有機ゆうき電子でんし論ろん

有機ゆうき化学かがくにおいて、有機ゆうき電子でんし論ろん（ゆうきでんしろん、英えい: electronic theory of organic chemistry）とは、化学かがく結合けつごうの性質せいしつおよび反応はんのう機構きこうを、

• 電荷でんかの静しずか電でん相互そうご作用さよう：イオン結合けつごう、水素すいそ結合けつごう、ファンデルワールス力りょく、双極そうきょく子こ相互そうご作用さようなど
• 原子げんしを構成こうせいする価あたい電子でんし（原子げんし価か電子でんし）の挙動きょどう

の二に者しゃにより説明せつめいする理論りろんである。有機ゆうき化学かがくの領域りょういきでは単たんに電子でんし論ろん（英えい: electronic theory）と呼よばれる。

概要がいよう

1932年ねん4月がつのR・ロビンソンの講演こうえんが、有機ゆうき電子でんし論ろんが世よに認みとめられる契機けいきとなった。1910年代ねんだいにG・ルイスの研究けんきゅうにより先鞭せんべんがつけられ、1920年代ねんだいから1930年代ねんだいにイギリス学派がくはのロビンソンやC・K・インゴルドたちの研究けんきゅうにより有機ゆうき電子でんし論ろんが確立かくりつした。

日本にっぽんにおける有機ゆうき電子でんし論ろんは、上記じょうきの有機ゆうき化学かがくに関かんする"electronic theory"が第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん時ときに「有機ゆうき電子でんし論ろん」の名なで輸入ゆにゅうされたことに始はじまる。その後ご、大阪大学おおさかだいがく（大阪おおさか帝国ていこく大学だいがく）の村上むらかみ増ぞう雄ゆうが中心ちゅうしんとなって有機ゆうき化合かごう物ぶつの反応はんのう機構きこうの研究けんきゅうが進展しんてんした。

有機ゆうき電子でんし論ろんは経験けいけん的てきパラメーターを使用しようした定性的ていせいてきな理論りろんである。したがって、量子力学りょうしりきがくにより電子でんしの挙動きょどうを記述きじゅつする今日きょうの量子りょうし化学かがく的てき反応はんのう論ろんのような精密せいみつ性せいは持もち合あわせない。一方いっぽう、対象たいしょうとなる反応はんのう物ぶつ分子ぶんしの官能かんのう基もとと他たの基もとの配置はいちが決きまれば、化学かがく反応はんのうが生しょうじる位置いちや方向ほうこうを推定すいていするのには十分じゅうぶんであることから、化学かがく者しゃが化学かがく反応はんのうや合成ごうせい計画けいかくを直感ちょっかん的てきに扱あつかうには便利べんりな理論りろんである。

しかしながら定量ていりょう性せいが無ないために、例たとえばペリ環状かんじょう反応はんのうや芳香ほうこう族ぞく性せいなどのように、本来ほんらいの有機ゆうき電子でんし論ろんでは扱あつかうことが出来できない反はん応おうや化学かがく的てき性質せいしつが存在そんざいすることも事実じじつである。しかしそのような事例じれいに対たいしては、例たとえば「超ちょう共役きょうやく」の概念がいねんなど、量子りょうし化学かがくの知見ちけんをパラメーター化かして、有機ゆうき電子でんし論ろんを拡張かくちょうすることで対応たいおうすることも可能かのうであり、そのように量子りょうし化学かがく概念がいねんで拡張かくちょうされた有機ゆうき電子でんし論ろんは今日きょう的てきな意義いぎを失うしなってはいない。

