不条理ふじょうり演劇えんげき

不条理ふじょうり演劇えんげき（ふじょうりえんげき）または不条理ふじょうり劇げき（ふじょうりげき）とは、人間にんげん、特とくに現代げんだい人じんの不条理ふじょうり性せいや不毛ふもう性せいを描えがこうとする戯曲ぎきょくや演劇えんげきの手法しゅほうもしくはその手法しゅほうに基もとづく演劇えんげき活動かつどうそのものを指さす。不条理ふじょうり劇げきとも言いわれる。評論ひょうろん家かマーティン・エスリンの著書ちょしょ“The Theatre of the Absurd” (1962年ねん 日本語にほんご訳名やくめい『不条理ふじょうりの演劇えんげき』小田島おだじま雄志ゆうし訳わけ 1968年ねん 晶文社しょうぶんしゃ)で命名めいめいされ、定着ていちゃくした。

概要がいよう

不条理ふじょうり演劇えんげきの代表だいひょう的てきな作つくり手しゅには、ベケットやイヨネスコ、ハロルド・ピンターやエドワード・オールビー、ジャン・ジュネ、日本にっぽんでは別役べつやく実みのるなどの劇げき作家さっかがいる。

不条理ふじょうり演劇えんげきが生うまれた背景はいけいには、ニーチェ、サルトル、カフカやアルベール・カミュなどによる実存じつぞん主義しゅぎ思想しそうと、第だい二に次じ世界せかい大戦たいせんでヨーロッパが受うけた衝撃しょうげきと荒廃こうはいがある。

カミュは、人間にんげんは不条理ふじょうりな存在そんざいであるとした(『シジフォスの神話しんわ』1942年ねん)。先述せんじゅつの評論ひょうろん家かマーティン・エスリンは、不条理ふじょうりな人間にんげん存在そんざいを描えがく劇げき作家さっか達たちの作品さくひんや活動かつどうを、カミュの論ろんを元もとに不条理ふじょうり演劇えんげきと名付なづけた。しかしエスリンは、カミュやサルトルの戯曲ぎきょくが内容ないようは人間にんげん存在そんざいの不条理ふじょうりを描えがきながら形式けいしきではリアリズム演劇えんげきなどと同様どうようの伝統でんとう的てき台詞せりふ劇げきであったのに対たいして、イヨネスコやベケットらの作品さくひんは形式けいしきも台詞せりふ劇げきを破壊はかいしており内容ないようと形式けいしきが一致いっちしていると指摘してきし、カミュ、サルトルらに対たいして新あたらしさがあるとした。

アルフレッド・ジャリの「ユビュ王おう」（1888年ねん）が不条理ふじょうり演劇えんげきに重大じゅうだいな影響えいきょうを与あたえた。

リアリズム演劇えんげきを含ふくめ、従来じゅうらいの演劇えんげきでは、登場とうじょう人物じんぶつたちによる状況じょうきょうの変化へんかを求もとめる行動こうどうが、新あらたな状況じょうきょうを具体ぐたい的てきに生うみ出だし、最終さいしゅう的てきに状況じょうきょうが打開だかいされるか、悲劇ひげき的てきな結末けつまつを迎むかえる。このダイナミズムがストーリーの軸じくとなっている。行動こうどうとその結果けっかの因果律いんがりつが明確めいかくな世界せかい観かんと言いえる。

これに対たいし、不条理ふじょうり演劇えんげきでは、登場とうじょう人物じんぶつの行動こうどうとその結果けっか、時ときにはその存在そんざいそのものが、因果律いんがりつから切きり離はなされるか、曖昧あいまいなものとして扱あつかわれる。登場とうじょう人物じんぶつを取とり巻まく状況じょうきょうは最初さいしょから行いき詰づまっており、閉塞へいそく感かんが漂ただよっている。彼かれらはそれに対たいしなんらかの変化へんかを望のぞむが、その合理ごうり的てき解決かいけつ方法ほうほうはなく、とりとめもない会話かいわや不毛ふもうで無意味むいみな行動こうどうの中なかに登場とうじょう人物じんぶつは埋うずもれていく。ストーリーは大抵たいていドラマを伴ともなわずに進行しんこうし、非ひ論理ろんり的てきな展開てんかいをみせる。そして世界せかいに変化へんかを起おこそうという試こころみは徒労とろうに終おわり、状況じょうきょうの閉塞へいそく感かんはより色濃いろこくなっていく。

言語げんごによるコミュニケーションそのものの不毛ふもう性せいにも着目ちゃくもくし、言葉ことばを切きりつめたり、台詞せりふの内容ないようから意味いみをなくしたりする傾向けいこうも見みられる。また、舞台ぶたい装置そうちや小道具こどうぐを、登場とうじょう人物じんぶつの心理しんり的てき状況じょうきょうをなんらかの形かたちで象徴しょうちょうするものとして扱あつかうことも多おおく見みられる。その好例こうれいとしては、ベケットの代表だいひょう作さく『ゴドーを待まちながら』（1952年ねん）に出でてくるぽつんと立たつ1本ほんの木きや、別役べつやく実みのる作品さくひんに度々どど登場とうじょうする電信柱でんしんばしらなどが挙あげられる。

このような手法しゅほうを用もちいた結果けっか、人間にんげん存在そんざいの不毛ふもうさを描えがきながらも、詩的してきで鮮あざやかで、時ときにはコミカルな世界せかいが、舞台ぶたい上じょうに描えがき出だされることとなった。

不条理ふじょうり演劇えんげきが現代げんだい演劇えんげきに与あたえた影響えいきょうは極きわめて大おおきい。それは、不条理ふじょうり演劇えんげきの系譜けいふを受うけ継つぐ舞台ぶたい作品さくひんのみならず、従来じゅうらいからあるリアリズム演劇えんげきや、その他たの様々さまざまな分野ぶんやに及およんだ。また演劇えんげきのみならず、映画えいがやテレビドラマなど、他たのメディアにおける芸術げいじゅつ表現ひょうげんにおいても、状況じょうきょうや登場とうじょう人物じんぶつの設定せっていになんらかの形かたちで不条理ふじょうり演劇えんげき的てきな要素ようそを組くみ込こむことで、その内容ないようがリアルな現代げんだいを描えがいたものであることを強調きょうちょうするテクニックが使つかわれるようになった。

参考さんこう文献ぶんけん

• 別役べつやく実みのる『ベケットと「いじめ」』(白水しろみず社しゃ、2005年ねん)
• 小田中おだなか章浩あきひろ『現代げんだい演劇えんげきの地層ちそう―フランス不条理ふじょうり劇げき生成せいせいの基盤きばんを探さぐる』（ぺりかん社しゃ、2010年ねん）