ブジピ川 がわ (グルジア語 ご : ბზიფი 、グルジア語 ご ラテン翻 こぼし 字 じ : Bzipi 、グルジア語 ご 発音 はつおん : [bzipi] )あるいはブジブ川 がわ (アブハズ語 ご : Бзыҧ 、アブハズ語 ご ラテン翻 こぼし 字 じ : Bzyṗ 、アブハズ語 ご 発音 はつおん : [bzɪb] )は、ジョージア のアブハジア自治 じち 共和 きょうわ 国 こく を流 なが れる川 かわ 。コドリ川 がわ と並 なら ぶ、アブハジアの2大 だい 河川 かせん の一 ひと つである[1] 。歴史 れきし 的 てき にはカポエティスツカリ川 がわ (グルジア語 ご : კაპოეტისწყალი 、グルジア語 ご ラテン翻 こぼし 字 じ : Kapoetistskali )とも呼 よ ばれていた。ジョージア国内 こくない では12番目 ばんめ に長 なが い川 かわ である[2] 。ブジピ川 がわ の渓谷 けいこく には多様 たよう な草花 くさばな が生育 せいいく している。特 とく に上流 じょうりゅう の峡谷 きょうこく 部 ぶ では1株 かぶ で100輪 りん の花 はな を咲 さ かせる、キキョウ科 か の多年草 たねんそう 「Campanula mirabilis 」がよく知 し られている。特徴 とくちょう 的 てき な鮮 あざ やかさを持 も つ花 はな であり、「アブハジアの植物 しょくぶつ の女王 じょおう 」とも呼 よ ばれている[3] 。ブジピ川 がわ は1904年 ねん から1917年 ねん までスフミ管区 かんく (ロシア語 ご 版 ばん ) とソチ管区 かんく (ロシア語 ご 版 ばん ) の境界 きょうかい であった[4] 。
「ブジピ川 がわ 」は比較的 ひかくてき 新 あたら しい名称 めいしょう であり、1820年代 ねんだい までは「カポエティスツカリ」と呼 よ ばれていた。カポエティスツカリは「カポエティ」(კაპოეტი )の「川 かわ 」(წყალი )という意味 いみ である。カポエティ (グルジア語 ご 版 ばん ) (კაპოეტი )はジョージア 西部 せいぶ のほぼすべての淡水 たんすい 域 いき に生息 せいそく するコイ科 か の魚 さかな であり、ツカリ(წყალი )は古 こ ジョージア語 ご で「川 かわ 」を意味 いみ している。この川 かわ にはほかにも多様 たよう なマス が生息 せいそく している。1820年代 ねんだい 以降 いこう からは「ブジピ」という呼称 こしょう が見 み られるようになったが、これはセイヨウツゲ を指 さ すジョージア語 ご 「ブザ」(ბზა )に由来 ゆらい すると考 かんが えられている[5] 。アブハジア地域 ちいき ではセイヨウツゲが生育 せいいく する峡谷 きょうこく の近 ちか くを流 なが れる川 かわ を「ブジピ」と呼 よ んでいる。
ブジピ川 がわ の流域 りゅういき の地図 ちず
ブジピ川 がわ の流域 りゅういき はコーカサス山脈 さんみゃく の温暖 おんだん 湿潤 しつじゅん 気候 きこう 地域 ちいき に属 ぞく する。川 かわ の長 なが さは110キロメートルであり、アブハジアでもっとも長 なが い[6] 。年 とし 平均 へいきん 流量 りゅうりょう は96立方 りっぽう メートル毎秒 まいびょう 、流域 りゅういき 面積 めんせき は1,510平方 へいほう キロメートルであり、アブハジアの河川 かせん ではコドリ川 がわ に次 つ ぐ第 だい 2位 い の流量 りゅうりょう および広 ひろ さである[6] [7] 。河口 かこう は黒海 こっかい にあり、河口 かこう において河川 かせん 流 りゅう が2つに分流 ぶんりゅう している[8] 。
ブジピ川 がわ は大 だい コーカサス山脈 さんみゃく の西部 せいぶ 、北緯 ほくい 43度 ど 17分 ふん 47秒 びょう 、東経 とうけい 41度 ど 13分 ふん 49秒 びょう の標高 ひょうこう 2,300メートル付近 ふきん を水源 すいげん とし、河口 かこう 近 ちか くで2つに分流 ぶんりゅう して北緯 ほくい 43度 ど 11分 ふん 18秒 びょう 、東経 とうけい 40度 ど 16分 ふん 52秒 びょう の付近 ふきん で黒海 こっかい に流 なが れ出 で る[6] 。ブジピ川 がわ では上流 じょうりゅう から流 なが れ落 お ちてきた粘土 ねんど 、泥 どろ 灰 はい 土 ど 、苦 く 灰 はい 岩 がん 、砂岩 さがん などが見 み られる[9] 。