(Translated by https://www.hiragana.jp/)
十二人の怒れる男 - Wikipedia コンテンツにスキップ

じゅうにんおこれるおとこ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

じゅうにんおこれるおとこ』(じゅうににんのいかれるおとこ、12 Angry Men)は、1954ねん製作せいさくアメリカテレビドラマおよび、それを原案げんあんとする作品さくひん原作げんさくレジナルド・ローズ。「法廷ほうていもの」に分類ぶんるいされるサスペンスドラマであり、とくほんさくをリメイクした1957ねん映画えいが有名ゆうめい密室みっしつげき金字塔きんじとうとしてたか評価ひょうかされている。ほとんどの出来事できごとがたったひとつの部屋へや中心ちゅうしんひろげられており、「物語ものがたり脚本きゃくほん面白おもしろければ場所ばしょなど関係かんけいない」というせつ体現たいげんする作品さくひんとしていにされることもおおい。日本にっぽんでは、アメリカの陪審ばいしん制度せいど長所ちょうしょ短所たんしょ説明せつめいするものとして、よく引用いんようされる。

ほん作品さくひん発端ほったんは、レジナルド・ローズが実際じっさい殺人さつじん事件じけん陪審ばいしんいんつとめたことである。そのやく1ヶ月かげつには、ほんさく構想こうそう執筆しっぴつりかかったという。

あらすじ[編集へんしゅう]

父親ちちおやごろしのつみわれた少年しょうねん裁判さいばんで、陪審ばいしんいん評決ひょうけつたっするまで一室いっしつ議論ぎろんする様子ようすえがく。

法廷ほうてい提出ていしゅつされた証拠しょうこ証言しょうげん被告人ひこくにんである少年しょうねん圧倒的あっとうてき不利ふりなものであり、陪審ばいしんいん大半たいはん少年しょうねん有罪ゆうざい確信かくしんしていた。ぜん陪審ばいしんいん一致いっち有罪ゆうざいになるとおもわれたところ、ただ一人ひとり陪審ばいしんいん8ばんだけが少年しょうねん無罪むざい主張しゅちょうする。かれ陪審ばいしんいんたちに、固定こてい観念かんねんとらわれずに証拠しょうこうたがわしいてんひとひとさい検証けんしょうすることを要求ようきゅうする。

陪審ばいしんいん8ばんによる疑問ぎもん喚起かんき熱意ねついによって、当初とうしょ少年しょうねん有罪ゆうざいしんじきっていた陪審ばいしんいんたちのしんにも徐々じょじょ変化へんかおとずれる。

登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

陪審ばいしんいん1ばん
中学校ちゅうがっこう体育たいいく教師きょうしフットボールのコーチ。陪審ばいしんいんちょうとして議論ぎろん進行しんこうさせる。
陪審ばいしんいん2ばん
銀行ぎんこういん気弱きよわだが慎重しんちょう無罪むざいせつ同意どういする。
陪審ばいしんいん3ばん
メッセンジャー会社かいしゃ経営けいえいしゃ息子むすことの確執かくしつから有罪ゆうざい意見いけん固執こしつする。
陪審ばいしんいん4ばん
株式かぶしき仲介ちゅうかいじん冷静れいせい沈着ちんちゃく性格せいかく論理ろんりてき有罪ゆうざい意見いけん主張しゅちょうする。
陪審ばいしんいん5ばん
工場こうじょう労働ろうどうしゃスラムそだちで、ナイフの使つかかたかんしてその経験けいけんべる。
陪審ばいしんいん6ばん
塗装とそうこう労働ろうどうしゃ義理ぎり人情にんじょうあつい。
陪審ばいしんいん7ばん
食品しょくひん会社かいしゃセールスマン裁判さいばんにまったく興味きょうみがない。ヤンキース試合しあい観戦かんせん予定よてい時間じかんばかりにしているが、夕立ゆうだち試合しあいながれたため面倒めんどうくさくなる。
陪審ばいしんいん8ばん
建築けんちく検察けんさつ立証りっしょう疑念ぎねんいだく。最初さいしょから無罪むざい主張しゅちょうした唯一ゆいいつ人物じんぶつ
陪審ばいしんいん9ばん
80前後ぜんこう老人ろうじん。8ばん意見いけんいて最初さいしょ有罪ゆうざい意見いけんひるがえす。するど観察かんさつから証人しょうにん信頼しんらいせい疑問ぎもんげる。
陪審ばいしんいん10ばん
居丈高いたけだか自動車じどうしゃ修理しゅうり工場こうじょう経営けいえいしゃ貧困ひんこんそうへの差別さべつ意識いしきから有罪ゆうざい主張しゅちょう
陪審ばいしんいん11ばん
ユダヤ移民いみん時計とけい職人しょくにんつよなまりがある。誠実せいじつで、陪審ばいしんいんとしての責任せきにんかんつよい。
陪審ばいしんいん12ばん
広告こうこく代理だいりてん宣伝せんでんマン。スマートで社交しゃこうてきだが軽薄けいはく性格せいかくで、なん意見いけんえる。