原子げんし価かと価あたい電子でんし

ルイス以前いぜんには、化学かがく結合けつごうの概念がいねんを表あらわす原子げんし価かと原子げんし構成こうせい要素ようその電子でんしとの間あいだには明確めいかくな関連かんれん性せいは見出みいだされていなかった。すなわちドルトンの倍数ばいすう比例ひれいの法則ほうそくから原子げんしには結合けつごう部分ぶぶんを概念的がいねんてきに現あらわす原子げんし価かというものが存在そんざいし、化学かがく反応はんのうにおいては原子げんしと原子げんしの原子げんし価かを充当じゅうとうするように新あたらしい結合けつごうが生成せいせいすることが知しられていた。い換いかえると原子げんし価かとは原子げんしが他たの原子げんしと連結れんけつするための接合せつごう部位ぶいの数かずであり、原子げんしと原子げんしとの原子げんし価かが充当じゅうとうされた結果けっかとして化学かがく結合けつごうが生成せいせいしている。それゆえ、原子げんし価かが表現ひょうげんしている実体じったいは、化学かがく結合けつごうの物理ぶつり学がく的てき実体じったいと等価とうかと考かんがえられた。その実体じったいに関かんする研究けんきゅうは無機むき化合かごう物ぶつにおいて先行せんこうし、原子げんし価かの変化へんかは酸化さんか数すう変化へんかと対応たいおうづいており、電子でんしの移動いどうが原子げんし価かが表現ひょうげんしている実体じったいであることが明確めいかくになった。同時どうじに電子でんしの移動いどうにより発生はっせいする電荷でんかの偏かたよりから生しょうじる静しずか電でん的てき相互そうご作用さようの力ちから（クーロン力りょく）がイオン結合けつごうの実体じったいであることも判明はんめいしたので、電子でんしが原子げんし価かと化学かがく結合けつごう（正確せいかくにはイオン結合けつごう）の主体しゅたいであると説明せつめい付つけられた。

一方いっぽう、無機むき化学かがくとイオン性せい固体こたいの対極たいきょくに有機ゆうき化学かがくと共有きょうゆう結合けつごう性せい固体こたいが存在そんざいしており、当時とうじから両者りょうしゃの間あいだは性質せいしつが連続れんぞく的てきに変化へんかすることは知しられていたので、有機ゆうき化学かがくの共有きょうゆう結合けつごうでは電子でんしがどのように関与かんよしているかの理論りろん構築こうちくが求もとめられるようになった。これについて先鞭せんべんをつけたのがルイスの「価あたい電子でんし理論りろん」である。

ルイスは第だい2周期しゅうき元素げんそについて、他たの原子げんしに電子でんしを与あたえうる最大さいだい数すうに相当そうとうする「原子げんし価か」と（彼かれの定義ていぎするところの）他たの原子げんしから電子でんしを受領じゅりょうする最大さいだい余地よちに相当そうとうする「逆ぎゃく原子げんし価か」との差さがどの元素げんそも8であることに着目ちゃくもくし、元素げんその原子げんし構造こうぞうには化学かがく反応はんのうに関与かんよする「殻から」（すなわち価あたい電子でんし）と「Kernel」（今日きょうで言いうところの原子核げんしかくと内うち殻から電子でんし）とから構成こうせいされると論ろんじた。

ルイスの価あたい電子でんし理論りろんでは価あたい電子でんしの性質せいしつとして次つぎのように述のべている。

1. 各かく原子げんしは電子でんし殻からを有ゆうし、（多おおくの場合ばあい）電子でんし殻からに存在そんざいする価あたい電子でんしの最大さいだい数すうは8である。
2. 結合けつごうしている原子げんし同士どうしは電子でんし対たいを移動いどうさせることで価あたい電子でんしを共有きょうゆうする。すなわち、この場合ばあいの電子でんしは対たいをなして移動いどうする。

ルイスは価あたい電子でんし理論りろんをボーアの電子でんしモデルとは独立どくりつして提唱ていしょうしている（ルイス自身じしんは価あたい電子でんし理論りろんの論文ろんぶんでボーア・モデルに対たいして否定ひてい的てきな見解けんかいを示しめしている）。

