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理想りそう溶液ようえき

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

理想りそう溶液ようえき(りそうようえき、英語えいご: ideal solution)とは、混合こんごうねつ厳密げんみつにゼロで、任意にんい成分せいぶん蒸気じょうきあつラウールの法則ほうそくにほぼ完全かんぜんしたが溶液ようえきのことである[1]完全かんぜん溶液ようえき (perfect solution) ともいう[2]。2種類しゅるい以上いじょう液体えきたい混合こんごうして溶液ようえきをつくるとき、混合こんごうぶつ完全かんぜん溶液ようえきとなるなら、混合こんごう発熱はつねつも吸熱もない。また、完全かんぜん溶液ようえきちゅう任意にんい成分せいぶん蒸気じょうきあつは、その成分せいぶん単独たんどく存在そんざいするときの蒸気じょうきあつ溶液ようえきモルぶんりつけたものにひとしい。

溶質ようしつりょうくらべて溶媒ようばいりょうがはるかにおお場合ばあい、ほとんどの溶液ようえき溶媒ようばいについてラウールの法則ほうそくがおおよそ成立せいりつする。このような溶液ようえき理論りろんモデルとして、溶媒ようばい化学かがくポテンシャル完全かんぜん溶液ようえき場合ばあいおなしきあらわされる溶液ようえきかんがえる。これを理想りそう希薄きはく溶液ようえき (ideal dilute solution) という[3][ちゅう 1]理想りそう希薄きはく溶液ようえきでは溶媒ようばいについてラウールの法則ほうそくち、溶質ようしつについてヘンリーの法則ほうそく[3]理想りそう希薄きはく溶液ようえきでは、溶媒ようばい溶質ようしつかすときの混合こんごうねつはゼロでなくてもよい。つまり、溶質ようしつ 1 モルたりの溶解ようかいねつがゼロでなくても、溶媒ようばいについてラウールの法則ほうそくつなら理想りそう希薄きはく溶液ようえきとみなせる。

ラウールの法則ほうそくしたがわない溶液ようえき実在じつざい溶液ようえきという。実在じつざい溶液ようえきでは成分せいぶんかつりょうについてかんがえる必要ひつようがある。完全かんぜん溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきは、すべての成分せいぶんかつりょう係数けいすうを 1 とする溶液ようえきモデルである。実在じつざい溶液ようえき希薄きはく溶液ようえきであるとき、すなわち溶質ようしつモルぶんりつ総和そうわが 1 より十分じゅうぶんちいさいときには、溶媒ようばいふくめてすべての成分せいぶんかつりょう係数けいすうを 1 とみなせることがおおい。そのため、十分じゅうぶん希薄きはく実在じつざい溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきとみなせることがおおい。このことは、十分じゅうぶん希薄きはく実在じつざい気体きたい理想りそう気体きたいとみなせることにている。

この項目こうもくでは、完全かんぜん溶液ようえきおよび理想りそう希薄きはく溶液ようえきについてべる。また、これらとふかいかかわりをつ、理想りそう混合こんごう気体きたいについてもべる。

理想りそう溶液ようえき完全かんぜん溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえき

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理想りそう溶液ようえきという術語じゅつごは、若干じゃっかんあいまいな使つかわれかたをしている。完全かんぜん溶液ようえきして理想りそう溶液ようえきぶこともあれば[4]完全かんぜん溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきをあわせて理想りそう溶液ようえきぶこともある[5]。あいまいさをけるため、以下いかこの項目こうもくでは理想りそう溶液ようえきという術語じゅつご使つかわない。この項目こうもくでは、ぜん組成そせい領域りょういき溶液ようえきふくまれるすべての成分せいぶんがラウールの法則ほうそくしたが溶液ようえき完全かんぜん溶液ようえきぶ。また、溶媒ようばいのモルぶんりつ十分じゅうぶん 1 にちかく、溶媒ようばいだけがラウールの法則ほうそくしたが溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきぶ。

完全かんぜん溶液ようえき

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定義ていぎ

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溶液ようえきふくまれる成分せいぶん i温度おんど T圧力あつりょく P のもとで単独たんどく純粋じゅんすい液体えきたい状態じょうたいにあるときの、成分せいぶん i化学かがくポテンシャルμみゅーi*(T, P) とする(この項目こうもくではじゅん物質ぶっしつ状態じょうたいりょうアスタリスクきの記号きごうあらわす)。温度おんど T圧力あつりょく P組成そせい X溶液ようえきにおいて、どの成分せいぶん i化学かがくポテンシャルも

