トム・ボンバディルの冒険ぼうけん

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トム・ボンバディルの冒険ぼうけん
The Adventures of Tom Bombadil and Other Verses from the Red Book
著者ちょしゃ J・R・R・トールキン
イラスト ポーリン・ベインズ
発行はっこう 1962ねん
発行はっこうもと アレン&アンウィン英語えいごばんしゃ
ジャンル 詩集ししゅう
くに イギリスの旗 イギリス
言語げんご 英語えいご
コード OCLC 366901
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トム・ボンバディルの冒険ぼうけん』(トム・ボンバディルのぼうけん、原題げんだい: The Adventures of Tom Bombadil)は、20世紀せいきイギリス作家さっか文献ぶんけんがくもの[1]J・R・R・トールキン(1892ねん - 1973ねん)が1962ねん出版しゅっぱんした詩集ししゅう[2]挿絵さしえポーリン・ベインズ(1922ねん - 2008ねん)による[3]

トールキンが創造そうぞうした「なかくに関係かんけい詞華集しかしゅうとして、ホビットたちが「西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」にのこしたをトールキンがあつめ、現代げんだい英語えいごやくしたという体裁ていさい[4][5]。トールキンによる前書まえがきと16へんからなり[6]、タイトルは最初さいしょ配置はいちされている表題ひょうだいさくからられた[4]

日本語にほんごわけについては、『農夫のうふジャイルズの冒険ぼうけん―トールキン小品しょうひんしゅう』(2002ねん)または『トールキン小品しょうひんしゅう』(1975ねん、いずれも評論ひょうろんしゃ)に収録しゅうろくされている。

構成こうせい[編集へんしゅう]

まえがき[編集へんしゅう]

トールキンの胸像きょうぞうオックスフォおっくすふぉド大学どだいがくエクセター・カレッジ

はじめにトールキンによる「まえがき」がある。

ほん詞華集しかしゅうは、しゅとしてホビットぞくのいわゆる「だい三紀みき」のわりごろの、定住ていじゅうホビットしょう伝説でんせつ愉快ゆかいななはしと関連かんれんがある比較的ひかくてきふる作品さくひんからえらんでんだものである。それはこの一族いちぞくの、とくビルボとその仲間なかまや、子孫しそんたちがつくったと想像そうぞうされる。だが作者さくしゃ名前なまえははっきりしない。伝説でんせつ世界せかいからすでにはなれて、いろいろな人間にんげんがくちずさみ、それをきとめたのだろう[7] — トールキンによる「まえがき」より抜粋ばっすい

トールキンによれば、ホビットぞくの「西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」にはじつにたくさんのっている。伝承でんしょう歴史れきし記録きろくである『指輪ゆびわ物語ものがたり』にはかぞえるほどしか見当みあたらないものの、じていないページにおびただしいりょうしるされ、欄外らんがい空白くうはくのページにはしきされたものもあるという。はしきの大半たいはんはナンセンスであり、ほん詩集ししゅうの4ばん、11ばん、13ばんなどは欄外らんがいみからえらばれた[6]

かくについて[編集へんしゅう]

つぎの16へんからっている[8]

  1. トム・ボンバディルの冒険ぼうけん
  2. トム・ボンバディル 小船こぶね
  3. さすらいの騎士きし
  4. ちいさな王女おうじょさま
  5. つきおとこ 鈍重どんじゅうまき
  6. つきおとこ 軽薄けいはくまき
  7. 岩屋いわや巨人きょじん
  8. 巻貝まきがいのペリーぼう
  9. ミューリップぞく
  10. ぞう
  11. ファスティトカロン
  12. ねこ
  13. かげ花嫁はなよめ
  14. 秘密ひみつ財宝ざいほう
  15. うみかね
  16. 最後さいごふね

トム・ボンバディルの冒険ぼうけん[編集へんしゅう]

