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成東・東金食虫植物群落 - Wikipedia コンテンツにスキップ

成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく近傍きんぼう

成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく(なるとうとうがねしょくちゅうしょくぶつぐんらく、英語えいご表記ひょうき:Naruto / Togane Area Carnivorous Plant Field[1])は、千葉ちばけん山武さんぶしまからどうけん東金とうがね上武射田かみむざたにまたがるくに天然記念物てんねんきねんぶつ指定していされた湿原しつげんである[2][3][4][5][6][7][8][9]

湿原しつげんない群落ぐんらくにはモウセンゴケミミカキグサなどの食虫植物しょくちゅうしょくぶつ中心ちゅうしんとして、多種たしゅ多様たよう植物しょくぶつ自生じせいしている。1920ねん大正たいしょう9ねん)7がつに、前年ぜんねんの1919ねん大正たいしょう8ねん)に制定せいていされた史蹟しせき名勝めいしょう天然てんねんねんぶつ保存ほぞんほうもとづいて、ふとし東海とうかいはま植物しょくぶつ群落ぐんらくげん千葉ちばけんいすみ)などをはじめとする9けんともに、日本にっぽん最初さいしょくに天然記念物てんねんきねんぶつ指定していされた。指定してい基準きじゅんは「珍奇ちんきまた絶滅ぜつめつひんした植物しょくぶつ自生じせい」および「代表だいひょうてき原野げんや植物しょくぶつ群落ぐんらく」として[2][10][11]

歴史れきし沿革えんかく[編集へんしゅう]

天然記念物てんねんきねんぶつへの指定してい[編集へんしゅう]

どう群落ぐんらくかんしては、1904ねん明治めいじ37ねん時点じてんで、植物しょくぶつがく雑誌ざっしだい202ごう収録しゅうろくの「上總かずさ成東なるとう附近ふきん植物しょくぶつ」のなか言及げんきゅうがある。著者ちょしゃ田口たぐちまさるはそのなか

……成東なるとうえきりてくことすうじゅうちょうなれば成東なるとう中学ちゅうがく分校ぶんこうしたに……コモウセングサ、ナガバノイシモチソウ、ヒナノカンザシ、……サギソウとういちめんしげせいし……よりみち南方なんぽうりてすすむことななはちちょうなればしゃはらいたるべし植物しょくぶつほとん前者ぜんしゃ同一どういつなれど……まえざりしモウセングサ、イシモチソウ、ハルリンドウとうくわえ、四辺しへん水田すいでんにはタヌキモ、サンカンイ、ミクリ、…… [ちゅう 1]

べており[12]食虫植物しょくちゅうしょくぶつふく植物しょくぶつ種類しゅるいおおさについてしるしている[13]

現地げんち調査ちょうさをたびたび実施じっしした植物しょくぶつ学者がくしゃ三好みよしまなぶ

その植物しょくぶつ学者がくしゃ三好みよしまなぶなどによる現地げんち調査ちょうさ[13]、1920ねん7がつ17にちに、「成東なるとうまち肉食にくしょく植物しょくぶつ産地さんち」という名称めいしょう[4][14]で、日本にっぽん最初さいしょくに天然記念物てんねんきねんぶつうちひとつに指定していされた[3][9][15]指定してい面積めんせきは3まん8743平方へいほうメートル[13]。この指定してい当初とうしょ盗掘とうくつなど、心無こころなもの指定していらされることをおそれて告示こくじおこなわないという変則へんそくてき形式けいしきおこなわれたが[13]群落ぐんらく存在そんざいわたり、不法ふほう採集さいしゅうなどが相次あいつぐようになると、天然記念物てんねんきねんぶつとしての意義いぎあきらかにするためとして、1932ねん昭和しょうわ7ねん)に官報かんぽう告示こくじされ、保護ほご管理かんり措置そちられるようになった[3][16][9]。また、指定していまえの1919ねん11月4にちづけ内務省ないむしょう官僚かんりょうにより作成さくせいされた復命ふくめいしょには、指定してい予定よていは、所在しょざいする2町村ちょうそん成東なるとうまちげん山武さんぶ豊城とよきむらげん東金とうがね)のあいだ利害りがい関係かんけいとなっており、住民じゅうみんへの啓発けいはつかえって指定していへの反発はんぱつをもたらすおそれがあるため考慮こうりょ必要ひつようだとしるされていた[16]

