ポスト・ケインズ派は経済けいざい学がく

ポスト・ケインズ派は経済けいざい学がく（英えい: Post-Keynesian economics）とは、ジョン・メイナード・ケインズが著あらわした『雇用こよう・利子りしおよび貨幣かへいの一般いっぱん理論りろん』をもとにして、ミハウ・カレツキ、ジョーン・ロビンソン、ニコラス・カルドア、アバ・ラーナー、ピエロ・スラッファなどの影響えいきょうを受うけて発展はってんしてきた経済けいざい学がくの学派がくはである。

歴史れきし

1970年代ねんだい、先進せんしん工業こうぎょう諸国しょこくでは高度こうど経済けいざい成長せいちょうが終焉しゅうえんを迎むかえると同時どうじに、スタグフレーション、格差かくさ拡大かくだい、環境かんきょう問題もんだいなど、社会しゃかい問題もんだいが深刻しんこくさを増ましていた。このような状況じょうきょうに対たいして、ジョーン・ロビンソンは「経済けいざい学がくの第だい二にの危機きき」を宣言せんげんし、新しん古典こてん派は経済けいざい学がくを「似に非ひケインズ主義しゅぎ」(bastard Keynesianism) に他たならぬと糾弾きゅうだんし、ケインズ自身じしんの洞察どうさつに改あらためて立たち返かえることによって代替だいたい的てきな経済けいざい理論りろんを構築こうちくすることが急務きゅうむであると訴うったえた。これを受うけて、1970年代ねんだい半なかばに、経済けいざい学がくの革新かくしんを希求ききゅうする若手わかて経済けいざい学者がくしゃが結集けっしゅうして、ロビンソンを盟主めいしゅに仰あおぐポスト・ケインズ派はという新あらたな研究けんきゅう集団しゅうだんが誕生たんじょうした^[1]。近年きんねんでは、2007年ねんのサブプライム危機ききを契機けいきとしてハイマン・ミンスキーの「金融きんゆう不安定ふあんてい性せい仮説かせつ」が広ひろく注目ちゅうもくされたが、金融きんゆう危機ききの理論りろんと実証じっしょうに関かんする研究けんきゅうは、現在げんざいのポスト・ケインズ派はにおいて最もっとも重要じゅうような課題かだいのひとつであった^[1]。比較的ひかくてき最近さいきん^[いつ?]の派生はせい理論りろんとして、現代げんだい貨幣かへい理論りろん（Modern Monetary Theory、新しん表ひょう券けん主義しゅぎ^[2]〈Neochartalism〉とも）がある^[3]。

特徴とくちょう

マルク・ラヴォアはポスト・ケインズ派はを含ふくむ非ひ主流しゅりゅう派は経済けいざい学がく（異端いたん派は経済けいざい学がく）に共通きょうつうする特徴とくちょうとして、

道具どうぐ主義しゅぎではなく、現実げんじつ主義しゅぎにもとづく認識にんしき。仮説かせつは現実げんじつと一致いっちするべきである。
方法ほうほう論ろん的てき個人こじん主義しゅぎではなく、有ゆう機体きたい論ろん（または全体ぜんたい論ろん）によるアプローチ。フレデリク・プロン（fr:Frédéric Poulon）は例れいとして、ミクロ経済けいざいへの接続せつぞくから自立じりつしたマクロ経済けいざいの可能かのう性せいを主張しゅちょうし、単純たんじゅんな国民こくみん経済けいざい計算けいさんへの考察こうさつではなく、マクロ経済けいざい学がく自身じしんの省察せいさつによる分析ぶんせき領域りょういきを提唱ていしょうしている。
経済けいざい主体しゅたいが「完全かんぜん合理ごうり性せい」（仏ふつ: rationalité absolue）に基もとづく判断はんだんを行おこなうと考かんがえるのではなく、個人こじんや企業きぎょうは「限定げんてい合理ごうり性せい」（英えい: bounded rationality, 仏ふつ: rationalité limitée）によることを前提ぜんていとする。
経済けいざいにおける希少きしょう性せいの問題もんだいを重要じゅうようなものとせず、代かわりに生産せいさん、再さい生産せいさん、成長せいちょう、流通りゅうつうの問題もんだいを分析ぶんせきの中心ちゅうしんに置おく。
新しん古典こてん派はが短期たんきにおける不完全性ふかんぜんせいや外部がいぶ性せいの存在そんざいによって政府せいふの介入かいにゅうを支持しじするものの、基本きほん的てきに市場いちば経済けいざいを信頼しんらいするのに対たいし、市場いちばメカニズムの存在そんざい自体じたいを疑問ぎもん視しする。よって市場いちばは国家こっかによる様々さまざまな規制きせいや介入かいにゅうがなされなければならない。