表題ひょうだいさく。トールキンによれば、1ばんと2ばんバックきょうまれた。バックきょう住人じゅうにんたちは、トム・ボンバディルガンダルフ同様どうよう情愛じょうあいささやかな人物じんぶつとみなしていた。かれ神秘しんぴてき存在そんざいであり、その行動こうどう予知よちしがたいが、同時どうじ滑稽こっけいさもそなえていた。このうたは2ばんよりも成立せいりつふるく、ボンバディルの伝説でんせつをホビットぞく記録きろくしていたものだろうとする[6]おなが『指輪ゆびわ物語ものがたり』でもうたわれており[9]、「たび仲間なかま」においてトム・ボンバディル自身じしん冒頭ぼうとう部分ぶぶんうた[10]

トム・ボンバディルがかわせいむすめゴールドベリにい、やなぎじじいのうたねむらされてみきめられ、アナグマ家族かぞくい、さらに先史せんし時代じだいはかからあらわれるづかじんうという物語ものがたりである[11][注釈ちゅうしゃく 1]

実際じっさいには1934ねんに『オックスフォード・マガジン』で発表はっぴょうされている[11][12][4]

トム・ボンバディル 小船こぶね[編集へんしゅう]

1ばん同様どうよう、バックきょうまれたとされる。1ばんよりも成立せいりつあたらしく、『指輪ゆびわ物語ものがたり』でフロド・バギンズとその友人ゆうじんたちがトム・ボンバディルのいえおとずれたのちつくられたものだろうとする[6]

トム・ボンバディルが小船こぶねでブランディワインがわくだり、マゴットじいさんと藺草いぐさむら旅籠はたご陽気ようき一夜いちやごして夜明よあまえる。のこされた小船こぶねは、カワウソやとりたちがいてもどったという内容ないようである[13]実際じっさいには、ほん詩集ししゅう出版しゅっぱんのためにトールキンがあらたにいた作品さくひんである[3]

さすらいの騎士きし[編集へんしゅう]

トールキンによれば、押韻おういん物語ものがたりがいつもしのところにもどり、聴衆ちょうしゅうがうんざりしておとげるまで朗唱ろうしょうつづけるという、ホビットぞくあいしてやまない系統けいとうである。「あか表紙ひょうしほん」にはほかにもがあるが、その長大ちょうだいさと見事みごと技巧ぎこうによりビルボ・バギンズ作品さくひんとみなされる。元来がんらいのナンセンスヌーメノール王朝おうちょうだい)やエアレンディル伝説でんせつ多少たしょう強引ごういんてはめて修正しゅうせいをほどこしていることから、ビルボがたびからもどった直後ちょくご作品さくひん間違まちがいないとしている。ビルボはこの韻律いんりつしたことをみずか豪語ごうごしていたという[6]。15ばんの「うみかね」とともに、放浪ほうろうたびなか人生じんせい倦怠けんたいをさりげなくつたえる[9]

ちいさな王女おうじょさま[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」の欄外らんがいみからえらばれたとされる[6]

妖精ようせい王女おうじょ湖上こじょうおどり、湖面こめんうつ姿すがたとつまさきをつけあって二人ふたりおどつづけるという[14]可憐かれん小品しょうひんである[9]

つきおとこ 鈍重どんじゅうまき[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」によれば、ビルボの作品さくひんである[6]おなが『指輪ゆびわ物語ものがたり』でもうたわれており[9]、「たび仲間なかま」においてブリーむらの「おどてい」でフロドが披露ひろうする[15]つきおとこ旅籠はたごおとずれ、ビールみまくって大騒おおさわぎをこす[16]

実際じっさいには、「ねことバイオリン―復元ふくげんされた童謡どうよう解禁かいきんされたスキャンダラスな秘密ひみつ」というタイトルで1923ねん発表はっぴょうされている[17]

つきおとこ 軽薄けいはくまき[編集へんしゅう]

トールキンによれば、16ばん最後さいごふね」とともにゴンドール由来ゆらい物語ものがたりである。このではベルファラスわんと、ドル・アムロスのうみかってとうティリス・イーアーをあつかっている[6]

つきおとこ地球ちきゅううみちてきて、漁師りょうしふねすくわれる。かれ宿屋やどやかうが、つめたくあしらわれる[18]実際じっさい成立せいりつほん詩集ししゅうなかでもはやく、1914ねんふゆかれた[12]

