監察かんさつ医い

監察かんさつ医い（かんさつい、英えい: Medical Examiner）は、死体したい解剖かいぼう保存ほぞん法ほう第だい8条じょうの規定きていに基もとづき、その地域ちいきの知事ちじが任命にんめいする行政ぎょうせい解剖かいぼうを行おこなう医師いしの事ことである。

法規ほうき[編集へんしゅう]

死体したい解剖かいぼう保存ほぞん法ほうに定義ていぎされ、伝染でんせん病びょう、中毒ちゅうどくまたは災害さいがいにより死亡しぼうした疑うたがいのある死体したい、その他た死因しいんの明あきらかでない死体したい（異状いじょう死体したいの一部いちぶ）について、検案けんあん、または検案けんあんによっても死因しいんの判明はんめいしない場合ばあいには解剖かいぼうを行おこなうことでその死因しいんを明あきらかにし、また、公衆こうしゅう衛生えいせいの向上こうじょうを図はかっている。

犯罪はんざいの疑うたがいのある死体したいを解剖かいぼうする司法しほう解剖かいぼうは、刑事けいじ訴訟そしょう法ほうに基もとづいて行おこなわれ、監察かんさつ医い本来ほんらいの業務ぎょうむではなく、一般いっぱんに司法しほう解剖かいぼうは、裁判所さいばんしょが大学だいがくの法医学ほういがく教室きょうしつに嘱託しょくたくして行おこなわれる（ただし、東京とうきょう都との監察かんさつ医務いむ院いんでは、例外れいがい的てきに司法しほう解剖かいぼうも行おこなっている）。

制度せいど[編集へんしゅう]

監察かんさつ医い制度せいどは、制度せいど導入どうにゅう年ねんである1947年ねんの人口じんこう上位じょうい7都市とし（→参照さんしょう）、すなわち、東京とうきょう23区く・大阪おおさか市し・京都きょうと市し・名古屋なごや市し・横浜よこはま市し・神戸こうべ市し・福岡ふくおか市しに導入どうにゅうされた。後のちに京都きょうと市し・福岡ふくおか市し・横浜よこはま市し^[1]で同どう制度せいどは廃止はいしされ、2016年ねん現在げんざい、残のこる東京とうきょう23区く・大阪おおさか市し・名古屋なごや市し・神戸こうべ市しの4都市としで運用うんようされている^[2]。ただし、同どう制度せいどが正常せいじょうに機能きのうしている地域ちいきは、東京とうきょう、大阪おおさか、神戸こうべのみであるという指摘してきがある^[3]。

なお、監察かんさつ医いは常勤じょうきんまたは非常勤ひじょうきんといった形かたちで監察かんさつ医務いむ院いんという組織そしきに所属しょぞくしている。それ以外いがいの地域ちいきでは大学だいがくの法医学ほういがく教室きょうしつがそれに準じゅんじて行いっている。また、監察かんさつ医いと言いっても、大学だいがくの法医学ほういがく教室きょうしつに所属しょぞくしている教授きょうじゅが兼務けんむしていることが多おおいことや、監察かんさつ医い制度せいどがある地域ちいきが非常ひじょうに限かぎられていることなどにより、厳密げんみつな監察かんさつ医いというのはごく少数しょうすうである。

歴史れきし[編集へんしゅう]

1882年ねん（明治めいじ15年ねん）
- 刑法けいほう、治ち罪ざい法ほうに基もとづき、死因しいん究明きゅうめいを医師いしにさせるようになる
1946年ねん（昭和しょうわ21年ねん）
- 連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれい官かん総そう司令しれい部ぶの要請ようせいにより、米国べいこくの「Medical Examiner's System」に基もとづき、東京とうきょう都と変死へんし者しゃ等とう死因しいん調査ちょうさ規定きていを制定せいてい。東京大学とうきょうだいがく、慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがくに嘱託しょくたくして日本にっぽん初はつの監察かんさつ医務いむ業務ぎょうむを開始かいし
1947年ねん（昭和しょうわ22年ねん）
- 監察かんさつ医い制度せいどが制定せいてい（東京とうきょう、横浜よこはま、名古屋なごや、大阪おおさか、京都きょうと、神戸こうべ、福岡ふくおかの7箇所かしょに監察かんさつ医務いむ院いんを設置せっち。
1949年ねん（昭和しょうわ24年ねん）
- 死体したい解剖かいぼう保存ほぞん法ほう、公布こうふ（司法しほう解剖かいぼう以外いがいの解剖かいぼうはこれに基もとづく）
1985年ねん（昭和しょうわ60年ねん）
- 京都きょうと、福岡ふくおかは自治体じちたいの財政ざいせい上じょうの都合つごうによりに制度せいど的てきに廃止はいし。
2014年ねん（平成へいせい26年ねん）
- 横浜よこはまでも2014年度ねんど末まつをもって廃止はいし。

