二階堂にかいどう (鎌倉かまくら)

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二階堂にかいどう
大字だいじ
永福寺えいふくじあと
地図北緯ほくい3519ふん47びょう 東経とうけい13934ふん08びょう / 北緯ほくい35.329636 東経とうけい139.568961 / 35.329636; 139.568961
くに 日本の旗 日本にっぽん
都道府県とどうふけん 神奈川県の旗 神奈川かながわ
市町村しちょうそん 鎌倉かまくら
地域ちいき 鎌倉かまくら地域ちいき
人口じんこう情報じょうほう(2023ねんれい5ねん)9がつ1にち現在げんざい[1]
 人口じんこう 2,726 にん
 世帯せたいすう 1,186 世帯せたい
面積めんせき[2]
  1.66 km²
人口じんこう密度みつど 1642.17 にん/km²
郵便ゆうびん番号ばんごう 248-0002[3]
市外しがい局番きょくばん 0467(藤沢ふじさわMA[4]
ナンバープレート 横浜よこはま
ウィキポータル 日本にっぽんまち
神奈川県の旗 ウィキポータル 神奈川かながわけん
ウィキプロジェクト 日本にっぽんまち
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二階堂にかいどう(にかいどう)は神奈川かながわけん鎌倉かまくら鎌倉かまくら地域ちいきにある大字だいじ住居じゅうきょ表示ひょうじ実施じっし区域くいき[5]

地理ちり歴史れきし[編集へんしゅう]

地名ちめい由来ゆらいは、みなもと頼朝よりとも奥州おうしゅう合戦かっせん凱旋がいせんさい中尊寺ちゅうそんじだい長寿ちょうじゅいん二階堂にかいどうして、当初とうしょ永福寺えいふくじという二階堂にかいどう(=かいての建物たてもの当時とうじかいての建物たてものはかなりめずらしく、いわば「非常ひじょう立派りっぱ建物たてもの」を意味いみした)を建立こんりゅうしたことに由来ゆらいする。たてひさ3ねん1192ねん)11月25にち本堂ほんどう完成かんせいし、落慶らっけい供養くようおこなわれた(永福寺えいふくじおうひさし12ねん1405ねん)ののち廃絶はいぜつ)。

戦国せんごく時代じだいには小坂こさかぐん小坂こさかきょう、おさか — )[6]二階堂にかいどうさととなされ、豊臣とよとみ秀吉ひでよし小田原おだわら征伐せいばつさい当地とうち掌握しょうあくしようとしていたことが、「豊臣とよとみ秀吉ひでよし禁制きんせい」のあてしょしるされていることからわかる。

江戸えど時代じだいはい正保しょうほうこく絵図えず元禄げんろく内国ないこく改定かいていでは「二階堂にかいどうむらいちむらとしてしるされているが、いつのころからか西御門にしごもん浄明寺じょうあじじゅうしょおな大倉おおくらたに存在そんざいするとして「谷合たにあい(やつあい)よんケ村かそん」としょうされた。

明治めいじ22ねん1889ねん)の市町村しちょうそんせいによりひがし鎌倉かまくらむら大字だいじ明治めいじ27ねん1894ねん)に鎌倉かまくらまち昭和しょうわ14ねん1939ねん)から鎌倉かまくら大字だいじとなって現在げんざいいたる。小名しょうみょうとして四ツ石よついし小路こうじひがし御門みかどするたに西ケ谷にしがやかめふちこう荏柄、稲葉いなばえつ熊野くまのたに杉本すぎもと小路こうじなどの地名ちめいのこる。

地価ちか[編集へんしゅう]

住宅じゅうたく地価ちかは、2023ねんれい5ねん)1がつ1にち公示こうじ地価ちかによれば、二階堂にかいどう西にしだに267ばん151の地点ちてんで13まん4000えん/m2となっている[7]

世帯せたいすう人口じんこう[編集へんしゅう]

