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フィルム・ノワール

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フィルム・ノワールふつ: Film Noir)は一般いっぱん1940年代ねんだいから1950年代ねんだい後半こうはんにハリウッドでさかんにつくられた犯罪はんざい映画えいがのジャンルをし、アメリカ社会しゃかい殺伐さつばつとした都市とし風景ふうけいやシニカルな男性だんせい主人公しゅじんこう、その周囲しゅういあらわれるなぞめいた女性じょせい登場とうじょう人物じんぶつファム・ファタール)などをおも物語ものがたりじょう特徴とくちょうとする[1][2]だい大戦たいせん前後ぜんこうのアメリカ映画えいが分析ぶんせきしたフランスの批評ひひょうによって命名めいめいされた[3]

映像えいぞうめんでは照明しょうめいのコントラストをつよくしたシャープなモノクロ画面がめんや、スタイリッシュな構図こうず作品さくひん緊張きんちょうかん強調きょうちょうするために多用たようされることがおお[4]

ただしなにを「フィルム・ノワール」とするかは論者ろんしゃによってはばおおきく、明確めいかく定義ていぎさだまっていない[5]。しかしこうした物語ものがたり映像えいぞう表現ひょうげんじょう特徴とくちょうけついでヨーロッパや香港ほんこんなど、世界せかい各地かくち制作せいさくされた映画えいがして「ネオ・ノワール」、近年きんねん韓国かんこくつくられるようになったものが「韓国かんこくノワール」とばれるなど[6]批評ひひょう用語ようごとしてはひろ定着ていちゃくした表現ひょうげんである[5]

概要がいよう

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ハワード・ホークスみっかぞえろ』(1946) はハードボイルドな主人公しゅじんこうやスタイリッシュな画面がめんで、典型てんけいてきなフィルム・ノワールとばれる[2]

フィルム・ノワールの登場とうじょう

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だい大戦たいせんまえ古典こてんてきアメリカ映画えいが上流じょうりゅう階級かいきゅう・ミドルクラスの人々ひとびと幸福こうふく生活せいかつ恋愛れんあい、ハッピーエンドにいたる明朗めいろう楽観らっかんてき物語ものがたり構造こうぞうなどをおおきな特徴とくちょうとしていたが[6]だい大戦たいせん終戦しゅうせん間際まぎわから戦後せんごにかけて、これとはおおきくことなる雰囲気ふんいき作品さくひん相次あいついで登場とうじょうした[7]

ビリー・ワイルダー深夜しんや告白こくはく』(1944)やニコラス・レイ孤独こどく場所ばしょ』(1950)、ジャック・ターナー過去かこのがれて』(1947)、ジョン・ヒューストンマルタのたか』(1941)、ラオール・ウォルシュ白熱はくねつ』(1949) といった作品さくひんは、大都市だいとし片隅かたすみらす孤独こどく生活せいかつしゃ腐敗ふはいした役人やくにん冷酷れいこくなジゴロ、しんんだ残忍ざんにんなギャングといった人物じんぶつぞうえがき、人々ひとびと破滅はめつてき生活せいかつ絶望ぜつぼう重要じゅうよう主題しゅだいとしていた[1]

フランスで注目ちゅうもくされたフィルム・ノワール

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あたらしいアメリカ映画えいが傾向けいこう分析ぶんせきしたフランスの批評ひひょうニーノ・フランクが、そうした一群いちぐん映画えいがを「フィルム・ノワール Film Noir」とんだ[8]

ノワール Noir は英語えいごの「ブラック(くろ)」で、当時とうじのフランスでは老舗しにせ出版しゅっぱんしゃガリマールしゃ刊行かんこう開始かいしした大衆たいしゅう犯罪はんざい小説しょうせつのシリーズ「ロマン・ノワール Roman Noir (暗黒あんこく小説しょうせつ)」が人気にんきあつめており、このシリーズの特徴とくちょうだった悲観ひかんてきなトーンがよくていることからづけられたである[3]。さらにさかのぼればこの「暗黒あんこく小説しょうせつ」の名称めいしょうは、犯罪はんざい主要しゅよう題材だいざいとしていたウージェーヌ・シューパリの秘密ひみつ』のような19世紀せいき風俗ふうぞく小説しょうせつからられていた[1]

