遺伝子いでんし汚染おせん

遺伝子いでんし汚染おせん（いでんしおせん、Genetic pollution）とは、野生やせい生物せいぶつの個体こたい群ぐんの遺伝子いでんしプール（遺伝子いでんし構成こうせい）が、人間にんげん活動かつどうの影響えいきょうによって近きん縁えん個体こたい群ぐんと交雑こうざつ（浸透しんとう性せい交雑こうざつ）し、変化へんかする現象げんしょうを一種いっしゅの環境かんきょう破壊はかいとの含意がんいを込こめ、批判ひはん的てき視点してんから呼よぶ呼称こしょう。遺伝いでん的てき攪乱かくらん（いでんてきかくらん）、遺伝子いでんし攪乱かくらん（いでんしかくらん）とも。基礎きそ科学かがくが取とり扱あつかう現象げんしょうとしてより中立ちゅうりつ性せいを目指めざした遺伝子いでんし移入いにゅう (いでんしいにゅう) という呼よび方かたも提唱ていしょうされているが、人間にんげん活動かつどうの影響えいきょうに限かぎらないものも含ふくんでいる。

在来ざいらい個体こたい群ぐんとの交雑こうざつが危惧きぐされる近きん縁えん個体こたい群ぐんは、他たの地域ちいきに存在そんざいする個体こたい群ぐん（栽培さいばい品種ひんしゅ・飼育しいく品種ひんしゅの漏出ろうしゅつを含ふくむ）が移入いにゅうされる場合ばあいと、遺伝子いでんし組くみ換かえ作物さくもつである場合ばあいとがあり、以下いかはその両者りょうしゃを分わけて解説かいせつする。

移入いにゅう個体こたい群ぐんの問題もんだい

同おなじ生物せいぶつ種しゅであっても、生息せいそく地域ちいきが異ことなるために遺伝子いでんしの交流こうりゅうを欠かく、あるいは完全かんぜんに隔離かくりされていなくても一定いっていの障壁しょうへきが存在そんざいするなどの理由りゆうにより、通常つうじょうは地理ちり的てきに異ことなる個体こたい群ぐん（生態せいたい型がた・亜種あしゅなど）相互そうごの間あいだでは遺伝子いでんしの構成こうせい（遺伝子いでんしプール）が微妙びみょうに異ことなっている。これをヒトに置おき換かえると、黒人こくじんや白人はくじんなどの人種じんしゅ、さらに細分さいぶん化かすれば白人はくじんであってもアングロ・サクソン人じんやゲルマン人じんなどの民族みんぞくなど、異ことなった人種じんしゅや民族みんぞくに例たとえられる。 また、野生やせい動植物どうしょくぶつの個体こたい群ぐんと、そこから人為じんい的てき選抜せんばつや育種いくしゅ、さらには近年きんねんの遺伝子いでんし組ぐみ換かわ技術ぎじゅつによって作出さくしゅつされた多おおくの作物さくもつ・家畜かちくとでは、遺伝子いでんし構成こうせいが大おおきく異ことなっている。このような場合ばあい、ある在来ざいらい個体こたい群ぐんの生息せいそく域いきに、別べつの個体こたい群ぐんが人為じんい的てきに持もち込こまれることにより、両者りょうしゃが交雑こうざつして純粋じゅんすいな在来ざいらい個体こたい群ぐんの持もつ遺伝子いでんしプールに変化へんかが生しょうじる。この在来ざいらい個体こたい群ぐんの遺伝子いでんしプールの状態じょうたいの不ふ可逆かぎゃく的てき消失しょうしつおよび、その途中とちゅうの過程かていを遺伝子いでんし汚染おせんと呼よぶ。遺伝子いでんし汚染おせんは、時空じくう間あいだ的てきに不ふ均質きんしつなモザイク構造こうぞうをなすメタ個体こたい群ぐんレベルの遺伝いでん的てき多様たよう性せい（生物せいぶつ多様たよう性せい）を不ふ可逆かぎゃく的てきに破壊はかいするため、近年きんねんでは環境かんきょう問題もんだいの一種いっしゅとして認識にんしきされることが多おおい。

日本にっぽんにおける遺伝子いでんし汚染おせんの例れい

メダカ

日本にっぽん在来ざいらいのメダカでは、生息せいそく水域すいいきごとの遺伝いでん的てきな違ちがいが詳くわしく研究けんきゅうされてきた。メダカは、キタノメダカとミナミメダカに大別たいべつされるが、さらに水域すいいきごとに遺伝いでん的てきな差さを持もつ個体こたい群ぐんに細分さいぶんされる。これらの水域すいいきごとの個体こたい群ぐんは、相互そうごに異ことなる適応てきおう構造こうぞうをもっている。したがって、ある水域すいいきのメダカの絶滅ぜつめつが危惧きぐされている場合ばあいでも、別べつの水域すいいきのメダカを放流ほうりゅうすると遺伝子いでんし汚染おせんが起おこり、結果けっかとして在来ざいらい個体こたい群ぐんは雑種ざっしゅ個体こたい群ぐんに変容へんようを遂とげる。つまり、在来ざいらい個体こたい群ぐんが特異とくい的てきに持もっていた適応てきおう性せいの構造こうぞうも失うしなわれてしまうことになる。コイの放流ほうりゅうに関かんしても、同様どうようの遺伝子いでんし汚染おせんが指摘してきされている。