1928ねん昭和しょうわ3ねん)にさん好学こうがくによりおこなわれた調査ちょうさ報告ほうこくでは、6種類しゅるい食虫植物しょくちゅうしょくぶつみとめられた[17]。また、同様どうよう内務省ないむしょう嘱託しょくたくけて調査ちょうさをした園芸えんげい学者がくしゃ石井いしいいさむよしは、7しゅ食虫植物しょくちゅうしょくぶつほかウメバチソウトキソウなどの生育せいいくみとめている[13]

一方いっぽう、1926ねん大正たいしょう15ねん昭和しょうわ元年がんねん)に群落ぐんらくおとずれた牧野まきの富太郎とみたろうは、天然記念物てんねんきねんぶつ指定していされるまえまでは現地げんち人々ひとびと肥料ひりょうきょうするためとして草取くさとりをおこない、食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく保存ほぞんされてきていたが、指定してい群落ぐんらくしがらみかこむなどして群落ぐんらくれさせないことにより、大型おおがた植物しょくぶつしげって、かえって食虫植物しょくちゅうしょくぶつすうねんのうちに滅尽めつじんしてしまうとしてこれを警告けいこくし、管理かんり方法ほうほう見直みなおしを提唱ていしょうした[18][13]

縮小しゅくしょう保護ほご活動かつどう[編集へんしゅう]

天然記念物てんねんきねんぶつ指定してい面積めんせき変遷へんせん[13]
日付ひづけ 変更へんこう 面積めんせき(m2
1920ねん7がつ17にち 天然記念物てんねんきねんぶつ指定してい 38743
1932ねん5がつ18にち 一部いちぶ指定してい解除かいじょ 30353
1956ねん6がつ29にち 一部いちぶ指定してい解除かいじょ 15097
1982ねん12月7にち 追加ついか指定してい 16494
1986ねん1がつ9にち 追加ついか指定してい 17191
2006ねん1がつ26にち 追加ついか指定してい 31891

1932ねん昭和しょうわ7ねん)5がつ18にち群落ぐんらく一部いちぶ天然記念物てんねんきねんぶつ指定してい解除かいじょされ、指定してい面積めんせきは3まん353平方へいほうメートルに縮小しゅくしょうした。それにさいしてさん好学こうがくおこなった調査ちょうさ記録きろくでは、作田川さくたがわ改修かいしゅうによる乾燥かんそう結果けっか食虫植物しょくちゅうしょくぶつおおすうらしたことが示唆しさされている[13]だい大戦たいせんの1956ねん昭和しょうわ31ねん)6がつ29にちには、さら一部いちぶ指定してい解除かいじょされ、群落ぐんらく面積めんせきはこれまでの半分はんぶんほどの1まん5097平方へいほうメートルほどに縮小しゅくしょうした。報告ほうこくで、指定してい地域ちいきない耕地こうちによる群落ぐんらく喪失そうしつ示唆しさされている[19][20]

一方いっぽう保護ほごけたうごきもられるようになった。だい大戦たいせん復員ふくいんした現地げんち青年せいねんらをふく若者わかものたちにより結成けっせいされた農業のうぎょう連合れんごうあいかい」は、1950年代ねんだい以降いこうまち役場やくば協力きょうりょくして、野焼のやき、草刈くさかり、しがらみ設置せっちなどの群落ぐんらく保全ほぜん活動かつどう参加さんかするようになった[20]

