蜃

寺島てらしま良りょう安やす『和漢わかん三さん才さい図会ずえ』より「蜃」

蜃（しん）とは、蜃気楼しんきろうを作つくり出だすといわれる伝説でんせつの生物せいぶつ。古代こだいの中国ちゅうごくと日本にっぽんで伝承でんしょうされており、竜りゅうの類るいとする説せつとその傍かたわらに巨大きょだいなハマグリとする説せつがある。蜃気楼しんきろうの名なは「蜃(みずち)」が「気き」を吐はいて「楼ろう」閣かくを出現しゅつげんさせると考かんがえられたことに由来ゆらいする。霊獣れいじゅうの類るいとされることもある。

なお漢字かんじの「蜃」は、音おとを表あらわす「辰たつ」と意味いみを示しめす「虫むし」とを組くみ合あわせた形声けいせい文字もじで、ハマグリを意味いみする単語たんごを表記ひょうきするために作つくられた。

『和漢わかん三さん才さい図会ずえ』より「車くるま螯」

概要がいよう

司馬しば遷『史記しき』天てん官かん書しょの中なかに、蜃気楼しんきろうの語源ごげんともなる「蜃（瑞みず龍りゅうの類るい）の気き（吐はき出だす息いき）によって楼ろう（高たかい建物たてもの）が形かたちづくられる」という記述きじゅつがある。

『後こう西遊せいゆう記き』には、大だい顛法師し半はん偈げの一いち行ぎょうが旅たびの途中とちゅうで、大変たいへんにぎやかな市街しがいにさしかかるが、それは蜃気楼しんきろうであり、一いち行ぎょうは蜃の腹はらの中うちにいた、とある。

中国ちゅうごく春秋しゅんじゅうの頃ころの『礼れい記き』「月つき令れい」では、蜃に竜りゅうとハマグリの2通とおりの説せつがあるのは、ハマグリの蜃が竜りゅう族ぞくの蜃と同名どうめいであるために両者りょうしゃが混同こんどうされたためと、史記しきの成立せいりつとほぼ同どう時期じきに述のべられている。

『礼れい記き』には、キジが大水おおみずの中なかに入はいると蜃になるとあり、この発想はっそうは日本にっぽんにも伝つたわった。

宋そうの百科辞典ひゃっかじてん『埤雅』の著者ちょしゃである陸りく佃つくだも同様どうよう、蜃はヘビとキジの間あいだに生うまれるものと述のべている。この蜃の発生はっせいについて、ヘビがキジと交まじわって卵たまごを産うみ、それが地下ちか数すう丈たけに入はいってヘビとなり、さらに数すう百ひゃく年ねん後ごに天てんに昇のぼって蜃になるとしている。

さらに、本草ほんぞう書しょ『本草ほんぞう綱目こうもく』（万まん暦れき6年ねん：1578年ねん）に、ハマグリではなく蛟竜こうりょう（竜りゅうの一種いっしゅ）に属ぞくする蜃が気きを吐はいて蜃気楼しんきろうを作つくるとある。この蜃とはヘビに似にたもので、角かく、赤あかいひげ・鬣たてがみ〔たてがみ〕をもち、腰こし下かの下半身かはんしんは逆鱗げきりんであるとされている。蜃の脂あぶらを混まぜて作つくったろうそくを灯ともしても幻まぼろしの楼閣ろうかくが見みられるとある。

この傍かたわらで、中国ちゅうごくの『彙苑』(万まん暦れき18年ねん：1590年ねん)では、ハマグリの別名べつめいを蜃といい、春はるや夏なつに海中かいちゅうから気きを吐はいて楼台ろうだいを作つくり出だすとある。この伝承でんしょうも日本にっぽんにも広ひろく伝つたわった。

鳥山とりやま石燕せきえん『今昔こんじゃく百ひゃく鬼おに拾遺しゅうい』より「蜃気楼しんきろう」

日本にっぽんにおいて蜃を竜りゅうの一種いっしゅとする説せつは、江戸えど時代じだいの貝原かいばら益軒えきけんによる本ほん草書そうしょ『大和やまと本草ほんぞう』1709年ねん（宝永ほうえい7年ねん）に記述きじゅつされて知識ちしき層そうが広ひろがっている。また、寺島てらしま良りょう安やすによる百科辞典ひゃっかじてん『和漢わかん三さん才さい図会ずえ』1712年ねん（正徳まさのり2年ねん）には、竜りゅう類るいに属ぞくする蜃が蜃気楼しんきろうを起おこすという記述きじゅつ、大型おおがたのハマグリである車くるま螯（わたりがい）が蜃気楼しんきろうを起おこすという記述きじゅつの2種類しゅるいがあり、車くるま螯は別名べつめいを蜃ともいうが竜りゅう類るいの蜃とは別種べっしゅのものとしている。

一方いっぽうで、鳥山とりやま石燕せきえんによる妖怪ようかい画集がしゅう『今昔こんじゃく百ひゃく鬼おに拾遺しゅうい』1781年ねん（安永やすなが10年ねん）では、『史記しき』を引用いんようした「蜃気楼しんきろう」の解説かいせつ文ぶんで「蜃とは大だい蛤はまぐりなり」と述のべ、大だいハマグリが気きを吐はいて楼閣ろうかくを作つくり出だす姿すがたが描えがかれた（画像がぞう左上ひだりうえの解説かいせつ文ぶんを参照さんしょう）ことから、巨大きょだいなハマグリ説せつは、のちに絵図えずとして庶民しょみんに伝つたわって楽たのしまれた。

参考さんこう文献ぶんけん

• 笹ささ間あいだ良彦よしひこ『図説ずせつ・日本にっぽん未確認みかくにん生物せいぶつ事典じてん』柏書房かしわしょぼう、1994年ねん。ISBN 978-4-7601-1299-9。 
• 寺島てらしま良りょう安やす『和漢わかん三さん才さい図会ずえ』 7巻かん、島田しまだ勇雄いさお他た訳注やくちゅう、平凡社へいぼんしゃ〈東洋文庫とうようぶんこ〉、1987年ねん（原著げんちょ1712年ねん）。ISBN 978-4-582-80471-3。 
• 日野ひの巌いわお『動物どうぶつ妖怪ようかい譚たん』 上じょう、中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ〈中公ちゅうこう文庫ぶんこ〉、2006年ねん（原著げんちょ1926年ねん）。ISBN 978-4-12-204791-4。 
  • 日野ひの巌いわお『動物どうぶつ妖怪ようかい譚たん』養やしなえ賢堂かしこどう、1926年ねん、120-124頁ぺーじ。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/980941/121。 
• 村松むらまつ定じょう孝こう『新しん・日本にっぽん伝説でんせつ100選せん』秋田あきた書店しょてん〈100選せんシリーズ〉、1990年ねん。ISBN 978-4-253-00406-0。 
•  李り時じ珍めずらし「鱗うろこ之の一いち」（中国ちゅうごく語ご）『『本草ほんぞう綱目こうもく』』1596年ねん。ウィキソースより閲覧えつらん。 
  •  李り時じ珍めずらし「巻まき43」（中国ちゅうごく語ご）『『本草ほんぞう綱目こうもく (四よん庫こ全書ぜんしょ本ほん)』』1782年ねん。ウィキソースより閲覧えつらん。