岩屋いわや巨人きょじん[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」によれば、サム・ギャムジー即興そっきょうつくったうたである[6]おなが『指輪ゆびわ物語ものがたり』でもうたわれており[9]、「たび仲間なかま」においていしした3たいトロルにしたサムが披露ひろうする[19]

岩屋いわやむトロルが墓場はかばからぬすんできたほねをかじっている。長靴ながぐつのトムがトロルのしり蹴飛けとばすが、いたんだのはトムのあしほうだった[20]

巻貝まきがいのペリーぼう[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」のこのにはサム・ギャムジーのイニシャルえてあるが、ホビットぞくっていたらしい滑稽こっけい伝承でんしょう動物どうぶつたんをサムが修正しゅうせいしただけなのかもしれないとされる[6]

7ばんつづいて岩屋いわやのトロルについてうたっている。ひとりぼっちでさびしいトロルがホビットしょうおとずれる。みんながなかで、巻貝まきがいのペリーぼうやだけが友達ともだちとなり、トロルはぼうやにごちそうする[21]

ミューリップぞく[編集へんしゅう]

トールキンの前書まえがきに言及げんきゅうがない。マーロック山脈さんみゃくのかなたのかげくにむというひと種族しゅぞくうた[22]

ぞう[編集へんしゅう]

サムの主張しゅちょうにしたがえば、ホビットしょうふるくからつたわるという、じゅう(ムマキル)のうたである[6][23]

おなが『指輪ゆびわ物語ものがたり』でもうたわれており[9]、「ふたつのとう」においてモルドール北方ほっぽうくろもん見下みおろす窪地くぼちいたり、サムがゴクリとの会話かいわなかうた[24]

ファスティトカロン[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」の欄外らんがいみからえらばれたとされる[6]うみ怪物かいぶつで、しまのように巨大きょだいかめアスピドケロンうた[25]

ねこ[編集へんしゅう]

トールキンの前書まえがきには言及げんきゅうがない。実際じっさいには1956ねんにトールキンの孫娘まごむすめジョーン・アンをたのしませるためにかれた作品さくひん[3]。 マットにそべるふとったネコは、くらもりかげひろげられるライオンヒョウたたかいの記憶きおくわすれないでいるという[26]

なお、トールキンは初期しょき草稿そうこうティヌーヴィエル物語ものがたり』にエルフてきとして「ねこ大公たいこうテヴィルド」を登場とうじょうさせていたが、のちにその役割やくわりサウロンってわられることになった。この草稿そうこうでは、テヴィルドが猟犬りょうけんフアンくっした場面ばめんにおいてつぎのような記述きじゅつがある。「またねこたちはあの以降いこう主君しゅくん主人しゅじんともといったものをちませんでした。かれらがきわめき悲鳴ひめいげるのは、しんさびしくつらく、喪失そうしつかんいちはいだからです。むねにあるのはやみばかりで、じょうはありません。」[27]

かげ花嫁はなよめ[編集へんしゅう]

西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」の欄外らんがいみからえらばれたとされる[6]かげのない、いし彫像ちょうぞうのようなおとこ少女しょうじょをからめとり、そのかげうば[28]

秘密ひみつ財宝ざいほう[編集へんしゅう]

トールキンによると、だい一紀かずのり末葉まつよう英雄えいゆう時代じだいトゥーリンしょうドワーフミーム伝説でんせつ余韻よいんひびいているようにおもわれる[6][注釈ちゅうしゃく 2]くろ岩屋いわやふるかたがれた財宝ざいほう所有しょゆうをめぐり、エルフ、ドワーフ、りゅう、そして人間にんげんあいそう[29]

物欲ぶつよく利己りこしんじくにして人間にんげん歴史れきし色濃いろこえがいた[9]このは、実際じっさいには1923ねんに『ベーオウルフ』から「のろいのかけられし、いにしえの人々ひとびと黄金おうごん」といういちぎょうしてタイトルとしてかれたものである[30]

うみかね[編集へんしゅう]

トールキンによれば、ホビットぞく伝来でんらいのものとしては最新さいしんといってよいだいよんぞくする作品さくひんのはじめにだれかのによって「フロドのゆめ」とえてある。これをフロド自身じしんいたとはまずかんがえられないものの、フロドの晩年ばんねん最後さいごの3年間ねんかんと3がつ、10月におとずれるくら絶望ぜつぼうてき悪夢あくむ下敷したじきにしているともおもわれる[6]