テレビドラマばん[編集へんしゅう]

Westinghouse Studio One
"Twelve Angry Men"
ジャンル テレビドラマ
脚本きゃくほん レジナルド・ローズ
演出えんしゅつ フランクリン・J・シャフナー
出演しゅつえんしゃ ロバート・カミングス
フランチョット・トーン
エドワード・アーノルド
製作せいさく
プロデューサー フェリックス・ジャクソン
制作せいさく CBS
放送ほうそう
音声おんせい形式けいしきモノラル放送ほうそう
放送ほうそうこく地域ちいきアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
放送ほうそう期間きかん1954ねん9がつ20日はつか
放送ほうそう時間じかん月曜げつよう 2200ふん - 2300ふんEST
放送ほうそうぶん60ふん
回数かいすう1

特記とっき事項じこう
・『Westinghouse Studio One』だい7シーズンのだい1かい
生放送なまほうそう
・モノクロ放送ほうそう
テンプレートを表示ひょうじ

CBS単発たんぱつドラマ番組ばんぐみわく『Westinghouse Studio One』(1948ねん - 1958ねんウェスティングハウスいちしゃ提供ていきょう番組ばんぐみ)の1エピソード(だい7シーズンのだい1かい)として、1954ねん9がつ20日はつかの2200ふん - 2300ふんEST)に放送ほうそうされた。タイトル表記ひょうきは『Twelve Angry Men』。

放送ほうそう当時とうじVTR開発かいはつされる以前いぜんであり、実用じつようてき収録しゅうろく技術ぎじゅついことから、テレビドラマは生放送なまほうそう普通ふつうであり、ほんさく生放送なまほうそうであった。演出えんしゅつは、当時とうじCBS社員しゃいんだったフランクリン・J・シャフナー製作せいさくにあたっては放送ほうそう時間じかん制約せいやくにより、ローズが執筆しっぴつしたもともとの脚本きゃくほんからおおくのセリフがカットされた。

このドラマはこう評価ひょうか獲得かくとくし、映画えいがばんにつながることとなる。また、プライムタイム・エミーしょうにおいて、脚本きゃくほん(レジナルド・ローズ)、演出えんしゅつ監督かんとく(フランクリン・J・シャフナー)、最優秀さいゆうしゅう男優だんゆう(ロバート・カミングス)を受賞じゅしょうし、3かんかがやいた。ほかにもクリストファーしょう、シルヴァニアしょう受賞じゅしょうした。

キャスト[編集へんしゅう]

役名やくめい 俳優はいゆう
陪審ばいしんいん1ばん ノーマン・フェル
陪審ばいしんいん2ばん ジョン・ビール
陪審ばいしんいん3ばん フランチョット・トーン
陪審ばいしんいん4ばん ウォルター・エイベル
陪審ばいしんいん5ばん リー・フィリップス
陪審ばいしんいん6ばん バート・バーンズ
陪審ばいしんいん7ばん ポール・ハートマン
陪審ばいしんいん8ばん ロバート・カミングス
陪審ばいしんいん9ばん ジョセフ・スウィーニー
陪審ばいしんいん10ばん エドワード・アーノルド
陪審ばいしんいん11ばん ジョージ・ヴォスコヴェック
陪審ばいしんいん12ばん ラーキン・フォード

スタッフ[編集へんしゅう]

  • さくレジナルド・ローズ
  • タイトル:ハワード・マンデル
  • 美術びじゅつ:ウェス・ロウズ
  • 舞台ぶたい装置そうち:ウィラード・レヴィタス
  • ストーリー・エディター:フローレンス・ブリットン
  • アソシエイト・プロデューサー:ウィリアム・M・アルトマン
  • プロデューサー:フェリックス・ジャクソン
  • 演出えんしゅつフランクリン・J・シャフナー

映像えいぞう保存ほぞんじょうきょう[編集へんしゅう]