ブジピ川 がわ の谷 たに はブジピ山脈 さんみゃく (ドイツ語 ご 版 ばん ) やガグラ山脈 さんみゃく (グルジア語 ご 版 ばん ) など大 だい コーカサス山脈 さんみゃく に属 ぞく するいくつかの山脈 さんみゃく に隣接 りんせつ している。ブジピ川 がわ はアラビカ山 さん (グルジア語 ご 版 ばん ) をブジピ山脈 さんみゃく から分離 ぶんり するように峡谷 きょうこく が流 なが れ、深 ふか い洞窟 どうくつ を数多 かずおお く形成 けいせい する顕著 けんちょ なカルスト地形 ちけい となっている[6] 。支流 しりゅう にはブジピ山脈 さんみゃく の最高峰 さいこうほう ヒムサ山 さん (ロシア語 ご 版 ばん ) を水源 すいげん とするヒムサ川 がわ (ロシア語 ご 版 ばん ) がある。またリツァ湖 みずうみ (英語 えいご 版 ばん ) の水源 すいげん となっているイウプシャラ川 がわ (英語 えいご 版 ばん ) もブジピ川 がわ の支流 しりゅう である。ブジピ川 がわ とイウプシャラ川 がわ の峡谷 きょうこく に沿 そ って、黒海 こっかい とリツァ湖 みずうみ を結 むす ぶ道路 どうろ が通 かよ っている[6] [8] 。
ブジピ川 がわ の流域 りゅういき の南東 なんとう には、黒海 こっかい に突 つ き出 で たビチヴィンタ岬 みさき (グルジア語 ご 版 ばん ) がある。この地域 ちいき で観測 かんそく された地震 じしん データにより、海底 かいてい 斜面 しゃめん の谷 たに が中新 ちゅうしん 世 よ から鮮新世 よ の礫 つぶて 岩 がん 地層 ちそう に切 き り込 こ んでいることが判明 はんめい した。切 き り込 こ んでいる谷 たに の長 なが さは十 じゅう 数 すう メートルにわたる[10] 。この岬 みさき はブジピ川 がわ によって運 はこ ばれた土砂 どしゃ が長 なが い年月 としつき をかけて堆積 たいせき することで形成 けいせい された[11] 。1967年 ねん にアナトリー・マンディチ (wikidata ) が収集 しゅうしゅう したデータ[12] によると、ブジピ川 がわ には年間 ねんかん 約 やく 17万 まん トンの砂礫 されき や土砂 どしゃ が流 なが れている。これはムジムタ川 がわ (ロシア語 ご 版 ばん ) とプソウ川 がわ の合計 ごうけい に匹敵 ひってき する量 りょう である[10] 。アブハジア北部 ほくぶ のブジピ川上 かわかみ 流域 りゅういき にはブジピ・アブハズ人 じん (英語 えいご 版 ばん ) (アブハズ人 じん の3つの民族 みんぞく 的 てき サブグループの一 ひと つ)が住 す んでいる[13] 。彼 かれ らは独自 どくじ の方言 ほうげん (ブジピ方言 ほうげん (英語 えいご 版 ばん ) )を持 も っている。ブジピ川 がわ は、高地 こうち の森林地帯 しんりんちたい から材木 ざいもく を輸送 ゆそう するための交通 こうつう 路 ろ としても利用 りよう されている。
ジョージアにおいて、ブジピ川 がわ は水力 すいりょく 発電 はつでん の観点 かんてん で黒海 こっかい 流域 りゅういき における最 さい 重要 じゅうよう 河川 かせん の一 ひと つと位置 いち づけられている。最 さい 重要 じゅうよう 河川 かせん の位置 いち づけにあるコドリ川 がわ 、キラスリ川 かわ (ロシア語 ご 版 ばん ) 、グミスタ川 がわ (ロシア語 ご 版 ばん ) 、そしブジピ川 がわ を合 あ わせた水力 すいりょく 発電 はつでん の潜在 せんざい 能力 のうりょく は350万 まん キロワットを超 こ えると評価 ひょうか されている[14] 。
植物 しょくぶつ と動物 どうぶつ [ 編集 へんしゅう ]
「アブハジアの植物 しょくぶつ の女王 じょおう 」と形容 けいよう されるキキョウ科 か の多年草 たねんそう 「Campanula mirabilis 」