の5点てんを挙あげており^[4]、さらに、ポスト・ケインズ派はが異端いたん派はから区別くべつされる際さいの「本質ほんしつ的てき特徴とくちょう」として、

有効ゆうこう需要じゅよう原理げんり - 経済けいざいは短期たんき的てきにも長期ちょうき的てきにも需要じゅようによって決定けっていされ、供給きょうきゅうが需要じゅように応おうじて調整ちょうせいされる。貯蓄ちょちくを決定けっていするのは常つねに投資とうしであり、その逆ぎゃくではない。
動どう学がく的てき歴史れきし的てき時間じかん - 常つねにある均衡きんこうから別べつの均衡きんこうへの移行いこう過程かていを考慮こうりょせねばならない。この移行いこう過程かていが、最終さいしゅう的てきな均衡きんこうそのものに影響えいきょうを与あたえる可能かのう性せいがある。

の2点てんを挙あげている^[5]。ただし、鍋島なべしま直樹なおき（名古屋大学なごやだいがく教授きょうじゅ）は前掲ぜんけいのラヴォアによるポスト・ケインズ派はの説明せつめいがカレツキ派はに偏重へんちょうしていることを指摘してきしている^[1]。鍋島なべしまはポスト・ケインズ派は経済けいざい学者がくしゃに共通きょうつうする見解けんかいとして、次つぎの三さん点てんを挙あげている^[1]。

経済けいざいは歴史れきし的てき時間じかんの中なかで進行しんこうする過程かていである。
不ふ確実かくじつ性せいに満みちた現実げんじつ世界せかいにおいては、経済けいざい活動かつどうに対たいする期待きたいが重大じゅうだいな影響えいきょうを及およぼす。
社会しゃかい的てき諸しょ制度せいどが経済けいざい現象げんしょうの成なり行ゆきを決きめる上うえで重要じゅうような役割やくわりを演えんじる。

三みっつの系統けいとう

ポスト・ケインズ派はは上述じょうじゅつの特徴とくちょうにおいては見解けんかいが共通きょうつうしているものの、決けっして一枚岩いちまいいわの集団しゅうだんではなく、「ケインズ原理げんり主義しゅぎ」、「カレツキ派は」、「スラッファ派は」という三みっつの異ことなるアプローチが存在そんざいする^[1]^[6]。

ケインズ原理げんり主義しゅぎ

ケインズ原理げんり主義しゅぎ (Fundamentalist Keynesian) とは、『一般いっぱん理論りろん』におけるケインズの立場たちばを「新しん古典こてん派は経済けいざい学がくの理論りろんや政策せいさく的てき含意がんいだけでなく、その還元かんげん主義しゅぎ的てき方法ほうほうをも否定ひていしていた」と解釈かいしゃくする、急進きゅうしん的てきなポスト・ケインズ派はである^[7]。彼かれらは、ケインズが至いたる所ところで強調きょうちょうしていた確かく率りつと不ふ確実かくじつ性せいの役割やくわりを重視じゅうししており、特とくにローソン、キャラベリ、フィッツギボンズ、オドンネルらの著作ちょさく^[8] をルーツとする1980年代ねんだい中盤ちゅうばん以降いこうの新あたらしい原理げんり主義しゅぎ者しゃは、『一般いっぱん理論りろん』第だい12章しょうにおける不ふ確実かくじつ性せいの議論ぎろんと『確率かくりつ論ろん』における哲学てつがく的てき思索しさくとの関係かんけいをめぐる、原典げんてん解釈かいしゃくに力点りきてんを置おいている^[7]。