前述ぜんじゅつのとおり、この作品さくひん生放送なまほうそうであった。映像えいぞうキネコ記録きろくされたが、当時とうじ映像えいぞう保存ほぞん技術ぎじゅつ環境かんきょう不安定ふあんていであったこともあり、CBSが保有ほゆうしていたキネコフィルムは前半ぜんはんだけであった。そのためながあいだ後半こうはん部分ぶぶん喪失そうしつしたものとかんがえられていた。

しかし、2003ねん全編ぜんぺん収録しゅうろくしたキネコフィルムが、弁護士べんごしSamuel Leibowitzの自宅じたく発見はっけんされた。発見はっけんしたのは、Samuelを取材しゅざいしていた、ヒストリー・チャンネル記者きしゃJoseph Consentinoであった。このフィルムはのちに、ペイリー・センター・フォー・メディア(きゅうテレビ・ラジオ博物館はくぶつかん)に寄贈きぞうされた。同年どうねん5がつ23にち - 7がつ6にちに、ニューヨークとビバリーヒルズにて公開こうかいされた。これにあわせて、映像えいぞうのリマスタリングもほどこされた。

2008ねんにはアメリカで、テレビシリーズ『Studio One』のDVDセットのひとつとして、はつのソフトがされた。2010ねんには、おなじく『Studio One』で放送ほうそうされたレジナルド・ローズさくのドラマ『An Almanac of Liberty』とともにDVDソフトとして発売はつばいされた。いずれも日本にっぽんでの発売はつばい予定よていはない。

映画えいがばん[編集へんしゅう]

1957ねんにリメイク映画えいが製作せいさくされた。監督かんとくシドニー・ルメット主演しゅえんヘンリー・フォンダ公開こうかい当時とうじより評価ひょうかたかく、2007ねんにはアメリカ国立こくりつフィルム登録とうろく簿登録とうろくされた。

関連かんれん作品さくひん[編集へんしゅう]

その映像えいぞう[編集へんしゅう]

12人ふたりおこれるおとこ 評決ひょうけつ行方ゆくえ[編集へんしゅう]

1997ねん8がつ17にちにテレビ映画えいがとして、オリジナルとおな脚本きゃくほんでリメイクされた作品さくひん監督かんとくウィリアム・フリードキン。MGMテレビジョン製作せいさく上映じょうえい時間じかんは117ふん作品さくひん自体じたいたか評価ひょうかけてプライムタイム・エミーしょう 作品さくひんしょう(テレビ映画えいが部門ぶもんにノミネートされた。

ジャック・レモンジョージ・C・スコットアーミン・ミューラー=スタール出演しゅつえん。ジョージ・C・スコットは、この作品さくひんゴールデングローブしょう助演じょえん男優だんゆうしょう受賞じゅしょうしている。には、『CSI科学かがく捜査そうさはん』のウィリアム・ピーターセン、『ギャラクティカ』のエドワード・ジェームズ・オルモス、『ザ・ソプラノズ 哀愁あいしゅうのマフィア』のジェームズ・ガンドルフィーニ出演しゅつえんしている。

原題げんだいはオリジナルとおなじだが、日本にっぽんでは1957ねん映画えいがばん区別くべつするために、上記じょうきのような副題ふくだいしてビデオソフトとして発売はつばいされた。アメリカではのちにDVDされ、日本にっぽんでも2011ねん10がつ発売はつばいされた。また日本にっぽんでは、2003ねん12月にNHK総合そうごうテレビおよびBS2放映ほうえいされた。