価あたい電子でんしとルイスの電子でんし式しき

あわせてルイスは化合かごう物ぶつにおける価あたい電子でんしの共有きょうゆう状態じょうたいを現あらわすために、ルイスの電子でんし式しき（ルイス化学かがく式しき）を提案ていあんしている。すなわち化合かごう物ぶつの原子げんしを結合けつごうしている物もの同士どうしが隣接りんせつするように配置はいちし、共有きょうゆうしている価あたい電子でんしを該当がいとうする元素げんそ記号きごうの間隙かんげきの二ふたつの点てんで表現ひょうげんする図式ずしきである。ルイス化学かがく式しきは価あたい電子でんし論ろんの表現ひょうげん形がたなので1つの元素げんそ記号きごうの周囲しゅういの点てんの数かずの最大さいだい値ちは8になる。また、ルイスが指摘してきしているように二ふたつの原子げんしの間あいだの電子でんしの共有きょうゆうは電子でんし対たいを単位たんいとするので、ルイス化学かがく式しきにおいても共有きょうゆうされている電子でんしは必かならず対たいを形成けいせいしている。

ルイスは電子でんし殻からの概念がいねんを提唱ていしょうはしているが、「なぜ電子でんし殻からを構成こうせいする価あたい電子でんしの最大さいだい数すうが8であるか」、「なぜ電子でんしは対たいで動うごくのか」とか、「電子でんし殻からを共有きょうゆうするということがなぜ生しょうずるのか」という原因げんいんについては説明せつめいしきれておらず、価あたい電子でんしの理論りろんを仮説かせつとして有機ゆうき電子でんし論ろんを構築こうちくしている。

実際じっさい、これらの仮説かせつの疑問ぎもんに対たいする解答かいとうには量子りょうし化学かがく的てきな化学かがく結合けつごうの解釈かいしゃくが必要ひつようとなる。例たとえば、電子でんし殻からの最大さいだい数すうは原子げんし軌道きどうの数かずで規定きていされており、そのために価あたい電子でんしの最大さいだい数すうが決定けっていされている。また電子でんしが対たいで動うごくのは、各かく原子げんし軌道きどうにはパウリの排他はいた律りつにより最大さいだい2電子でんししか占有せんゆうできず、フント則そくで示しめされているように軌道きどう上じょうに単独たんどくの電子でんしが存在そんざいするよりも軌道きどう上じょうの電子でんし対たいの方ほうがエネルギー的てきに安定あんていな為ためである。

また、共有きょうゆう結合けつごうで電子でんし殻からを共有きょうゆうすることの意味いみは、原子げんし軌道きどうが混成こんせいしてσしぐま結合けつごう軌道きどうを形成けいせいし、元もとの原子げんし軌道きどうから電子でんしが遷移せんいすることである。右みぎ上じょうの図ずで水みずの場合ばあいの共有きょうゆう結合けつごうをルイスの価あたい電子でんし理論りろんと量子りょうし化学かがく的てきな電子でんし軌道きどうのエネルギー準じゅん位いで示しめしている。ルイスの価あたい電子でんし理論りろんでは水素すいそと酸素さんそとが共有きょうゆう結合けつごうすることで、酸素さんその価あたい電子でんしが8になり安定あんてい化かであると説明せつめいされる。