そして1970ねん昭和しょうわ45ねん)に、どう群落ぐんらくたいするだい1保護ほご増殖ぞうしょく事業じぎょう」が開始かいしされ、1976ねん昭和しょうわ51ねん)までおこなわれた。だい1保護ほご増殖ぞうしょく事業じぎょうのきっかけにひとつとなったのは地元じもと高校生こうこうせいによる朝日新聞あさひしんぶんへの投書とうしょであった[21]初年しょねんの1970ねん8がつ13にち[22]には、千葉大学ちばだいがく理学りがく博士はかせ沼田ぬまたしん東京教育大学とうきょうきょういくだいがく市川いちかわ正巳まさみとにより学術がくじゅつ調査ちょうさおこなわれ、そのなかで、だい大戦たいせんなか群落ぐんらく中央ちゅうおうながれ掘削くっさくしたり、一部いちぶ食糧しょくりょう増産ぞうさんのために耕地こうちしたりしたこと、さら中央ちゅうおうりゅう下水げすい流入りゅうにゅうしたことなどが要因よういんとなり、群落ぐんらく生態せいたいけい維持いじ危機ききてき状況じょうきょうをもたらしたことも報告ほうこくされた[19]翌年よくねんの1971ねん昭和しょうわ46ねん)からは本格ほんかくてき群落ぐんらく実態じったい把握はあく調査ちょうさ大型おおがた植物しょくぶつ除去じょきょ群落ぐんらくない表層ひょうそう除去じょきょ食虫植物しょくちゅうしょくぶつ外部がいぶ移植いしょく播種はしゅ試験しけんはじまり、そのなかで1975ねん昭和しょうわ50ねん)にはコンクリートせい観察かんさつ設置せっちや、あいかいによるススキかぶ除去じょきょ開始かいしされた[21]

1978ねん昭和しょうわ53ねん)12月21にちに、天然記念物てんねんきねんぶつとしての名称めいしょう現在げんざいの「成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく」に変更へんこうされた[4][16]

1985ねん昭和しょうわ60ねん)5がつ1にち[22]からは、だい2保護ほご増殖ぞうしょく植生しょくせい回復かいふく事業じぎょう」が、沼田ぬまたしん団長だんちょうとして、千葉ちば都市とし緑化りょくか植物しょくぶつえん小滝こたき一夫かずお日本にっぽん大学だいがく河野こうの栄一えいいちらによって開始かいしされた[23]群落ぐんらくない食虫植物しょくちゅうしょくぶつ保護ほご増殖ぞうしょく植生しょくせい回復かいふくなどにかんする調査ちょうさが1987年度ねんどにかけてまで実施じっしされ、この結果けっかけて1988年度ねんどから1990年度ねんどまでにかけて、植物しょくぶつ生育せいいく環境かんきょう整備せいび事業じぎょういとなまれると同時どうじ[8]、5年間ねんかん植生しょくせい変動へんどう監視かんし事業じぎょう小滝こだきによっておこなわれた[23]一連いちれん調査ちょうさではみず環境かんきょう改善かいぜん焦点しょうてんかれ[16]整備せいび事業じぎょうには、地下水ちかすい管理かんりのためのポンプ施設しせつはい給水きゅうすい施設しせつ灌漑かんがい施設しせつ設置せっちなどがふくまれた[8]

また、どう時期じきの1987ねん昭和しょうわ62ねん)7がつ[22]には、有志ゆうしらにより、成東なるとうまち教育きょういく委員いいんかい協力きょうりょくした群落ぐんらくない案内あんないするボランティア団体だんたい結成けっせいされた。その団体だんたいは1993ねん平成へいせい5ねん)3がつ14にち[22]名称めいしょう規約きやく制定せいていして、同町どうちょう教育きょういく委員いいんかい管理かんりした植物しょくぶつ保護ほご管理かんり業務ぎょうむかんして必要ひつよう活動かつどうおこなう「成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらくまもかい」に再編さいへんされた[24][23]

