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酋長しゅうちょう

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酋長しゅうちょう(しゅうちょう)とは、おも文明ぶんめいてき農耕のうこうがた社会しゃかいからて「未開みかい」とされる部族ぶぞくちょうをいう。

そもそも「未開みかい」という認識にんしきそのものが差別さべつてき行為こういであり、侮蔑ぶべつてきかたりであるとして、現在げんざいでは使用しようまれる傾向けいこうにあり、おもに「首長しゅちょう」、「部族ぶぞくちょう」などのかたりえられる傾向けいこうにある。また部族ぶぞくめいかんして、「部長ぶちょう」という呼称こしょうもちいる場合ばあいもある(ケレイト部長ぶちょうなど)。

語源ごげん

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とはもとは「かしら」「すぐれる」「じゅくしたふるさけ」「さけつかさどかん」という意味いみであり、とく差別さべつてき意味合いみあいはかった。

だが、16世紀せいきあきらにおいて、当時とうじイギリスエリザベス女王じょおう女性じょせいであることより、当時とうじ儒教じゅきょうてき価値かちかんからこれを「おう」とはみとめず、「酋」と記録きろくした。これ以降いこう侮蔑ぶべつてき意味いみで「酋」が使つかわれるようになり、未開みかい部族ぶぞくちょうを「酋長しゅうちょう」とぶようになった[よう出典しゅってん]

用例ようれい

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  • インディアン酋長しゅうちょう
  • アフリカ酋長しゅうちょう
  • みなみしま酋長しゅうちょう
  • 蝦夷えぞ酋長しゅうちょう
  • アイヌ酋長しゅうちょう
  • ひと酋長しゅうちょう
  • ブータン酋長しゅうちょう (国王こくおうジグメ・ワンチュクたいしてもちいられた。戦前せんぜん日本語にほんご書籍しょせき用例ようれいがある。)
  • パプアニューギニアにおいて、かつてこの支配しはいしたドイツ、そしてげん政府せいふ任命にんめいした部族ぶぞくちょうであるルルアイの和訳わやくとして、酋長しゅうちょうもちいられることがある。

アミール

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酋長しゅうちょう」はアラビアのアミール(امير‎, amīr‎)の漢語かんごやくのひとつである[1][2]。この場合ばあいの「酋長しゅうちょう」は、アミールがイスラームきょうこく国家こっか元首げんしゅ親王しんのう貴族きぞく王侯おうこうあらわすという理解りかいもとづく意訳いやくである[1][2]近年きんねんでは「ほこりまい」と音訳おんやくされることがおお[2]日本語にほんごでは「アラブ首長しゅちょうこく連邦れんぽう」とばれている国家こっかについても、中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく政府せいふ公式こうしきに「おもねひしげはく聯合れんごう酋長しゅうちょうこく」と[3]

だい酋長しゅうちょう

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ポリネシア伝統でんとうてき君主くんしゅごうであるトゥッイ(Tu'i)の和訳わやくとして、「だい酋長しゅうちょう」のかたりもちいられたことがある。オセアニア各地かくち酋長しゅうちょう上位じょういしゃという意味いみである。上記じょうきとおり、これも現在げんざいは「だい首長しゅちょう」とえられている。

また現在げんざいサモア元首げんしゅオ・レ・アオ・オ・レ・マーローは、世襲せしゅう有力ゆうりょくしゃである4にんタマ・ア・アイガからえらばれるのが不文ふぶんりつとなっており、これもだい首長しゅちょう和訳わやくされることがある。

また、アイヌの「だい酋長しゅうちょう」としてシャクシャインられているが、これはアイヌの一斉いっせい蜂起ほうきのリーダーであり、オセアニアのだい首長しゅちょうのように、一大いちだい帝国ていこくきずいた存在そんざいではない。

アメリカ・インディアンの酋長しゅうちょう

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インディアン場合ばあいの「酋長しゅうちょう」は、「チーフ(Chief)」の訳語やくごとしてもちいられている。

