モーリッツ・シュリック

Friedrich Albert Moritz Schlick

1930年ねんごろのシュリック
生誕せいたん	1882年ねん4月がつ14日にち ドイツ帝国ていこく、ベルリン
死没しぼつ	1936年ねん6月22日にち(1936-06-22)（54歳さい） オーストリア、ウィーン
時代じだい	20世紀せいきの哲学てつがく
地域ちいき	西洋せいよう哲学てつがく
学派がくは	分析ぶんせき哲学てつがく、論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎ、ウィーン学がく団だん
研究けんきゅう分野ぶんや	論理ろんり学がく、科学かがく哲学てつがく、数学すうがくの哲学てつがく、倫理りんり学がく
影響えいきょうを受うけた人物じんぶつ エルンスト・マッハ、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、バートランド・ラッセル、マックス・プランク
影響えいきょうを与あたえた人物じんぶつ ウィーン学がく団だん、アルベルト・アインシュタイン、ハーバート・ファイグル、アルベルト・ブルンベルク

フリードリッヒ・アルベルト・モーリッツ・シュリック（Friedrich Albert Moritz Schlick  発音はつおん、1882年ねん4月がつ14日にち - 1936年ねん6月22日にち）は、ドイツの哲学てつがく者しゃ、物理ぶつり学者がくしゃにして論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎとウィーン学がく団だんの創立そうりつ者しゃ。

若年じゃくねん期きと研究けんきゅう

父ちちエルンスト・アルベルト・シュリック、母ははアグネス・アルントのもと、ベルリンの富裕ふゆうな家庭かていに生うまれた。ハイデルベルク、ローザンヌ、最終さいしゅう的てきにはマックス・プランクのもとベルリン大学だいがくで物理ぶつり学がくを学まなび、1904年ねんに学位がくい論文ろんぶん「非ひ均質きんしつ媒質ばいしつ中ちゅうにおける光ひかりの反射はんしゃについて」(Über die Reflexion des Lichts in einer inhomogenen Schicht) を完成かんせいさせた。ゲッティンゲンで一いち年間ねんかん私わたし講師こうしとしてすごしたのち、チューリヒで哲学てつがく研究けんきゅうに転向てんこうした。1908年ねんには小しょう論ろん「生活せいかつの知恵ちえ」(Lebensweisheit) を発表はっぴょうした。これは幸福こうふく主義しゅぎ、つまり幸福こうふくこそが倫理りんりの最高さいこうの目的もくてきだという理論りろんに関かんするものである。彼かれの復帰ふっき的てきな評論ひょうろん「近代きんだい論ろん理学りがくによる真理しんりの本性ほんしょう」(Das Wesen der Wahrheit nach der modernen Logik) は1910年ねんに発表はっぴょうされた。それに続つづいて美学びがくに関かんする評論ひょうろんを何なん本ほんか発表はっぴょうするとすぐに、シュリックの関心かんしんは認識にんしき論ろん、科学かがく哲学てつがく、さらには科学かがくに関かんするより一般いっぱん的てきな問題もんだいへと移うつった。この最後さいごのカテゴリで、シュリックは1915年ねんに、わずか10年ねん前まえの話題わだいであるアルベルト・アインシュタインの特殊とくしゅ相対性理論そうたいせいりろんに関かんする論文ろんぶんを発表はっぴょうして有名ゆうめいになった。また、彼かれは、「近代きんだい物理ぶつり学がくにおける空間くうかんと時間じかん」(Raum und Zeit in der gegenwärtigen Physik) を発表はっぴょうした。この論文ろんぶんでは一般いっぱん相対性理論そうたいせいりろんにおいてアインシュタインが非ひユークリッド幾何きか学がくを採用さいようしたことを説明せつめいするのにアンリ・ポアンカレの幾何きか学がく的てき規約きやく主義しゅぎを適用てきようすることで彼かれの初期しょきの成果せいかが拡張かくちょうされた。