2000ねん平成へいせい12ねん)5がつ[22]には、だい3事業じぎょうとなる「くに指定してい天然記念物てんねんきねんぶつ成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく保護ほご増殖ぞうしょく調査ちょうさ」」が開始かいしされ、2002ねんまでつづけられた。この事業じぎょうでは、植物しょくぶつ目録もくろく分布ぶんぷ調査ちょうさイヌタヌキモふく貴重きちょうしゅ増殖ぞうしょく試験しけんなどがこころみられた[25]

2006ねん平成へいせい18ねん)1がつ26にち隣接りんせつする国有こくゆう1まん4700平方へいほうメートルがさい指定していされた[26][25]さい指定していされた地区ちくは、戦中せんちゅうから戦後せんごにかけての食糧難しょくりょうなん時代じだい耕地こうちされ、その復元ふくげんへの努力どりょくこころみられてきた部分ぶぶんであった[20]

現在げんざい[編集へんしゅう]

現在げんざい指定していしがらみ防護ぼうごしがらみ管理かんり小屋こや設置せっちされており、なかかれている観察かんさつとおって自由じゆう見学けんがくすることが出来でき[6]。2021ねん現在げんざい群落ぐんらく維持いじするための保護ほご活動かつどうが、ヨシススキハンノキカモノハシ、そしてセイタカアワダチソウはじめとする競争きょうそうしゅ排除はいじょ湿性しっせい遷移せんい進行しんこう抑制よくせいおよび栄養えいよう塩類えんるい土壌どじょうからの除去じょきょ目的もくてきとした火入ひい[8][27]表土ひょうどり、河川かせんすいげによる生育せいいく水位すいい維持いじなどをしゅとして、毎年まいとし継続けいぞくされておこなわれている[28]

特色とくしょく[編集へんしゅう]

1983ねん昭和しょうわ58ねん)に群落ぐんらく上空じょうくう付近ふきんから撮影さつえいされた航空こうくう写真しゃしん画面がめんみぎながれるかわ作田川さくたがわ水路すいろはさんできたみなみけられている。国土こくど交通省こうつうしょう 国土こくど地理ちりいん 地図ちず空中くうちゅう写真しゃしん閲覧えつらんサービス空中くうちゅう写真しゃしんもと作成さくせい
成東・東金食虫植物群落の位置(千葉県内)
成東・東金食虫植物群落
成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく
成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく位置いち

地理ちり地質ちしつがくてき特徴とくちょう[編集へんしゅう]

どう群落ぐんらくは、成東なるとうえき南東なんとうやく2キロメートル、九十九里平野くじゅうくりへいや中央ちゅうおうながれて太平洋たいへいようそそ作田川さくたがわ沿いに位置いちする[4][7][8][9]。2021ねんれい3ねん時点じてん指定してい面積めんせきは3まん1891.13平方へいほうメートル[6]やく3.2ヘクタール[3])。群落ぐんらくない標高ひょうこうやく4 - 5メートルの低地ていちとなっていて、土壌どじょうすなしつである[8][29]指定してい中央ちゅうおうには水路すいろがあり、これをはさんで北側きたがわ成東なるとうがわほうが、みなみ東金とうがねがわほうよりも土地とちひくく、地下水ちかすいたかく、湿潤しつじゅん地域ちいきとなっており、この特徴とくちょう群落ぐんらくない植生しょくせい分布ぶんぷなどに影響えいきょうしている[8]

