シラノ・ド・ベルジュラック (戯曲ぎきょく)

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シラノ・ド・ベルジュラック
Cyrano de Bergerac
初演時の第5幕
初演しょえんだい5まく
作者さくしゃ エドモン・ロスタン
くに フランスの旗 フランス共和きょうわこく
言語げんご フランス語ふらんすご
ジャンル 戯曲ぎきょく
まくすう 5まく
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ 舞台ぶたい公演こうえん
初演しょえん情報じょうほう
場所ばしょ ポルト・サン=マルタン
初演しょえん公開こうかい 1897ねん12月28にち
日本語にほんごやく
訳者やくしゃ 辰野たつのたかし鈴木すずき信太郎しんたろう
ポータル 文学ぶんがく ポータル 舞台ぶたい芸術げいじゅつ
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シラノ・ド・ベルジュラック』(Cyrano de Bergerac)は、エドモン・ロスタンさくまく韻文いんぶん戯曲ぎきょく題名だいめいどおり、17世紀せいきフランスに実在じつざいした剣豪けんごう作家さっかシラノ・ド・ベルジュラック主人公しゅじんこうにしている。サラ・ベルナールかいしてった俳優はいゆう、コンスタン・コクラン(Coquelin aîné)の依頼いらいいた。

初演しょえんは、シラノ没後ぼつご242ねん1897ねん。ポルト・サン=マルタンThéâtre de la Porte Saint-Martin)の12月28にち初日しょにちから500日間にちかん、400かいちつづけ、パリなか興奮こうふんさせたといわれ、以降いこう今日きょういたるまで、フランスばかりでなく世界せかい各国かっこくかえ上演じょうえんされている。

登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

  • シラノ・ド・ベルジュラック
    ほんさく主人公しゅじんこう哲学てつがくしゃであり、理学りがくしゃであり、詩人しじん剣客けんかく音楽家おんがくか多才たさいだが、るいいまれなみにく容姿ようしつ。同性どうせい友人ゆうじんおお反面はんめん、ロクサーヌに出会であうまではははふくめたあらゆる異性いせい敬遠けいえんされていた。
  • ロクサーヌ
    ほんさくのヒロイン。シラノの従姉妹いとこおさななじみ。わか温厚おんこう美女びじょ。シラノを「おあにさま」としたっている。
  • クリスチャン
    シラノの友人ゆうじん青年せいねんあかるくほがらかな性格せいかくだがあまりかしこくない。
  • ド・ギーシュ伯爵はくしゃく
    シラノを敵視てきししている伯爵はくしゃく。ロクサーヌに横恋慕よこれんぼしている。
  • カルポン
    シラノの友人ゆうじん
  • ル・プレ
    シラノの友人ゆうじん
  • ラグノ
    シラノの友人ゆうじん
  • 家政かせい
  • 修道しゅうどうおんなマルト
  • リーズ
    ラグノのつま
  • 修道しゅうどうおんな
  • ヴァルヴェール
  • 料理人りょうりにん
  • リニエール
  • 騎士きし
  • モンフルリー

あらすじ[編集へんしゅう]