2023ねんれい5ねん)9がつ1にち現在げんざい鎌倉かまくら発表はっぴょう)の世帯せたいすう人口じんこう以下いかとおりである[1]

大字だいじ 世帯せたいすう 人口じんこう
二階堂にかいどう 1,186世帯せたい 2,726にん

人口じんこう変遷へんせん[編集へんしゅう]

国勢調査こくせいちょうさによる人口じんこう推移すいい

人口じんこう推移すいい
とし 人口じんこう
1995ねん平成へいせい7ねん[8]
2,847
2000ねん平成へいせい12ねん[9]
2,801
2005ねん平成へいせい17ねん[10]
2,659
2010ねん平成へいせい22ねん[11]
2,800
2015ねん平成へいせい27ねん[12]
2,719
2020ねんれい2ねん[13]
2,733

世帯せたいすう変遷へんせん[編集へんしゅう]

国勢調査こくせいちょうさによる世帯せたいすう推移すいい

世帯せたいすう推移すいい
とし 世帯せたいすう
1995ねん平成へいせい7ねん[8]
1,040
2000ねん平成へいせい12ねん[9]
1,088
2005ねん平成へいせい17ねん[10]
1,080
2010ねん平成へいせい22ねん[11]
1,189
2015ねん平成へいせい27ねん[12]
1,156
2020ねんれい2ねん[13]
1,173

学区がっく[編集へんしゅう]

市立しりつ小・中学校しょうちゅうがっこうかよ場合ばあい学区がっく以下いかとおりとなる(2017ねん平成へいせい29ねん)7がつ時点じてん[14][15]

番地ばんち 小学校しょうがっこう 中学校ちゅうがっこう
全域ぜんいき 鎌倉かまくら市立しりつだい小学校しょうがっこう 鎌倉かまくら市立しりつだい中学校ちゅうがっこう

事業じぎょうしょ[編集へんしゅう]

2021ねんれい3ねん現在げんざい経済けいざいセンサス調査ちょうさによる事業じぎょうしょすう従業じゅうぎょう員数いんずう以下いかとおりである[16]

大字だいじ 事業じぎょうしょすう 従業じゅうぎょう員数いんずう
二階堂にかいどう 103事業じぎょうしょ 450にん

事業じぎょうしゃすう変遷へんせん[編集へんしゅう]

経済けいざいセンサスによる事業じぎょうしょすう推移すいい

事業じぎょうしゃすう推移すいい
とし 事業じぎょうしゃすう
2016ねん平成へいせい28ねん[17]
81
2021ねんれい3ねん[16]
103

従業じゅうぎょう員数いんずう変遷へんせん[編集へんしゅう]

経済けいざいセンサスによる従業じゅうぎょう員数いんずう推移すいい

従業じゅうぎょういんすう推移すいい
とし 従業じゅうぎょう員数いんずう
2016ねん平成へいせい28ねん[17]
331
2021ねんれい3ねん[16]
450

交通こうつう[編集へんしゅう]

道路どうろ[編集へんしゅう]

施設しせつ[編集へんしゅう]

寺社じしゃ旧跡きゅうせき[編集へんしゅう]

その[編集へんしゅう]

著名ちょめい住民じゅうみん[編集へんしゅう]

その[編集へんしゅう]

日本にっぽん郵便ゆうびん[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 奥富おくとみ敬之たかゆき鎌倉かまくら史跡しせき事典じてん新人物往来社しんじんぶつおうらいしゃ 1999
  • 三浦みうら勝男かつおへん鎌倉かまくら地名ちめい由来ゆらい辞典じてん東京とうきょうどう出版しゅっぱん 2005