あらわされるとき、この溶液ようえき完全かんぜん溶液ようえきという[2]。ここで Xi は、成分せいぶん iモルぶんりつであり、X = (X1, X2, ... )溶液ようえきのすべての成分せいぶんのモルぶんりつをまとめてあらわした記号きごうである。R気体きたい定数ていすうである。

ねつ力学りきがくてき状態じょうたいりょう

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温度おんど T圧力あつりょく P物質ぶっしつりょう N = (N1, N2, ... )完全かんぜん溶液ようえきねつ力学りきがくてき状態じょうたいりょうは、成分せいぶん i化学かがくポテンシャル μみゅーi(T, P, X) からみちびくことができる[6]

ギブズエネルギー G(T, P, N) は、G = ΣしぐまμみゅーiNi より

となる。すなわち、じゅん物質ぶっしつ定温ていおん定圧ていあつ混合こんごうして完全かんぜん溶液ようえき調製ちょうせいしたときのギブズエネルギー変化へんか

あたえられる。完全かんぜん溶液ようえきΔでるたmixG成分せいぶん化学かがくてき性質せいしつにはらない。組成そせい温度おんどおなじであれば、モルたりの ΔでるたmixG はすべての完全かんぜん溶液ようえき共通きょうつうになる。

エントロピー S(T, P, N) は、S = −(∂G/∂T)P,N より

となる。すなわち、完全かんぜん溶液ようえき混合こんごうエントロピー (entropy of mixing) は

あたえられる。完全かんぜん溶液ようえきΔでるたmixS成分せいぶん化学かがくてき性質せいしつらない。組成そせいおなじであれば、モルたりの ΔでるたmixS はすべての完全かんぜん溶液ようえき共通きょうつうになる。

完全かんぜん溶液ようえき体積たいせき V(T, P, N) は、V = (∂G/∂P)T,N より

となる。すなわち、完全かんぜん溶液ようえき体積たいせき混合こんごうまえ液体えきたい体積たいせき総和そうわひとしい。実在じつざい溶液ようえきでは混合こんごう前後ぜんこう体積たいせき変化へんかすることがある。たとえば、じゅんみず 50 mL とじゅんエタノール 50 mL をぜると、できた溶液ようえきりょうは 100 mL よりすくなくなる。

エンタルピー H(T, P, N) は、G = HTS より

となる。すなわち、完全かんぜん溶液ようえき混合こんごうエンタルピー (enthalpy of mixing) は厳密げんみつにゼロである。2種類しゅるい以上いじょう液体えきたい混合こんごうして溶液ようえきをつくるとき、混合こんごうぶつ完全かんぜん溶液ようえきとなるなら、混合こんごう発熱はつねつも吸熱もない。実在じつざい溶液ようえきでは混合こんごうエンタルピーがゼロとはかぎらないので、混合こんごう発熱はつねつすることもあれば吸熱することもある。

ヘルムホルツエネルギー F(T, P, N)内部ないぶエネルギー U(T, P, N) は、G = F + PVH = U + PV より、それぞれ

となる。

理想りそう混合こんごう気体きたい

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素朴そぼく定義ていぎ

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温度おんど T圧力あつりょく Pひとしい2種類しゅるい以上いじょう理想りそう気体きたい混合こんごうしたとき、この混合こんごう気体きたいかく成分せいぶん i化学かがくポテンシャルが

あらわされるなら、この混合こんごう気体きたい理想りそう混合こんごう気体きたい[7]または理想りそう気体きたい混合こんごうぶつ (ideal gas mixture)[8] という。混合こんごう化学かがく反応はんのうこらなければ、理想りそう気体きたい混合こんごうぶつ理想りそう混合こんごう気体きたいとなる。

ねつ力学りきがくてき性質せいしつ

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理想りそう混合こんごう気体きたい定義ていぎしき完全かんぜん溶液ようえき定義ていぎしきとまったくおなじなので、さきふしべた完全かんぜん溶液ようえきねつ力学りきがくてき性質せいしつ理想りそう混合こんごう気体きたいについてもすべてつ。たとえば、どうあつしどうあつ理想りそう気体きたい混合こんごうしても、混合こんごうエンタルピーがゼロなのでねつ発生はっせい吸収きゅうしゅうこらない。また、このときの混合こんごうエントロピーは