カレツキ派は

カレツキ派は (Kaleckian) とは、ミハウ・カレツキの経済けいざい理論りろんから影響えいきょうを受うけたポスト・ケインズ派はの一派いっぱである。カレツキの景気けいき循環じゅんかん理論りろんはケインズの『一般いっぱん理論りろん』に欠如けつじょしていたミクロ経済けいざい学がく的てき基礎きそを備そなえていたため、1970年代ねんだいを通つうじてポスト・ケインズ派は経済けいざい学がくの出現しゅつげんを先導せんどうした^[9]。彼かれらは、階級かいきゅう間あいだコンフリクトの作用さように焦点しょうてんを合あわせ、不完全ふかんぜん競争きょうそう経済けいざいの下したでの価格かかく形成けいせいと所得しょとく分配ぶんぱい、および景気けいき循環じゅんかんと経済けいざい成長せいちょうの仕組しくみの解明かいめいを試こころみる^[1]。カレツキ派はは、以下いかの3点てんにおいて『一般いっぱん理論りろん』におけるケインズの立場たちばと異ことなる^[9]。

景気けいき循環じゅんかんの原因げんいんである投資とうしの不安定ふあんていについて、ケインズが経済けいざい人じんの期待きたいの主観しゅかん的てき要素ようそ（アニマル・スピリット）を重要じゅうよう視ししたのに対たいし、カレツキは企業きぎょうの確信かくしんは主おもに現在げんざいの利潤りじゅんによって決定けっていされるので彼かれらの主観しゅかん的てき要素ようそをこれ以上いじょう分析ぶんせきする必要ひつようはないとした。
流動りゅうどう性せい選好せんこう理論りろんにおいて、ケインズが貨幣かへいに対たいする総そう需要じゅようおよび総そう供給きょうきゅうを仮定かていしたのに対たいし、カレツキは貨幣かへいが経済けいざいシステムにとって内うち生せい的てきであると考かんがえた。
ケインズが長期ちょうき利子りし率りつを上回うわまわる投資とうしの期待きたい収益しゅうえき率りつの不安定ふあんてい性せいによって投資とうしの不安定ふあんていを説明せつめいしたのに対たいし、カレツキは企業きぎょう部門ぶもんの内部ないぶ流動りゅうどう性せいが利潤りじゅんや外部がいぶ金融きんゆうの水準すいじゅんとともに変動へんどうすることが投資とうしの不安定ふあんてい性せいの原因げんいんであるとした（危険きけん逓増ていぞうの原理げんり）。ミンスキーの「金融きんゆう不安定ふあんてい性せい仮説かせつ」(Financial Instability Hypothesis) もこれを独自どくじに発展はってんさせたものである。^[10]

スラッファ派は

スラッファ派は (Sraffian) とは、ピエロ・スラッファの洞察どうさつに基もとづき、新しん古典こてん派は限界げんかい理論りろんを代替だいたいしうる価格かかくと分配ぶんぱいの理論りろんを構築こうちくしようと試こころみる、ポスト・ケインズ派はの重要じゅうような一いち部門ぶもんである^[1]。新しんリカード派は (Neo-Ricardian) とも言いう^[11]。スラッファは、『商品しょうひんによる商品しょうひんの生産せいさん』^[12]（1960年ねん）において新しん古典こてん派は分配ぶんぱい理論りろんを資本しほん理論りろんの側面そくめんから批判ひはんした^[13]。彼かれらは『一般いっぱん理論りろん』の中なかに組くみ入いれられたマーシャル的てき要素ようそを放棄ほうきすることによって、ケインズ派はと主流しゅりゅう派はの同化どうかを回避かいひすべきと主張しゅちょうする^[13]。

