司法しほう取引とりひき

司法しほう取引とりひき（しほうとりひき）とは、一般いっぱんには刑事けいじ手続てつづきにおいて検察官けんさつかんの訴訟そしょう裁量さいりょうを背景はいけいに、被告人ひこくにんと検察官けんさつかんの間あいだで処分しょぶん上じょうの利益りえきと引換ひきかえに捜査そうさあるいは公判こうはん手続てつづきにおける協力きょうりょくを得えることをいう^[1]。ただし必かならずしも司法しほう取引とりひきの定義ていぎが明確めいかくになっているわけではない^[1]。なお、Plea bargain（答弁とうべん取引とりひき）に「司法しほう取引とりひき」の訳わけが当あてられることがあるが、答弁とうべん取引とりひきは司法しほう取引とりひきの一種いっしゅであり、厳密げんみつさに欠かけるという指摘してきがある^[2]。

米国べいこくにおける司法しほう取引とりひき

手続てつづき

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくの司法しほう取引とりひきは、有罪ゆうざい答弁とうべんと引ひき換かえに行おこなわれる答弁とうべん合意ごういと、有罪ゆうざい答弁とうべんを求もとめず捜査そうさ・公判こうはんへの協力きょうりょくと引ひき換かえに行おこなわれる非公式ひこうしき刑事けいじ免責めんせきに大別たいべつされる^[1]。同国どうこくの刑事けいじ裁判さいばんの大だい部分ぶぶんで司法しほう取引とりひきが行おこなわれている。

司法しほう取引とりひきでは、有罪ゆうざい答弁とうべんをする対象たいしょうとなる訴追そつい事実じじつ、協力きょうりょく内容ないよう、事実じじつ関係かんけい、量刑りょうけいについて合意ごういし、検察官けんさつかんは協力きょうりょく事実じじつを量刑りょうけい担当たんとう裁判官さいばんかんに知しらせ、量刑りょうけいを軽かるくする方向ほうこうで考慮こうりょするよう求もとめる^[1]。

罪状ざいじょう認否にんぴ手続てつづき（アレインメント）で被告人ひこくにんが合意ごういに従したがって、有罪ゆうざい答弁とうべんまたは不ふ抗争こうそう答弁とうべん（有罪ゆうざいは認みとめないが争あらそわない旨むねの答弁とうべん）をすれば、公判廷こうはんていにおける事実じじつ審理しんりを経へることなく量刑りょうけい審理しんりに移行いこうする^[1]。連邦れんぽう刑事けいじ訴訟そしょう規則きそく11条じょうでは、被告人ひこくにんに対たいする権利けんり等とうの告知こくちとその理解りかいの確認かくにん、答弁とうべんの任意にんい性せいの確認かくにん、答弁とうべんの事実じじつ的てき基礎きその確認かくにんを行おこなう必要ひつようがあると定さだめられている^[1]。

供述きょうじゅつの信用しんよう性せい確保かくほの観点かんてんから、公判こうはんには協力きょうりょく者しゃの供述きょうじゅつだけで臨のぞむのではなく、他たのソースによる独立どくりつの裏付うらづけ証拠しょうこが重要じゅうようとされている^[1]。また、司法しほう取引とりひきの合意ごういには、他人たにんに関かんする虚偽きょぎの事実じじつを述のべた場合ばあいには、白紙はくしに戻もどす条項じょうこうが付つけられている^[1]。

種類しゅるい

答弁とうべん取引とりひき

アメリカのの答弁とうべん取引とりひきは、一般いっぱんに検察けんさつ側がわに協力きょうりょくするのと引ひき換かえに、一部いちぶの訴因そいんあるいは軽かるい罪つみのみを訴うったえの対象たいしょうとする合意ごういをいう^[2]。有罪ゆうざい答弁とうべん（または有罪ゆうざい答弁とうべんと捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょく）と引ひき換かえに、訴因そいんや量刑りょうけいの見返みかえりを与あたえる合意ごういを答弁とうべん合意ごういという^[1]。

詳細しょうさいは「答弁とうべん取引とりひき」を参照さんしょう

非公式ひこうしき刑事けいじ免責めんせき

有罪ゆうざい答弁とうべんを求もとめず捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょくと引ひき換かえに、供述きょうじゅつや証言しょうげんを不利益ふりえきに利用りようしない、あるいはこれに基もとづいて訴追そついしない、といった見返みかえりを与あたえることを非公式ひこうしき刑事けいじ免責めんせきという^[1]。

アルフォード・プリー（Alford_plea）

「Alford_plea(英語えいご版ばんの単独たんどく記事きじ)」も参照さんしょう

起訴きそ事実じじつについては認みとめないが、刑けいを受うけること（つまり有罪ゆうざいであること）については認みとめて、情状じょうじょう酌量しゃくりょうを求もとめるもの。

日本にっぽんにおける司法しほう取引とりひき

日本にっぽん法ほうでは長年ながねんにわたって司法しほう取引とりひきは認みとめられていなかったが、2016年ねんに後述こうじゅつの捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょく型がた協議きょうぎ・合意ごうい制度せいどが導入どうにゅうされ、2018年ねんに施行しこうされたことにより、司法しほう取引とりひきが導入どうにゅうされたと評価ひょうかされている（なお、被告人ひこくにん側がわに先行せんこう的てきな情報じょうほう提供ていきょうが求もとめられ、これに対たいして検察官けんさつかんが裁量さいりょう的てきに恩典おんてんを提示ていじするという構造こうぞうであることから、司法しほう取引とりひきではないと評価ひょうかする論者ろんしゃがいる。）。

捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょく型がた協議きょうぎ・合意ごうい制度せいど

2014年ねん6月がつ30日にちに法制ほうせい審議しんぎ会かいにおける『新しん時代じだいの刑事けいじ司法しほう制度せいど特別とくべつ部会ぶかい』の最終さいしゅう案あんでは、検察官けんさつかんが証人しょうにんの刑事けいじ責任せきにんを追及ついきゅうしないことを約束やくそくし、法廷ほうていで他人たにんの犯罪はんざい関与かんよについて証言しょうげんする「捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょく型がた協議きょうぎ・合意ごうい制度せいど」として、司法しほう取引とりひき制度せいどを盛もり込こむことになり、2014年ねん 9月18日にちに法制ほうせい審議しんぎ会かいは司法しほう取引とりひき制度せいど（捜査そうさ・公判こうはん協力きょうりょく型がた協議きょうぎ・合意ごうい制度せいど）の新設しんせつや、取とり調しらべの録音ろくおん・録画ろくがの義務付ぎむづけを柱はしらとする刑事けいじ司法しほう制度せいどの改革かいかく案あんを正式せいしきに決定けっていした^[3]。

2016年ねん5月がつに改正かいせい刑事けいじ訴訟そしょう法ほう（条文じょうぶんとしては法ほう第だい350条じょうの2から第だい350条じょうの15）が成立せいりつし、2018年ねん6月がつ1日にちより施行しこうされた。対象たいしょうとして刑事けいじ訴訟そしょう法ほう第だい350条じょうの2に規定きていされ、死刑しけい又または無期むきの自由じゆう刑けいに当あたるものを除のぞいた経済けいざい犯罪はんざいや薬物やくぶつ銃器じゅうき犯罪はんざいとなっており、被害ひがい者しゃ感情かんじょうなどを考慮こうりょして殺人さつじんや致死ちしや性せい犯罪はんざい等とうの粗暴そぼう犯はんは対象たいしょうとなっていない。一方いっぽうで、同時どうじに導入どうにゅうされた刑事けいじ免責めんせき制度せいどは、対象たいしょうの犯罪はんざいを限定げんていしていない。

司法しほう取引とりひきで無実むじつの人ひとが巻まき込こまれることを防ふせぐため、「虚偽きょぎ供述きょうじゅつ罪ざい」を盛もり込こんだ他ほか、取引とりひきの際さいには、検察官けんさつかん・被疑ひぎ者しゃ・弁護士べんごしが連署れんしょした書類しょるいを作成さくせいすることとし、他人たにんの犯罪はんざい関与かんよに関かんする証拠しょうこ採用さいようには、制度せいどを利用りようしたことを法廷ほうていで明あきらかにすることとしている。

それでも、冤罪えんざい被害ひがい者しゃを生うむ危険きけん性せいは増大ぞうだいすると指摘してきする声こえは強つよく^[4]、逆ぎゃくに司法しほう取引とりひきを経へた証人しょうにんは、虚偽きょぎ供述きょうじゅつ罪ざいを問とわれるのを避さけるため、他人たにんの刑事けいじ裁判さいばんに出廷しゅっていしても虚偽きょぎを貫つらぬこうとする動機どうきが働はたらくために、冤罪えんざいの温床おんしょうになりやすいことが指摘してきされている^[5]。

適用てきよう事案じあん

2018年ねん6月がつ、三菱みつびし日立ひたちパワーシステムズ（現げん・三菱みつびしパワー）社員しゃいんによるタイの発電はつでん所しょに絡からむ外国がいこく公務員こうむいん贈賄ぞうわい事件じけんが、初はじめての適用てきよう事案じあんとなった^[6]。2018年ねん7月がつに元もと役員やくいんら3人にんを不正ふせい競争きょうそう防止ぼうし法ほう違反いはんで起訴きそ^[7]、2022年ねん5月がつ、最高裁さいこうさいにて有罪ゆうざい確定かくてい^[8]。

2件けん目めの適用てきようは2018年ねん11月の、カルロス・ゴーン事件じけん。

3件けん目めは2019年ねん11月、アパレル企業きぎょう「GLADHAND」の元もと社長しゃちょうによる売上うりあげ金きん横領おうりょう・私的してき着服ちゃくふく事件じけん^[9]。3,300万まん円えんの業務ぎょうむ上じょう横領おうりょうで起訴きそ^[10]。2022年ねん6月がつ、最高裁さいこうさいにて実刑じっけい（懲役ちょうえき2年ねん6ヶ月かげつ）での有罪ゆうざい確定かくてい^[11]。

4件けん目めは兵庫ひょうご県けんでの自動車じどうしゃ販売はんばい会社かいしゃ融資ゆうし金きん詐欺さぎ事件じけん。兵庫ひょうご県警けんけいによるもので、初はじめて警察けいさつによる適用てきよう事例じれいとなった。

5件けん目めは御所ごしょ市し火葬かそう場じょう建設けんせつ工事こうじ汚職おしょく事件じけん。大阪おおさか地検ちけんによるもので、検察けんさつとしては初はじめて東京とうきょう地検ちけん以外いがいによる適用てきよう事例じれいとなった。

このように司法しほう取引とりひきの適用てきよう事案じあんは少すくない。これは司法しほう取引とりひきに応おうじる社員しゃいん側がわに過大かだいな負担ふたんがあること、その一方いっぽうで実際じっさいの裁判さいばんの場ばでは証言しょうげん（供述きょうじゅつ）の信用しんよう性せいが認みとめられにくいことが挙あげられている^[12]^[13]。上うえ掲の3件けんでも、司法しほう取引とりひきによって得えた供述きょうじゅつ内容ないようは裁判所さいばんしょの判断はんだん材料ざいりょうには用もちいられていない^[14]。