あたえられ、温度おんどにも圧力あつりょくにも気体きたい種類しゅるいにもらない。したべるように Xi = Vi*/V なので、理想りそう混合こんごう気体きたい 1 モルたりの ΔでるたmixS混合こんごうまえ体積たいせきだけでまる[9]

理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき Vi* = NiRT/P使つかうと、理想りそう混合こんごう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき

となる。ここで混合こんごう気体きたい物質ぶっしつりょう NN = ΣしぐまNi定義ていぎすると、理想りそう混合こんごう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき V = NRT/Pおながたになる。すなわち、理想りそう混合こんごう気体きたい理想りそう気体きたいである。そのため2成分せいぶん理想りそう混合こんごう気体きたいを2成分せいぶん理想りそう気体きたいということがある[10]。また、理想りそう気体きたいモル体積たいせき v*gas気体きたい種類しゅるいによらないので、理想りそう混合こんごう気体きたい成分せいぶん i のモルぶんりつ Xi は、混合こんごうまえ体積たいせき Vi*混合こんごう気体きたい体積たいせき Vったものにひとしい。

たとえば、どうあつしどうあつ容積ようせきが 78 : 21 : 1 の窒素ちっそガス・酸素さんそガス・アルゴンガスを混合こんごうすると乾燥かんそう空気くうきとほぼおな組成そせい混合こんごう気体きたいられる。圧力あつりょく十分じゅうぶんひくくてかく成分せいぶん気体きたい理想りそう気体きたいとみなせるならば、乾燥かんそう空気くうきもまた理想りそう気体きたいとみなせる。

理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき使つかうと、理想りそう気体きたい化学かがくポテンシャルの圧力あつりょく依存いぞんせい(∂μみゅーi*/∂P)T = v*gas = RT/P となるから、理想りそう混合こんごう気体きたい成分せいぶん i化学かがくポテンシャルは、ある圧力あつりょく P0 における μみゅーi*(T, P0)

関係かんけいにある。

液化えきかする成分せいぶんがある場合ばあい

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上述じょうじゅつ素朴そぼく定義ていぎは、たんはなれするとどうあつしどうあつでは液化えきかしてしまう成分せいぶん混合こんごう気体きたいふくまれているときには、使つかえない。たとえば、水蒸気すいじょうきふく空気くうきは、露点ろてん温度おんどよりたか温度おんどであれば乾燥かんそう空気くうきどう程度ていど理想りそう気体きたいとみなせる。しかし、常温じょうおんつねあつ空気くうきから水蒸気すいじょうきたんはなしてもとの温度おんど圧力あつりょくもどすと、水蒸気すいじょうき凝縮ぎょうしゅくして液体えきたいみずになってしまう。よって、上述じょうじゅつ素朴そぼく定義ていぎでは、水蒸気すいじょうきふく空気くうき理想りそう混合こんごう気体きたいとはみなせないことになる。このような場合ばあい、すなわちたんはなれするとどうあつしどうあつでは液化えきかしてしまう成分せいぶん混合こんごう気体きたいふくまれている場合ばあいは、圧力あつりょく P状態じょうたい指定していするのではなく、体積たいせき V状態じょうたい指定していするとよい。さきれいえば、たんはなした水蒸気すいじょうき体積たいせきをもとの空気くうきめていたのとおな体積たいせきにすると、水蒸気すいじょうき凝縮ぎょうしゅくすることなく理想りそう気体きたいとして振舞ふるまう。

ねつ力学りきがくポテンシャルのうちで、温度おんど T体積たいせき V自然しぜん変数へんすうとするのは、ヘルムホルツエネルギー F(T, V, N) である。そこで、素朴そぼく定義ていぎふくむように、ヘルムホルツエネルギーをもちいて理想りそう混合こんごう気体きたいつぎしき定義ていぎする。

すなわち、理想りそう混合こんごう気体きたいのヘルムホルツエネルギーは、たんはなされたかく成分せいぶん混合こんごう気体きたいおな体積たいせき単独たんどくめたときのヘルムホルツエネルギー Fi*(T, V, Ni)ひとしい[11]

化学かがくポテンシャル μみゅーi(T, V, X) は、μみゅーi = (∂F/∂Ni)T,V より

となる。すなわち、かく成分せいぶん化学かがくポテンシャルは混合こんごう前後ぜんご変化へんかしない。このしき一見いっけんすると素朴そぼく定義ていぎでの化学かがくポテンシャルのひょうしき[ちゅう 2]