ウィーン学がく団だんとヴィトゲンシュタイン

ロストックおよびキールでの初期しょきの職務しょくむの後のち、1922年ねんにシュリックは、ルートヴィヒ・ボルツマンやエルンスト・マッハがかつて行いっていたウィーン大学だいがくの自然しぜん哲学てつがくの講義こうぎを受うけ持もつことになった。シュリックは哲学てつがくや科学かがくの分野ぶんやで才能さいのうのある人ひとを系統けいとうだてるうえで特別とくべつな成功せいこうを並ならべた。シュリックは、ウィーンにやってきた際さい、毎週まいしゅう木曜日もくようびに化学かがく部ぶの学部がくぶ舎しゃで定期ていき的てきな会合かいごうを開ひらいて科学かがくにおける哲学てつがく的てきな話題わだいについて議論ぎろんしている科学かがく者しゃと哲学てつがく者しゃの集団しゅうだんのリーダーになるよう請こわれた。その集団しゅうだんの初期しょきの成員せいいんには数学すうがく者しゃのハンス・ハーンがいて、1・2年ねんのうちにルドルフ・カルナップ、ハーバート・ファイグル、クルト・ゲーデル、オットー・ノイラート、フリードリヒ・ヴァイスマンなどが参加さんかした。彼かれらは初はじめエルンスト・マッハ協会きょうかいと自称じしょうしていたが、その後ごずっとウィーン学がく団だんとして知しられている。1925年ねんから1926年ねんには、彼かれらはその頃ころのゴットロープ・フレーゲ、バートランド・ラッセル、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインらによる数学すうがく基礎きそ論ろんの研究けんきゅうについて議論ぎろんした。ヴィトゲンシュタインの著書ちょしょ『論理ろんり哲学てつがく論考ろんこう』は簡潔かんけつで、宝石ほうせきのように輝かがやいている著書ちょしょで、他たの同種どうしゅの著書ちょしょの中なかでも特とくに象徴しょうちょう主義しゅぎの理論りろんと「絵画かいが」つまり言語げんご学がくの「モデル」理論りろんを発展はってんさせた。シュリックとウィーン学がく団だんはこの本ほんの研究けんきゅうに少すくなからぬ時間じかんを費ついやしており、この本ほんがもはや彼かれらの議論ぎろんの主要しゅような関心事かんしんじでなくなってもこの本ほんは議論ぎろんで言及げんきゅうされ続つづけた。やがてヴィトゲンシュタインもシュリックやウィーン学がく団だんの成員せいいんと会あって『論考ろんこう』や他たの考かんがえについて議論ぎろんすることを承知しょうちしたが、彼かれは後のちに訪問ほうもん者しゃを共感きょうかんしている対談たいだん者しゃにとどめておくことが必要ひつようだと気付きづいた。シュリックの影響えいきょうを通つうじてヴィトゲンシュタインは鼓舞こぶされ、哲学てつがくの分野ぶんやから離はなれて10年ねんほどたって哲学てつがくの分野ぶんやに戻もどってくることになった。それにもかかわらず、シュリックとヴァイスマンのヴィトゲンシュタインを交まじえた議論ぎろんは、ヴィトゲンシュタインが未み発表はっぴょうのアイディア (a charge of dubious merit) がカルナップの評論ひょうろんで許可きょかなく使つかわれていると感かんじるまでしか続つづかなかった。しかし彼かれはウィーン学がく団だんの他ほかの成員せいいんとは会あわなくなったのちもシュリックとは書簡しょかんによって議論ぎろんを続つづけた。