一方いっぽう、量子りょうし化学かがく的てきには水素すいそのs軌道きどう2原子げんし分ぶん（2個こ）と酸素さんそのs軌道きどう1個いっこ、p軌道きどう1個いっこの計けい4個この原子げんし軌道きどうが混成こんせいにより分子ぶんし軌道きどうを形成けいせいすると考かんがえられる。すなわちσしぐまとσしぐま*とが2個こずつ、計けい4個この分子ぶんし軌道きどうが生成せいせいする。そこに水素すいそと酸素さんそとの原子げんし軌道きどうからパウリの排他はいた律りつを満みたしつつエネルギー準じゅん位いが最もっとも低ひくくなる組くみ合あわせで4つの電子でんしが入はいって共有きょうゆう結合けつごうが形成けいせいされている。い換いかえると、量子りょうし化学かがくでは生成せいせいする電子でんし軌道きどうの準じゅん位いを定量ていりょう的てきに扱あつかうことが可能かのうであり、実際じっさい共有きょうゆう結合けつごうが生成せいせいするのは、原子げんし軌道きどうと分子ぶんし軌道きどうとを比くらべるとエネルギー準じゅん位い的てきに分子ぶんし軌道きどうの方ほうが低ひくいのでエネルギー的てきに結合けつごう生成せいせいが優位ゆういになるためである。

しかし、単たんに反応はんのう前後ぜんこうの分子ぶんしの構造こうぞうに着目ちゃくもくするだけであれば、量子りょうし化学かがく的てきな分子ぶんし軌道きどうのエネルギー準じゅん位いよりはルイスの構造こうぞう式しきの方ほうが、反応はんのう形式けいしきのシンボルとして直感ちょっかん的てきに判わかりやすくモデルとして使つかいやすいともいえる。

分極ぶんきょくと化学かがく結合けつごう

またルイスは物性ぶっせいに着目ちゃくもくして「極性きょくせい分子ぶんし」と「無む極性きょくせい分子ぶんし」という区分くぶんを設もうけて化学かがく結合けつごうについて考察こうさつしている。すなわち分子ぶんしを構成こうせいしている結合けつごうは、典型てんけい的てきな極性きょくせい分子ぶんしとその対極たいきょくの典型てんけい的てきな無む極性きょくせい分子ぶんしとの間あいだに位置いちづけられると考かんがえている。ここでいう極性きょくせい分子ぶんしとは現在げんざいでいうところのイオン結合けつごうであり、無む極性きょくせい分子ぶんしとは同種どうしゅ元素げんそ間あいだの共有きょうゆう結合けつごう性せいの単たん結合けつごうである。

い換いかえると、分子ぶんしを構成こうせいする化学かがく結合けつごうはイオン結合けつごうから共有きょうゆう結合けつごうへと性質せいしつが連続れんぞく的てきに変化へんかする中なか間あいだの性質せいしつをもっており、ある結合けつごうを取とり上あげてこれはイオン結合けつごうあるいは共有きょうゆう結合けつごうと弁別べんべつ的てきにとらえることは困難こんなんである。もちろん、典型てんけい的てきなイオン結合けつごうや典型てんけい的てきな共有きょうゆう結合けつごうというのも存在そんざいはするが、分子ぶんしを構成こうせいする化学かがく結合けつごうの多おおくは大だいなり小しょうなり両者りょうしゃの性質せいしつを併あわせ持もっている。すなわち共有きょうゆう結合けつごうに分極ぶんきょくが生しょうじており、分極ぶんきょくの程度ていどは結合けつごうを介かいして相対そうたいする元素げんその性質せいしつ（永久えいきゅう分極ぶんきょく）や周囲しゅういの静せい電でん的てきな環境かんきょう変化へんか（静せい電でん相互そうご作用さようによる動的どうてきな分極ぶんきょく）によって決定けっていされるとした。そして、分極ぶんきょくの度合どあいが進行しんこうした極限きょくげんでは共有きょうゆう結合けつごうの性質せいしつは失うしなわれ、正せいと負まけとのイオン対たいからなるイオン結合けつごうとなると考かんがえられる。

