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藤原ふじわらためたかし

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藤原ふじわら ためたかし
時代じだい 平安へいあん時代じだい後期こうき
生誕せいたん 延久のべひさ2ねん1070ねん
死没しぼつ 大治おおはる5ねん9月8にち1130ねん10月11にち
官位かんい したがえさん参議さんぎ
主君しゅくん 白河天皇しらかわてんのう堀河ほりかわ天皇てんのう鳥羽天皇とばてんのう崇徳天皇すとくてんのう
氏族しぞく 藤原ふじわらきた勧修寺かんしゅうじりゅう
父母ちちはは ちち藤原ふじわらためぼうははみなもとよりゆきこくむすめ
兄弟きょうだい ためたかしあらわたかし重隆しげたかちょうたかし泰隆やすたかひろししんあさたかしおやたかしくにたかしひろしうんみなもとめぐみひろしほまれ良恵よしえさとしたかしせいおさむ藤原ふじわらけいしつみなもとたかししつ藤原ふじわら忠教ただたかしつ
つま 藤原ふじわらゆうむすめみなもとはじめつなむすめ
みなもとはじめしゅんむすめみなもとはじめきよしむすめ
たいらみのるおやしつひかりぼう憲方のりかたけんたかしけんこう為国ためくにさとしたかしみなもとあらわみやびしつ藤原ふじわらはじめのうしつ藤原ふじわらしゅんけいしつ藤原ふじわらちかしたかししつみなもと俊隆としたかしつ
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藤原ふじわら ためたかし(ふじわら の ためたか)は、平安へいあん時代じだい後期こうき公卿くぎょう藤原ふじわらきた勧修寺かんしゅうじりゅう参議さんぎ藤原ふじわらためぼう長男ちょうなん官位かんいしたがえさん参議さんぎ日記にっきえい昌記まさき』をしるした。

経歴けいれき

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おうとく3ねん1086ねん白河天皇しらかわてんのうろく蔵人くろうどとなる。おうとく4ねん1087ねんしたがえ越前えちぜん権守ごんもり叙任じょにんされ、寛治かんじ2ねん1088ねん甲斐かいまもるに遷る。寛治かんじ6ねん1092ねんしたがえじょう昇叙しょうじょされた。

寛治かんじ8ねん1094ねん中宮なかみや篤子あつこ内親王ないしんのう中宮なかみやけん大進たいしんとしてきょうかんふくし、うけたまわとく3ねん1099ねん堀河ほりかわ天皇てんのう蔵人くろうどにんぜられる。長治ながはる2ねん1105ねんみぎしょうべんねると、よしみうけたまわ元年がんねん1106ねんけんみぎちゅうわきまえてんひとし2ねん1109ねんしたがえよんみぎちゅうわきまえてんなが4ねん1113ねんしたがえよんじょういでせいよん永久えいきゅう3ねん1115ねんひだりちゅうべんべんかんつとめながら順調じゅんちょう昇進しょうしんする。このあいだてんひさし3ねん1112ねん南方なんぽうよりにわかかにほのおたかがる。火勢かせいつよく、大納言だいなごん藤原ふじわら実季みき後家ごけたくくわえてためたかし邸宅ていたく焼亡しょうぼうした[1]

保安ほあん3ねん1122ねん正月しょうがつ蔵人くろうどあたま補任ほにんされると、同年どうねん12がつ参議さんぎけんみぎだいべん昇任しょうにんされ公卿くぎょうれっす。政官せいかんとして左右さゆうだいべんかんかいよし長官ちょうかん兼帯けんたいし、大治おおはる3ねん1128ねんしたがえさんのぼる。ためたかしけん中納言ちゅうなごんへの昇任しょうにんのぞむもののたせずわるが、うえ参議さんぎみなもと愁訴しゅうそして阻止そし[2]、あるいは白河しらかわ法皇ほうおうからしん後見こうけんけているもの中納言ちゅうなごんにするのはむずかしいとわれた[3]などの逸話いつわのこっている。

大治おおはる5ねん1130ねん)9がつ数日すうじつびょうなやまされていたためたかしはこれを治癒ちゆしようとまんぽうくしたがえることなく、7にち官職かんしょく辞職じしょくよく8にちあさ出家しゅっけして、同日どうじつさるこく薨去こうきょ臨終りんじゅうは『安住あんじゅう正念しょうねん』とひょうされた[4]享年きょうねん61。

人物じんぶつ

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こう拾遺しゅうい往生おうじょうでん』によれば毎回まいかい朝議ちょうぎにあったとされる。さらに、資性しせい倜儻(才気さいきがありすぐれている)、ざい軼人(ざいすぐれている)、しょくごとさんだいいい独歩どっぽしょくごとさんだい独歩どっぽうべし)とひょうされている。

かんれき

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公卿くぎょう補任ほにん』による。

系譜けいふ

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脚注きゃくちゅう

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  1. ^ ちゅう右記うきてんひさし3ねん12月14にちじょう
  2. ^ こんかがみ村上むらかみ源氏げんじ だいなな 堀河ほりかわなが
  3. ^ だいえんじゅしょう
  4. ^ こう拾遺しゅうい往生おうじょうでん
  5. ^ 以下いか尊卑そんぴ分脈ぶんみゃく』による。

参考さんこう文献ぶんけん

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