『知識ちしきの一般いっぱん理論りろん』と後期こうきの著作ちょさく

シュリックは1918年ねんから1925年ねんの間あいだ自身じしんの『知識ちしきの一般いっぱん理論りろん』(Allgemeine Erkenntnislehre) に則のっとって研究けんきゅうしていた。そして彼かれの哲学てつがくにおける後期こうきの発展はってんは彼かれの認識にんしき論ろんを支持しじできなくしたが、「一般いっぱん理論りろん」は偽物にせものの「アプリオリ」な知識ちしきに反対はんたいする合理ごうり的てき推論すいろんにおいて彼かれの最大さいだいの成果せいかである。この偽物にせものの「アプリオリ」な知識ちしきに対たいする批判ひはんでは、理由りゆうに対たいして自明じめいな唯一ゆいいつの真理しんりは定義ていぎ上じょう真理しんりな言明げんめい、例たとえば形式けいしき論理ろんり学がくや数学すうがくの言明げんめいであると主張しゅちょうされる。その他たの全すべての真理しんりは経験けいけん的てきな証拠しょうこに基もとづいて評価ひょうかされる。ある言明げんめいが定義ていぎとして提出ていしゅつされておらず、また、証拠しょうこによって検証けんしょうしたり反証はんしょうしたりできないなら、その言明げんめいは「形而上学けいじじょうがく的てき」である。ここで「形而上学けいじじょうがく的てき」というのは「無意味むいみ」、「ナンセンス」と同義どうぎである。この原理げんりにウィーン学がく団だんは、ヴィトゲンシュタインと同様どうようにお互たがいに明確めいかくに同意どういした。

『科学かがくとしての倫理りんり学がく』

1926年ねんから1930年ねんにかけて、シュリックは『科学かがくとしての倫理りんり学がく』(Fragen der Ethik) を書かき上あげた。本書ほんしょでは哲学てつがくの存続そんぞくできる分野ぶんやとしての倫理りんり学がくが扱あつかわれていて、彼かれに追随ついずいするウィーン学がく団だんの成員せいいんを驚おどろかせた。1932年ねんから33年ねんにかけての著作ちょさく Erkenntnis III および『実証じっしょう主義しゅぎと実在じつざい論ろん』では彼かれはあらゆる考かんがえのうちで最もっとも実証じっしょう主義しゅぎを有名ゆうめいにした定義ていぎのうちの一ひとつ「形而上学けいじじょうがくの可能かのう性せいを否定ひていする」を発表はっぴょうした。それによって彼かれは形而上学けいじじょうがくを「真しんなる存在そんざい」、「それ自体じたいとしてのもの」、あるいは「超越ちょうえつ論ろん的てきなもの」の教義きょうぎとして、つまり明あきらかに「真しんでない、劣おとった、あるいはあきらかな存在そんざいがそれに対たいしてあることを前まえもって前提ぜんていしている」教義きょうぎであると定義ていぎした。それゆえにこの本ほんで彼かれは実証じっしょう主義しゅぎを、唯一ゆいいつの真しんなる存在そんざいとは経験けいけんによって知しられるものあるいは経験けいけんの構成こうせい要素ようそであると考かんがえるある種しゅの認識にんしき論ろんに基もとづかせている。同どう時期じきに、ウィーン学がく団だんは『世界せかいの科学かがく的てき味方みかた：ウィーン学がく団だん』をシュリックに対たいするオマージュとして発表はっぴょうした。その強つよい反はん形而上学けいじじょうがく的てき立場たちばはウィーン学がく団だんの観点かんてんによってより明確めいかくになった。

ヴィトゲンシュタインの『論考ろんこう』に対たいする批評ひひょう

カルナップは、その著書ちょしょ『言語げんごの論理ろんり的てき構文こうぶん』にシュリックによるヴィトゲンシュタインの『論考ろんこう』に対たいする批評ひひょうを収おさめている。

シュリックは ([Wende] p.8) ヴィトゲンシュタインの立場たちばを以下いかのように理解りかいしている：哲学てつがく「とはそれによって前提ぜんていの意味いみが打うち立たてられるか発見はっけんされるような活動かつどうである」；これは「前提ぜんていとは何なにを意味いみしているのか。科学かがくの内容ないよう、魂たましい、霊魂れいこんはその文ぶんが究極きゅうきょく的てきに意味いみするところに存そんする；重要じゅうような表現ひょうげんの哲学てつがく的てき活動かつどうはそれゆえに全すべての科学かがく的てき知識ちしきの主しゅ要素ようそである」 — Carnap, p.284、Logical Syntax of language