ニーノ・フランクがげた作品さくひんは『マルタのたか』のほかエドワード・ドミトリクブロンドの殺人さつじんしゃ』、オットー・プレミンジャーローラ殺人さつじん事件じけん』、フリッツ・ラング飾窓かざりまどおんな』(いずれも1944)、のちにフランクにつづいて最初さいしょに「フィルム・ノワール」の使用しようしたジャン=ピエール・シャルティエは、これらのほかビリー・ワイルダーうしなわれた週末しゅうまつ』(1945)をげている[9]

ここでげられた映画えいが作品さくひんがいずれもひかりかげのコントラストを強調きょうちょうしており、画面がめん以前いぜんのアメリカ映画えいがよりもはるかにくろ々としてえたことから、「ノワール(くろ)」のあたらしい映画えいがうごきをよくいいあてているともめられ[10]、やがてフィルム・ノワールという名前なまえはアメリカをふく世界せかい各国かっこくひろまってゆくことになった[4]

深夜しんや告白こくはく』(1944)ポスター。

亡命ぼうめいしゃささえたフィルム・ノワール

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アメリカでこれらの映画えいが製作せいさくした人々ひとびとおおくは、ナチス迫害はくがいのがれてハリウッドへ亡命ぼうめいした映画えいが製作せいさくしゃたちだった[11]

かれらはだい大戦たいせんまえ映画えいが大国たいこくだったドイツで、表現ひょうげん主義しゅぎてきなコントラストのつよ照明しょうめいや、レンズで構図こうずゆがめる手法しゅほうといったハリウッド映画えいがとはことなる撮影さつえい技術ぎじゅつ習熟しゅうじゅくしており、それがそのままアメリカへまれた[11]

またかれらはレイモンド・チャンドラーダシール・ハメットコーネル・ウールリッチなど、当時とうじはBきゅうかんがえられていたアメリカ大衆たいしゅう小説しょうせつ作家さっか犯罪はんざい小説しょうせつつよ関心かんしんしめし、そこにあらわれるシニカルでテンポのよい会話かいわ映画えいが台詞せりふんでゆくことになった[12]

かれらがつくりだしたフィルム・ノワール映画えいが流行りゅうこうおそくとも1960年代ねんだい前半ぜんはんには衰退すいたいするが、くら悲観ひかんてき物語ものがたり構造こうぞうや、スタイリッシュで陰鬱いんうつ画面がめん使つか映像えいぞう表現ひょうげん手法しゅほう世界せかい各国かっこくひろまり、そのおおくの映画えいが流用りゅうようされてゆく[2]

米国べいこくでのさい評価ひょうかと「ネオ・ノワール」

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英語えいごけん映画えいが研究けんきゅう映画えいが批評ひひょうにおいて「フィルム・ノワール」のかたり一般いっぱんしたのはこのころで、ニューヨーク近代きんだい美術館びじゅつかん開催かいさいされただい規模きぼ連続れんぞく上映じょうえいかいや、映画えいが監督かんとく批評ひひょうポール・シュレーダーによる評論ひょうろんなどがそのきっかけとなった[2]

アメリカでフィルム・ノワールの後継こうけいかんがえられている作品さくひんに、アラン・J・パクラコールガール』(1971)、フランシス・フォード・コッポラカンバセーション…盗聴とうちょう』 (1974)、ロマン・ポランスキーチャイナタウン』(1974)、アーサー・ペンナイトムーブス』(1975)、マーティン・スコセッシタクシー・ドライバー』(1976)などがある。

さらに1980年代ねんだい以降いこうには、後述こうじゅつするような特徴とくちょうおおった作品さくひんをさして「ネオ・ノワール」と論者ろんしゃあらわれた[13]。ここにはデビッド・リンチブルーベルベット』(1986) やクエンティン・タランティーノレザボア・ドッグス』(1992) などがげられている。ジョン・ウーウォン・カーウァイなどの作品さくひんを「香港ほんこんノワール」とぶこともある[13]