誘さそえ起おこり効果こうか

詳細しょうさいは「誘さそえ起おこり効果こうか」を参照さんしょう

ルイスは分子ぶんしの双極そうきょく子こモーメント測定そくてい結果けっかから、ある原子げんしの静せい電でん効果こうかが結合けつごうを介かいして隣接りんせつする他ほかの原子げんしの静せい電でん効果こうかに影響えいきょうを及およぼすことを指摘してきしている。例たとえば塩素えんそ原子げんしが結合けつごうしたαあるふぁ位くらい、βべーた位くらいの炭素たんそは、連結れんけつ数すうを経へるにつれて作用さようは減げん弱じゃくするものの、塩素えんそ原子げんしに電子でんしが引ひき付つけられ、塩素えんそ原子げんしが存在そんざいしない場合ばあいよりも価あたい電子でんしの作用さようが減げん弱じゃくした性質せいしつを示しめす。この様ように電子でんし親和しんわ性せい（い換いかえるならば電気でんき陰性いんせい度ど）が化学かがく結合けつごうを介かいして他たの原子げんしの静せい電でん的てき環境かんきょうに影響えいきょうを及およぼす作用さようをロバート・ロビンソンは誘さそえ起おこり効果こうか（I効果こうか、Inductive effect）と呼称こしょうした。

誘さそえ起おこり効果こうかが物理ぶつり現象げんしょうとして明確めいかくに現あらわれる例れいとして、置換ちかん基もとと酸さんまたは塩基えんき性せいの強度きょうどとの相関そうかんが挙あげられる。例たとえば、カルボン酸さん誘導体ゆうどうたいに対たいして電子でんし求もとめ引性基もとである塩素えんそ基もとが置換ちかんしたケースについて説明せつめいする。酢酸さくさんに対たいして、モノクロロ酢酸さくさん、ジクロロ酢酸さくさんそしてトリクロロ酢酸さくさんのpK_aを次つぎに示しめす。

• CH₃COOH - pK_a = 4.74
• ClCH₂COOH - pK_a = 2.87
• Cl₂CHCOOH - pK_a = 1.25
• Cl₃CCOOH - pK_a = 0.77

このように、塩素えんその置換ちかん数すうが増大ぞうだいするにつれて強酸きょうさん性せいとなる。い換いかえるとカルボン酸さんのOH基もとの酸素さんそ上じょうの電子でんし密度みつどが低ひくいほど解離かいりが進行しんこうしやすく、この例れいでは塩素えんそのI効果こうか（I⁻効果こうか）により、酸素さんそ上じょうの電子でんしが塩素えんそ側がわに引ひき付つけられ、置換ちかんした塩素えんそ基もとの数かずが多おおいほどI⁻効果こうかが強つよく現あらわれ、pK_aが減少げんしょう傾向けいこうを示しめしたと説明せつめいすることができる。

逆ぎゃくの例れいとして酢酸さくさんにメチル基もとを置換ちかんした例れいが挙あげられる。メチル基もとは電子でんし供与きょうよ性せいを示しめし、それがI効果こうか（I⁺効果こうか）により、カルボン酸さんの電子でんし密度みつどを増ふやしpK_aが増大ぞうだいしたと説明せつめいすることができる。

• CH₃CH₂COOH - pK_a = 4.88
• (CH₃)₂CHCOOH - pK_a = 4.86
• (CH₃)₃CCOOH - pK_a = 5.05
• CH₃(CH₂)₂COOH - pK_a = 4.82
• CH₃(CH₂)₃COOH - pK_a = 4.86

このように、電子でんし求もとめ引性の誘さそえ起おこり効果こうかをI⁻効果こうか、電子でんし供与きょうよ性せいの誘さそえ起おこり効果こうかをI⁺効果こうかと呼称こしょうすることがある。また、配はい位い結合けつごうを正負せいふのイオン対たいが接合せつごうした状態じょうたいとみなすことができ、配はい位い結合けつごうを→で示しめすことの比喩ひゆで、I効果こうかが存在そんざいする共有きょうゆう結合けつごうを の記号きごうで表示ひょうじする場合ばあいがある。