海辺うみべひろったしろ貝殻かいがらからひびいてきたかねおとさそわれ、小船こぶねって見知みしらぬ岸辺きしべにたどりくが、うつくしい世界せかい次第しだい沈黙ちんもくやみまれてゆく[31]。 3ばん「さすらいの騎士きし」のとともに、放浪ほうろうたびなか人生じんせい倦怠けんたいをさりげなくつたえる[9]

実際じっさいには、1934ねんかれた「いかれおとこ」をなおし、分量ぶんりょうもとの60ぎょうから120ぎょうやしたものである[32]。 このについて、信州大学しんしゅうだいがく教授きょうじゅ伊藤いとうつき(1965ねん - )は、「『指輪ゆびわ物語ものがたり』の幸福こうふく結末けつまつとはことなるくらかなしい結末けつまつが、ホビットしょう伝承でんしょう存在そんざいしたことがほのめかされている陰鬱いんうつ」だとべている[33]。また、『J・R・R・トールキン―世紀せいき作家さっか』の著者ちょしゃトム・シッピーは、トールキンは「うみかね」において、「(からの)おおいなる逃避とうひ」というかんがえやかれが50ねんちかいていたイメージの数々かずかずわかれをげているのかもしれない、とべている[32]

最後さいごふね[編集へんしゅう]

トールキンによれば、6ばんつきおとこ 軽薄けいはくまき」とともにゴンドール由来ゆらい物語ものがたりである。ベルファラスわんそそぐ「ななつのかわ」にれ、ゴンドールじんをエルフふうにしたフィリエル(すべきおんな)の名前なまえ使つかわれている[6][注釈ちゅうしゃく 3]

少女しょうじょフィリエルは、エルフたちが西にし最後さいごふね見送みおくる。エルフたちにさそわれた彼女かのじょふねろうとして、しんははやるがあしうごかない[34]

この作品さくひんでは、このるという北欧ほくおうてき世界せかい認識にんしき哀切あいせつうたげている[9][注釈ちゅうしゃく 4]実際じっさいには、1934ねんローハンプトン英語えいごばん聖心せいしん修道しゅうどうかいからの依頼いらいけてトールキンが発表はっぴょうしたもとにしており、なおしにより喪失そうしつかん感覚かんかくがよりつよめられている[35]

解説かいせつ[編集へんしゅう]

ホビットぞく詩集ししゅう[編集へんしゅう]

ピーター・ジャクソン監督かんとくによる映画えいがロード・オブ・ザ・リング』(2001ねん)で使つかわれたホビットあなからのホビットしょうながめ。

トールキンが創造そうぞうしたホビットぞくは、ウサギのイメージを妖精ようせいしたような種族しゅぞくであり、「ちゅうくに」の気候きこうおだやかなホビットしょうんでいた。かれらはひかえめだが人付ひとづいがよく、花火はなび冗談じょうだんパイプ食事しょくじきで、いつもあかるいふくおくものパーティーかさなかった。日本語にほんごばん『トム・ボンバディルの冒険ぼうけん』の翻訳ほんやくしゃ早乙女さおとめただし(1930ねん - )は、これらはアングロ・サクソンじん風習ふうしゅうとトールキン自身じしん生活せいかつかさわせて、それに幻想げんそうのヴェールをかけてまれたものだとべている[9]。このようなファンタジーをトールキンは「世界せかい」とんでいる。世界せかい現実げんじついち世界せかいよりも緊張きんちょうふかみやゆめがあり、いち世界せかい曖昧あいまいさをえぐりし、現実げんじつなかひそ真実しんじつきわめるものと位置いちづけた。早乙女さおとめによれば、トールキンによる世界せかいのエッセンスであり、言葉ことばそのものから幻想げんそういち民族みんぞく誕生たんじょうしたとかんがえることができる[9]

