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TK-80

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
COMPO BS/80から転送てんそう
TK-80
組立くみたてみのTK-80
開発元かいはつもと 後藤ごとう富雄とみお加藤かとうあきら
製造元せいぞうもと 日本電気にほんでんき
種別しゅべつ ワンボードマイコン
発売はつばい 1976ねん8がつ3にち (47ねんまえ) (1976-08-03)[1][2]
標準ひょうじゅん価格かかく 88,500えん
売上うりあげ台数だいすう 17,000だい(1977ねん10がつまで)[3][ちゅう 1]
CPU μみゅーPD8080A 2.048MHz
メモリ ROM 768バイトRAM 512バイト
ディスプレイ 7セグメントLED8けたによる16進数しんすう表示ひょうじ
入力にゅうりょく機器きき 25キー
外部がいぶ接続せつぞく 110bps シリアル入出力にゅうしゅつりょく、8ビット x 3 パラレルポート
電源でんげん DC +5V 1.0A, +12V 0.15A
サイズ 310(W)×180(D)mm(基板きばんサイズ)
関連かんれん商品しょうひん TK-80E、TK-80BS、COMPO BS/80、PDA-80

TK-80 (Training Kit μみゅーCOM80) とは、日本電気にほんでんき (NEC) の半導体はんどうたい部門ぶもん[ちゅう 2]1976ねん8がつ3にち[1][2]発売はつばいした、マイクロコンピューター(マイコン)システム開発かいはつのための「トレーニングキット」である。

NECのμみゅーCOM80つまり8ビットプロセッサのトレーニングキット(※)である。

NECがわはもともとはあくまでトレーニングキット(※)のつもりでとうキットを構想こうそう設計せっけい発売はつばい、つまり当時とうじまだひとがほとんどおらずそもそも需要じゅようすらかったマイクロプロセッサというものの需要じゅようこすために、マイコンシステムを業務ぎょうむとして開発かいはつする可能かのうせいのある技術ぎじゅつ部門ぶもん企業きぎょう技術ぎじゅつしゃなどが購入こうにゅうすることを想定そうていしていたが、実際じっさいには公表こうひょうされた仕様しようて、基本きほんとなる入出力にゅうしゅつりょく装置そうちそなえているので高価こうか端末たんまつ別途べっと用意よういせずこのまま本体ほんたいだけでも使つかえ、しかも入出力にゅうしゅつりょく最初さいしょから一体化いったいかされた仕様しよう設計せっけいされているので(バラバラのものをわせるのとはちがって)確実かくじつうごく、ということに気付きづいた人々ひとびとおおく、NECがわ想定そうていとはことなりTK-80は相当そうとう割合わりあい探究たんきゅうしん旺盛おうせいなアマチュアたちやこれを一個人いっこじん単体たんたいのコンピュータとして使つかってみようとおも人々ひとびとなどに購入こうにゅうされることになった。購入こうにゅうそうがNECの想定そうてい以上いじょうひろがり、当初とうしょ想定そうていすうの10ばいほどれてゆくことにもなった。

(※)マイクロプロセッサのトレーニングキットというものは、TK-80が登場とうじょうするまではどういう性質せいしつのものだったか? ということについてはとう記事きじ末尾まつびふし解説かいせつ
特徴とくちょう

TK-80の特徴とくちょうはデータの入出力にゅうしゅつりょくのために、機器きき必要ひつようとしなかったことである。当時とうじ他社たしゃのトレーニングキット(インテルせいモトローラせいなど)のおおくはデータ入出力にゅうしゅつりょくおこなうために、シリアル通信つうしん機能きのうそなえた端末たんまつ装置そうちテレタイプVDT装置そうちなど)を接続せつぞくする必要ひつようがあった。それにたいしTK-80は16しん入力にゅうりょくキーパッドと8けた7セグメントLED基板きばんうえそなえており、端末たんまつ装置そうちなしでシステムを使つかうことができたのである。