在来ざいらいオオサンショウウオと外来がいらい種しゅチュウゴクオオサンショウウオ

京都きょうと市域しいきにおける外来がいらい種しゅによるオオサンショウウオの遺伝子いでんし汚染おせんの実態じったい調査ちょうさにより、賀茂川かもがわでは在来ざいらい種しゅは絶滅ぜつめつした可能かのう性せいがあり、別べつ水系すいけいの上うえ桂川かつらがわでも雑種ざっしゅ化かが進行しんこうしていることが確認かくにんされた。オオサンショウウオの遺伝いでん的てき汚染おせんは予想よそう以上いじょうに進行しんこうしており、何なんらかの方法ほうほうで純粋じゅんすいな日本にっぽん産さんを隔離かくり保全ほぜんしていくことが早急そうきゅうに必要ひつようである。

ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴ

タイリクバラタナゴは1940年代ねんだい前半ぜんはんに、中国ちゅうごくから他たの魚さかな（ハクレン・ソウギョなど）に混まじって非ひ意図いと的てきに利根川とねがわ水系すいけいに導入どうにゅうされたが、1960年代ねんだい以降いこう、産卵さんらん母はは貝かいの二枚貝にまいがいの移うつり殖ふえや飼育しいく個体こたいの遺棄いきなどが原因げんいんで全国ぜんこく各地かくちに分布ぶんぷを広ひろげた。西日本にしにほん各地かくちで日本にっぽん固有こゆう亜種あしゅのニッポンバラタナゴと交雑こうざつし、稔みのり性せいのある雑種ざっしゅ個体こたい群ぐんとして累代るいだいを続つづけた結果けっか、純粋じゅんすいなニッポンバラタナゴの生息せいそく地ちはきわめて局所きょくしょ的てきに残のこるのみとなり、ニッポンバラタナゴの絶滅ぜつめつが懸念けねんされる状況じょうきょうになった。

ニホンヒキガエルとアズマヒキガエル

主おもに、東京とうきょうで問題もんだい視しされている。元々もともと東京とうきょうに生息せいそくしていたアズマヒキガエルと国内こくない外来がいらい生物せいぶつのニホンヒキガエルとの交雑こうざつ。 東京とうきょうでは、すでに8割わりもの個体こたいが雑種ざっしゅである。

サケ科か魚類ぎょるいの例れい

日本にっぽんでのサケの一いち例れいを挙あげると、これまで北海道ほっかいどう産さんのサケを漁業ぎょぎょう資源しげん確保かくほや天然てんねん個体こたいの増殖ぞうしょく目的もくてきで、本州ほんしゅうの広範囲こうはんいにわたる各かく都府県とふけんの河川かせんに移植いしょく放流ほうりゅうしてきた経緯けいいがある。そのため今後こんご、他た地域ちいき産さん稚魚ちぎょの放流ほうりゅうを一切いっさい中止ちゅうししてもこれまで頻繁ひんぱんに行おこなわれてきた移植いしょくにより、移植いしょく先さきに生息せいそくしていたサケ個体こたい群ぐんはもとよりスニーカーも含ふくめたサクラマスやアマゴなどの交配こうはい可能かのうなサケ科か魚類ぎょるいとの間あいだで複雑ふくざつに交雑こうざつしてしまっているものを除去じょきょすることはほぼ不可能ふかのうであるため、手遅ておくれとなっているのが実情じつじょうである。サケに限かぎらず、渓流けいりゅう釣つり場ばなどでの三さん倍ばい体たいなどの処理しょりをせず繁殖はんしょく能力のうりょくを除去じょきょされていない他た地域ちいきのイワナ、ヤマメ、アマゴなどの放流ほうりゅうでも同様どうようの問題もんだいが懸念けねんされる。また、繁殖はんしょく能力のうりょくを除去じょきょする処理しょりをしても、そのうちの数かず%（あるいは1%以下いか）に処理しょりが不完全ふかんぜんな個体こたいが混入こんにゅうしていれば、長ながい年限ねんげんを経へて交雑こうざつ個体こたいが徐々じょじょに拡散かくさんする可能かのう性せいも懸念けねんされる。

以上いじょうの他ほかにも以下いかのような例れいがある。

• ニホンザルとタイワンザル、アカゲザル
• マガモ、カルガモとアヒル、アイガモ
• リュウキュウヤマガメとセマルハコガメ
• ホンドヒラタクワガタとツシマヒラタクワガタ

