平ひら櫛くし田中たなか

平ひら櫛くし田中たなか

平ひら櫛くし 田中たなか（ひらくし〈又または ひらぐし〉でんちゅう、1872年ねん2月がつ23日にち〈明治めいじ5年ねん1月がつ15日にち〉 - 1979年ねん〈昭和しょうわ54年ねん〉12月30日にち）は、日本にっぽんの彫刻ちょうこく家か。本名ほんみょうは平ひら櫛くし 倬太郎ろう（ひらくし たくたろう）。旧姓きゅうせいは田中たなか。

写実しゃじつ的てきな作風さくふうで、高村たかむら光雲こううん、荻原おぎわら碌山ろくざん、朝倉あさくら文夫ふみおなどと並ならび近代きんだい日本にっぽんを代表だいひょうする彫刻ちょうこく家かの一人ひとりである。ゆかりの地ちで名誉めいよ市民しみんとされているのは、故郷こきょうである岡山おかやま県けん井原いはら市し（1958年ねん）、広島ひろしま県けん福山ふくやま市し（1965年ねん）、晩年ばんねんを過すごした東京とうきょう都と小平こだいら市し（1972年ねん）。作品さくひんを所蔵しょぞうする施設しせつとして井原いはら市立しりつ平ひら櫛くし田中たなか美術館びじゅつかん、小平こだいら市平いちへい櫛くし田中たなか彫刻ちょうこく美術館びじゅつかんがある。

107歳さいで亡なくなった時点じてんでは男性だんせい長寿ちょうじゅ日本一にっぽんいちの人物じんぶつだった。

経歴けいれき

岡山おかやま県けん後月しつき郡ぐん西江原にしえばら村むら（現げん・井原いはら市し西江原にしえばら町まち）の田中たなか家かに生うまれる。1882年ねん（明治めいじ15年ねん）に広島ひろしま県けん沼隈ぬまくま郡ぐん今津いまづ村むら（現げん・福山ふくやま市し今津いまづ町まち）の平ひら櫛くし家かの養子ようしになったが、大阪おおさか時代じだいまでは旧姓きゅうせいを通称つうしょうに用もちいていた。1893年ねん（明治めいじ26年ねん）に、大阪おおさかの人形にんぎょう師し・中谷なかたに省しょう古いにしえに弟子でし入いりして木彫きぼりを修業しゅぎょうした。

1935年ねん（昭和しょうわ10年ねん）、帝国ていこく美術びじゅつ院いんの改革かいかくが行おこなわれると会員かいいんに選出せんしゅつされるが、翌よく1936年ねん（昭和しょうわ11年ねん）年ねんに示しめされた平生ひらお改革かいかく案あんに反対はんたいして横山よこやま大観たいかんら日本にっぽん芸術げいじゅつ院いんメンバーなどとともに会員かいいんを辞任じにんする。その後ご、1937年ねん（昭和しょうわ12年ねん）に帝国ていこく美術びじゅつ院いんが改組かいそして帝国ていこく芸術げいじゅつ院いんとして発足ほっそくすると芸術げいじゅつ院いん会員かいいんとなった。

1944年ねん（昭和しょうわ19年ねん）7月がつ1日にちに帝室ていしつ技芸ぎげい員いん。同年どうねん、東京とうきょう美術びじゅつ学校がっこう（現げん・東京藝術大学とうきょうげいじゅつだいがく）の教授きょうじゅに招聘しょうへいされ、第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん後こうも教壇きょうだんに立たつ。1950年ねん（昭和しょうわ25年ねん）、資料しりょうの散逸さんいつを防ふせぐためと、教育きょういく上じょうの参考さんこうにして欲ほしいとの意思いしから、東京藝大とうきょうげいだいに自作じさくを含ふくむ彫刻ちょうこくのコレクション129点てんを寄贈きぞうした。

明治めいじ末期まっきから大正たいしょう初期しょきにかけて、東京藝大とうきょうげいだいの基礎きそとなる東京とうきょう美術びじゅつ学校がっこうを創立そうりつした岡倉おかくら天心てんしんに師事しじした。東京藝大とうきょうげいだい構内こうないの六角ろっかく堂どうに、田中たなか作さくの「岡倉おかくら天心てんしん像ぞう」が安置あんちされており、天心てんしんを敬愛けいあいしていた田中たなかは藝大げいだい勤務きんむ時代じだいには登校とうこうのたびに、この自作じさくの像ぞうに最敬礼さいけいれいしていた。

1958年ねん（昭和しょうわ33年ねん）、畢生ひっせいの大作たいさくで彩色さいしき木彫きぼりの『鏡かがみ獅子じし』を戦中せんちゅうのブランクを経へて、20年ねんをかけて完成かんせいする。1936年ねん（昭和しょうわ11年ねん）に制作せいさくを開始かいししたとき、歌舞伎座かぶきざに25日にち通がよい詰づめ、場所ばしょを変かえ様々さまざまな角度かくどから観察かんさつした（なお昭和しょうわ11年ねん、12年ねんともに公演こうえんがあったため長ながく昭和しょうわ12年ねんとされてきたが、近年きんねんの研究けんきゅうにより昭和しょうわ11年ねんが正ただしいとされる）。完成かんせい時じ、モデルの6代目だいめ尾上おがみ菊五郎きくごろうは既すでに故人こじんとなっていた。