定義ていぎ不在ふざい

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「フィルム・ノワール」という言葉ことばには学術がくじゅつ用語ようごのように厳密げんみつ定義ていぎがあるわけではなく、それが映画えいが史上しじょう運動うんどうなのかジャンルなのか、または美学びがくてきなスタイルなのかも論者ろんしゃによってきわめておおきな議論ぎろんはばがあるが[6]、「ノワールふう」とされる映像えいぞう感覚かんかく世界せかい各国かっこく映画えいが表現ひょうげんにおいて、現在げんざいにいたるまで重要じゅうよう一角いっかくめていることはたしかである[14]

また「フィルム・ノワール」作品さくひんだい大戦たいせんのアメリカの閉塞へいそくてき社会しゃかい状況じょうきょう冷戦れいせん緊張きんちょうかんわりはじめたジェンダー関係かんけいなどを色濃いろこ投影とうえいしているとかんがえられ、とくに英語えいごけんにおける映画えいが研究けんきゅうにおいて重要じゅうよう分析ぶんせき対象たいしょうとなっている[2]。とくに近年きんねんでは物語ものがたりちゅうのセクシュアリティに注目ちゅうもくしてクィア理論りろんによる分析ぶんせきさかんにおこなわれている[12]

特徴とくちょう

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過去かこのがれて』(1947ねん)はフィルム・ノワールの代表だいひょうてき特徴とくちょう数多かずおおまれている。

上述じょうじゅつのとおり「フィルム・ノワール」という言葉ことば明確めいかく定義ていぎさだまっておらず、なにが「ノワールふう」の感覚かんかくかたちづくるのかについても議論ぎろんがある[2]

しかしこれまでフィルム・ノワールとばれる作品さくひんには、おも以下いかのような特徴とくちょう指摘してきされることがおお[10]

  • 舞台ぶたい設定せってい現代げんだい大都市だいとし
  • 視覚しかくてきスタイル(コントラストをつよ陰影いんえい強調きょうちょうした画面がめん
  • テーマ(犯罪はんざい詐欺さぎ離別りべつ精神せいしん疾患しっかんなど)
  • 登場とうじょう人物じんぶつ性格せいかく(ハードボイルドな男性だんせい主人公しゅじんこうなぞめいた女性じょせい
  • 物語ものがたり手法しゅほうとき系列けいれつ複雑ふくざつする構成こうせい説明せつめい省略しょうりゃく多用たようなど)
  • 全体ぜんたいてきなムード(社会しゃかいたいするシニシズムや憎悪ぞうお閉塞へいそくかん

したがってもっと典型てんけいてきなノワールふう物語ものがたりは、つぎのような内容ないようになる。

ニューヨークやシカゴなどの大都市だいとし裏通うらどおりに1人ひとり事務所じむしょかまえるかげのある私立しりつ探偵たんていが、なぞめいた雰囲気ふんいき美貌びぼう女性じょせいとともに、腐敗ふはいした警官けいかん堕落だらくした富裕ふゆうそうなどを相手あいて事件じけん解決かいけついどむ。そしてその捜査そうさすすむなかで裏切うらぎりや残酷ざんこくせい倒錯とうさくした支配しはいほっといった人間にんげんまけ側面そくめんあばされ、探偵たんてい女性じょせいみずからがかかえる過去かこきずかいうとになる[15]。これらすべてが、のない閉塞へいそくかんつよ印象いんしょうづけるくら画面がめんえがかれるのである。

物語ものがたり展開てんかい自体じたいとき系列けいれつ沿った明快めいかい簡潔かんけつ構造こうぞうらず、一人称いちにんしょう曖昧あいまいなナレーションによって唐突とうとつ前後ぜんご関係かんけい逆転ぎゃくてんしたり、過去かこ回想かいそうがフラッシュバック形式けいしき挿入そうにゅうされたりする。そのため、最終さいしゅうてきなにがどのように解決かいけつされたのか観客かんきゃくには明確めいかくにはからないケースもしょうじる[14]