遺伝子いでんし組くみ換かえ作物さくもつによる遺伝子いでんし汚染おせん

遺伝子いでんし組くみ換かえ作物さくもつは、「生物せいぶつの多様たよう性せいに関かんする条約じょうやく」に従したがって、その利用りように規制きせいが掛かけられている。しかしながら、遺伝子いでんし組くみ換かえ作物さくもつを屋外おくがいで商業しょうぎょう的てきに栽培さいばいする場合ばあいには、花粉かふん・種子しゅしの区域くいき外がいへの移動いどうを防ふせぐ設備せつびなどは存在そんざいしない。このことから、組くみ換かえ作物さくもつの花粉かふん・種子しゅしにより自然しぜん界かいに存在そんざいしない遺伝子いでんし型がたの拡散かくさんが起おきる可能かのう性せいが指摘してきされている。

なお、日本にっぽん国内こくないでの遺伝子いでんし組くみ換かえ作物さくもつの栽培さいばいは、2006年ねんの時点じてんでは、安全あんぜん性せい確認かくにんのための実験じっけん的てき栽培さいばいが主流しゅりゅうであり、商業しょうぎょう的てき大だい規模きぼ栽培さいばいはない。

遺伝子いでんし汚染おせん概念がいねんに関かんする論争ろんそう

動物どうぶつに対たいする『遺伝子いでんし汚染おせん』という用語ようごは、人間にんげんの産業さんぎょう活動かつどうや個人こじん的てきな嗜好しこう・趣味しゅみなどによる移入いにゅうなどで、人為じんい的てきに生殖せいしょく的てき隔離かくりが破やぶられていることへの懸念けねんとして用もちいられる一方いっぽうで、一部いちぶには遺伝いでん的てき純血じゅんけつを特とくに強調きょうちょうし、すでに定着ていちゃくした外来がいらい種しゅや混血こんけつ個体こたいの駆除くじょを唱となえる異見いけんに伴ともなって用もちいられることもある。交雑こうざつしうる外来がいらい種しゅの駆除くじょを主張しゅちょうする考かんがえ方かたに対たいしては、人種じんしゅ差別さべつ思想しそうとの類似るいじ性せいを指摘してきする形かたちで批判ひはんする意見いけんが出でている。例たとえば、和歌山わかやま県けんでタイワンザルとニホンザルの混血こんけつ個体こたいの排除はいじょが行おこなわれた際さいには、ナチスドイツを連想れんそうするとした批判ひはんがあった。

一方いっぽう、こうした批判ひはんに対たいして環境省かんきょうしょうは、そもそも遺伝子いでんし汚染おせんなどの外来がいらい種しゅ問題もんだいは人間にんげん活動かつどうによって起おこっていることから、新あらたな外来がいらい種しゅ問題もんだいを引ひき起おこさないよう、地域ちいき固有こゆうの生態せいたい系けいなど、生物せいぶつ多様たよう性せいの重要じゅうよう性せいに目めを向むけて行動こうどうすることが求もとめられるとしている。

また、そもそも「汚染おせん」という表現ひょうげんがネガティブなイメージを持もつ表現ひょうげんであり、差別さべつ的てきであるとする声こえもある。これに対たいしては先述せんじゅつのとおり、遺伝子いでんし移入いにゅうという呼よび方かたが提唱ていしょうされている。

関連かんれん項目こうもく

• 外来がいらい種しゅ・雑種ざっしゅ
• 遺伝いでん的てき多様たよう性せい・生物せいぶつ多様たよう性せい・生物せいぶつの多様たよう性せいに関かんする条約じょうやく
• 遺伝子いでんし組ぐみ換かえ生物せいぶつ等とうの使用しよう等とうの規制きせいによる生物せいぶつの多様たよう性せいの確保かくほに関かんする法律ほうりつ

外部がいぶリンク

• 環境省かんきょうしょう 自然しぜん環境かんきょう局きょく 生物せいぶつ多様たよう性せいセンター - 生物せいぶつ多様たよう性せい保全ほぜんのための緑化りょくか植物しょくぶつの取とり扱あつかい方かたに関かんする提言ていげん（PDFファイル） 本ほん記事きじ内容ないように関連かんれんする事項じこうについて詳くわしい解説かいせつが行おこなわれている。植物しょくぶつの例れいだが、動物どうぶつについて敷衍ふえんすることも可能かのうな内容ないようである。
• 日本にっぽん魚類ぎょるい学会がっかい - 生物せいぶつ多様たよう性せいの保全ほぜんをめざした魚類ぎょるいの放流ほうりゅうガイドライン
• 遺伝子いでんし組ぐみ換かえ技術ぎじゅつの情報じょうほうサイト
• 遺伝子いでんし組ぐみ換かえ生物せいぶつ等とうの使用しよう等とうの規制きせいによる生物せいぶつの多様たよう性せいの確保かくほに関かんする法律ほうりつ
• 広葉樹こうようじゅの種苗しゅびょうの移動いどうに関かんする遺伝いでん的てきガイドライン - 森林しんりん総合そうごう研究所けんきゅうじょ