罽賓

罽賓（けいひん、拼音：Jìbīn）は、かつて北きたインドのカシミール地方ちほうもしくはガンダーラ地方ちほうに在あったとされる国くに。

歴史れきし

前漢ぜんかんの時代じだい

紀元前きげんぜん2世紀せいき頃ごろの中央ちゅうおうアジアの地図ちず

紀元前きげんぜん2世紀せいき以前いぜんからイシク湖みずうみ周辺しゅうへんに住すんでいた塞ふさが族ぞく（サカ人じん）は、匈奴きょうどの征討せいとうを受うけて逃のがれてきた月つき氏しの残党ざんとう（大月おおつき氏し）によって駆逐くちくされ、南みなみのパミール高原こうげん、ヒンドゥークシュ山脈さんみゃくを越こえ、カシミール地方ちほうもしくはガンダーラ地方ちほうに落おち着ついて罽賓国こくを建たてた。

武たけ帝みかど（在位ざいい：前ぜん141年ねん - 前ぜん87年ねん）の時代じだい、漢かんは罽賓国こくと通交つうこうし始はじめたが、罽賓王おうの烏頭うとう労ろうによってたびたび漢かん使しが殺ころされた。

烏頭うとう労ろうが死しに、その子こが代かわって罽賓王おうとなり、漢かんに遣や使つかいを送おくって奉献ほうけんした。漢かんは関都せきと尉じょうの文忠ふみただをその使者ししゃにつけてやり、罽賓国こくまで派遣はけんした。しかし、罽賓王おうがふたたび文忠ふみただを殺ころそうとしたので、それに気きづいた文忠ふみただは、容よう屈こごめ王子おうじの陰かげ末まつ赴と共ともに罽賓国こくを攻せめ、罽賓王おうを殺ころし、陰かげ末まつ赴を新あらたな罽賓王おうとした。

その後ご、軍ぐん候こうの趙ちょう徳いさおが罽賓国こくに派遣はけんされたが、陰かげ末まつ赴と不和ふわとなったため、陰かげ末まつ赴は趙ちょう徳いさおを拘束こうそくし、副使ふくし以下いか70数すう人にんを殺ころしてしまう。罽賓国こくの遣や使者ししゃは上書うわがきして謝あやまったが、孝こう元もと帝みかどがその使者ししゃを縣けん度ど（ヒンドゥークシュ山脈さんみゃく）に放はなち、国交こっこうを断絶だんぜつした。

成なり帝みかど（在位ざいい：前ぜん33年ねん - 前ぜん7年ねん）の時代じだい、罽賓国こくはふたたび遣や使つかいを送おくって謝罪しゃざいしてきた。そこで漢かんはまた使者ししゃを派遣はけんしようとしたが、杜もり欽が大将軍だいしょうぐんの王おう鳳おおとりに説得せっとくしてやめさせた。

後こう漢かんの時代じだい

2世紀せいきの中央ちゅうおうアジアの勢力せいりょく図ず

トハリスタン（大だい夏なつ）において、大月おおつき氏しの貴き霜しも翕侯（クシャンきゅうこう：諸侯しょこう）であるクジュラ・カドフィセス（丘おか就卻）が他たの四よん翕侯を滅ほろぼして、クシャーナ朝あさを創始そうしした。まず、クジュラ・カドフィセスはパルティア（安息あんそく）に侵入しんにゅうし、高こう附ふ（カーブル）の地ちを取とった。さらに、濮達国くに・罽賓国こくをその支配しはい下かに置おいた。以降いこう、罽賓国こくはクシャーナ朝あさに属ぞくす。

隋ずい唐から時代じだい

隋ずいの煬帝（在位ざいい：604年ねん - 618年ねん）の時代じだい、煬帝が西域せいいき諸国しょこくを招集しょうしゅうした時とき、30数すう国こくが隋ずいに訪おとずれたが、罽賓国こくだけは至いたらなかった。

唐とうの武徳ぶとく2年ねん（619年ねん）、罽賓国こくは唐とうへ遣や使つかいを送おくって宝たから帯たい・金きむ鎖くさり・水みず精せい盃さかずき・酸さん棗なつめのような形状けいじょうの頗黎を貢みつげ納おさめした。

貞さだ観かん11年ねん（637年ねん）、罽賓国こくは唐とうへ遣や使つかいを送おくり、名馬めいばを献上けんじょうした。太ふとし宗むねはその誠まこと款に喜よろこび、繒彩を賜たまう。

貞さだ観かん16年ねん（642年ねん）、罽賓国こくは遣や使つかいを送おくって褥しとね特とく鼠ねずみを献上けんじょうした。

顕あらわ慶けい3年ねん（658年ねん）、唐とうは罽賓の脩おさむ鮮城を改あらためて脩おさむ鮮都督とく府ふとした。

龍りゅう朔さく（661年ねん - 663年ねん）の初はじめ、唐とうは罽賓王おうに脩おさむ鮮州等とう11州しゅう諸しょ軍事ぐんじ兼けん脩おさむ鮮都督とくを授さづけた。