監察かんさつ医務いむ院いん[編集へんしゅう]

東京とうきょう都と：東京とうきょう都と監察かんさつ医務いむ院いん　（東京とうきょう都と文京ぶんきょう区く）
東京大学とうきょうだいがく医学部いがくぶ・慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがく医学部いがくぶ・日本医科大学にほんいかだいがくの法医学ほういがく教室きょうしつ・病理びょうり学がく教室きょうしつへ委託いたく業務ぎょうむとして開始かいし。その後ご、東京とうきょう都と監察かんさつ医務いむ院いんとして独立どくりつ。
大阪おおさか市し：大阪おおさか府ふ監察かんさつ医い事務所じむしょ（大阪おおさか府ふ大阪おおさか市し中央ちゅうおう区く）
大阪大学おおさかだいがく医学部いがくぶ法医学ほういがく教室きょうしつ内ないに「大阪おおさか府ふ死因しいん調査ちょうさ事務所じむしょ」が設置せっちされ、大阪大学おおさかだいがく医学部いがくぶ法医学ほういがく教室きょうしつ・病理びょうり学がく教室きょうしつへ委託いたく業務ぎょうむとして開始かいし。その後ご、大阪おおさか府ふ監察かんさつ医い事務所じむしょとして独立どくりつ。
神戸こうべ市し：兵庫ひょうご県けん監察かんさつ医務いむ室しつ（神戸こうべ市し中央ちゅうおう区く）
神戸こうべ市し西にし区く、北きた区くを除のぞく7区くを範囲はんいとする。
名古屋なごや市し：名古屋大学なごやだいがく・名古屋市立大学なごやしりつだいがく・愛知医科大学あいちいかだいがく・藤田ふじた医科いか大学だいがくへ委託いたく施行しこう

過去かこに行いっていた市し

横浜よこはま市し：諸処しょしょの開設かいせつ診療しんりょう所しょにて施行しこう

意義いぎ[編集へんしゅう]

治安ちあん[編集へんしゅう]

人ひとが死亡しぼうすると、その人ひとに帰属きぞくしていた財産ざいさんをはじめとする諸しょ権利けんりが法律ほうりつ的てきに失うしなわれる。一方いっぽう、それにより相続そうぞくの開始かいし、保険ほけん金きん・賠償金ばいしょうきんの支払しはらいなどが行おこなわれる。このため、その人ひとの死因しいんの確定かくていすなわち自じ他殺たさつの別べつ、業務ぎょうむ上じょうの死しか否ひか、などを確定かくていすることで関係かんけい者しゃ間あいだの諸しょ権利けんりの適正てきせいな整理せいりを行おこない、社会しゃかい秩序ちつじょの維持いじを図はかるという役割やくわり。

死体したいの検案けんあんの時点じてんでは犯罪はんざいの疑うたがいがない場合ばあいでも、行政ぎょうせい解剖かいぼうをしたところ他殺たさつの疑うたがいがでてきて、犯罪はんざい捜査そうさの糸口いとぐちとなることもある。このように、事件じけんと認識にんしきされていなかった事件じけんを事件じけんと認識にんしきさせるという役割やくわり。

公衆こうしゅう衛生えいせい[編集へんしゅう]