群落ぐんらく位置いちする九十九里平野くじゅうくりへいやは、海水かいすい退しりぞいて形成けいせいされた砂地すなじ海岸かいがん平野へいやであり、泥炭でいたんすくなくて栄養えいようにもとぼしく、こうしつ土壌どじょう湿原しつげん分類ぶんるいされる。そのため、一般いっぱんてき植物しょくぶつにとってまだ十分じゅうぶん肥料ひりょう成分せいぶん土壌どじょうふくまれていない環境かんきょうであり、このるい食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく形成けいせいされやすくなっている[30][31]くわえて、人々ひとびと作田川さくたがわ堤防ていぼう修復しゅうふくのためすなじょうとして利用りようする過程かていで、表面ひょうめん栄養えいようあるがしたり、えている草木くさき枝葉えだはが、ひとにより農地のうち肥料ひりょうきょうするために日常にちじょうてきられて、おおきな植物しょくぶつ生育せいいく抑制よくせいされたりしたことも、食虫植物しょくちゅうしょくぶつはじめとするたけひく植物しょくぶつ分布ぶんぷ発達はったつ維持いじつながったとかんがえられている[30][10]

はるからあき温暖おんだんぶしでは、海陸かいりく表面ひょうめん温度おんどにより、群落ぐんらくないには、にちちゅう南側みなみがわから海風かいふうが、夜間やかん北側きたがわから陸風りくかぜくようになっている。なつにちちゅうにおいては、海風かいふう気温きおん上昇じょうしょう抑制よくせいしている傾向けいこうがある。また、群落ぐんらくない水位すいいたか湿潤しつじゅんとしている環境かんきょうにあるため、太陽たいようからの放射ほうしゃエネルギーがみず蒸発じょうはつ植物しょくぶつ蒸散じょうさん使つかわれたり、比熱ひねつおおきいみず地表ちひょうめんあたためることを抑制よくせいしたりするなどして、群落ぐんらくないとその周辺しゅうへん気温きおん較差かくさちいさくたも役割やくわりになっている[29]

植生しょくせい[編集へんしゅう]

群落ぐんらくないには、モウセンゴケイシモチソウナガバノイシモチソウコモウセンゴケモウセンゴケタヌキモミミカキグサホザキノミミカキグサムラサキミミカキグサイヌタヌキモけい8しゅ食虫植物しょくちゅうしょくぶつ現存げんそん生育せいいくしている[3][7][8]食虫植物しょくちゅうしょくぶつ以外いがいでは、トキソウシランノハナショウブミズキボウシサギソウヒメハッカなどの植物しょくぶつ生育せいいくしているほか[8]コケ植物しょくぶつ生育せいいくとしても貴重きちょうで、どう群落ぐんらく全体ぜんたいは2007ねん日本にっぽん蘚苔せんたいるい学会がっかいによって「日本にっぽん貴重きちょうなコケのもり」に認定にんていされている[32]群落ぐんらく全体ぜんたいでの植物しょくぶつしゅすうは、環境省かんきょうしょう作成さくせいしたレッドデータリストに掲載けいさいされている貴重きちょうな32しゅふく[10]合計ごうけい300[3]~450しゅ[4][5]かぞえる。

生育せいいくしている食虫植物しょくちゅうしょくぶつはいずれも陽性ようせい植物しょくぶつで、生育せいいく十分じゅうぶんひかりようし、植物しょくぶつによりできる日陰ひかげよわ[8]植物しょくぶつ観察かんさつには、なつの7がつから8がつごろまでがおおむてきしている[3][7][9]