  • だい1まく ブルゴーニュ芝居しばい
    ちょうはなのシラノが上演じょうえんちゅう劇場げきじょう乱入らんにゅうし、貴族きぞくらに喧嘩けんかり、芝居しばいをぶちこわす。ひそかにがれる従妹じゅうまいロクサーヌにいいよっていた貴族きぞくを、シラノは即興そっきょうをとなえながら決闘けっとうして、たおす。
  • だい2まく 詩人しじん御用達ごようたし料理りょうりてん
    ロクサーヌにシラノはされるが、彼女かのじょこい相手あいて美男びなんのクリスチャンであることをらされる。クリスチャンもまた彼女かのじょ一目いちもくぼれしていた。しかしクリスチャンは姿すがたこそうつくしいが、ことばがまずしく、ロクサーヌにその恋心こいごころけるすべをらない。シラノは自分じぶんがロクサーヌにあてていた恋文こいぶみわたし、これをクリスチャンがいたものとしてロクサーヌにおくるようにう。
  • だい3まく ロクサーヌ接吻せっぷん
    よる、ロクサーヌていのバルコニーのもとで、クリスチャンはロクサーヌに恋心こいごころける。しかしかれくちからは凡庸ぼんようなことばしかてこない。ロクサーヌが幻滅げんめつかんはじめると、シラノがクリスチャンの代役だいやくとなり、うつくしい修辞しゅうじいろどられたあい言葉ことばげる。彼女かのじょはそのことばに陶酔とうすいし、クリスチャンに接吻せっぷんゆるす。嫉妬しっとにかられ、横恋慕よこれんぼド・ギッシュ伯爵はくしゃくがクリスチャンとシラノの二人ふたり戦場せんじょうおくる。
  • だい4まく ガスコン青年せいねんたい
    クリスチャンとシラノはアラスの戦場せんじょうにいる。戦場せんじょうでもシラノはクリスチャンになりかわり、危険きけんかえりみずロクサーヌに恋文こいぶみ毎日まいにちおくる。クリスチャンはそのことをらない。恋文こいぶみかれてロクサーヌは戦場せんじょう慰問いもんる。ロクサーヌがあいしているのはいまやクリスチャンのうつくしい姿すがたかたちではなく、かれが「いた」恋文こいぶみ内容ないようつたえる人柄ひとがらであることを、彼女かのじょかたる。絶望ぜつぼうしたクリスチャンは前線ぜんせん戦死せんしする。手紙てがみ本当ほんとうだれであるかはあきらかにされなかった。
  • だい5まく シラノ週報しゅうほう
    クリスチャンとわかれたロクサーヌは、修道院しゅうどういんでひっそりとくらしていた。ロクサーヌのもとへ、シラノは土曜どようごとに訪問ほうもんし、そのしゅう出来事できごと報告ほうこくするのが習慣しゅうかんになっていた。15ねんのある土曜日どようび、いつものようにロクサーヌのところへシラノがむかっていると、かれ敵対てきたいしゃかれあたま材木ざいもくとし、かれ頭部とうぶ重傷じゅうしょうった。シラノは重傷じゅうしょうったまま、ロクサーヌのもとへむかう。この、ロクサーヌはかつてクリスチャンからもらった恋文こいぶみをシラノにはじめてせ、シラノにそれをませる。がすっかりれ、手紙てがみをとてもむことのできないようなくらさになっても、シラノがその手紙てがみんでいることにロクサーヌはづく。そしてその手紙てがみこえは、かつて自分じぶんがバルコニーのうえからいたこえであることも。自分じぶん間際まぎわになってはじめておこな恋心こいごころ告白こくはく、これこそシラノの心意気こころいきであった。ロクサーヌのうでのなかでシラノはいきをひきとる。

校訂こうていほん翻訳ほんやく[編集へんしゅう]

翻訳ほんやく[編集へんしゅう]

校訂こうていほん[編集へんしゅう]

脚色きゃくしょく[編集へんしゅう]

Cyrano de Bergerac(1900)

しろべん十郎じゅうろう[編集へんしゅう]

額田ぬかた六福ろっぷくが、新国劇しんこくげき沢田さわだ正二郎しょうじろうのために『シラノ・デ・ベルジュラック』を翻案ほんあんした『しろべんじゅうろう』は、1926ねん大正たいしょう15ねん)1がつ邦楽ほうがく初演しょえんされ、だい成功せいこうおさめた。翻訳ほんやく楠山くすやま正雄まさお。この翻案ほんあんでは、舞台ぶたい幕末ばくまつから明治めいじ日本にっぽんうつされている。その弟子でしだった島田しまだ正吾しょうごがこの作品さくひんをひとり芝居しばいかたちにし、島田しまだは2004ねんに98さいくなるまで、この作品さくひんえんじた。島田しまだ死後しご弟子でし緒形おがたけん新国劇しんこくげき出身しゅっしん)がこの作品さくひん上演じょうえんおこなった[1]