ことなっているが、圧力あつりょく P0混合こんごう気体きたいおな体積たいせき単独たんどくめたときの圧力あつりょく NiRT/V とすれば右辺うへんだい2こうがゼロになるので

となり、化学かがくポテンシャルの一致いっちする。このことから、液化えきかする成分せいぶんがないときには、ヘルムホルツエネルギーをもちいた定義ていぎ化学かがくポテンシャルをもちいた素朴そぼく定義ていぎ等価とうかであることがかる。

エントロピー S(T, V, N) は、S = −(∂F/∂T)V,N より

となる。すなわち、理想りそう混合こんごう気体きたいのエントロピーはおな体積たいせきかく成分せいぶん単独たんどくめたときのエントロピーのひとしい。このことは、原理げんりてきには、理想りそう混合こんごう気体きたい断熱だんねつ可逆かぎゃく過程かていによりかく成分せいぶん分離ぶんりすることが可能かのうであることを意味いみしている。理論りろんてきには、ただひとつの成分せいぶんだけを選択せんたくてき透過とうかさせるはんとおるまくがあればこの過程かてい実現じつげん可能かのうである[12]。ただし現実げんじつてきには、そのようなはんとおるまく任意にんい成分せいぶんたいして用意よういするのはきわめて困難こんなんである[13]

理想りそう混合こんごう気体きたい圧力あつりょく P(T, V, N) は、P = −(∂F/∂V)T,N より

となる[14]。すなわち、理想りそう混合こんごう気体きたい圧力あつりょくぜんあつ)はおな体積たいせきかく成分せいぶん単独たんどくめたときの圧力あつりょくぶんあつ)のひとしい。これをドルトンの法則ほうそくという。

内部ないぶエネルギーギブズエネルギーエンタルピーは、それぞれ U = F + TSG = F + PVH = U + PV より、いずれもおな体積たいせきかく成分せいぶん単独たんどくめたときの状態じょうたいりょう総和そうわとなる。

ラウールの法則ほうそく

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ラウールの法則ほうそくとは、「溶液ようえき成分せいぶん i蒸気じょうきあつ Pi, vap は、その成分せいぶん単独たんどく存在そんざいするときの蒸気じょうきあつ P*i, vap溶液ようえきのモルぶんりつ Xiけたものにひとしい」という法則ほうそくである。このふしでは、完全かんぜん溶液ようえきがラウールの法則ほうそくにほぼ完全かんぜんしたがうことをしめす。

1成分せいぶんけいえき平衡へいこう、すなわちしょうにもえきしょうにも成分せいぶん i しかないときのえき平衡へいこうでは、しょうにおける成分せいぶん i化学かがくポテンシャル μみゅー*i, gas(T, P*i, vap)えきしょうにおける成分せいぶん i化学かがくポテンシャル μみゅー*i, liq(T, P*i, vap)ひとしい。

ここで P*i, vap成分せいぶん i単独たんどく存在そんざいするときの温度おんど T における蒸気じょうきあつであり、1成分せいぶんけいではけい圧力あつりょくひとしい。

成分せいぶんけいであっても、えき平衡へいこうではかく成分せいぶんしょうえきしょう化学かがくポテンシャルはひとしい。

ここで P成分せいぶん i蒸気じょうきあつではなく、ぜんあつである。また、成分せいぶんけいではしょうちゅう成分せいぶん i のモルぶんりつ Yiえきしょうちゅうのモルぶんりつ Xi とはことなるので、しょう組成そせい Y = (Y1, Y2, ... )えきしょう組成そせい X = (X1, X2, ... ) とはことなる。

しょう理想りそう混合こんごう気体きたいであれば、しょう成分せいぶん i化学かがくポテンシャルは

あたえられる。また、えきしょう完全かんぜん溶液ようえきであれば、えきしょう成分せいぶん i化学かがくポテンシャルは

あたえられる。ただし v*i, liqじゅん物質ぶっしつ i液体えきたいモル体積たいせきである。

以上いじょうの4つの等式とうしきから、理想りそう混合こんごう気体きたい完全かんぜん溶液ようえきえき平衡へいこうではつぎしきつ。

溶液ようえき成分せいぶん i蒸気じょうきあつ Pi, vap は、溶液ようえきえき平衡へいこうにある気体きたいちゅう成分せいぶん iぶんあつ PYiひとしいので、うえしきから