ビチヴィンタ (グルジア語 ご 版 ばん ) の河口 かこう から上流 じょうりゅう のリツァ湖 みずうみ (英語 えいご 版 ばん ) に至 いた るまで、ブジピ川 がわ の渓谷 けいこく には豊 ゆた かな植物 しょくぶつ 相 しょう が広 ひろ がっている。上流 じょうりゅう 部 ぶ は河面 かわも からの高 たか さが両 りょう 岸 きし とも300メートル超 こ える狭 せま い峡谷 きょうこく となっており、急峻 きゅうしゅん な岩 いわ の斜面 しゃめん がせまっている。峡谷 きょうこく の斜面 しゃめん には草本 そうほん 植物 しょくぶつ が生 は えており、多 おお くの種 たね が発見 はっけん されている。特 とく に、「アブハジアの植物 しょくぶつ の女王 じょおう 」と形容 けいよう されるキキョウ科 か の多年草 たねんそう 「Campanula mirabilis 」が有名 ゆうめい である。これは1株 かぶ で100輪 りん の花 はな を咲 さ かせると言 い われており、6月 がつ から8月 がつ にかけて色 いろ 鮮 あざ やかな青 あお い花 はな が峡谷 きょうこく 一 いち 面 めん を覆 おお うように咲 さ き乱 みだ れる。またリツァ湖 みずうみ の近 ちか くでもキキョウ科 か の多年草 たねんそう 「Campanula paradoxa (アイスランド語 ご 版 ばん ) 」が発見 はっけん されている。これは大 おお きな葉 は のロゼット を持 も ち、側 がわ 枝 えだ から花序 かじょ を出 だ して白 しろ い花 はな を咲 さ かせる。その他 た 、ブジピ川 がわ の渓谷 けいこく では「Campanula albovii (wikidata ) 」や「Campanula dzyschrica (グルジア語 ご 版 ばん ) 」といったキキョウ科 か の固有 こゆう 種 しゅ が見 み られる。また「Aquilegia gegica (ベトナム語 ご 版 ばん ) 」[15] (淡 あわ い青色 あおいろ のオダマキ )、「Ranunculus suukensis (セブアノ語 ご 版 ばん ) 」(大 おお きいもので直径 ちょっけい 2.5センチメートルの花 はな を咲 さ かせるキンポウゲ )、そして「Woronowia speciosa (wikidata ) 」(バラ科 か の固有 こゆう 種 しゅ 。ダイコンソウ属 ぞく の近 きん 縁 えん だが花 はな や葉 は が大 おお きく別 べつ 属 ぞく である)などが知 し られている[3] 。
ブジピ川 がわ の河口 かこう にはビチヴィンタ岬 みさき (グルジア語 ご 版 ばん ) があり、その近 ちか くにインキティ湖 こ (グルジア語 ご 版 ばん ) がある。この湖 みずうみ にはブジピ川 がわ の水 みず が流 なが れ込 こ んでいる。古代 こだい 都市 とし ピチウンティ (グルジア語 ご 版 ばん ) (現在 げんざい のビチヴィンタ)が建設 けんせつ されたとき、インキティ湖 こ は黒海 こっかい とつながっており、かつては内 うち 港 みなと であった。この場所 ばしょ での考古学 こうこがく 的 てき な調査 ちょうさ により、古代 こだい の遺物 いぶつ や建造 けんぞう 物 ぶつ の基礎 きそ が発見 はっけん されている。またこの地 ち にあった古代 こだい の神殿 しんでん は、湖 みずうみ の水位 すいい が変化 へんか したため水没 すいぼつ したと言 い われている[16] 。
ブジピ川 がわ の流域 りゅういき にはモミ属 ぞく の樹木 じゅもく が多 おお く生育 せいいく している。ブジピ川 がわ の上流 じょうりゅう では国際 こくさい 自然 しぜん 保護 ほご 連合 れんごう が絶滅 ぜつめつ 危惧 きぐ 種 しゅ に指定 してい しているトカゲ 「Darevskia alpina (英語 えいご 版 ばん ) 」の個体 こたい 群 ぐん が多数 たすう 確認 かくにん されている[17] 。
またブジピ川 がわ の渓谷 けいこく の広域 こういき に大 だい 規模 きぼ な農業 のうぎょう 試験場 しけんじょう があり、世界 せかい 各地 かくち から持 も ち込 こ まれた植物 しょくぶつ 種 しゅ が栽培 さいばい されている。この地 ち の気候 きこう で生育 せいいく した植物 しょくぶつ の中 なか には珍 めずら しいものもあり、例 たと えば沿岸 えんがん 部 ぶ に育 そだ つアメリカスギ 「Sequoia sempervirens (英語 えいご 版 ばん ) 」や、ヒマラヤスギ 「Cedrus deodara (英語 えいご 版 ばん ) 」が挙 あ げられる。樹齢 じゅれい 50年 ねん のアメリカスギもあり、高 たか さは25メートルにまで成長 せいちょう している[3] 。