メソメリー効果こうか

詳細しょうさいは「メソメリー効果こうか」を参照さんしょう

メソメリー効果こうか

有機ゆうき反応はんのう論ろんにおいてカルボニル化合かごう物ぶつなどに存在そんざいすると想定そうていされた分極ぶんきょくを生しょうじる機構きこうを、クリストファー・ケルク・インゴルドはメソメリー効果こうか（M効果こうか、mesomeric effect）と呼よんだ。すなわち、カルボニルの二に重じゅう結合けつごうが立たち上あがり、カルボニル炭素たんそが正まさにカルボニル酸素さんそが負まけに分極ぶんきょくする機構きこうの呼称こしょうである。なお、共役きょうやくカルボニル系けい化合かごう物ぶつなどでメソメリー効果こうかというべきところを、有機ゆうき反応はんのう論ろんの後のちに発展はってんした量子りょうし化学かがく分野ぶんやの原子げんし価か結合けつごう法ほうの概念がいねんである「共鳴きょうめい効果こうか」と呼称こしょうすることがあるが、有機ゆうき反応はんのう論ろんには「共鳴きょうめい」の概念がいねんは無なく正ただしい用語ようごの使用しよう方法ほうほうではない。一方いっぽうインゴルドのメソメリー効果こうかに先立さきだって、ロビンソンは互変異性いせいの機構きこうに類似るいじした電子でんし対たいの移動いどうで分極ぶんきょくが転移てんいする機構きこうを示唆しさしており、その機構きこうをエレクトロメトリーあるいは及およぼす効果こうかに対たいしてエレクトロメトリー効果こうか（E効果こうか）という呼称こしょうを与あたえている。

誘さそえ起おこり効果こうかはβべーた位くらい、すなわち共有きょうゆう結合けつごうした原子げんしで2つ以上いじょうを介かいした場合ばあいはほとんどその影響えいきょうがなくなるのに対たいして、共役きょうやくした二に重じゅう結合けつごう系けいのメソメリー効果こうかはより広ひろい間隔かんかくがあっても効果こうかの作用さようを現あらわす。メソメリー効果こうかの例れいとしてアニリンとp-トルイジンの塩基えんき性せいの違ちがいが挙あげられる。p-位くらいに置換ちかんしたメチル基もとからの電子でんし供与きょうよ性せいを示しめし、それがM効果こうかにより、窒素ちっそ原子げんし上じょうの電子でんし密度みつどを増ふやし塩基えんき性せいが増大ぞうだいしたと説明せつめいすることができる。

電子でんし求もとめ引性基もとと電子でんし供与きょうよ性せい基もと

分子ぶんしの特定とくていの位置いちについて、電子でんし密度みつどを減げん弱じゃくさせる効果こうかを持もつ置換ちかん基もとの性質せいしつを電子でんし求もとめ引性と呼よび、逆ぎゃくに増加ぞうかさせる効果こうかを持もつ場合ばあいの性質せいしつを電子でんし供与きょうよ性せいと呼よぶ。このような効果こうかを持もつ置換ちかん基もとを電子でんし求もとめ引性基もとあるいは電子でんし供与きょうよ性せい基もとと呼よび表あらわす。電子でんし求もとめ引性あるいは電子でんし供与きょうよ性せいは単たんに電気でんき陰性いんせい度どの差さだけでは説明せつめいできない。すなわち前述ぜんじゅつの誘さそえ起おこり効果こうか、メソメリー効果こうか等とうが複ふく合あい的てきに作用さようするので、芳香ほうこう族ぞく性せいや共役きょうやく系けいの存在そんざいやトポロジー的てきな位置いち関係かんけいによって現あらわれ方かたが変かわってくる。

誘さそえ起おこり効果こうかの場合ばあい、電子でんし求もとめ引性のものを−I効果こうか、電子でんし供与きょうよ性せいの場合ばあいを+I効果こうかと表あらわすが、炭素たんそよりも電気でんき陰性いんせい度どの高たかい原子げんしは−I効果こうかを示しめす。またアニオンは+I効果こうかを、カチオンは−I効果こうかを示しめす。