社会しゃかい構造こうぞう等とうの変化へんかにより疾病しっぺい構造こうぞうにも変化へんかが生しょうじている。例たとえば、スポーツ中なかの突然とつぜん死しのような原因げんいん不明ふめいの病死びょうし、また、高齢こうれい化か社会しゃかいを迎むかえたことによる家庭かてい内ないでの事故死じこしなど、今いままでではごく少数しょうすうだった死因しいんが増ふえつつある。こうした死亡しぼう原因げんいんを科学かがく的てきに究明きゅうめいすることにより疾病しっぺいの予防よぼうや事故死じこしの発生はっせい防止ぼうしなど公衆こうしゅう衛生えいせい上うえの対策たいさくの充実じゅうじつを図はかるという役割やくわり。ただ、医療いりょう関連かんれん死しに対たいして行おこなわれる法ほう医い解剖かいぼうでは、刑事けいじ訴訟そしょうにおいて被告ひこくとなる医療いりょう施設しせつ側がわには情報じょうほう開示かいじがなされず、公衆こうしゅう衛生えいせいへは寄与きよしない。また解剖かいぼうして死因しいんを調しらべることなく、検視けんし・検死けんしのみで死因しいんを断定だんていしてしまうことも多おおいから、「ガス給湯きゅうとう器きの欠陥けっかんによる一酸化いっさんか炭素たんそ中毒ちゅうどく死しの発見はっけんの遅おくれは日本にっぽんの法医学ほういがく制度せいどの欠陥けっかんによるものである」とのコメントが監察かんさつ医いによってなされている。

統計とうけい作成さくせい[編集へんしゅう]

死因しいんが正ただしく究明きゅうめいされないままの死因しいん統計とうけいは、その価値かちが半減はんげんされるため、国民こくみんの健康けんこう・福祉ふくしに関かんする行政ぎょうせいの重要じゅうような基礎きそ資料しりょうとして根拠こんきょが明確めいかくな死因しいん統計とうけいを作成さくせいするという役割やくわり。

業務ぎょうむ[編集へんしゅう]

警察けいさつに異状いじょう死体したいが届とどけられる
検視けんし官かんによる検視けんしが行おこなわれる。
監察かんさつ医務いむ院いんに検案けんあん要請ようせいが出だされる。
監察かんさつ医いが検案けんあんを行おこなう
その結果けっかに基もとづき、死体したい検案けんあん調書ちょうしょ、死体したい検案書けんあんしょ（死亡しぼう診断しんだん書しょ）を作成さくせいする
- 死因しいんが確定かくていした場合ばあいは、死体したいは遺族いぞくに引ひき渡わたされる
- 死因しいんが特定とくていできなかった場合ばあい、行政ぎょうせい解剖かいぼうが行おこなわれる
検案けんあんによって死体したいに犯罪はんざい性せいが見みつかれば、死体したいは司法しほう解剖かいぼうに回まわされる。

問題もんだい点てん[編集へんしゅう]

監察かんさつ医い制度せいどが置おかれていない地域ちいきでは、警察けいさつから依頼いらいを受うけた一般いっぱんの医師いしにより検死けんしが行おこなわれているのが現状げんじょうである。そのため、死体したい検案けんあんに不慣ふなれな医師いしによる検案けんあんの誤診ごしん率りつは非常ひじょうに高たかく、監察かんさつ医い制度せいどが整備せいびされていない現状げんじょうは公衆こうしゅう衛生えいせい上うえ、または、司法しほう制度せいど上うえ、不備ふびがあると言いわざるを得えない^[4]。
監察かんさつ医い制度せいどが置おかれている地域ちいきでも、充分じゅうぶんに機能きのうしていない場合ばあいがある。例たとえば、横浜よこはま市しでは「監察かんさつ医務いむ院いん」という組織そしきや建物たてものがなく、個人こじんの資格しかくで監察かんさつ医いが担当たんとうしているため、統計とうけいを取とれないなどのデメリットがある。また、名古屋なごや市しでは制度せいどが形骸けいがい化かし、監察かんさつ医いが担当たんとうしている行政ぎょうせい解剖かいぼうの実質じっしつはほぼゼロである。
結果けっか、近年きんねんでは数すう年ねん前まえには事故死じこしとされていたケースが、情報じょうほう開示かいじによる資料しりょうを海外かいがい監察かんさつ医いが調査ちょうさし、他殺たさつの可能かのう性せいありと再さい調査ちょうさされる場合ばあいもある。