あたえられることがかる。圧力あつりょく P が 1 気圧きあつ程度ていどかそれよりもひくければ Pv*i, liqRT となるので、右辺うへん指数しすう関数かんすうはほぼ exp(0) = 1 となる[15]。この近似きんじしたでは、溶液ようえき成分せいぶん i蒸気じょうきあつ Pi, vap溶液ようえきちゅうのモルぶんりつ Xi比例ひれいする。比例ひれい係数けいすう P*i, vap は、この成分せいぶん単独たんどく存在そんざいするときの蒸気じょうきあつである。

すなわち、完全かんぜん溶液ようえき蒸気じょうきあつはラウールの法則ほうそくにほぼ完全かんぜんしたがう。

理想りそう希薄きはく溶液ようえき

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溶質ようしつりょうくらべて溶媒ようばいりょうがはるかにおお溶液ようえきは、理想りそう希薄きはく溶液ようえきとみなせる場合ばあいおおい。このふしでは、溶液ようえき成分せいぶん 1 を溶媒ようばいとし、その成分せいぶん i ≠ 1溶質ようしつとする。理想りそう希薄きはく溶液ようえき定義ていぎべたのち、4つのたばいちてき性質せいしつについてべる。溶質ようしつについてヘンリーの法則ほうそくについてもべる。

定義ていぎ

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温度おんど T圧力あつりょく Pじゅん溶媒ようばい化学かがくポテンシャルμみゅー1*(T, P) とする。温度おんど T圧力あつりょく P組成そせい X溶液ようえきにおいて、溶媒ようばい化学かがくポテンシャルが

あらわされ、かつ、溶質ようしつ i化学かがくポテンシャルが

あらわされるとき、この溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきという[16]。ここで μみゅー1
i
(T, P)
溶媒ようばい 1 と溶質ようしつ i種類しゅるいまる (T, P)関数かんすうであり、溶液ようえき組成そせい X には依存いぞんしない。また、溶質ようしつ i単独たんどく純粋じゅんすい状態じょうたいにあるときの化学かがくポテンシャルとは無関係むかんけいである。

そのため完全かんぜん溶液ようえきとはちがって、理想りそう希薄きはく溶液ようえき溶質ようしつは、純粋じゅんすい状態じょうたいにあるときに気体きたい液体えきたい固体こたいのいずれであってもよい。

蒸気じょうきあつ降下こうか

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理想りそう希薄きはく溶液ようえき溶媒ようばい化学かがくポテンシャルは、完全かんぜん溶液ようえき化学かがくポテンシャルとおながたである。よって、理想りそう希薄きはく溶液ようえき溶媒ようばい蒸気じょうきあつはラウールの法則ほうそくしたがう。

溶質ようしつ蒸気じょうきあつはかれないくらいひくいとき、この溶質ようしつ不揮発ふきはつせい溶質ようしつという。たとえばショとう水溶液すいようえきにおけるショとう不揮発ふきはつせい溶質ようしつである。理想りそう希薄きはく溶液ようえき溶質ようしつがすべて不揮発ふきはつせいであるとき、この溶液ようえき蒸気じょうきあつ溶媒ようばい成分せいぶん蒸気じょうきあつひとしい。

このしきは、じゅん物質ぶっしつ液体えきたい不揮発ふきはつせい物質ぶっしつ少量しょうりょうかすと液体えきたい蒸気じょうきあつひくくなることをしめしている(蒸気じょうきあつ降下こうか)。また、その低下ていか割合わりあい溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわまり、溶質ようしつ種類しゅるいにはらないことをしめしてる。蒸気じょうきあつ降下こうかは、理想りそう希薄きはく溶液ようえきたばいちてき性質せいしつのひとつである。

沸点ふってん上昇じょうしょう

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希薄きはく溶液ようえき溶質ようしつがすべて不揮発ふきはつせいであるとき、この溶液ようえき沸点ふってんじゅん物質ぶっしつ沸点ふってんよりもたかくなる。この現象げんしょう沸点ふってん上昇じょうしょうという。沸点ふってん上昇じょうしょうは、理想りそう希薄きはく溶液ようえきたばいちてき性質せいしつのひとつである。このふしでは、沸点ふってん上昇じょうしょう ΔでるたT溶媒ようばい固有こゆう性質せいしつ溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわまり、溶質ようしつ種類しゅるいにはらないことをしめす。

