s)を占有せんゆうする。結合けつごう次数じすうしきもちいると、リチウムの結合けつごう次数じすうは1(たん結合けつごう)となる。

ガス[編集へんしゅう]

He2仮想かそうてき分子ぶんしかんがえると、原子げんし軌道きどう基底きていけいがH2場合ばあいおなじであるため、結合けつごうせい軌道きどうはん結合けつごうせい軌道きどうがどちらも占有せんゆうされ、エネルギーてき利益りえきはなくなる。HeHはわずかにエネルギーてき利益りえきがあるがH2 + 2 Heほどではなく、そのため分子ぶんし短時間たんじかんしか存在そんざいできない。一般いっぱんてきに、閉殻したHeといった原子げんしはその原子げんしとほとんど結合けつごうつくらない。たん寿命じゅみょうファンデルワールス錯体さくたいのぞくと、既知きちガス化合かごうぶつはほとんどない。

かく原子げんし分子ぶんし[編集へんしゅう]

とうかく原子げんし分子ぶんしのMOはそれぞれの相互そうご作用さようする原子げんし軌道きどうからひとしい寄与きよけているが、かく原子げんし分子ぶんしのMOはことなる原子げんし軌道きどう寄与きよふくんでいる。かく原子げんし分子ぶんしにおいて、原子げんし軌道きどう対称たいしょうせいおよび軌道きどうエネルギーの類似るいじせいによって決定けっていされる原子げんし軌道きどうあいだじゅうなりが十分じゅうぶんである場合ばあい結合けつごうせいあるいははん結合けつごうせい軌道きどうつくすための軌道きどう相互そうご作用さようこる。

HF[編集へんしゅう]

フッ水素すいそHFにおいて、H 1sおよびF 2s軌道きどうかさなりは対称たいしょうせいによって許容きょようされるが、2つの原子げんし軌道きどうあいだのエネルギー分子ぶんし軌道きどうつくすための相互そうご作用さようさまたげる。H 1sおよびF 2pz軌道きどうあいだかさなりも対称たいしょうせい許容きょようであり、これらの2つの原子げんし軌道きどうのエネルギーちいさい。ゆえに、これらは相互そうご作用さようし、σしぐまおよびσしぐま* MOと結合けつごう次数じすうが1の分子ぶんしつくられる。HFは中心ちゅうしん対称たいしょう分子ぶんしであるため、その分子ぶんし軌道きどうには対称たいしょうせいラベルgやuは適応てきおうされない[19]

定量ていりょうてきアプローチ[編集へんしゅう]

分子ぶんしエネルギーじゅん定量ていりょうてきるため、配置はいちあいだ相互そうご作用さよう (CI) 拡張かくちょうがfull CI限界げんかいかってはや収束しゅうそくするような分子ぶんし軌道きどう必要ひつようとされる。このような関数かんすうるためのもっと一般いっぱんてき手法しゅほうが、分子ぶんし軌道きどうフォック演算えんざん固有こゆう関数かんすうとして表現ひょうげんするハートリー-フォックほうである。この方法ほうほう通常つうじょう原子核げんしかく中心ちゅうしんとしたガウス関数かんすう線形せんけい結合けつごうとして分子ぶんし軌道きどう表現ひょうげんすることによってこの問題もんだいく。これらの線形せんけい結合けつごう係数けいすうもとめる問題もんだいローターン方程式ほうていしきとしてられる一般いっぱん固有値こゆうち問題もんだいであり、つまりハートリー-フォック方程式ほうていしき特定とくてい表現ひょうげんである。MOの量子りょうし化学かがく計算けいさんおこなうことができるおおくのプログラムがある(れい: Spartan、HyperChem)。