文字もじたない合議ごうぎせい社会しゃかいであるインディアン社会しゃかいでは、気前きまえがよく、また弁舌べんぜつけたもの周囲しゅういからみとめられてはじめて酋長しゅうちょうとなった。個人こじんだれかに任命にんめいされたり、他者たしゃしのけて就任しゅうにんしたりするようなものではない。その役割やくわりは、あくまで「調停ちょうていしゃ」、「世話せわやく」、あるいはむしろ「奉仕ほうししゃ」であって[4]、「司令しれいかん」や「指導しどうしゃ」、「首長しゅちょう」というような権力けんりょくしゃではなく、他者たしゃ従属じゅうぞくさせるとか命令めいれいするとかいった権限けんげんっていない。インディアンにおける「酋長しゅうちょう」を、アフリカの部族ぶぞく社会しゃかいにおける酋長しゅうちょうのような、「合議ごうぎせい対立たいりつするどくにんせい長官ちょうかん」である「首長しゅちょう」とやくするのはあやまりである。「部族ぶぞく代表だいひょうするちょう」でもないから、「部族ぶぞくちょう」という表現ひょうげんただしくない。

クリストファー・コロンブスが、バハマ諸島しょとう上陸じょうりくしたさいに、はじめて出会であったインディアンたちのなかの「チーフ」を、「指導しどうしゃ」とおもんだこの誤解ごかいは、その直後ちょくごのコロンブス自身じしんによるインディアンへのだい虐殺ぎゃくさつなかで、酋長しゅうちょうへの残酷ざんこく拷問ごうもん拉致らちつながった[5]。コロンブスは「酋長しゅうちょう」をせいすれば部族ぶぞくみん屈服くっぷくするとかんがえたのである。

しかし、白人はくじんかんがえるような「ぜん部族ぶぞくみん統率とうそつするだい酋長しゅうちょう」というような絶対ぜったい権力けんりょくしゃてき存在そんざいは、そもそも過去かこにも現在げんざいにもインディアン社会しゃかいっていない。ハリウッド西部せいぶげき映画えいが登場とうじょうするような「ぜん部族ぶぞくみん統率とうそつするだい酋長しゅうちょう(Grand Chief)」であるとか、「戦士せんしたちをひきいる戦争せんそう酋長しゅうちょう(War Chief)」などといったものは、実際じっさいには存在そんざいしない。これはすべて白人はくじんがアフリカの部族ぶぞくや、自分じぶんたちの政治せいじ体制たいせいもとにインディアン文化ぶんか解釈かいしゃくしようとしてまれた誤解ごかいである。しかしこの誤解ごかいが、白人はくじんとインディアンとの軋轢あつれきみ、「インディアン戦争せんそう」を激化げきかさせた。白人はくじん酋長しゅうちょう盟約めいやくすればすべての部族ぶぞくみん戦士せんしたちが盲従もうじゅうするとかんがえたのである。しかしこれは上述じょうじゅつしたように白人はくじんたんなるおもみである。戦士せんしたちをあたまごなしにした白人はくじん態度たいどは、インディアン戦士せんしたちをただおこらせるだけだった[6]

アメリカインディアン、スーぞく権利けんり運動うんどうであり、俳優はいゆうでもあるラッセル・ミーンズRussell Means)は、自身じしんが「酋長しゅうちょうやく出演しゅつえんしたハリウッド映画えいがラスト・オブ・モヒカン』(1992ねん)についてのインタビューで、強権きょうけんてきなインディアン酋長しゅうちょうと、これに服従ふくじゅうする部族ぶぞくみん描写びょうしゃについて、「まるでハリウッド映画えいがステレオタイプな“アフリカのむら”だ」とその不自然ふしぜんさをわらっている[7]

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b 牛津うしづ簡明かんめいえいかんてん: ABCけいがく英語えいご. たにがつしゃ. (2015). p. 103, 923-924. https://books.google.co.jp/books?id=adUCCwAAQBAJ&pg=PAPT103 
  2. ^ a b c "emir". Cambridge English-Chinese (Simplified) Dictionary. Cambridge University Press. 2020ねん2がつ21にち閲覧えつらん
  3. ^ 驻阿ひしげはく联合酋长こく大使たいし”. 中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく外交がいこう. 2020ねん2がつ21にち閲覧えつらん
  4. ^ 『Readings in Jurisprudence and Legal Philosophy』Felix S. Cohen、1952ねん
  5. ^ 『American Holocaust: The Conquest of the New World』(David E.Stannard、1992ねん
  6. ^ 『CRAZYHORSE』(Larry McMurtry、Penguin LIVES)
  7. ^ Entertainment Weekly』(1992ねん10がつ23にちづけ記事きじ、「Acting Against Racism」)

関連かんれん項目こうもく

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