群生ぐんせいするコモウセンゴケ
モウセンゴケ食虫植物しょくちゅうしょくぶつ
モウセンゴケ植物しょくぶつは、捕虫ほちゅうかたぶけせい運動うんどうをすることで、むしらえる。ほん群落ぐんらく生育せいいくする4しゅはいずれもモウセンゴケぞく分類ぶんるいされる。これらのなかまはマッチぼうのようなかたちをしたせんち、成熟せいじゅくした常時じょうじ先端せんたんから粘液ねんえき分泌ぶんぴつしているが、そこにしょう動物どうぶつ付着ふちゃくすると、さらに粘液ねんえき補充ほじゅうさせると同時どうじに、細胞さいぼう伸長しんちょう縮小しゅくしょうによりせん湾曲わんきょくさせ、獲物えものつつみ、吸収きゅうしゅうするという仕組しくみになっている[33]
草丈くさたけは10~20センチメートルほど[34]環境省かんきょうしょうRDB[35]じゅん絶滅ぜつめつ危惧きぐ(NT)、千葉ちばけんRDB[36]さい重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(A)指定してい[37]えている多数たすうせんから粘液ねんえきちいさなむしらえる。また、地下ちか球状きゅうじょう塊根かいこん[34]ほん群落ぐんらくにおいては、南側みなみがわ乾燥かんそうした区域くいきられる[8]観察かんさつもっとてきした時期じきよりもはやく、5月から6がつまでにかけて[3][9]開花かいか時間じかんたい午前ごぜんなか[34]
草丈くさたけは10~20センチメートルほど[38]環境省かんきょうしょうRDB絶滅ぜつめつ危惧きぐIIるい(VU)、千葉ちばけんRDBさい重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(A)指定してい[37]。7月から9がつまでのあいだに、直径ちょっけい1センチメートルほどのしろはなかせる。イシモチソウと同様どうようせんから粘液ねんえき捕虫ほちゅうおこなうが、ながさは同種どうしゅほうなが[38]。ふつう淡紅あわべにしょくはなをつけ、たんにナガバノイシモチソウとばれるのにたいし、どう群落ぐんらくたね白色はくしょくであることから、このばれる[39]地下水ちかすいたか湿潤しつじゅん場所ばしょでしか生息せいそくできないため、ほん群落ぐんらくでは北側きたがわ区域くいきおお分布ぶんぷしている[8]
草丈くさたけは10~15センチメートルほど[40]千葉ちばけんRDBよう保護ほご生物せいぶつ(C)指定してい[37]。へらがたち、そこからえている紫紅しこうしょくせんから粘液ねんえき分泌ぶんぴつして捕虫ほちゅうおこなう。ロゼットじょうしており、ほん群落ぐんらくにおいては、南側みなみがわ乾燥かんそうした区域くいきられる。なつの6がつから9がつまでの時期じきに、おおきさ8ミリメートルほどの淡紅あわべにしょくはなかせる[8][40]
草丈くさたけは5~20センチメートルほどで、コモウセンゴケより全体ぜんたいてきおおきい[41]千葉ちばけんRDBよう保護ほご生物せいぶつ(C)指定してい[37]。スプーンじょうち、そこからえているせんから粘液ねんえき分泌ぶんぴつして捕虫ほちゅうおこなう。6月から7がつまでにかけてのぶしにちちゅうひるごろまでに、しろい5べんはなかせる[41]
タヌキモ食虫植物しょくちゅうしょくぶつ
タヌキモ植物しょくぶつのうち、タヌキモぞく食虫植物しょくちゅうしょくぶつは、いた捕虫ほちゅう嚢に水圧すいあつしょう動物どうぶつむことによって獲物えものらえる。捕虫ほちゅう嚢のくちにあるべん下部かぶいているなが感覚かんかくしょう動物どうぶつれると、不意ふいべんひらき、獲物えものみずともに嚢内にまれるという仕組しくみになっている[42]
草丈くさたけは5~15センチメートルほど[43]千葉ちばけんRDBさい重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(A)指定してい[44]ほそ地下茎ちかけい地表ちひょうちかくにめぐらせ、ちいさな捕虫ほちゅう地中ちちゅうつ。地表ちひょうにはながすうミリメートルほどのゆうし、7がつから10がつにかけて黄色おうしょくはなかせる[43]ほんしゅはじめとするミミカキグサの仲間なかまは、ナガバノイシモチソウとおなじく、地下水ちかすいたか湿潤しつじゅん場所ばしょでしか生息せいそくできないため、群落ぐんらくないでは北側きたがわ区域くいき分布ぶんぷしている[8]