ほん詩集ししゅう採録さいろくされた作品さくひんおおくは、トールキンが1920年代ねんだいから1930年代ねんだいにかけていたものであったが、もっとはや時期じきのものもあり、2ばん「トム・ボンバディル小船こぶねる」は出版しゅっぱんのためにあらたにかれたものである[3]。ここにおさめられている長短ちょうたん16へんのうち、1ばん「トム・ボンバディルの冒険ぼうけん」、5ばんつきおとこ 鈍重どんじゅうまき」、7ばん岩屋いわや巨人きょじん」、10ばんぞう」の4へんは『指輪ゆびわ物語ものがたり』でもうたわれている[9]。おそらく、トールキンのホビットぞく創造そうぞう過程かていつくられながら利用りようできなかった愛惜あいせきねんふか作品さくひんを、物語ものがたりちゅうすうへんわせてアンソロジーとしたものとかんがえられる[9]

また、これらのおもだいさんわりごろのホビットしょうのいいつたえやわらぐさなどをあつかっており、軽妙けいみょうでユーモラスなものがおお[4]。ホビットしょうでははごく自然しぜん表現ひょうげん手段しゅだんとされており[9]、そうしたホビットの状況じょうきょう設定せっていによって、うたバラード機知きちなぞなぞなどをすトールキンの才能さいのうがうまくかされている[4]早乙女さおとめによれば、英語えいご原詩げんしは、押韻おういん頭韻とういん語句ごくかえしが豊富ほうふあらわれ、韻律いんりつれん形式けいしき多様たようであり、おとうつくしくひびい、しんに唱するに詞華集しかしゅうとなっている。また、トールキンのは、たんみみこころよひびくというだけのものではない。滑稽こっけいやナンセンスのほか、くにづかじんや、不気味ぶきみなミューリップぞくシャミッソーの『ペーター・シュレミールたん』(1814ねん)をおもわせるかげうばおとこなどの人物じんぶつぐんは、読者どくしゃこわれやおびえの感情かんじょうこす[9]

トム・ボンバディルについて[編集へんしゅう]

トム・ボンバディルについてのは2へんあり、とくに最初さいしょでは、ボンバディルの自然しぜんとの親近しんきんせいうつくしく表現ひょうげんされている[4]かれは「もりみずおか主人しゅじん」である[9][4]同時どうじ自然しぜんれいであり、命名めいめいしゃであり、だれにも支配しはいされることなく、みずかなにかを所有しょゆうすることを拒否きょひする、風変ふうがわりな人物じんぶつである[4]。ほとんどはかがたちからっているてんかれ魔法使まほうつかガンダルフ共通きょうつうてんがあり、トールキンによれば、この両者りょうしゃは「なさぶかく、どこかなぞめいていてまぐれだが、それでも愉快ゆかい人物じんぶつ」でもある[4][注釈ちゅうしゃく 5]

トールキンの家族かぞくあいだでは、トム・ボンバディルはおなじみだった。その名前なまえは、次男じなんマイケルのはね帽子ぼうしこうむったオランダ人形にんぎょうからられたものである[11][37][4]長男ちょうなんのジョンはこの人形にんぎょうきらってトイレにんだことがあるが、トムは無事ぶじ救出きゅうしゅつされ、トールキンはかれ主人公しゅじんこうとした「トム・ボンバディルの冒険ぼうけん」をいた[11]。1937ねん、『ホビットの冒険ぼうけん』が好評こうひょうをもってむかえられ、つぎさく出版しゅっぱんについて議論ぎろんされたときに、トールキンは出版しゅっぱんしゃにトム・ボンバディルの物語ものがたりをもっと実質じっしつてきにふくらませる提案ていあんをしたが、採用さいようされなかった。そのさい、トールキンはトム・ボンバディルについて、「(りゆく)オックスフォードとバークシャー田園でんえん精神せいしん」を表現ひょうげんしようとしたものだと説明せつめいしている[11]

早乙女さおとめによれば、トム・ボンバディルは一種いっしゅトリックスターとして、かみ人間にんげん自然しぜん文化ぶんか秩序ちつじょ混沌こんとんのいずれにも自由じゆう出入でいりして、双方そうほう仲介ちゅうかいする「いたずらしゃ」であり、青年せいねん衝動しょうどうてきなエネルギーやまぐれと、老人ろうじんめた知恵ちえをともにそなえた存在そんざいである[9]。このように、生命せいめい全体ぜんたい支配しはいする自律じりつてき存在そんざい巻頭かんとうにすえ、妖精ようせいくにあこがれながら現実げんじつ世界せかいつことのできない少女しょうじょフィリエルのわるほん詩集ししゅうは、トールキン文学ぶんがく本質ほんしつてきなものを微細びさいのようにせているといえる[9]