単純たんじゅん説明せつめいでは、実験じっけんてき分子ぶんし軌道きどうエネルギーは原子げんし軌道きどうたいするむらさきがいこう電子でんし分光ぶんこうほううちから軌道きどうたいするXせんこう電子でんし分光ぶんこうほうによってることができることがしばしば示唆しさされる。しかしながら、これらの実験じっけんイオン化いおんかエネルギー分子ぶんしと1電子でんしのぞくことでられるイオンのひとつとのあいだのエネルギー)を測定そくていしているため不正確ふせいかくである。イオン化いおんかエネルギーはクープマンズの定理ていりによって軌道きどうエネルギーと近似きんじてき関連かんれんづけられている。これら2つのがよく一致いっちする分子ぶんしもあれば、非常ひじょうわる場合ばあいもある。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Mulliken, Robert S. (July 1932). “Electronic Structures of Polyatomic Molecules and Valence. II. General Considerations”. Physical Review 41 (1): 49–71. Bibcode1932PhRv...41...49M. doi:10.1103/PhysRev.41.49. 
  2. ^ Hund, D. (1926). “Zur Deutung einiger Erscheinungen in den Molekelspektren [On the interpretation of some phenomena in molecular spectra]”. Zeitschrift für Physik 36: 657-674. doi:10.1007/BF01400155. 
  3. ^ Hunt, F. (1927). “Zur Deutung der Molekelspektren. I”. Zeitschrift für Physik 40: 742-764. doi:10.1007/BF01400234. 
  4. ^ Hunt, F. (1927). “Zur Deutung der Molekelspektren. II”. Zeitschrift für Physik 42: 93–120. doi:10.1007/BF01397124. 
  5. ^ Hunt, F. (1927). “Zur Deutung der Molekelspektren. III. Bemerkungen über das Schwingungs- und Rotationsspektrum bei Molekeln mit mehr als zwei Kernen”. Zeitschrift für Physik 43: 805-826. doi:10.1007/BF01397249. 
  6. ^ Hunt, F. (1928). “Zur Deutung der Molekelspektren. IV”. Zeitschrift für Physik 51: 759-795. doi:10.1007/BF01400239. 
  7. ^ Hunt, F. (1930). “Zur Deutung der Molekelspektren V. Die angeregten Elektronenterme von Molekeln mit zwei gleichen Kernen (H2, He2, Li2, N2+, N2 ...)”. Zeitschrift für Physik 63: 719-751. doi:10.1007/BF01339271. 
  8. ^ Mulliken, R. S. (1927). “Electronic States and Band Spectrum Structure in Diatomic Molecules. IV. Hund's Theory; Second Positive Nitrogen and Swan Bands; Alternating Intensities”. Phys. Rev. 29: 637-649. doi:10.1103/PhysRev.29.637. 
  9. ^ Mulliken, R. S. (1928). “The assignment of quantum numbers for electrons in molecules. I”. Phys. Rev. 32: 186-222. doi:10.1103/PhysRev.32.186. 
  10. ^ Werner Kutzelnigg (1996). “Friedrich Hund and Chemistry”. Angew. Chem. Int. Ed. 35: 573-586. doi:10.1002/anie.199605721. 
  11. ^ Mulliken, R. S. (1967). “Spectroscopy, Molecular Orbitals, and Chemical Bonding”. Science 157 (3784): 13-24. doi:10.1126/science.157.3784.13. http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/1966/mulliken-lecture.html. 
  12. ^ Lennard-Jones, J. E. (1929). “The electronic structure of some diatomic molecules”. Trans. Faraday Soc. 25: 668-686. doi:10.1039/TF9292500668. 
  13. ^ a b Gary L. Miessler; Donald A. Tarr. Inorganic Chemistry. Pearson Prentice Hall, 3rd ed., 2004.
  14. ^ a b c d e Catherine E. Housecroft, Alan G, Sharpe, Inorganic Chemistry, Pearson Prentice Hall; 2nd Edition, 2005, p. 29-33.
  15. ^ Peter Atkins; Julio De Paula. Atkins’ Physical Chemistry. Oxford University Press, 8th ed., 2006.
  16. ^ Yves Jean; Francois Volatron. An Introduction to Molecular Orbitals. Oxford University Press, 1993.
  17. ^ Michael Munowitz, Principles of Chemistry, Norton & Company, 2000, p. 229-233.
  18. ^ Gagliardi, Laura; Roos, Björn O. (2005). “Quantum chemical calculations show that the uranium molecule U2 has a quintuple bond”. Nature 433: 848–851. Bibcode2005Natur.433..848G. doi:10.1038/nature03249. http://archive-ouverte.unige.ch/unige:3652. 
  19. ^ Catherine E. Housecroft, Alan G, Sharpe, Inorganic Chemistry, Pearson Prentice Hall; 2nd Edition, 2005, p. 41-43.

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]