メソメリー効果こうかの場合ばあいは電子でんし求もとめ引性のものを−M効果こうか、電子でんし供与きょうよ性せいの場合ばあいを+M効果こうかと表あらわす。

	電子でんし供与きょうよ性せい	電子でんし求もとめ引性
誘さそえ起おこり効果こうか	+I効果こうか -N−R > -O− -O− > -S− (CH3)3C- > (CH3)2CH- > CH3CH2- > CH3-	−I効果こうか -O+R2 > -N+R3 -N+R3 > -P+R3 > … -O+R2 > -S+R2 > … -N+R3 > -NO2 > -SO2R > -SOR -SO2R > -SO3R -N+R3 > -NR2 -O+R2 > -OR -S+R2 > -SR -F > -Cl > -Br > -I =O > =NR > =CR2 =O > -OR ≡N > ≡CR =O > -OR ≡N > =NR > -NR2 -C≡CR > -CR=CR2 > -CR2CR3
メソメリー効果こうか	+M効果こうか -C−R2 > -N−R > -O− -NR− > -NR2 -O− > -OR > -O+R2 -S− > -SR > -S+R2 -I > -I+R -NR2 > -OR > -F -SR > -OR -I > -Br > -Cl > -F	−M効果こうか =N+R3 > =NR =O > =NR > =CR2 =S > =O > ≡N

表ひょうのこれらの強度きょうどは傾向けいこうあるいは相対そうたい強度きょうどを示しめしている。相反あいはんする効果こうかが相乗そうじょうした場合ばあいなどでは量子りょうし化学かがく的てき計算けいさんなどで絶対ぜったい値ちを推定すいていする必要ひつようがある。

例たとえば、メトキシ基もと（-OCH₃）が置換ちかんしたベンゼンの場合ばあい、隣接りんせつするオルト位い炭素たんそに対たいしては酸素さんその電気でんき陰性いんせい度どによるI効果こうかで僅わずかに電子でんし密度みつどを減げん弱じゃくさせ、メタ位い、パラ位いにはさほど影響えいきょうを与あたえない。それよりも酸素さんその非ひ共有きょうゆう電子でんし対たいの押おし込こみによるM効果こうかでオルト-パラ位い炭素たんそへの電子でんし密度みつどを増大ぞうだいさせる効果こうかの方ほうが支配しはい的てきである為ため、メトキシ基もとは芳香ほうこう環たまき上じょうの求もとめ電子でんし置換ちかん反応はんのうでは電子でんし供与きょうよ性せい基もととして作用さようする。

これらの効果こうかを、パラおよびメタ置換ちかん安息香あんそくこう酸さんの酸さん解離かいり定数ていすうをもとに、定量ていりょう的てきに評価ひょうか、予測よそくする経験けいけん則そくとして、ハメット則そくが知しられる。

参考さんこう文献ぶんけん

• 井本いもと稔みのる『有機ゆうき電子でんし論ろん解説かいせつ 有機ゆうき化学かがくの基礎きそ 第だい4版はん』東京とうきょう化学かがく同人どうじん、1990年ねん

関連かんれん項目こうもく

• 極性きょくせい効果こうか
• 分子ぶんし軌道きどう法ほう
• ハメット則そく

外部がいぶリンク

• 電子でんし論ろんと軌道きどう論ろん Chem-Station (ケムステ)
• 村田むらた滋しげる、高校こうこう化学かがくにおける有機ゆうき電子でんし論ろん 化学かがくと教育きょういく 2013年ねん 61巻かん 7号ごう p.368-370, doi:10.20665/kakyoshi.61.7_368
• 細矢ほそや治夫はるお、II. Cross-conjugation Journal of Computer Chemistry, Japan. 2014年ねん 13巻かん 3号ごう p.165-166, doi:10.2477/jccj.2014-0021