背景はいけい

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1950年代ねんだいまでのハリウッド映画えいがでは、「フィルム・ノワール」作品さくひんはマイナーな映画えいが会社かいしゃによっててい予算よさん短期間たんきかん乱造らんぞうされていた。上映じょうえい時間じかんおおくの場合ばあい1あいだはん前後ぜんこうおさえられているのは、メインとなるはなやかなメジャー作品さくひん二本立にほんだてで上映じょうえい可能かのうにするためである。

製作せいさくコストをさえるため、映画えいがつくられたセットを使つかまわした。そのため作品さくひん大半たいはん舞台ぶたいおな都市とし(ニューヨークやシカゴ、サンフランシスコ)に限定げんていされている。主役しゅやく無名むめい俳優はいゆう起用きようされることもおおかった[16]脚本きゃくほん短期間たんきかん多数たすう作品さくひんのシナリオを量産りょうさんするため、ちがいを際立きわだたせようと極端きょくたん破綻はたんした性格せいかく人物じんぶつ登場とうじょうさせたり、物語ものがたり進行しんこう無理むり混乱こんらんさせて観客かんきゃく印象いんしょうえようとした[17]

しかしこうした悪条件あくじょうけんのもとでつくられた作品さくひんは、ハリウッド映画えいがとしてきわめて異質いしつなカテゴリーを登場とうじょうさせ、結果けっかてきに1950年代ねんだいのアメリカ社会しゃかいひろ観客かんきゃくれられることになった[15]

代表だいひょうてき作品さくひん

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どの作品さくひんをフィルム・ノワールとかんがえるかは論者ろんしゃによっておおきくことなるが、英国えいこく映画えいが協会きょうかいとイギリスの『インディペンデント』批評ひひょう研究けんきゅうしゃらが作成さくせいした代表だいひょうてきフィルム・ノワール映画えいがリストには、以下いか作品さくひんげられている[18][19]

題名だいめい 原題げんだい 監督かんとく 公開こうかいねん
マルタのたか The Maltese Falcon ジョン・ヒューストン 1941
深夜しんや告白こくはく Double Indemnity ビリー・ワイルダー 1944
ローラ殺人さつじん事件じけん Laura オットー・プレミンジャー 1944
ブロンドの殺人さつじんしゃ Murder My Sweet エドワード・ドミトリク 1944
恐怖きょうふのまわりみち Detour エドガー・G・ウルマー 1945
殺人さつじんしゃ The Killers ロバート・シオドマク 1946
ギルダ Gilda チャールズ・ヴィダー 1946
みっかぞえろ The Big Sleep ハワード・ホークス 1946
上海しゃんはいからおんな The Lady from Shanghai オーソン・ウェルズ 1947
過去かこのがれて Out of the Past ジャック・ターナー 1947
悪魔あくままち Nightmare Alley エドマンド・グールディング 1947
無謀むぼう瞬間しゅんかん The Reckless Moment マックス・オフュルス 1949
裏切うらぎりの街角まちかど Criss Cross ロバート・シオドマク 1949
白熱はくねつ White Heat ラオール・ウォルシュ 1949
アスファルト・ジャングル The Asphalt Jungle ジョン・ヒューストン 1950
サンセット大通おおどお Sunset Boulevard ビリー・ワイルダー 1950
孤独こどく場所ばしょ In a Lonely Place ニコラス・レイ 1950
ひろったおんな Pickup on South Street サミュエル・フラー 1953
キッスでころせ! Kiss Me Deadly ロバート・アルドリッチ 1955
現金げんきんからだ The Killing スタンリー・キューブリック 1956
成功せいこうあまかお Sweet Smell of Success アレクサンダー・マッケンドリック 1957

フレンチ・フィルム・ノワール

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ビッグ・コンボ英語えいごばん』(1955ねん)でのシルエット描写びょうしゃ。この映画えいが撮影さつえい監督かんとくジョン・オルトン英語えいごばんはフィルム・ノワールを特徴付とくちょうづける極端きょくたん明暗めいあん対照たいしょうほうした。