1成分せいぶんけいえき平衡へいこう、すなわちえきしょうにはじゅん溶媒ようばいしかなく、しょうにはじゅん溶媒ようばい蒸気じょうきしかないときのえき平衡へいこうでは、溶媒ようばい蒸気じょうき化学かがくポテンシャル μみゅー*1, gas(T*bp, P)えきしょうにある溶媒ようばい化学かがくポテンシャル μみゅー*1, liq(T*bp, P)ひとしい。

ここで T*bp圧力あつりょく P におけるじゅん溶媒ようばい沸点ふってんである。

溶媒ようばい不揮発ふきはつせい物質ぶっしつかしたとき、溶液ようえき沸点ふってんじゅん溶媒ようばい沸点ふってんより ΔでるたT だけ上昇じょうしょうしたとする。このとき、溶液ようえき沸点ふってんにおけるえき平衡へいこうしき

となる。溶質ようしつ不揮発ふきはつせいなのでしょう純粋じゅんすい溶媒ようばい蒸気じょうきのままで、1成分せいぶんけいのときと温度おんどだけわる。右辺うへんえきしょう化学かがくポテンシャルは、溶液ようえきちゅう溶媒ようばい化学かがくポテンシャルである。

溶液ようえき沸点ふってんにおけるしょう化学かがくポテンシャルは、μみゅー*1, gas(T*bp + ΔでるたT, P)テイラー展開てんかい[ちゅう 3]して (∂μみゅー/∂T)P = −sもちいると

となる。ただし s*1, gas(T*bp, P)じゅん溶媒ようばい沸点ふってんにおける溶媒ようばい蒸気じょうきのモルエントロピーである。また、溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきであれば、溶液ようえきちゅう溶媒ようばい化学かがくポテンシャルは s*1, liq(T*bp, P)沸点ふってんにおけるじゅん溶媒ようばいのモルエントロピーとして

あたえられる。

以上いじょうの4つの等式とうしきから、沸点ふってん上昇じょうしょう ΔでるたT

となる。ただし、 ΔでるたvapHm*(T*bp, P)じゅん溶媒ようばい沸点ふってんにおけるモル蒸発じょうはつエンタルピーであり、沸点ふってんにおけるしょうえきしょうのエントロピー

関係かんけいにある。

溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわ十分じゅうぶんちいさいときには、ln(1 − ΣしぐまXi) = −ΣしぐまXi近似きんじできる[ちゅう 4]。この近似きんじしたでは、溶質ようしつがすべて不揮発ふきはつせいであるときの理想りそう希薄きはく溶液ようえき沸点ふってん上昇じょうしょうつぎしきあたえられる[17]

すなわち、沸点ふってん上昇じょうしょう ΔでるたT溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわ比例ひれいする。比例ひれい係数けいすう溶媒ようばい固有こゆう性質せいしつまり、溶質ようしつ種類しゅるいにはらない[18]

凝固ぎょうこてん降下こうか

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定圧ていあつ希薄きはく溶液ようえき凝固ぎょうこするとき、この溶液ようえき凝固ぎょうこはじめる温度おんどじゅん溶媒ようばい凝固ぎょうこてんよりもひくくなることがおおい。この現象げんしょう凝固ぎょうこてん降下こうかという。とくに、溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきで、かつ、凝固ぎょうこした溶媒ようばい溶質ようしつまったまれないときには、溶液ようえき凝固ぎょうこてんじゅん溶媒ようばい凝固ぎょうこてんよりもかならひくくなる。また、このときの凝固ぎょうこてん降下こうか ΔでるたT溶媒ようばい固有こゆう性質せいしつ溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわまり、溶質ようしつ種類しゅるいにはらない。すなわち、凝固ぎょうこした溶媒ようばい溶質ようしつまったまれない場合ばあいかぎるならば、凝固ぎょうこてん降下こうか理想りそう希薄きはく溶液ようえきたばいちてき性質せいしつのひとつとなる。

沸点ふってん上昇じょうしょうのときとおな議論ぎろんかえすと、凝固ぎょうこした溶媒ようばい溶質ようしつまったまれないときの凝固ぎょうこてん降下こうか

となることがかる。ただし T*mp圧力あつりょく P におけるじゅん溶媒ようばい融点ゆうてんであり、じゅん物質ぶっしつなのでこれはじゅん溶媒ようばい凝固ぎょうこてんひとしい。また ΔでるたfusHm*(T*mp, P)じゅん溶媒ようばい融点ゆうてんにおけるモル融解ゆうかいエンタルピーである。溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわ十分じゅうぶんちいさいときには

