風林火山ふうりんかざん

風林火山ふうりんかざん（ふうりんかざん）は、甲斐かいの戦国せんごく大名だいみょう・武田たけだ信玄しんげんの旗指物はたさしもの（軍旗ぐんき）に記しるされたとされている「疾やまし如風、徐じょ如林、侵掠しんりゃく如火、不動ふどう如山」の通称つうしょうである。古ふるくは「孫子まごこ四よん如の旗はた」と呼よばれた。雲くも峰寺みねでらに日ひの丸まるの御ご旗はた、諏訪すわ神かみ号ごう旗はたとともに現存げんそんするものが有名ゆうめい。

孫子まごこの兵法ひょうほう

好戦こうせん的てきと誤解ごかいされることが多おおいが、『孫子まごこの兵法ひょうほう』の序文じょぶんは「兵へいは詭道なり」という言葉ことばで始はじまり、「可能かのうであるなら外交がいこうによって戦争せんそうを回避かいひすべき」という教おしえである。

風林火山ふうりんかざんの原文げんぶんの出典しゅってんは『孫子まごこの兵法ひょうほう・軍ぐん争そう篇へん』の一節いっせつ、風林火山ふうりんかざんの後のちにも続つづきがあり、全文ぜんぶんは以下いかである。

「

故こ其疾如風、其徐如林、侵掠しんりゃく如火、不動ふどう如山、難なん知ち如陰、動どう如雷霆らいてい^[1]、掠かすめ郷分ごうぶん衆しゅ、廓くるわ地ち分ぶん利り、懸かか權けん而動。

」

故ゆえに、

其疾如風：　其その疾やまし（と）きこと風ふうの如（ごと）く、

其徐如林：　其その徐じょ（しず）かなること林はやしの如ごとく、

侵掠しんりゃく如火：　侵掠しんりゃく（しんりゃく）すること火ひの如ごとく、

不動ふどう如山：　動うごかざること山やまの如ごとし、

難なん知ち如陰：　知しり難がたきこと陰かげ（かげ）の如ごとく、

動どう如雷霆らいてい：　動うごくこと雷霆らいてい（らいてい）の如ごとし、

掠かすめ郷分ごうぶん衆しゅ：　郷さとを掠かすめ（かす）めて衆しゅうを分わかち、

廓くるわ地ち分ぶん利り：　地ちを廓くるわ（ひろ）めて利りを分わかち、

懸かか權けん而動：　権けんを懸かけて而しかして動うごく。

「風林火山ふうりんかざん」は、いざ戦争せんそうとなった場合ばあいの動うごきを示しめすための言葉ことばであり、動うごくべき時ときには風ふうのように迅速じんそくに、動うごくべきでない平常へいじょう時じには林はやしのように静観せいかんし、いざ行動こうどうを起おこすときには烈火れっかの如ごとく侵攻しんこうし、守まもるべき時ときには山やまのようにどっしりと構かまえるよう、状況じょうきょうに応おうじて柔軟じゅうなんに対応たいおうするように……との戒いましめである。

転てんじて、「物事ものごとの対処たいしょの仕方しかた」において、時機じきや情勢じょうせいなどに応おうじた適切てきせつな動うごき方かたを意味いみする熟語じゅくごとなっている。現代げんだいにおいては、ビジネスの経営けいえい者しゃの間あいだでも使つかわれる場合ばあいがある。

孫まご氏しの教おしえの要ようは序文じょぶんの「兵へいは詭道なり」であり、「人ひとは城しろ、人ひとは石垣いしがき、人ひとは堀ほり、情なさけは味方みかた、仇かたきは敵てきなり」という武田たけだ信玄しんげんの外交がいこう・調しらべ略りゃくを多おおく用もちいた方針ほうしんを表あらわしている。

『孫まご氏しの兵法ひょうほう』がヨーロッパに紹介しょうかいされたのは、抄録しょうろくが18世紀せいきにナポレオン・ボナパルトが愛読あいどくしたと言いわれ、20世紀せいきに漢文かんぶん→日本語にほんご→英語えいごと全訳ぜんやくが翻訳ほんやくされたため、日本にっぽんを介かいしてヨーロッパに紹介しょうかいされた。

このため、20世紀せいきの軍学ぐんがくで『孫まご氏しの兵法ひょうほう』が流行りゅうこうした。それに伴ともない武田たけだ信玄しんげんがヨーロッパで有名ゆうめいになる土壌どじょうがあった。その後ご、黒澤くろさわ明あきらの日本にっぽん映画えいが「影武者かげむしゃ」によって有名ゆうめいとなったため、風林火山ふうりんかざんは武田たけだ信玄しんげんの旗はたとして認識にんしきされることがある。

武田たけだ信玄しんげんの孫子まごこの旗はた（はた）

この文句もんくの初出しょしゅつは武田たけだ晴信はるのぶ（信玄しんげん）が快かい川かわ紹喜に書かかせたという軍旗ぐんきに由来ゆらいする。この旗はたがいつ作つくられたのかは確たしかな記録きろくがなく良よくわかっていないが、『甲きのえ陽よう軍ぐん鑑かん』には永えい禄ろく4年ねん(1561年ねん)から使用しようを始はじめていると書かかれている。甲州こうしゅう市し・雲くも峰寺みねでら、武田たけだ神社じんじゃなど数すう旗はたの現存げんそんが確認かくにんされており、特とくに雲くも峰寺みねでらのものが著名ちょめいである。

諏訪すわ神かみ号ごう旗はた

武田たけだ信玄しんげんは信仰しんこうする諏訪すわ明神みょうじんの加護かごを信しんじて「南無なむ諏方すわ南宮なんぐう法ほう性せい上下じょうげ大明神だいみょうじん（なむすわなんぐうほっしょうかみしもだいみょうじん）」を本陣ほんじん旗きとしたため、映像えいぞう作品さくひんでは風林火山ふうりんかざんの旗はたと同時どうじに出でてくることが多おおい。

北畠きたばたけ氏しが用もちいていたとする説せつ

武田たけだ信玄しんげんが風林火山ふうりんかざんの旗はたを用もちいたのは、北畠きたばたけ氏しが中国ちゅうごくの兵法ひょうほう書しょの『六ろく韜』の軍学ぐんがくを奉ほうじていたのに対抗たいこうするためと言いわれることが多おおい。

軍学ぐんがく者しゃの兵頭ひょうどう二に十じゅう八はちは、「当時とうじの戦国せんごく武将ぶしょうの間あいだでは、兵法ひょうほう書しょといえば越前えちぜん朝倉あさくら氏しなどが講義こうぎを受うけていた『六ろく韜』『三さん略りゃく』以外いがいは知しられていなかった。そこで信玄しんげんは、自分じぶんたちは孫子まごこを知しっているということを誇示こじし、敵てきを恐おそれさせるために孫子まごこの旗はたを作つくったのだろう」^[2]と述のべているが、これも憶測おくそくの域いきを出でていない。

インターネット上じょう^[3]では、大阪おおさか阿部あべ野神のがみ社しゃ蔵くらの伝つて・北畠きたばたけ顕家あきいえの旗はたに、「疾やまし如風、徐じょ如林、侵掠しんりゃく如火、不動ふどう如山」という文言もんごんがあるといい、信玄しんげんは北畠きたばたけ顕家あきいえの旗はたを元もとに「孫子まごこの旗はた」を作つくったという説せつがある。