1962年ねん（昭和しょうわ37年ねん）、文化ぶんか勲章くんしょう受章じゅしょう。受章じゅしょう者しゃ記者きしゃ会見かいけんで田中たなかは「貰もらうのは棺桶かんおけに入はいってからだと思おもっていました」と発言はつげんして記者きしゃを笑わらわせ、喜よろこびを表あらわした。

1965年ねん（昭和しょうわ40年ねん）、東京藝大とうきょうげいだい名誉めいよ教授きょうじゅとなった。

1972年ねん（昭和しょうわ47年ねん）、田中たなかの出身しゅっしん地ちである井原いはら市しが主催しゅさいして平ひら櫛くし田中たなか賞しょうを設もうけた。

100歳さいを超こえ長命ちょうめいであったが死しの直前ちょくぜんまで創作そうさくを続つづけたという。没後ぼつご、田中たなかのアトリエには30年ねん以上いじょう続つづけて制作せいさくできるだけの彫刻ちょうこく用ようの材木ざいもくがあった。この材木ざいもくを利用りようして、井原いはら市平いちへい櫛くし田中たなか美術館びじゅつかんに上野桜木うえのさくらぎ町まちのアトリエが再現さいげんされた。1979年ねん（昭和しょうわ54年ねん）、小平こだいら市しの自宅じたくで満まん107歳さい（享年きょうねん108）で大だい往生おうじょうした。 『広辞苑こうじえん』に載のっている実在じつざいの人物じんぶつの中なかでは最もっとも長命ちょうめいな人物じんぶつでもあり、死去しきょ時点じてんでは男性だんせい長寿ちょうじゅ日本一にっぽんいちだった。

墓所はかしょは多磨たま霊園れいえん（16区く1種しゅ5側がわ）。

作品さくひん

福山ふくやま駅えき南口みなみぐち前まえの五ご浦うら釣人ちょうじん像ぞう

浅草寺せんそうじ雷門かみなりもんの天龍てんりゅう

代表だいひょう作さくは国立こくりつ劇場げきじょうのロビーにある『鏡かがみ獅子じし』のほか、『烏有うゆう先生せんせい（うゆうせんせい）』、小平こだいら市平いちへい櫛くし田中たなか彫刻ちょうこく美術館びじゅつかんホールに立たつ『転生てんせい（てんしょう）』などがある。

このほかで有名ゆうめいな作品さくひんである『五ご浦うら釣人ちょうじん（いづらちょうじん）』は木彫きぼりでなくブロンズ像ぞうで、岡倉おかくら天心てんしんが活動かつどうの拠点きょてんとした五ご浦うら海岸かいがん（現在げんざいの茨城いばらき県けん北茨城きたいばらき市し）で釣つりに出でかける姿すがたをイメージしている。五ご浦うらの読よみは「いづら」であるが、田中たなか自身じしんは音読おんどくして「ごほちょうじん」と呼よんでいた。

JR福山ふくやま駅えき南口みなみぐちで待まち合あわせなどに使つかわれる『五ご浦うら釣人ちょうじん』は同名どうめいの木彫きぼり像ぞう（茨城大学いばらきだいがく蔵くら）を制作せいさくするための石膏せっこう原型げんけいより鋳造ちゅうぞうされ、作者さくしゃ本人ほんにんにより寄贈きぞうされた作品さくひんである。明治めいじから昭和しょうわ戦せん前期ぜんきにキャリアをはじめた木彫きぼり家かの多おおくが、江戸えど時代じだいまでの直ちょく彫ほりではなく、修正しゅうせい可能かのうな油土ゆどで構想こうそうを練ねりながら原型げんけいを作つくり、石膏せっこうで型かた取とりして、そこからさらに星ほし取とり法ほう（西欧せいおう由来ゆらいで、日本にっぽんでは米原まいばら雲海うんかいが初はじめて木彫きぼりに応用おうようした技法ぎほう）で木彫きぼりに写うつすという方法ほうほうで制作せいさくした。そのため、この釣人ちょうじん像ぞうはレプリカ（複製ふくせい）ではなく、作者さくしゃの選択せんたくした制作せいさく方法ほうほうによる「作品さくひん」である。

東京とうきょう都と台東たいとう区くの浅草寺せんそうじの雷門かみなりもんの背面はいめん（境内けいだい側がわ）には、彫刻ちょうこく家か菅原すがわら安男やすおによる天龍てんりゅう金龍きんりゅう像ぞうが設置せっちされている。1978年ねんに松下まつしたグループ有志ゆうしにより寄進きしんされたもの。平ひら櫛くし田中たなかは監修かんしゅうと題だい額がくの書しょを揮毫きごうしている。。