ポストケインズ派はの経済けいざい学者がくしゃ

欧米おうべい

日本にっぽん

脚注きゃくちゅう

^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g 鍋島なべしま直樹なおき、「ポスト・ケインズ派は:『有効ゆうこう需要じゅようの原理げんり』を軸じくに代替だいたい理論りろんの構築こうちくをめざす」、『これからの経済けいざい学がく:マルクス、ピケティ、その先さきへ』（経済けいざいセミナー増刊ぞうかん）、日本にっぽん評論ひょうろん社しゃ、66-67頁ぺーじ、2015年ねん。
^ 泉いずみ正樹まさき『貨幣かへいの本源ほんげん的てき概念がいねんについての覚書おぼえがき』, 東北学院大学とうほくがくいんだいがく経済けいざい学がく論集ろんしゅう (180), 2013-03, p17-18
^ Lavoie, Marc "What post-Keynesian economics has brought to an understanding of the Global Financial Crisis" July 2015, p.9
^ 宇仁宏幸ひろゆき・大野おおの隆たかし（訳わけ）、マルク・ラヴォア（著ちょ）『ポストケインズ派は経済けいざい学がく入門にゅうもん』、ナカニシヤ出版しゅっぱん、2008年ねん、4-16頁ぺーじ。
^ 前掲ぜんけい書しょ、16-21頁ぺーじ。
^ 宇仁宏幸ひろゆき・大野おおの隆たかし（訳わけ）、マルク・ラヴォア（著ちょ）『ポストケインズ派は経済けいざい学がく入門にゅうもん』、ナカニシヤ出版しゅっぱん、2008年ねん、p.27-29
^ ^a ^b ビル・ジェラード「原理げんり主義しゅぎ者しゃのケインジアン（Fundamentalist Keynesians）」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派はの経済けいざい理論りろん』、多賀たが出版しゅっぱん、2009年ねん、179-184頁ぺーじ。
^ それぞれ、
Lawson,T.,"Uncertainty and Economic Analysis," Economic Journal,95(380),909-24,1985,
Carabbli,A.,On Keynes's,.Method, Macmillan, 1988,
Fitzgibbons, A., Keynes's Vision, Clarendon Press, 1988,
O'Donnell, M., Keynes: Philosophy, Economics and Politics, Macmillan, 1989。
^ ^a ^b ヤン・トポロウスキー「カレツキの経済けいざい学がく（Kaleckian Economics）」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派はの経済けいざい理論りろん』、多賀たが出版しゅっぱん、2009年ねん、72-76頁ぺーじ。
^ 鍋島なべしま直樹なおき『ケインズとカレツキ』、名古屋大学出版会なごやだいがくしゅっぱんかい、2001年ねん10月がつ、p.145
^ 宇仁宏幸ひろゆき、坂口さかぐち明義あきよし、遠山とおやま弘ひろし徳とく、鍋島なべしま直樹なおき（著ちょ）『入門にゅうもん　社会しゃかい経済けいざい学がく』（第だい１版はん）、ナカニシヤ出版しゅっぱん、2004年ねん、p.5
^ Sraffa, P.Producton of Commodities by Means of Commodities, Cambridge University Press, 1960.
^ ^a ^b ゲーリー・モンジオッヴィ「スラッファの経済けいざい学がく（Sraffian Economics）」、J.E. キング『ポスト・ケインズ派はの経済けいざい理論りろん』、多賀たが出版しゅっぱん、2009年ねん、267-271頁ぺーじ。

参考さんこう文献ぶんけん

ダンカン・フォーリー、トマス・マイクル『成長せいちょうと分配ぶんぱい』、日本にっぽん経済けいざい評論ひょうろん社しゃ
マルク・ラヴォア（著ちょ）、宇仁宏幸ひろゆき・大野おおの隆たかし（訳わけ）『ポストケインズ派は経済けいざい学がく入門にゅうもん』、ナカニシヤ出版しゅっぱん、2008年ねん、ISBN 978-4779502675
経済けいざいセミナー編集へんしゅう部ぶ、『これからの経済けいざい学がく: マルクス、ピケティ、その先さきへ』（経済けいざいセミナー増刊ぞうかん）、2015年ねん