開ひらき元もと7年ねん（719年ねん）、罽賓国こくは遣や使つかいを送おくって唐とうに入朝にゅうちょうし、天文てんもん経けい一いち夾、秘ひ要よう方かた並ならびに蕃しげる薬くすり等とうの物ものを献上けんじょうした。これに対たいし唐とうは罽賓王おうを冊立さくりつして葛かずら羅ら達いたる支ささえ特とく勤つとむとした。

開ひらけ元もと27年ねん（739年ねん）、罽賓王おうの烏がらす散ち特とく勤つとむは高齢こうれいを理由りゆうに子この拂はらい菻罽娑しゃばへ位いを譲ゆずることを決きめ、唐とうに上表じょうひょうしてその許可きょかを得えてから嗣位した。

天宝てんぽう4載の（745年ねん）、唐とうは拂はらい菻罽娑しゃばの子この勃匐準じゅんを冊立さくりつして罽賓国王こくおう及および烏がらす萇国王おうとし、左ひだり驍衛将軍しょうぐんを授さづけた。

乾いぬい元はじめ元年がんねん（758年ねん）、罽賓国こくは遣や使つかいを送おくって朝貢ちょうこうした。

地理ちり

中国ちゅうごく史書ししょには「罽賓の地ちは平たいら」、「四よん山中さんちゅうに居おり」、「葱ねぎ嶺みね（パミール高原こうげん）の南みなみ」とあり、カシミール地方ちほうもしくはガンダーラ地方ちほうだと思おもわれる。

首都しゅとは『漢書かんしょ』で循鮮城じょう、『魏ぎ書しょ』で善ぜん見城けんじょう、『新しん唐とう書しょ』で脩おさむ鮮城となっている。顕あらわ慶けい3年ねん（658年ねん）には脩おさむ鮮都督とく府ふが置おかれた。

習俗しゅうぞく

気候きこうは温暖おんだんまたは蒸むし暑あつく、苜蓿うまごやし、雑草ざっそう、奇き木き、檀まゆみ、槐えんじゅ、梓あずさ、竹たけ、漆うるしが生育せいいくし、農業のうぎょうでは五穀ごこくや葡萄ぶどうなどが植うえられる。人々ひとびとは冬ふゆに生なま野菜やさいを食たべる。また、彫ほ文ぶん・刻こく鏤ちりばめ・治ち宮室きゅうしつ・織お罽・刺とげ文ぶん繍に巧たくみであり、金きむ・銀ぎん・銅どう・錫すずで器うつわも造つくる。

街まちには市しが立たち並ならび、金銀きんぎんを銭ぜにとし、そのコインには騎馬きばと人面じんめんが描えがかれる。

封ふう牛うし、水牛すいぎゅう、象ぞう、大だい狗いぬ、沐猴もっこう、孔雀くじゃく、珠たま璣、珊瑚さんご、琥珀こはく、璧琉璃が生息せいそくし、人々ひとびとは象ぞうに乗のって移動いどうする。

宗教しゅうきょうは仏教ぶっきょうを信奉しんぽうする。

『梁はり書しょ』によると、扶桑ふそうでは大明だいめい2年ねん（458年ねん）に罽賓国こくから僧そうが来きて仏教ぶっきょうをもたらしたとされる。

おもな罽賓王おう

前漢ぜんかんの時代じだい

• 烏頭うとう労ろう
• 罽賓王おう…烏頭うとう労ろうの子こで、名なが不明ふめい。
• 陰かげ末まつ赴…もと容よう屈こごめ王子おうじで、漢かんによって立たてられる。

唐とうの時代じだい

• 馨かおる孽…始祖しそ
• 曷擷支ささえ…馨かおる孽から数かぞえて12代目だいめ。
• 葛かずら羅ら達いたる支ささえ特とく勤つとむ
• 烏がらす散ち特とく勤つとむ
• 拂はらい菻罽娑しゃば…烏がらす散ち特とく勤つとむの子こ。
• 勃匐準じゅん…拂はらい菻罽娑しゃばの子こ。

参考さんこう資料しりょう

• 『漢書かんしょ』（西域せいいき伝でん）
• 『後こう漢書かんしょ』（西域せいいき伝でん）
• 『三国志さんごくし』（裴注『魏ぎ略りゃく』西戎せいじゅう伝でん）
• 『魏ぎ書しょ』（列伝れつでん第だい九きゅう十じゅう）
• 『北きた史し』（列伝れつでん第だい八はち十じゅう五ご）
• 『旧きゅう唐とう書しょ』（列伝れつでん第だい一いち百ひゃく四よん十じゅう八はち）
• 『新しん唐とう書しょ』（列伝れつでん第だい一いち百ひゃく四よん十じゅう六ろく上じょう、列伝れつでん第だい一いち百ひゃく四よん十じゅう六ろく下か）
• 玄げん奘（水谷みずたに真しん成なり訳注やくちゅう）『大だい唐から西域せいいき記き2』（平凡社へいぼんしゃ、2000年ねん）