一方いっぽうで、ジャン=ピエール・メルヴィルジョゼ・ジョヴァンニなどの作品さくひんふくむフランスせいギャング映画えいがを、フレンチ・フィルム・ノワール(フランスせいフィルム・ノワール)とんで分類ぶんるいする場合ばあいがある。ジャック・ベッケル監督かんとくの『現金げんきんすな』(1954ねん)およびジュールズ・ダッシン監督かんとくの『おとこあらそ』(1955ねん)をそのはしりとし、このジャンルの映画えいが系譜けいふはおおむね1970年代ねんだいまでさかんにつづいた。

根元ねもとてきには、だい世界せかい大戦たいせんにフランスで興隆こうりゅうしてきた「セリ・ノワール」(暗黒あんこく小説しょうせつ)とばれるギャングぶつ犯罪はんざい小説しょうせつ起源きげんとしており(前述ぜんじゅつ2さくも、アルベール・シモナンと、オーギュスト・ル・ブルトンの、それぞれともに1953ねん発表はっぴょう小説しょうせつ映画えいがしたものである)、さらにそのセリ・ノワールもまた、戦後せんご流入りゅうにゅうしたアメリカのハードボイルド小説しょうせつとフィルム・ノワールの影響えいきょうおおかれすくなかれけていた。

アメリカン・フィルム・ノワールとのもっとおおきなちがいは、「おとこ同士どうし友情ゆうじょう裏切うらぎり」をおお主題しゅだいとしているてんである。フレンチ・フィルム・ノワールには、アメリカン・フィルムノワールにおける「ファム・ファタール」としてのつよいキャラクターをそなえた「悪女あくじょ」はあまり登場とうじょうせず、場合ばあいによっては女性じょせい一人ひとり登場とうじょうしない作品さくひんもある。したがってアメリカン・フィルム・ノワールのようなニューロティックな傾向けいこう希薄きはくであり、むしろ情念じょうねん濃厚のうこうなギャング映画えいがという性格せいかくつよい(ジャン・ピエール・メルヴィルの作品さくひん一部いちぶのような例外れいがいもある)。このような性質せいしつじょう、フレンチ・フィルム・ノワール作品さくひんおおくは、暗黒あんこくがいにおけるギャングと警察けいさつ、もしくはギャング同士どうし対立たいりつじく構成こうせいされている。

1980年代ねんだい以降いこうジョン・ウーなどが監督かんとく製作せいさくした香港ほんこんせい犯罪はんざい映画えいがは、アクションではハリウッドせいアクション映画えいがとの親和しんわせいがあるが、ギャング映画えいがとしての基本きほんてき傾向けいこうは「フレンチ・フィルム・ノワール」にちかい。

日本にっぽんのフィルム・ノワール

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上記じょうきのような作品さくひんぐん紹介しょうかいされると、日本にっぽんでも同様どうようくら閉塞へいそくてきなムードをたたえた作品さくひんつくられるようになった。これらをして英語えいごけん映画えいが批評ひひょうにおいて「ジャパニーズ・ノワール」などとぶことがある[20]

これもどの作品さくひんかぞえるかについて批評ひひょうあいだ広範こうはん意見いけん一致いっちがあるわけではないが、アメリカの著名ちょめいなDVDレーベルであるクライテリオンや、イギリスの英国えいこく映画えいが協会きょうかい日本にっぽんのフィルム・ノワール特集とくしゅうんださいには、以下いか作品さくひんげられている[20][21]

作品さくひんめい 監督かんとく 公開こうかいねん
野良犬のらいぬ 黒澤くろさわあきら 1949
くろかわ 小林こばやし正樹まさき 1956
おれってるぜ 蔵原くらはらおもんみつくろえ 1957
張込はりこ 野村のむら芳太郎よしたろう 1958
びたナイフ 舛田ますだ利雄としお 1958
13ごう待避たいひせんより その護送ごそうしゃねら 鈴木すずききよしじゅん 1960
わるやつほどよくねむ 黒澤くろさわあきら 1960
ある脅迫きょうはく 蔵原くらはらおもんみつくろえ 1960
ゼロの焦点しょうてん 野村のむら芳太郎よしたろう  1961
ぶた軍艦ぐんかん 今村いまむら昌平しょうへい 1961
野獣やじゅう青春せいしゅん 鈴木すずききよしじゅん 1963
天国てんごく地獄じごく 黒澤くろさわあきら 1963
拳銃けんじゅう残酷ざんこく物語ものがたり 古川ふるかわたく 1964
かわいたはな 篠田しのだ正浩まさひろ 1964
飢餓きが海峡かいきょう 内田吐夢うちだとむ 1965
東京とうきょうながもの 鈴木すずききよしじゅん  1966
拳銃けんじゅうおれのパスポート 野村のむらたかし 1967
ころしの烙印らくいん 鈴木すずききよしじゅん 1967

