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くろ正方形せいほうけい

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
くろ正方形せいほうけい
作者さくしゃカジミール・マレーヴィチ
製作せいさくねん1915ねん
種類しゅるい油彩ゆさい、カンバス
寸法すんぽう79.5 cm × 79.5 cm (31.3 in × 31.3 in)
所蔵しょぞうトレチャコフスキー美術館びじゅつかん[* 1]、モスクワ

しろのカンバスのうえの『くろ正方形せいほうけい』(: Чёрный квадрат)はロシア画家がかカジミール・マレーヴィチ絵画かいが。1915ねんペトログラードひらかれた「0、10てん[* 2]発表はっぴょうされた。マレーヴィチの標榜ひょうぼうしたシュプレマティズム至高しこう主義しゅぎ)を体現たいげんした「対象たいしょう絵画かいがである。美術びじゅつおおきな足跡あしあとのこし、美学びがくてき観点かんてんにとどまらず存在そんざいろん認識にんしきろん神秘しんぴ主義しゅぎ思想しそうなど様々さまざま角度かくどから分析ぶんせきがおこなわれた。

背景はいけい

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20世紀せいきのはじめロシア・アヴァンギャルドとしてられる芸術げいじゅつ運動うんどうこった。ではマヤコフスキー演劇えんげきではメイエルホリドなどの傑出けっしゅつした人物じんぶつたちが次々つぎつぎあらわれ、絵画かいがではタトリンが代表だいひょうてき存在そんざいとなった[* 3]現代げんだいではこの運動うんどうダダイスムシュルレアリズム、イタリア未来みらいなどとともに史的してきアヴァンギャルド芸術げいじゅつとしてあつかわれている[1]。そしてカジミール・マレーヴィチもまたロシア・アヴァンギャルドをかたるうえでかすことのできない画家がか一人ひとりである。

アヴァンギャルドが伝統でんとうてきなスタイルを否定ひてい芸術げいじゅつかたそのものをるがせる運動うんどうだということの象徴しょうちょうであるかのように、リアリズムから印象派いんしょうはへ、フォービズムセザンヌてき絵画かいがそしてキュビズムへと、マレーヴィチは『くろ正方形せいほうけい』を発表はっぴょうするまでその作風さくふうをめまぐるしく変化へんかさせている[2]最終さいしゅうてきかれがたどりいたものこそ「シュプレマティズム」であった。

対象たいしょう世界せかい

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この絵画かいが作品さくひんには「もの」がえがかれていない。中央ちゅうおう正方形せいほうけいたんえがかれたカンバスのわくかえされたものである。マレーヴィチは自身じしんを「対象たいしょう」を手法しゅほうとする画家がか位置いちづけているが、これは20世紀せいきおおきな潮流ちょうりゅうのひとつである抽象ちゅうしょうだといえる[3]対象たいしょう精確せいかく再現さいげんするという「リアリズム」をとらなおし、手法しゅほうそのものを露出ろしゅつさせる芸術げいじゅつ意識いしきのもと、マレーヴィチは「もの」をえがくことをやめた。つまりなにかを再現さいげんするときにもとめられる「約束事やくそくごと[* 4]放棄ほうきしたのである。シュプレマティズム(あるいは『くろ正方形せいほうけい』)は厳密げんみつにいえば、ある「もの」を抽象ちゅうしょうしているのですらない[4]。そのかわりに絵画かいが本質ほんしつとみなされたものこそ「色彩しきさい」であり、かれはそれをたんなる「対象たいしょう」のいろどりではなく色彩しきさいのエネルギーとして自立じりつさせようとしたのである。

あたらしい絵画かいがのリアリズムはまさしく絵画かいがのものである。なぜならそこにはやまのリアリズムも、そらのリアリズムも、みずのリアリズムもないからである。
これまで、もののリアリズムはあった。しかし、絵画かいがの、色彩しきさいしょ単位たんいのリアリズムはなかった。そうした単位たんい形態けいたいにも、色彩しきさいにも、相互そうご位置いち関係かんけいにも左右さゆうされないように構成こうせいされている。

くろ正方形せいほうけい』は白地しろじのカンバスにえがかれた作品さくひんであるが、マレーヴィチによればこれはたいになるものではなくひとつのいろ、「無色むしょく」である[5]かれはこの「なにしょくでもないいろ」によって色彩しきさい約束事やくそくごとから解放かいほうしたのだ。それは、世界せかい約束事やくそくごとやシステムによって細分さいぶんされ、様々さまざまなカテゴリーをとおして屈折くっせつさせられた「もの」として知覚ちかくされることの否定ひていであり、本来ほんらいてきな、生成せいせい状態じょうたいにある世界せかいをとらえる「感覚かんかく」(オシュシチェニエ)をえがくことである[6]

対象たいしょうてきなものはそれ自体じたいシュプレマティストには無意味むいみである―意識いしき表象ひょうしょう価値かちなのだ。
感覚かんかくとは決定的けっていてきなものであり……それゆえ芸術げいじゅつ対象たいしょう表現ひょうげんに、シュプレマティズムにいたるのだ。
芸術げいじゅつ感覚かんかく以外いがいなにひとつみとめられない「砂漠さばく」に逢着ほうちゃくする[* 5]

砂漠さばく」にいたマレーヴィチは、そのあか正方形せいほうけい』や『しろ正方形せいほうけい』を製作せいさくすると、しばらく絵画かいがからはなれ、建築けんちくなどのデザインにかかわるようになる[7]

カジミール・マレーヴィチ

くろという沈黙ちんもく

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グリッド

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大石おおいし雅彦まさひこは『くろ正方形せいほうけい』がグリッド(次元じげんにおける正方形せいほうけい)だけでなく、奥行おくゆきや「深層しんそう意識いしき」のレベルからも考察こうさつされなければならないとしている[8]