キャスト[編集へんしゅう]
役名やくめい 俳優はいゆう 日本語にほんご吹替
NHKばん VHSばん
陪審ばいしんいん1ばん コートニー・B・ヴァンス 三波みなみ豊和とよかず 仲野なかのひろし
陪審ばいしんいん2ばん オジー・デイヴィス 坂口さかぐちかおるさだ 青森あおもりしん
陪審ばいしんいん3ばん ジョージ・C・スコット 勝部かつべえんじこれ 山内やまうち雅人まさと
陪審ばいしんいん4ばん アーミン・ミューラー=スタール 稲垣いながき隆史たかし 小林こばやし恭治きょうじ
陪審ばいしんいん5ばん ドリアン・ヘアウッド 郷田ごうだほづみ くすのき大典たいてん
陪審ばいしんいん6ばん ジェームズ・ガンドルフィーニ 松井まつい範雄のりお 大川おおかわとおる
陪審ばいしんいん7ばん トニー・ダンザ 山路やまじ和弘かずひろ 石塚いしづかはこぶのぼり
陪審ばいしんいん8ばん ジャック・レモン 滝田たきた裕介ゆうすけ 穂積ほづみ隆信たかのぶ
陪審ばいしんいん9ばん ヒューム・クローニン 田村たむらにしきじん 真弓まゆみ一夫かずお
陪審ばいしんいん10ばん ミケルティ・ウィリアムソン くすのき大典たいてん 堀内ほりうち賢雄けんゆう
陪審ばいしんいん11ばん エドワード・ジェームズ・オルモス 菅生すごう隆之たかゆき たからひさしかつ寿ことぶき
陪審ばいしんいん12ばん ウィリアム・ピーターセン 内田うちだ直哉なおや 伊藤いとう和晃かずあき
裁判官さいばんかん メアリー・マクドネル 一柳いちりゅうみる ていおか小百合さゆり
守衛しゅえい タイリース・アレン かねちく建二けんじ 乃村健次けんじ
被告人ひこくにん ダグラス・スペイン 船木ふなき真人まさと
  • NHKばん初回しょかい放送ほうそう2003ねん12月19にち20世紀せいきFOXから発売はつばいされたDVD収録しゅうろく
演出えんしゅつわらびみなみ勝之かつゆき翻訳ほんやく石原いしはらせんあさ調整ちょうせい長井ながいとしおや効果こうか遠藤えんどう堯雄、プロデューサー:田中たなか賢二けんじNHKエンタープライズ)、制作せいさく小川おがわ眞紀子まきこ(ムービーテレビジョン)
演出えんしゅつ加藤かとうさとし翻訳ほんやく岸田きしだ恵子けいこ調整ちょうせい熊倉くまくらとおる編集へんしゅうオムニバス・ジャパン、プロデューサー:尾谷おたにアイコ(ワーナー・ホーム・ビデオ)、制作せいさく:ワーナー・ホーム・ビデオ/東北新社とうほくしんしゃ

12人ふたりおこれるおとこ[編集へんしゅう]

原題げんだいは『12』。2007ねんに、ロシア映画えいが監督かんとくニキータ・ミハルコフによって、時代じだい舞台ぶたい設定せってい現代げんだいのロシアにえて翻案ほんあん脚色きゃくしょくされた映画えいが監督かんとくは、陪審ばいしんいん2ばんとして出演しゅつえんもしている。この作品さくひんは、ヴェネツィア国際こくさい映画えいがさいきむ獅子しししょうアカデミー外国がいこく映画えいがしょう候補こうほえらばれるなど、世界せかいてきたか評価ひょうかている。日本にっぽんでは2008ねん8がつ23にちより公開こうかいされた。

その[編集へんしゅう]

  • Ek Ruka Hua Faisla
1986ねんインド制作せいさくされた、ほんさくのリメイクであるテレビ映画えいが
だい5シーズンだい20りすぎていた少年しょうねん」はほんさくをモチーフとしており、圧倒的あっとうてき不利ふり状況じょうきょうにある被告ひこくを、評決ひょうけつるまではホテルでのルームサービスがタダになるという理由りゆう陪審ばいしんいんえらばれた主人公しゅじんこうホーマーは一貫いっかんして無罪むざいだと主張しゅちょうする。

舞台ぶたい[編集へんしゅう]

原作げんさくしゃのレジナルド・ローズが、テレビドラマばん翌年よくねん(1955ねん)にほん作品さくひん舞台ぶたいよう脚色きゃくしょくした。それ以来いらいひろ上演じょうえんされている。女性じょせい役者やくしゃがキャスティングされる場合ばあい、『12 Angry Jurors』(12人ふたりおこれる陪審ばいしんいん)や『12 Angry Women』(12人ふたりおこれるおんな)と改題かいだいされるなど、様々さまざま脚色きゃくしょくがされるケースもある。

1964ねんには、ロンドンにおいてレオ・ゲン主演しゅえん上演じょうえんされた。

1973ねんには、スペインのTelevision Española(TVE)のEstudio 1によって製作せいさく放映ほうえいされた。このスペイン映像えいぞう作品さくひんばん正確せいかくには舞台ぶたいではなく、スタジオない製作せいさく撮影さつえいおこなわれたものである。アメリカ映画えいがばんでカットされたシーンやセリフを追加ついかして113ふんとなり、映画えいがばんよりなが作品さくひんになった。映画えいがばんでカットされ、ほんさくでは追加ついかされた2つのシーンとして、以下いかれいをあげる。