となる[17]

浸透しんとうあつ

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溶媒ようばいのみが透過とうかできるはんとおるまくかいして溶液ようえきじゅん溶媒ようばい平衡へいこうにあるとき、はんとおるまくにかかる圧力あつりょく溶液ようえきがわじゅん溶媒ようばいがわことなる。この圧力あつりょく浸透しんとうあつという。浸透しんとうあつは、理想りそう希薄きはく溶液ようえきたばいちてき性質せいしつのひとつである。このふしでは、浸透しんとうあつ Πぱい溶媒ようばい固有こゆう性質せいしつ溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわまり、溶質ようしつ種類しゅるいにはらないことをしめす。

溶媒ようばいはんとおるまく透過とうかして溶液ようえき出入でいりできるので、平衡へいこう状態じょうたいたっしたのちでは、溶液ようえきちゅう溶媒ようばい化学かがくポテンシャル μみゅー1じゅん溶媒ようばい化学かがくポテンシャル μみゅー1*ひとしくなければならない。

ここで Πぱい溶液ようえき浸透しんとうあつである。平衡へいこう状態じょうたいでは、溶液ようえき圧力あつりょくじゅん溶媒ようばい圧力あつりょく P よりも Πぱい だけたかい。また、溶質ようしつはんとおるまく透過とうかできないので、じゅん溶媒ようばい溶質ようしつざることはない。

溶液ようえき理想りそう希薄きはく溶液ようえきであれば、溶液ようえきちゅう溶媒ようばい化学かがくポテンシャルは

あたえられる。

圧力あつりょくP + Πぱい のときのじゅん溶媒ようばい化学かがくポテンシャルは、 μみゅー1*(T, P + Πぱい)テイラー展開てんかいして (∂μみゅー/∂P)T = vもちいると

となる。ただし v1*(T, P)じゅん溶媒ようばいのモル体積たいせきであり、κかっぱ1*(T, P)じゅん溶媒ようばい等温とうおん圧縮あっしゅくりつである。

以上いじょうの3つの等式とうしきから、浸透しんとうあつ Πぱい

あたえられる。常温じょうおんつねあつでは液体えきたい等温とうおん圧縮あっしゅくりつ高々たかだか 10−9 Pa−1 程度ていどであるので、浸透しんとうあつが 2 MPa だったとしてもうえしきΠぱい2補正ほせいこう高々たかだか 2 kPa 程度ていどである。そのため、たいていの目的もくてきには Πぱい の2以上いじょう補正ほせいこう無視むしできる。さらに、溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわ十分じゅうぶんちいさければ、ln(1 − ΣしぐまXi) = −ΣしぐまXi近似きんじできる[ちゅう 4]。これらの近似きんじしたでは、浸透しんとうあつ Πぱい

あたえられる。すなわち、理想りそう希薄きはく溶液ようえき浸透しんとうあつ Πぱい溶質ようしつ種類しゅるいにはらず、溶質ようしつのモルぶんりつ総和そうわ温度おんど比例ひれいし、じゅん溶媒ようばいのモル体積たいせき反比例はんぴれいする。これをファントホッフ法則ほうそくという[19]

ヘンリーの法則ほうそく

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希薄きはく溶液ようえきけている揮発きはつせい溶質ようしつ i蒸気じょうきあつ Pi は、溶液ようえきちゅうのモルぶんりつ Xi比例ひれいする。これをヘンリーの法則ほうそくという。溶質ようしつによって比例ひれい係数けいすうちがうので、ヘンリーの法則ほうそくたばねいちてき性質せいしつではない。このふしでは、理想りそう希薄きはく溶液ようえき揮発きはつせい成分せいぶん蒸気じょうきあつが、ヘンリーの法則ほうそくにほぼ完全かんぜんしたがうことをしめす。

溶質ようしつ蒸気じょうきあつとは、溶液ようえきえき平衡へいこうにあるしょうちゅうの、その溶質ようしつ成分せいぶんぶんあつである。えき平衡へいこうでは成分せいぶん iしょうえきしょう化学かがくポテンシャルはひとしい。

ここで P成分せいぶん i蒸気じょうきあつではなく、ぜんあつである。また、しょうちゅう成分せいぶん i のモルぶんりつ Yiえきしょうちゅうのモルぶんりつ Xi とはことなるので、しょう組成そせい Y = (Y1, Y2, ... )えきしょう組成そせい X = (X1, X2, ... ) とはことなる。