開発 かいはつ と観光 かんこう [ 編集 へんしゅう ]
かつてソビエト連邦 れんぽう の閣僚 かくりょう 会議 かいぎ 議長 ぎちょう を務 つと めたニキータ・フルシチョフ は、ブジピ川 がわ の河口 かこう 近 ちか くのビチヴィンタ (グルジア語 ご 版 ばん ) にお気 き に入 い りの保養 ほよう 地 ち があったことから、ブジピ川 がわ に大 だい 規模 きぼ なダム と水力 すいりょく 発電 はつでん 所 しょ の建設 けんせつ を提案 ていあん したことがある。しかしこの提案 ていあん はフルシチョフ専属 せんぞく の専門 せんもん 家 か によって却下 きゃっか された。ブジピ川 がわ にダムを建設 けんせつ した場合 ばあい 、ビチヴィンタに壊滅 かいめつ 的 てき な海岸 かいがん 侵食 しんしょく が発生 はっせい すると考 かんが えたためである。最終 さいしゅう 的 てき にダムは、海岸 かいがん 線 せん への影響 えいきょう が少 すく ないだろうとの評価 ひょうか によりエングリ川 がわ (ロシア語 ご 版 ばん ) に建設 けんせつ されることとなり、1961年 ねん に着工 ちゃっこう した(エングリダム (英語 えいご 版 ばん ) )[18] 。その後 ご 、フルシチョフの耳 みみ には、クーデターの噂 うわさ が入 はい ることが続 つづ いた。1964年 ねん 10月 がつ 13日 にち 、ビチヴィンタで休暇 きゅうか を取 と っていたフルシチョフは政治 せいじ 局 きょく の召喚 しょうかん を受 う けモスクワに呼 よ び戻 もど され、縁故 えんこ 採用 さいよう や汚職 おしょく 、その他 た いくつかの刑事 けいじ 事案 じあん の告発 こくはつ で起訴 きそ 状 じょう を渡 わた された。フルシチョフは退陣 たいじん を求 もと められ、翌 よく 10月 がつ 14日 にち に辞任 じにん した。フルシチョフはブリーフケース を息子 むすこ セルゲイ に渡 わた し、「これまでだ。私 わたし は引退 いんたい する」と告 つ げた[19] 。
ブジピ川 がわ でのスポーツは、カヤッキング やラフティング が人気 にんき となっている。リツァ保護 ほご 区 く (グルジア語 ご 版 ばん ) にある山岳 さんがく 地帯 ちたい のリツァ湖 みずうみ (英語 えいご 版 ばん ) 周辺 しゅうへん は、森 もり と山地 さんち 河川 かせん の合間 あいま で育 そだ てられたワインが有名 ゆうめい である。アブハジア地域 ちいき の土産 みやげ となるワインには「リツァ」「ノヴィ・アフォン」といった銘柄 めいがら がある[20] 。
ブジピ川 がわ の河口 かこう にあるビチヴィンタ岬 みさき (グルジア語 ご 版 ばん ) には、ビチヴィンタ (グルジア語 ご 版 ばん ) の古代 こだい 集落 しゅうらく 、灯台 とうだい 、10世紀 せいき の寺院 じいん 、博物館 はくぶつかん 、そして1926年 ねん から維持 いじ されているマツ の老木 ろうぼく など、多 おお くの名所 めいしょ が存在 そんざい している[16] 。
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ブジピ川 がわ に
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^ a b アブハジア はアブハジア共和 きょうわ 国 こく とジョージア の間 あいだ で領土 りょうど 問題 もんだい となっている地域 ちいき である。アブハジア共和 きょうわ 国 こく は1992年 ねん 7月 がつ 23日 にち に一方 いっぽう 的 てき に独立 どくりつ を宣言 せんげん したが、ジョージアは引 ひ き続 つづ き自国 じこく に主権 しゅけん のある領土 りょうど であると主張 しゅちょう し、ロシア による占領 せんりょう 地 ち であるとしている。アブハジア共和 きょうわ 国 こく は国連 こくれん 加盟 かめい 国 こく 193か国 こく のうち7か国 こく から独立 どくりつ 国 こく として国家 こっか 承認 しょうにん を受 う けているが、うち1か国 こく はその後 ご 承認 しょうにん を撤回 てっかい している。
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