科学かがくてき分析ぶんせき

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この作品さくひんたんなるコンセプトにまらない、実際じっさいにカンバスにえがかれた作品さくひんである。中央ちゅうおうにはおおきな「ひびれ」があり、それは箇所かしょにも散見さんけんされる。また白地しろじ部分ぶぶんは『くろ正方形せいほうけい』が完成かんせいしたのちにかさねられたものとかんがえられている。Xせんなどをもちいた1990ねん調査ちょうさでは、このには「深層しんそう」があることがあきらかになった。『くろ正方形せいほうけい』のしたには多彩たさいめられていることがわかった。

イコンとしての『くろ正方形せいほうけい

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ペトログラードのドヴィチンでひらかれた「0、10てん」でほんさく設置せっちされた箇所かしょ特別とくべつなものだった。『くろ正方形せいほうけい』がかかげられたのは家々いえいえイコンがおかれる「せいなるすみ」にあたる場所ばしょだったのである。これは「まいかべわさるすみ天井てんじょう間近まぢか」であり、ロシアにおいてはあきらかに象徴しょうちょうてき意味いみたされている[* 6]。マレーヴィチ自身じしんもしばしばしるしひじりぞう前提ぜんていにしながら『くろ正方形せいほうけい』をイコンにし、さらにそれをえようとしていた。しばしば「ぎゃく遠近えんきんほう」のような理論りろんによってかたられるように、マレーヴィチにとってイコンたんなる偶像ぐうぞうやイメージではなく、まさに「対象たいしょう絵画かいが」なのであった[9]

影響えいきょう

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しろのカンバスのうえの『しろ正方形せいほうけい』(1918ねん)。

2007ねんにはロシアの美術館びじゅつかんで『くろ正方形せいほうけい』をモチーフとした作品さくひん特別とくべつてん開催かいさいされた。参加さんかした芸術げいじゅつは100にんえ、作品さくひんすうは350てんにまでなった。絵画かいがだけでなく、写真しゃしんやインスタレーションなど様々さまざま分野ぶんやでこのマレーヴィチの作品さくひん変奏へんそうされている[10]

日本にっぽんでは北園きたぞの克衛かつえが『くろ正方形せいほうけい』にインスピレーションをえた創作そうさくしている。この視覚しかくてきな「具体ぐたい」のれいとしてポルトガル翻訳ほんやくされた。

しろ四角よつかど
のなか
しろ四角よつかど
のなか
くろ四角よつかど
のなか
くろ四角よつかど
のなか
いろい四角よつかど
のなか
いろい四角よつかど
のなか
しろ四角よつかど
のなか
しろ四角よつかど

北園きたぞの克衛かつえ単調たんちょう空間くうかん」から[11]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ ほかにもエルミタージュ美術館びじゅつかんロシア美術館びじゅつかんもふくめ現在げんざいロシアには4まいの『くろ正方形せいほうけい』がある。
  2. ^ 大石おおいし雅彦まさひこはこの展覧てんらんかい奇異きい名称めいしょうは「絵画かいがれいえたじゅうにん芸術げいじゅつたち」のことだというせつ紹介しょうかいしている。大石おおいし(2008)p.379
  3. ^ ロマン主義しゅぎ音楽おんがくリアリズム散文さんぶん絵画かいが主導しゅどうてき共通きょうつう原理げんり(ドミナント)にしているとかんがえる場合ばあい、ロシア・アヴァンギャルドのそれは絵画かいがだといえる。桑野くわの(1996)p.105-106
  4. ^ 絵画かいが場合ばあい遠近えんきんほうがこの約束事やくそくごとусловность)の代表だいひょうである。大石おおいし(2008)p.377
  5. ^ 訳文やくぶん桑野くわの(1996)p.110 にった。桑野くわのによる下線かせん強調きょうちょう再現さいげんしていない。
  6. ^ マレーヴィチはこの展覧てんらんかいで40まい作品さくひん展示てんじし、その構成こうせいかれ決定けっていしている。大石おおいし(2008) p.380

出典しゅってん

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  1. ^ 大石おおいし(2008)p.375
  2. ^ 大石おおいし(2008)p.377
  3. ^ 大石おおいし(2008)p.376
  4. ^ 桑野くわの(1996)p.109
  5. ^ 大石おおいし(2008)p.383
  6. ^ 大石おおいし(2008)p.384-386
  7. ^ 大石おおいし(2008)p.378
  8. ^ 大石おおいし(2008)p.382-383
  9. ^ 桑野くわの(1996) pp.142-143
  10. ^ 大石おおいし(2008)p.374
  11. ^ 現代げんだい詩文しぶん1023 北園きたぞの克衛かつえ思潮しちょうしゃ、1981ねん pp.92-93

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 大石おおいし雅彦まさひこ『マレーヴィチこう : 「ロシア・アヴァンギャルド」からの解放かいほうにむけて』人文書院じんぶんしょいん、2003ねん
  • 大石おおいし雅彦まさひこいちまい絵画かいが」『文化ぶんか透視とうしほう : 20世紀せいきロシア文学ぶんがく芸術げいじゅつ論集ろんしゅう南雲なぐもどうフェニックス、2008ねん(「マレーヴィチこう」のほんさくへの論考ろんこう学生がくせいけに要約ようやくしたもの)
  • 桑野くわのたかしゆめみる権利けんり : ロシア・アヴァンギャルド再考さいこう東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱんかい、1996ねん
  • じゅう殿しんがり利治としはるへん『コンストルクツィア : 構成こうせい主義しゅぎ展開てんかい国書刊行会こくしょかんこうかい、1991ねん