舞台ぶたいは、幕末ばくまつ京都きょうと武士ぶししろべんじゅうろう朱雀すざくたいたいで、いとこの千種ちくさ恋心こいごころいだつづけていた。ところが、わかたい来栖くるすから千種ちくさへのおもいをけられ、かれ代理だいりこいうたむことになる。2人ふたり戦場せんじょうおもむき、しろこい便たよりをおくつづけたが、来栖くるす戦死せんし。10すうねんしろちぶれて、ふつつかえる千種ちくさ再会さいかいする…。

ミュージカル[編集へんしゅう]

1973ねんにはブロードウェイで『Cyrano』としてミュージカル

1993ねんにはオランダで(『シラノ・ザ・ミュージカル』、原題げんだいCyrano - The Musical)としてミュージカル日本にっぽんばん2001ねん12月に上演じょうえん

2009ねん4がつ、スペインで世界せかい初演しょえん予定よていされていたミュージカル『シラノ英語えいごばん』は、マドリードで予定よていされていた世界せかい初演しょえん延期えんきになったため、鹿賀かが丈史たけし主演しゅえん、ヒロインのロクサーヌやくあさうみひかるにより日生劇場にっせいげきじょうにて2009ねん5月5にち世界せかい初演しょえんおこなわれた[2][3]2013ねん1がつ再演さいえんされている。

映像えいぞう[編集へんしゅう]

映像えいぞう幾度いくどとなくおこなわれている。もっと有名ゆうめいなのは、1950ねんホセ・フェラー主演しゅえんさくで、この作品さくひんでフェラーはアカデミーしょう主演しゅえん男優だんゆうしょう受賞じゅしょうした。1990ねんには、ジャン=ポール・ラプノー監督かんとくによりフランス製作せいさくされ、こちらも主演しゅえんジェラール・ドパルデューがアカデミーしょう主演しゅえん男優だんゆうしょう候補こうほになった。1987ねんには、舞台ぶたい現代げんだいえたスティーヴ・マーティン主演しゅえんの『あいしのロクサーヌ』がある。1959ねんには、時代じだいげき映画えいがとして翻案ほんあんされた稲垣いながきひろし監督かんとく三船みふね敏郎としお主演しゅえんによる『ある剣豪けんごう生涯しょうがい』がある(前述ぜんじゅつの『しろべんじゅうろう』の映像えいぞうではない)。また、2012ねんには、ほんさく舞台ぶたい現代げんだいえたディズニー・チャンネルのオリジナルムービー『レット・イット・シャイン』が制作せいさくされた。

また『しろべんじゅうろう』は、3かいにわたってスペシャルドラマされた。

日本にっぽんでの上演じょうえん記録きろく[編集へんしゅう]

この戯曲ぎきょく各国かっこく頻繁ひんぱん上演じょうえんされているが、ここでは日本にっぽんにおけるおも上演じょうえん記録きろく列記れっきする。

上演じょうえん使つかわれた台本だいほんのほとんどは、つぎの2ほんである。

  1. 1922ねん初版しょはん辰野たつのたかし - 鈴木すずき信太郎しんたろうどもやくの、『シラノ・ド・ベルジュラック』
  2. 1926ねんはじめて使つかわれた額田ぬかた六福ろっぷくによる翻案ほんあん、『しろべんじゅうろう

しろ」は、おもに、新国劇しんこくげきにより、その解散かいさんもと劇団げきだんいんにより、上演じょうえんされている。

ミュージカル作品さくひんがある。

なお、以下いかで、主演しゅえんは、シラノやく、ロクサーヌやく、クリスチャンやくじゅんである。

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ ひとり舞台ぶたいしろ島田しまだ正吾しょうご弟子でし緒形おがたけん挑戦ちょうせん 産経新聞さんけいしんぶん 2006ねん8がつ16にちづけ
  2. ^ BWW News Staff."Wildhorn Stages Trifecta of New Musicals in Europe," ジャパン・ブロードウェイ.com 2009ねん2がつ27にち
  3. ^ BWW News Desk."Wildhorn and Bricusse's 'CYRANO' Debuts at Tokyo's Nissay Theatre, Osaka Run, Tour to Follow," ジャパン・ブロードウェイ.com 2009ねん5がつ18にち
  4. ^ https://stage.parco.jp/web/program/000662/

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]