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b まち丁字ていじべつ地域ちいきべつ人口じんこう世帯せたいすう国勢調査こくせいちょうさ基準きじゅん各月かくつき平成へいせい13ねん~)” (XLSX). 鎌倉かまくら (2023ねん9がつ12にち). 2023ねん9がつ17にち閲覧えつらん。 “(ファイルもとのページ)CC-BY-4.0
  2. ^ れい4ねん(2022ねんばん 鎌倉かまくら統計とうけい” (PDF). 鎌倉かまくら. 2023ねん8がつ14にち閲覧えつらん(CC-BY-4.0)
  3. ^ a b 二階堂にかいどう郵便ゆうびん番号ばんごう”. 日本にっぽん郵便ゆうびん. 2023ねん8がつ9にち閲覧えつらん
  4. ^ 市外しがい局番きょくばん一覧いちらん”. 総務そうむしょう. 2019ねん6がつ24にち閲覧えつらん
  5. ^ 鎌倉かまくらまち名称めいしょうおよ住居じゅうきょ表示ひょうじ実施じっしじょうきょう”. 鎌倉かまくら (2017ねん2がつ7にち). 2018ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  6. ^ 鎌倉かまくらぐん地名ちめい
  7. ^ 国土こくど交通省こうつうしょう地価ちか公示こうじ都道府県とどうふけん地価ちか調査ちょうさ”. 国土こくど交通こうつうしょう. 2023ねん8がつ9にち閲覧えつらん
  8. ^ a b 平成へいせい7ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) - 男女だんじょべつ人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2014ねん3がつ28にち). 2019ねん8がつ16にち閲覧えつらん
  9. ^ a b 平成へいせい12ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) - 男女だんじょべつ人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2014ねん5がつ30にち). 2019ねん8がつ16にち閲覧えつらん
  10. ^ a b 平成へいせい17ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) - 男女だんじょべつ人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2014ねん6がつ27にち). 2019ねん8がつ16にち閲覧えつらん
  11. ^ a b 平成へいせい22ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) - 男女だんじょべつ人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2012ねん1がつ20日はつか). 2019ねん8がつ16にち閲覧えつらん
  12. ^ a b 平成へいせい27ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) - 男女だんじょべつ人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2017ねん1がつ27にち). 2019ねん8がつ16にち閲覧えつらん
  13. ^ a b れい2ねん国勢調査こくせいちょうさ調査ちょうさ結果けっか(e-Stat) -男女だんじょべつ人口じんこう外国がいこくじん人口じんこうおよ世帯せたいすうまちよろとう”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2022ねん2がつ10日とおか). 2022ねん2がつ20日はつか閲覧えつらん
  14. ^ 鎌倉かまくら市立しりつ小学校しょうがっこう通学つうがく区域くいき”. 鎌倉かまくら. 2017ねん7がつ6にち閲覧えつらん
  15. ^ 鎌倉かまくら市立しりつ中学校ちゅうがっこう通学つうがく区域くいき”. 鎌倉かまくら. 2017ねん7がつ6にち閲覧えつらん
  16. ^ a b c 経済けいざいセンサス‐活動かつどう調査ちょうさ / れい3ねん経済けいざいセンサス‐活動かつどう調査ちょうさ / 事業じぎょうしょかんする集計しゅうけい 産業さんぎょう横断おうだんてき集計しゅうけい 事業じぎょうしょすう従業じゅうぎょうしゃすうまちひのと大字だいじべつ結果けっか”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2023ねん6がつ27にち). 2023ねん9がつ15にち閲覧えつらん
  17. ^ a b 経済けいざいセンサス‐活動かつどう調査ちょうさ / 平成へいせい28ねん経済けいざいセンサス‐活動かつどう調査ちょうさ / 事業じぎょうしょかんする集計しゅうけい 産業さんぎょう横断おうだんてき集計しゅうけい 都道府県とどうふけんべつ結果けっか”. 総務そうむしょう統計とうけいきょく (2018ねん6がつ28にち). 2019ねん10がつ23にち閲覧えつらん
  18. ^ 郵便ゆうびん番号ばんごう簿 2022年度ねんどばん” (PDF). 日本にっぽん郵便ゆうびん. 2023ねん7がつ17にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]