草丈くさたけは5~20センチメートルほど[45]千葉ちばけんRDB重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(B)指定してい[44]。ミミカキグサよりは乾燥かんそうつよい。あわ紫色むらさきいろはなを、8がつから10がつまでにかけてかせる[45]
草丈くさたけは5~20センチメートルほど[46]環境省かんきょうしょうRDBじゅん絶滅ぜつめつ危惧きぐ(NT)、千葉ちばけんRDB重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(B)指定してい[44]。ミミカキグサのなかまのなかではおおきい3~5ミリメートルほどのへらがたつ。7月から9がつまでにかけて、あわ紫色むらさきいろの5ミリメートルほどのおおきさのはなかせる。群落ぐんらくないでは標高ひょうこうひくみずたまりにられ、個体こたいすう非常ひじょうすくない。しろはなしゅシロバナミミカキグサ生息せいそくしている[44][46]
復元ふくげんしゅ水面すいめん浮遊ふゆうして生育せいいくする[47]環境省かんきょうしょうRDBじゅん絶滅ぜつめつ危惧きぐ(NT)、千葉ちばけんRDB重要じゅうよう保護ほご生物せいぶつ(B)指定してい[44]こまかくかれたじくに2~5ミリメートルほどの捕虫ほちゅう嚢をゆうし、そこへ水中すいちゅうおよミジンコなどのしょう動物どうぶつんでらえる。7月から9がつまでの時期じきにかけて、水面すいめんじょう黄色おうしょくおおきさやく1.5センチメートルほどのはなかせる[47]
かつてノタヌキモヒメタヌキモなどとともにこの群落ぐんらく自生じせいしていたが、1958ねん昭和しょうわ33ねんごろ一時いちじ絶滅ぜつめつとなった[8]千葉大学ちばだいがく大賀おおが宣彦のぶひこ調査ちょうさ報告ほうこくによれば、絶滅ぜつめつ原因げんいん周辺しゅうへん農地のうちかれた農薬のうやく肥料ひりょうである可能かのうせいたかいとされた[48]。その、1980年代ねんだいから90年代ねんだいにかけておこなわれた保護ほご事業じぎょう復元ふくげんこころみられ、ついに2000ねん平成へいせい12ねん)から2002ねん平成へいせい14ねん)にかけておこなわれた保護ほご増殖ぞうしょく事業じぎょうあいだに、人工じんこうてき再生さいせいすることに成功せいこうした[4][25]
そのの維管たば植物しょくぶつ
カヤツリグサ一年生植物いちねんせいしょくぶつ千葉ちばけんRDB絶滅ぜつめつ消息しょうそく不明ふめい生物せいぶつ(X)指定してい[49]。1950年代ねんだい以降いこう千葉ちば県内けんない観察かんさつ記録きろくかったが、さい指定してい地区ちくで2016ねん9がつおこなわれたきだし実験じっけんにて4かぶ確認かくにんされ、翌年よくねんの2017ねんには161かぶ確認かくにんされた。そのはまた減少げんしょう傾向けいこうにある[50]
コケるい
どう群落ぐんらくないにおいては、2000ねんから2003ねん平成へいせい15ねん)にかけておこなわれた調査ちょうさにより、センるい26しゅタイるい10しゅツノゴケるい2しゅあわせて38しゅのコケ植物しょくぶつ生育せいいく報告ほうこくされている[51]特筆とくひつすべきおもたね以下いかしるす。
ハイゴケ環境省かんきょうしょうRDB絶滅ぜつめつ危惧きぐIるい(CR+EN)指定していたまごがたで、さきとがってカギじょうがったっている。1935ねん以降いこうながらくほん群落ぐんらく固有こゆうしゅとされてきたが、2019ねん茨城いばらきけん稲敷いなしき妙岐ノ鼻みょうぎのはな生育せいいく確認かくにんされた[52][53]
チチブイチョウゴケ環境省かんきょうしょうRDB絶滅ぜつめつ危惧きぐIるい(CR+EN)指定してい。ハートがたで、ながやく1~1.5ミリメートルほどの非常ひじょうちいさいっている。ほん群落ぐんらく固有こゆうしゅであり、群落ぐんらく南側みなみがわ砂地すなじうずもれるようなかたちでえている[52][54]