成立せいりつ過程かてい[編集へんしゅう]

トム・ボンバディルの誕生たんじょう[編集へんしゅう]

次男じなんマイケルが誕生たんじょうした1920ねんクリスマスから毎年まいとし、トールキンは子供こどもたちにサンタクロースからの手紙てがみすようになり、のち絵本えほんサンタクロースからの手紙てがみ』としてまとめられた[12]。トールキンはみずからもたのしみながら子供こどもたちにけて物語ものがたりかたかせるようになり、サンタクロースの手紙てがみのほか、悪漢あっかんビル・スティッカーとその宿敵しゅくてきロード・アヘッド少佐しょうさ物語ものがたりちいさなおとこティモシー・タイタスの物語ものがたり、トム・ボンバディルの物語ものがたりなどがまれた[37]

「トム・ボンバディルの冒険ぼうけん」のは1930年代ねんだい、トールキンがオックスフォおっくすふぉド大学どだいがく勤務きんむし、文芸ぶんげいサークル「インクリングズ」でC・S・ルイスらと交流こうりゅうしていたころにされた[4]。このは1934ねんに『オックスフォード・マガジン』で発表はっぴょうされている[4][12]

『ホビットの冒険ぼうけん』と『指輪ゆびわ物語ものがたり[編集へんしゅう]

1937ねん、『ホビットの冒険ぼうけん』の出版しゅっぱんによって、トールキンは物語ものがたり作家さっかとしてられるようになった。『ホビットの冒険ぼうけん』はトールキンとそのつまエディスとのあいだまれた子供こどもたち4にんたのしませるためにかれたものだった[2]

指輪ゆびわ物語ものがたりおよび『トム・ボンバディルの冒険ぼうけん出版しゅっぱん、トールキンとつまエディスがんでいたオックスフォード・サンドフィールドロードのいえ

『ホビットの冒険ぼうけん』の続編ぞくへんとして構想こうそうされ、トールキンが1949ねんだつ稿こうしたのが『指輪ゆびわ物語ものがたり』である。『指輪ゆびわ物語ものがたり』は執筆しっぴつちゅうだい叙事詩じょじし成長せいちょうし、子供こどもけの物語ものがたりだった『ホビットの冒険ぼうけん』とはおもむきことなる、「ちゅうくに」の時空じくう深淵しんえんをのぞかせる荘厳そうごんなものとなった。この作品さくひん既存きそん文学ぶんがくジャンルに分類ぶんるいすることが困難こんなん形式けいしきじょう奇抜きばつさと膨大ぼうだい原稿げんこう枚数まいすうのために、『たび仲間なかま』、『ふたつのとう』、『おう帰還きかん』のさんけて1954ねんから1955ねんにかけて出版しゅっぱんされた。『指輪ゆびわ物語ものがたり』は、作品さくひんちゅう登場とうじょうするホビットたちがなかくに西方せいほう共通きょうつういた記録きろくしょ西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」の写本しゃほんから、ちゅうくにだいさんの「指輪ゆびわ戦争せんそう」にかんする部分ぶぶんをトールキンが現代げんだい英語えいごに「翻訳ほんやく」したという体裁ていさいになっており、そのまれたほん詩集ししゅう同様どうようのスタイルを踏襲とうしゅうしている[2]

『トム・ボンバディルの冒険ぼうけん[編集へんしゅう]

1959ねんにオックスフォード大学だいがく定年ていねん退職たいしょくしたトールキンは、「上古じょうこ」とされるなかくにだい一紀かずのり事蹟じせきしるした『シルマリルの物語ものがたり』に専念せんねんするつもりだった。しかし、膨大ぼうだい資料しりょう整理せいり完全かんぜん主義しゅぎがたたってふですすまなかった[2]。『シルマリルの物語ものがたり』は、結局けっきょくトールキンの存命ぞんめいちゅうには出版しゅっぱんされず、かれ死後しご三男さんなんクリストファーがトールキンの遺稿いこうをまとめて1977ねん出版しゅっぱんされることになる[38]