国家こっか社会しゃかい主義しゅぎの興隆こうりゅうと暗殺あんさつ

ドイツとオーストリアでナチズムが興隆こうりゅうするとともに多おおくのウィーン学がく団だんの成員せいいんがアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくやイギリスへ去さった。しかしながら、シュリックはウィーン大学だいがくに残のこった。1935年ねんにファイグルが訪たずねてきた際さいに、彼かれはドイツで起おこったことに対たいする狼狽うろたえを露あらわにしている。

1936年ねん6月がつ22日にちに、シュリックは講義こうぎを行おこないに大学だいがくに行いったが、教室きょうしつへの階段かいだんで以前いぜん受うけ持もっていた学生がくせいのヨハン・ネルベックに拳銃けんじゅうで撃うたれ、死亡しぼうした。ネルベックは、シュリックの哲学てつがくは「自分じぶんの倫理りんり的てき自制じせいを妨さまたげた」と主張しゅちょうした。一方いっぽう、別べつの説明せつめいでは、ネルベックは女学生じょがくせいに対たいして失恋しつれんしたことによる嫉妬しっとに突つき動うごかされ、シュリックが恋こいのライバルであり迫害はくがい者しゃであるという偏執狂へんしゅうきょう的てきな妄想もうそうに導みちびかれたのだという。ネルベックは裁判さいばんで有罪ゆうざいとなったが、事件じけんは歪ゆがめられて伝つたえられて大おおきな反響はんきょうを呼よぶスキャンダルとなり、その周囲しゅういでナショナリズムや反はんユダヤ主義しゅぎ的てきな感情かんじょうが脚光きゃっこうを浴あびた（シュリックは実際じっさいにはユダヤ人じんではなかったが、この事件じけんをプロパガンダに使つかおうとする者ものには重要じゅうようではなかった）。ネルベックは懲役ちょうえき10年ねんのうち2年ねん後ごに仮釈放かりしゃくほうされ、アンシュルスの後のちにオーストリア・ナチス党とうの成員せいいんとなった。

遺産いさん

シュリックの哲学てつがくの分野ぶんやで果はたした功績こうせきは論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎの源泉げんせんとしてのものである。彼かれの人間にんげん性せい、親切しんせつさ、紳士しんし性せい、そしてとくに彼かれの鼓舞こぶは多おおくの彼かれの同僚どうりょうによって記録きろくされている。ファイグルとアルベルト・ブルンブルクは『知識ちしきの一般いっぱん理論りろん』に対たいする彼かれらの優すぐれた序文じょぶんにこう書かいている、

より若わかい世代せだいの哲学てつがく的てき探索たんさくに対たいして新あたらしい刺激しげきをこれほどよく用意よういした人ひとはいない。多おおくの弟子でしと継承けいしょう者しゃが知識ちしきの理論りろんにおける問題もんだいに対たいしてより高たかい程度ていどで正確せいかく・妥当だとうな論理ろんり的てき分析ぶんせきを加くわえているが、シュリックは哲学てつがく的てき問題もんだいにおいて何なにが重要じゅうようかをかぎ分わける卓絶たくぜつした感覚かんかくを持もっていた。 — Feigl and Blumberg、Introduction, General Theory of Knowledge, p. xxi

著作ちょさく

日本語にほんご訳やく

• 『科学かがくとしての倫理りんり学がく』城戸きど寛ひろし訳わけ、亜紀あき書房しょぼう、1980年ねん4月がつ

参考さんこう文献ぶんけん

• Edmonds, David and John Eidinow. Wittgenstein's Poker. New York: HarperCollins, 2001.
• Fynn Ole Engler, Mathias Iven. Moritz Schlick. Leben, Werk und Wirkung. Berlin: Parerga 2008. （ドイツ語ご）
• Schlick, Moritz. Positivism and Realism. Originally appeared in Erkenntnis 111 (1932/33); translated by Peter Heath and reprinted in Moritz Schlick: Philosophical Papers, Volume II (1925–1936) from Vienna Circle Collection, edited by Henk L. Mulder (Kluwer, 1979), pp.259–284.

外部がいぶリンク

• Moritz Schlick （英語えいご） - スタンフォード哲学てつがく百科ひゃっか事典じてん「モーリッツ・シュリック」の項目こうもく。
• Schlick : Epistemology and Modern Physics