しょう理想りそう混合こんごう気体きたいであれば、しょう成分せいぶん i化学かがくポテンシャルは

あたえられる。また、えきしょう理想りそう希薄きはく溶液ようえきであれば、えきしょう溶質ようしつ i化学かがくポテンシャルは

あたえられる。ここで μみゅー1
i, liq
(T, P)
溶媒ようばい 1 と溶質ようしつ i種類しゅるいまる (T, P)関数かんすうであり、溶液ようえき組成そせい X には依存いぞんしない。

以上いじょうの3つの等式とうしきから、理想りそう混合こんごう気体きたい理想りそう希薄きはく溶液ようえきえき平衡へいこうではつぎしきつ。

このしきから、溶質ようしつ i蒸気じょうきあつ Piえきしょうちゅうのモルぶんりつ Xi比例ひれいすることがかる。

比例ひれい係数けいすう k1
i
(T, P)
をヘンリー定数ていすうという[20]

ヘンリー定数ていすう圧力あつりょく依存いぞんせいは、 v1
i, liq
(T, P)
溶液ようえきちゅう成分せいぶん i部分ぶぶんモル体積たいせき英語えいごばんとして

あたえられる。これはけっしてゼロにはならないが、しょう理想りそう混合こんごう気体きたいとみなせるほど十分じゅうぶんひく圧力あつりょくのもとでは、ヘンリー定数ていすう圧力あつりょく依存いぞんせい無視むしできる[ちゅう 5]。すなわち、圧力あつりょく十分じゅうぶんひくいときには、理想りそう希薄きはく溶液ようえき揮発きはつせい溶質ようしつについてヘンリーの法則ほうそくつ。

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ たん希薄きはく溶液ようえきということもおおい。たとえば 加藤かとう (2001)横田よこた (1987)田崎たさき (2000)佐々ささ (2000)
  2. ^ 前節ぜんせつ最後さいごしき
  3. ^ 加熱かねつ状態じょうたい冷却れいきゃく状態じょうたいなどのじゅん安定あんてい状態じょうたいかんがえるなら、沸点ふってん融点ゆうてんでもテイラー展開てんかいできる。じゅん安定あんてい状態じょうたいかんがえないときの議論ぎろんは、田崎たさき (2000) pp.191-194 を参照さんしょうのこと。
  4. ^ a b この近似きんじによる相対そうたい誤差ごさΣしぐまXi < 0.02 であれば 1% 以下いかである。
  5. ^ 溶液ようえきちゅう溶質ようしつ部分ぶぶんモル体積たいせきおおきさは、おおよそ凝縮ぎょうしゅくしょうのモル体積たいせき程度ていどであるから、しょう理想りそう混合こんごう気体きたいとみなせるほど十分じゅうぶんひく圧力あつりょくのもとでは v1
    i, liq
    RT/P
    である。

出典しゅってん

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参考さんこう文献ぶんけん

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  • 加藤かとうただし「9しょう 溶液ようえき、10しょう 成分せいぶんけいあい平衡へいこう」『ねつ力学りきがくおもねたけてっ へん丸善まるぜん株式会社かぶしきがいしゃ、2001ねんISBN 4-621-04865-1 
  • W. J. ムーア『ムーア物理ぶつり化学かがくじょう藤代ふじしろ亮一りょういち やくだい4はん)、東京とうきょう化学かがく同人どうじん、1974ねんISBN 4-8079-0002-1 
  • Peter Atkins、Julio de Paula『アトキンス物理ぶつり化学かがくじょう千原ちはら秀昭ひであき中村なかむらわたるおとこ やくだい8はん)、東京とうきょう化学かがく同人どうじん、2009ねんISBN 978-4-8079-0695-6 
  • 田崎たさきはれあきらねつ力学りきがく培風館ばいふうかん、2000ねんISBN 4-563-02432-5 
  • 横田よこた伊佐いさあきねつ力学りきがく岩波書店いわなみしょてん、1987ねんISBN 4-00-007743-0 
  • 佐々ささ真一しんいちねつ力学りきがく入門にゅうもん共立きょうりつ出版しゅっぱん、2000ねんISBN 4-320-03347-7 
  • H.B. キャレン『ねつ力学りきがくおよび統計とうけい物理ぶつり入門にゅうもんじょう小田おだかきこうやくだい2はん)、吉岡よしおか書店しょてん、1998ねんISBN 978-4842702728 

関連かんれん項目こうもく

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