そのあいだの1961ねん当時とうじ89さいだったトールキンの叔母おばジェーン・ニーヴ[注釈ちゅうしゃく 6]から「トム・ボンバディルを中心ちゅうしんにして、わたしたちのような年寄としよりがクリスマス・プレゼントにえるくらいのちいさなほんしてくれないだろうか」という手紙てがみ依頼いらいがあり、これにこたえてまれたのがほん詩集ししゅう『トム・ボンバディルの冒険ぼうけん』である。ポーリン・ベインズによって挿絵さしえがつけられたこの作品さくひんは、1962ねんのクリスマスにうように刊行かんこうされ、叔母おばのジェーン・ニーヴはその数カ月すうかげつくなった[3]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ トールキンによれば、みきめられるというアイデアはおそらくアーサー・ラッカムえがいた樹木じゅもく参考さんこうになっている[11]
  2. ^ 編集へんしゅうしゃちゅう出典しゅってんには「ドワーフぞくトゥーリンとミム」と記述きじゅつされているが、ちゅうくにだいいちにおいてミームとかかわりのあったトゥーリン・トゥランバールはエダインばれる人間にんげんである。
  3. ^ フィリエルはゴンドールの王女おうじょであり、アラゴルン彼女かのじょ血筋ちすじいているとしょうしていた。また、サムのむすめエラノールむすめ名前なまえもフィリエルであり、このにちなんで命名めいめいされた[6]
  4. ^ トールキンは古詩こしウィードシース』から「このる。万物ばんぶつひかり生命せいめいもろともにえてゆく」のぎょうして『ベーオウルフ』解釈かいしゃくかぎにしたことがあった[9]
  5. ^ 『トールキン指輪ゆびわ物語ものがたり事典じてん』の著者ちょしゃデビッド・デイは、トム・ボンバディルはほしひかり時代じだいなかくににやってきたマイア精霊せいれいであったとしている[36]
  6. ^ 指輪ゆびわ物語ものがたり』でビルボのホビットあなは「袋小路ふくろこうじ (Bag End)」どおりにめんしているとかたられているが、これはトールキンの叔母おばジェーン・ニーヴのいえがあるとおりを「バッグ・エンド」とんでいたことからられている[39]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

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  8. ^ 早乙女さおとめ 1975, p. 211.
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  30. ^ シッピー 2015, p. 416.
  31. ^ 早乙女さおとめ 1975, pp. 301–308.
  32. ^ a b シッピー 2015, pp. 420–423.
  33. ^ ベレンとルーシエン 2020, p. 347.
  34. ^ 早乙女さおとめ 1975, pp. 309–315.
  35. ^ シッピー 2015, pp. 419–420.
  36. ^ デイ 1994, pp. 344–345.
  37. ^ a b スカル、ハモンド 1999, p. 179.
  38. ^ シルマリルの物語ものがたり 2003, pp. 7–10.
  39. ^ シッピー 2015, p. 53.

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

トールキンの著作ちょさく[編集へんしゅう]

伝記でんき・その[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

  • ホビットの冒険ぼうけん』:ホビットのビルボ・バギンズを主人公しゅじんこうとする。
  • 指輪ゆびわ物語ものがたり』:『ホビットの冒険ぼうけん』の続編ぞくへんとして執筆しっぴつされ、さらにおおきな物語ものがたりとなった。ほんさく同様どうよう、ホビットたちがのこした「西境にしさかいあか表紙ひょうしほん」から英語えいご翻訳ほんやくされた体裁ていさいになっている。ほんさくの1ばん、5ばん、7ばん、10ばんは『指輪ゆびわ物語ものがたり』からられている。
  • ビルボのわかれのうた』:ビルボたちが灰色はいいろみなとから西方せいほう船出ふなでする場面ばめんえがいた絵本えほん。『トム・ボンバディルの冒険ぼうけん』とおなじくポーリン・ベインズはビルボのさくとされ、『ホビットの冒険ぼうけん』の場面ばめん回想かいそうてきえがかれている。