広義こうぎのフィルム・ノワール

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フィルム・ノワール最盛さいせい同時どうじにハリウッドの全盛ぜんせい時代じだいであり、スタジオ・システム崩壊ほうかいした1950年代ねんだい以降いこうのハリウッドがBきゅうプログラム・ピクチャーを量産りょうさんしうるだけのいきおいをうしなったことは、フィルム・ノワール製作せいさくどころをもうしなうことを意味いみした。

以後いご往年おうねんのフィルム・ノワールの影響えいきょうつよけた犯罪はんざい映画えいが異常いじょう心理しんり映画えいがおおつくられているが、時代じだいおうじて1960年代ねんだい以降いこう映像えいぞうはカラーフィルムが標準ひょうじゅんとなっている。またかつてのフィルム・ノワールでは、台詞せりふ態度たいど婉曲えんきょく性的せいてき隠喩いんゆめたり、暴力ぼうりょくシーン直接ちょくせつ描写びょうしゃ省略しょうりゃくによる凶行きょうこう暗示あんじなどで、きびしい倫理りんりコードを回避かいひしながら観客かんきゃくたいする間接かんせつてき事象じしょう示唆しさはかっていたが、1960年代ねんだい以降いこう倫理りんりコードの緩和かんわによって、直截ちょくせつてきベッドシーン暴虐ぼうぎゃく描写びょうしゃや、タブーであった卑語ひご多用たようおこなわれるようになり、そのおもむきおおいに変化へんかした。1946ねん製作せいさくの『みっかぞえろ』と、その1978ねんのリメイクばんである『おおいなるねむり』を(完成かんせい優劣ゆうれつ度外視どがいしして)表面ひょうめんてき比較ひかくするだけでも、時代じだい変化へんか容易ようい理解りかいる。

1960年代ねんだい以降いこう映画えいがでは、『ブレードランナー』のようにべつジャンル作品さくひんでありながらフィルム・ノワールタイプのモチーフをそなえた作品さくひんあらわれ、また『チャイナタウン』(1974ねん舞台ぶたい設定せっていは1937ねん)、『L.A.コンフィデンシャル』(1997ねん舞台ぶたい設定せっていは1950年代ねんだい)のように、だい大戦たいせん前後ぜんこうのフィルム・ノワール全盛ぜんせい時代じだい舞台ぶたいとしてフィルム・ノワールがたのストーリーを展開てんかいしながら、現代げんだいてき解釈かいしゃくくわえたAきゅう相当そうとう映画えいがとして製作せいさくされる事例じれいられる。

さらに、フィルム・ノワールとなか不可分ふかぶんである「モノクローム」のイメージから、カラー製作せいさくハイビジョンデジタルビデオ製作せいさくたりまえになった現代げんだいにおいても、あえてモノクロフイルムで製作せいさくされる事例じれいがあり、カラーの場合ばあいでも、色彩しきさい効果こうかくらめに調整ちょうせいしたり、やみ夜間やかんのシーンを多用たようすることでくら画面がめん演出えんしゅつすることおおい。

ブレードランナーBlade Runner (1982)
監督かんとくリドリー・スコット主演しゅえんハリソン・フォード) 未来みらい世界せかい舞台ぶたいとした斬新ざんしんなSF映画えいがとしてカルトな評価ひょうかている作品さくひんであるが、たんなるSFではなく、フィルム・ノワールの要素ようそあわつことが、しばしば評論ひょうろんあいだ指摘してきされている。
さらば、ベルリンThe Good German (2006)
監督かんとくスティーヴン・ソダーバーグ主演しゅえんジョージ・クルーニーケイト・ブランシェット) 終戦しゅうせん直後ちょくごのベルリンを舞台ぶたいにした、上記じょうき同様どうよう手法しゅほうつくられた現代げんだいばんフィルム・ノワール。モノクロフィルムで製作せいさく