  • アパートの見取みと調しらべるまえ場面ばめんでは、陪審ばいしんいん4ばんが「かったらみな犯行はんこう現場げんばって、つんいになりながら真相しんそうをかぎつけることもできる」とうと、一同いちどうわらい、陪審ばいしんいん8ばんが「わたしはかまいませんよ」とこたえるながれがくわえられている。
  • 老人ろうじんがドアまで15びょうくことができなかったことを立証りっしょうした直後ちょくご場面ばめんでは、陪審ばいしんいん3ばんのセリフがいくつか追加ついかされている。以下いか追加ついか部分ぶぶん太字ふとじ記述きじゅつする。
「みな想像そうぞうでしかない。おれはいままでばかげたことをてきたけど、こんなもんじゃなかった。おまえのたわごとのせいで、ここにいるじゅうにんのうちすうにんのセンチメンタルな女性じょせいたちはしんうごかされ、なみだながした。しかしおれっかかりはせんぞ。やつは有罪ゆうざいったら有罪ゆうざいなんだ。ひるのように明白めいはくで、みずのように鮮明せんめいじゃないか。おまえらいったいどうしたんだよ。やつが犯罪はんざいしゃだってわかりきってるくせに、ガスしつ(このスペイン舞台ぶたいばんでは、ガスによるけい執行しっこうという設定せってい変更へんこうされている)になっちまえばいいんだ。われわれの任務にんむは、やつを地獄じごくおくることなんだぞ。それがやつの宿命しゅくめいでもある。やつをほろぼしてこそなかのためになる。わからんのか。」

1996ねん3がつ7にちには、ハロルド・ピンター脚色きゃくしょくおこない、ブリストル・オールド・ヴィックで公演こうえんおこなった。

2004ねんにはラウンドアバウト・シアター・カンパニーによって、ブロードウェイ公演こうえんおこなわれた。この公演こうえんで2005ねんに、ドラマデスクしょう演劇えんげきリバイバル作品さくひんしょうトニーしょう演劇えんげきリバイバル作品さくひんしょう受賞じゅしょうした。2007ねん - 2008ねんには全米ぜんべいツアーを実施じっしした。

2009ねんには、レバノン官僚かんりょうたちが刑務所けいむしょ状況じょうきょうについて議論ぎろんする設定せっていえて翻案ほんあんされた『Twelve Angry Lebanese』(じゅうにんおこれるレバノンじん)が、実際じっさいのレバノンじん受刑じゅけいしゃたちによって上演じょうえんされた。

日本にっぽんでは劇団げきだん東京とうきょう演劇えんげき定期ていきてき公演こうえんおこなっている。俳優座はいゆうざプロデュース公演こうえん繰返くりかえ上演じょうえんされてきた。劇団げきだんでも度々たびたび上演じょうえんされている人気にんき演目えんもくである。

日本にっぽんでの影響えいきょう[編集へんしゅう]

額田ぬかたやえわけにより、ほん作品さくひんのシナリオが日本語にほんごやくされている(初版しょはん:1979ねんげき書房しょぼう)。ほんさく日本にっぽんでもひろ舞台ぶたいされているが、そのほとんどは額田ぬかたやくのシナリオをもとにしている。とくに、2009ねん11月 - 12月には蜷川にながわ幸雄ゆきお演出えんしゅつ中井なかい貴一きいち主演しゅえんで、シアターコクーンにて上演じょうえんされた。

日本語にほんごやくばんとして酒井さかい洋子ようこわけがある。このわけもとに、1988ねんより俳優座はいゆうざ劇場げきじょうプロデュースで上演じょうえんされている。

また、ほん作品さくひんにインスピレーションをて、筒井つつい康隆やすたかさく12人ふたりかれるおとこ』や三谷幸喜みたにこうきさく12にんやさしい日本人にっぽんじん』、東野とうのひろあきさくじゅうにんのおかしな大阪おおさかじん』など、陪審ばいしん制度せいど題材だいざいをとった戯曲ぎきょくつくられた。手塚てづか治虫おさむも1981ねん漫画まんが作品さくひんななしょくいんこ』において「12人ふたりおこれるおとこ」とだいしたかい執筆しっぴつしている。ただし、ほんさくとはぎゃくに、主人公しゅじんこう陪審ばいしんいん意見いけんくつがえして被告人ひこくにん有罪ゆうざいにするという展開てんかいになっている。

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]