彫刻ちょうこく刀がたなの切きれ味あじにはこだわっていた。彫刻ちょうこく道具どうぐを専門せんもんとする彫刻ちょうこく鑿鍛冶たんやにオーダーメイドで製作せいさく依頼いらいをしていた。昭和しょうわ7年ねん頃ごろには名人めいじん気質きしつの職人しょくにんである左ひだり村重むらしげの作つくる鑿や小刀こがたなも使つかっていたようだ。戦前せんぜんより親交しんこうがあり、後のちに人間にんげん国宝こくほうとなる宮入みやいり行平こうへいが彫刻ちょうこく刀がたなを製作せいさくしたこともあった。

彫刻ちょうこく作品さくひんだけでなく名言めいげんも多おおく残のこしており、「田中たなか語録ごろく」と呼よばれる。

エピソード

上記じょうきのように田中たなかは百ひゃく歳さいを超こえても、30年ねんかかっても使つかいきれないほどの材木ざいもくを所有しょゆうしていた。これはいつでも制作せいさくに取とり掛かかれるようにと、金銭きんせんに余裕よゆうがある時ときに買かいためていた材木ざいもくがいつの間まにかそれだけの分量ぶんりょうになっていたためである。

不老ふろう　六ろく十じゅう七なな十じゅうははなたれこぞう　おとこざかりは百ひゃくから百ひゃくから　わしもこれからこれから

とは田中たなかがたびたび揮毫きごうしていた書しょ。よく揮毫きごうしていた言葉ことば

いまやらねばいつできる　わしがやらねばたれがやる

と同様どうよう、座右ざゆうの銘めいといえようか。不老ふろうの言葉ことばを知しった横溝よこみぞ正史せいしは「田中たなかさんには及およびもないが、せめてなりたやクリスティ」と詠よんだ。アガサ・クリスティは82歳さい、横溝よこみぞは78歳さいで最後さいごの長編ちょうへんを刊行かんこうしており、当時とうじの小説しょうせつ家かとしては記録きろく的てきな健筆けんぴつぶりであった。

文献ぶんけん

• 山崎やまざき治雄はるお撮影さつえい『尋ひろ牛うし 平ひら櫛くし田中たなか作品さくひん集しゅう』平ひら櫛くし田中たなか顕彰あきら会かい刊行かんこう、1970年ねん
• 今泉いまいずみ篤男あつお・本間ほんま正義まさよし編へん・解説かいせつ『平ひら櫛くし田中たなか彫琢ちょうたく大成たいせい』講談社こうだんしゃ、1971年ねん
• 『彫ほ 平ひら櫛くし田中たなかの世界せかい』山陽さんよう新聞しんぶん社しゃ、1980年ねん
• 小平こだいら市平いちへい櫛くし田中たなか彫刻ちょうこく美術館びじゅつかん編へん『平ひら櫛くし田中たなか回顧かいこ談だん』（き手きて：本間ほんま正義まさよし）、中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ、2022年ねん

関連かんれん項目こうもく

• 岡山おかやま県けん出身しゅっしんの人物じんぶつ一覧いちらん
• 田中たなか苑えん
• 高齢こうれいで死去しきょした著名ちょめい人じん一覧いちらん

外部がいぶリンク

• 小平こだいら市平いちへい櫛くし田中たなか彫刻ちょうこく美術館びじゅつかん
• 巨匠きょしょう 平ひら櫛くし田中たなかの世界せかい（2015年ねん5月がつ11日にちアーカイブ） - 国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかんWeb Archiving Project - 小平こだいら市し
• 井原いはら市立しりつ田中たなか美術館びじゅつかんホームページ
• 平ひら櫛くし田中たなか（おかやま人物じんぶつ往来おうらい） - 岡山おかやま県立けんりつ図書館としょかん
• 日本にっぽんリーダーパワー史し（77）『超ちょう高齢こうれい社会しゃかい日本にっぽん』のシンボル・107歳さい平ひらめ櫛くし田中たなか翁おきなに学まねべ―＜その気魄きはくと禅ぜん語ご＞
• 平ひら櫛くし田中たなか - ウェイバックマシン（2019年ねん2月がつ22日にちアーカイブ分ぶん）
• 平ひら櫛くし田中たなか - NHK人物じんぶつ録ろく
• ウィキメディア・コモンズには、平ひら櫛くし田中たなかに関かんするカテゴリがあります。
• [1]無料むりょう公開こうかいマンガふるさとの偉人いじん「107歳さいの生涯しょうがいを木彫きぼりに捧ささげた彫刻ちょうこく家か 平ひら櫛くし田中たなか」 発行はっこう 岡山おかやま県けん井原いはら市し教育きょういく委員いいん会かい 2023年ねん3月がつ