出典しゅってん

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  1. ^ a b c Durgnat, Raymond. “Paint it Black: The Family Tree of the Film Noir.” In Film Noir Reader. Edited by Alain Silver and James Ursini, 37–51. New York: Limelight, 1998.
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  3. ^ a b Frank, Nino. “A New Type of Detective Story.” Translated by Connor Hartnett. In The Maltese Falcon: John Huston, Edited by William Luhr, 8–9, 14. New Brunswick, NJ: Rutgers University Press, 1995.
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  20. ^ a b Japanese Noir” (英語えいご). The Criterion Channel. 2021ねん2がつ14にち閲覧えつらん
  21. ^ 10 great Japanese film noirs” (英語えいご). BFI. 2021ねん2がつ14にち閲覧えつらん

関連かんれん文献ぶんけん

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総説そうせつ

  • Borde, Raymond, and Etienne Chaumeton. A Panorama of American Film Noir, 1941–1953. Translated by Paul Hammond. San Francisco: City Lights, 2002.
  • Cawelti, John G. “Chinatown and Generic Transformation in Recent American Films.” In Film Theory and Criticism: Introductory Readings. 3d ed. Edited by Gerald Mast and Marshall Cohen, 503–520. New York: Oxford University Press, 1985.
  • Durgnat, Raymond. “Paint it Black: The Family Tree of the Film Noir.” In Film Noir Reader. Edited by Alain Silver and James Ursini, 37–51. New York: Limelight, 1998.
  • Frank, Nino. “A New Type of Detective Story.” Translated by Connor Hartnett. In The Maltese Falcon: John Huston, Edited by William Luhr, 8–9, 14. New Brunswick, NJ: Rutgers University Press, 1995.
  • Place, Janey, and Lowell Peterson. “Some Visual Motifs of Film Noir.” In Film Noir Reader. Edited by Alain Silver and James Ursini, 65–75. New York: Limelight, 1998.
  • Schrader, Paul. “Notes on Film Noir.” In Film Noir Reader. Edited by Alain Silver and James Ursini, 53–63. New York: Limelight, 1998.
  • Hillier, Jim, and Alastair Phillips. 100 Film Noirs (BFI Screen Guide). London: BFI, 2009.
  • Hirsch, Foster. Film Noir: The Dark Side of the Screen. New York: A.S. Barnes, 1981.
  • Hirsch, Foster. Detours and Lost Highways: A Map of Neo­Noir. New York: Limelight, 1999.
  • Naremore, James. More Than Night: Film Noir in Its Contexts. Berkeley: University of California Press, 2008.
  • Palmer, R. Barton. Hollywood’s Dark Cinema: The American Film Noir. New York: Twayne, 1994.
  • Selby, Spencer. Dark City: The Film Noir. Jefferson, NC: McFarland, 1984.
  • Telotte, J. P. Voices in the Dark: The Narrative Patterns of Film Noir. Urbana: University of Illinois Press, 1989.

(フィルム・ノワールとジェンダー)

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  • Kaplan, Ann E., ed. Women in Film Noir. London: BFI, 1998.
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邦文ほうぶん

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  • 遠山とおやま純生すみおへん『フィルム・ノワールのひかりかげ : film noir』エスクァイアマガジンジャパン、1999
  • 新井あらい達夫たつお『フィルムノワールの時代じだいとりかげしゃ、2002
  • 中村なかむら秀之ひでゆき映像えいぞう/言説げんせつ文化ぶんか社会しゃかいがく : フィルム・ノワールとモダニティ』岩波書店いわなみしょてん、2003
  • 吉田よしだ広明ひろあき『Bきゅうノワールろん : ハリウッド転換期てんかんき巨匠きょしょうたち』作品社さくひんしゃ、2008
  • 西森にしもり路代みちよ韓国かんこくノワールその激情げきじょう成熟せいじゅく』Pヴァイン、2023

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