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長興寺(ちょうこうじ)は、大分県大分市松岡にある臨済宗妙心寺派の寺院である[3]。山号は松岡山(しょうこうざん)[2]。
当寺が所在する松岡地区は、戦国時代の国人領主で大友氏の庶流である戸次氏の本貫地戸次荘のはずれに位置する。
当寺は、大友系戸次氏初代当主戸次重秀[注 2]の次男松岡重頼を開基とし[4]、要翁和尚によって嘉元2年(1304年)に開山された[注 3]。七堂伽藍を有する大寺院であったが、島津氏の豊後侵攻の際に焼失。宝永3年(1705年)に達道和尚によって再興され、寛政12年(1800年)に大頂和尚によって堂宇が整えられた[2]。
山門を入って正面にある覚皇殿には大頂和尚が明和8年(1771年)に揮毫した額が掲げられている。境内には、明和2年(1765年)に建立された六道能化地蔵尊、天保8年(1837年)に農家の牛の供養のために建立された大白牛の仏像がある[2]。
- ^ 本尊を十一面観世音菩薩とする資料もある[2][3]。
- ^ 戸次氏は男系が途絶えたため、大友氏第2代当主大友親秀の次男重秀を迎えて当主とした。このため、重秀は戸次氏が大友系となってからは初代当主、通算では第6代当主となる。
- ^ 嘉元3年(1305年)創建とする資料[4]や、延元元年(1336年)に廃寺を復興して創建したとする資料[3]もある。