2016ねん平成へいせい28ねん以降いこう群落ぐんらく周辺しゅうへんにおいてノヂシャユウゲショウノハラムラサキアレチヌスビトハギなどの帰化きか植物しょくぶつみとめられている[26]

動物どうぶつなど[編集へんしゅう]

群落ぐんらくないおこなわれた動物どうぶつ関連かんれん本格ほんかくてき調査ちょうさは、近年きんねんでは1985ねん昭和しょうわ60ねんなつ伊藤いとう敏仁としひとによる湿原しつげん昆虫こんちゅうしょう調査ちょうさのみで、これ以降いこうは2021ねんれい3ねん現在げんざいおこなわれていない。この調査ちょうさはスィーピングほうによる採集さいしゅうおこなわれ、57125しゅ記録きろくされた[55]

はるにはヒバリんでいるところをられる。初夏しょかには草地くさちセッカヨシはらオオヨシキリ繁殖はんしょくしているところをそれぞれ観察かんさつできるほかサギ仲間なかまることが出来でき[8]。「成東なるとう東金とうがね植物しょくぶつ群落ぐんらくまもかい」によれば、意識いしきてき記録きろく開始かいしした2013ねん平成へいせい25ねんごろから2019ねん平成へいせい31ねん)1がつまでに観察かんさつされた鳥類ちょうるいは、2859しゅまでにおよぶという[56]

2021ねん発行はっこうされた指定していひゃくねん記念きねんなかで、まもかいかわ邉侃と岩瀬いわせ政広まさひろ保護ほご管理かんり事業じぎょうなかで2000ねん以降いこう記録きろくされた動物どうぶつ写真しゃしんをまとめ、157355しゅ動物どうぶつみとめた。内訳うちわけは、哺乳類ほにゅうるい7しゅ鳥類ちょうるい64しゅ爬虫類はちゅうるい9しゅ両生類りょうせいるい4しゅ魚類ぎょるい14しゅ貝類かいるい7しゅ昆虫こんちゅうるい231しゅクモるい19しゅである[55]

交通こうつうアクセス[編集へんしゅう]

所在地しょざいち
交通こうつう

ギャラリー[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 原文げんぶん新字しんじ現代げんだい仮名遣かなづかいにあらためた。

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 千葉ちばけん多言たげん観光かんこう案内あんないばん表記ひょうきとうかんするガイドライン 参考さんこう資料集しりょうしゅう 別冊べっさつ” (pdf). 千葉ちばけん商工しょうこう労働ろうどう観光かんこう企画きかく (2015ねん3がつ). 2024ねん2がつ6にち閲覧えつらん
  2. ^ a b 成東なるとう東金とうがね食虫植物しょくちゅうしょくぶつ群落ぐんらく - くに指定してい文化財ぶんかざいとうデータベース(文化庁ぶんかちょう
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  • 千葉ちばけん教育きょういく委員いいんかい へん千葉ちばけん文化財ぶんかざい千葉ちばけん教育きょういく委員いいんかい、1990ねん 
  • 財団ざいだん法人ほうじん 千葉ちばけん史料しりょう研究けんきゅう財団ざいだん へん千葉ちばけん自然しぜん 本編ほんぺん1 千葉ちばけん自然しぜん千葉ちばけんけんシリーズ40〉、1996ねん 
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外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

座標ざひょう: 北緯ほくい3535ふん34.5びょう 東経とうけい14025ふん8.1びょう / 北緯ほくい35.592917 東経とうけい140.418917 / 35.592917; 140.418917