とうキットの構想こうそうにいたる経緯けいい設計せっけいしゃたち、仕様しよう決定けってい経緯けいい発売はつばい

1970年代ねんだい、NECの半導体はんどうたい部門ぶもんインテル互換ごかんプロセッサをふくむいくつかのマイクロプロセッサ開発かいはつし、1976ねんにはインテルとセカンドソース契約けいやくむすんだ。しかし、部門ぶもんはそれらの販売はんばい苦労くろうしていた。日本にっぽんではマイクロプロセッサに興味きょうみっている技術ぎじゅつしゃはほとんどつからず、NECの営業えいぎょうマンはおおきな利益りえきをもたらす需要じゅようつけることができなかった[3]

1976ねん2がつ半導体はんどうたい集積しゅうせき回路かいろ販売はんばい事業じぎょう[ちゅう 3]はマイクロコンピュータ販売はんばい設立せつりつし、マイクロプロセッサの販売はんばい促進そくしんするために開発かいはつ環境かんきょう供給きょうきゅう開始かいしした。しかし、顧客こきゃくもとおとずれて説明せつめいするも、なかなかマイクロプロセッサ理解りかいしてもらえない状況じょうきょうにあった。おなごろ、NECは日本電信電話にほんでんしんでんわ公社こうしゃ横須賀よこすか通信つうしん研究所けんきゅうじょのある研究けんきゅうしつから、新人しんじん教育きょういくようのマイクロコンピュータ製品せいひん開発かいはつ受注じゅちゅうすることになった。どう部門ぶもん後藤ごとう富雄とみお部長ぶちょう渡辺わたなべ和也かずや教育きょういくようキットの開発かいはつ提案ていあんした。このキットにもとづいて、TK-80は一般いっぱん技術ぎじゅつしゃけに開発かいはつされ、マイクロプロセッサの需要じゅよう産業さんぎょう分野ぶんや以外いがい創出そうしゅつすることを目的もくてきとしていた[1][5][6]

後藤ごとう富雄とみおがTK-80の主要しゅよう部分ぶぶん設計せっけいし、加藤かとうあきら詳細しょうさい設計せっけいおこなった[5]後藤ごとうKIM-1写真しゃしんからアイデアをれた。KIM-1はソフトウェアで現在げんざいのアドレスを表示ひょうじするようになっていたが、CPUがハングするとディスプレイがえてしまう。TK-80は555タイマーICを使つかってCPUにをかけるダイナミックディスプレイを採用さいようしたことで、つね現在げんざいのアドレスを表示ひょうじできるようになった。それにくわえ、TK-80はCMOSバッテリ機構きこう搭載とうさいしていた。後藤ごとうオープンアーキテクチャであったPDP-8影響えいきょうけて、TK-80のマニュアルに回路かいろやデバッグ・モニタのアセンブリコードを掲載けいさいすることにした[7]

TK-80は1976ねん8がつ3にち発売はつばいされた。当時とうじ技術ぎじゅつしゃ課長かちょう決済けっさいできる88,500えん価格かかく設定せっていされた。NECは1976ねん9月13にち秋葉原あきはばらラジオ会館かいかんにてサポートセンター (Bit-INN) を開設かいせつした。すると、おおくのTK-80が電気でんき技術ぎじゅつしゃだけでなく経営けいえいしゃ好事家こうずか学生がくせいなどにもれていることが判明はんめいした。TK-80はつき200だい販売はんばい予測よそくはんして、つき2,000だい販売はんばいした[1]

反響はんきょう影響えいきょう、その展開てんかいなど

この成功せいこうけてすぐに、日本にっぽんのマイクロプロセッサメーカーはそれぞれのマイクロプロセッサよう評価ひょうかキットを開発かいはつした。サードパーティからは電源でんげん周辺しゅうへん機器ききなどが登場とうじょうした。渡辺わたなべとその部下ぶかは1977ねん7がつ入門にゅうもんしょ『マイコン入門にゅうもん』を執筆しっぴつすると、それはだいヒットして20まんさつ以上いじょうげた[5]。また、月刊げっかんアスキーI/O月刊げっかんマイコンRAMといったコンピュータ雑誌ざっし創刊そうかんされた。

加藤かとうがBit-INNで販売はんばい修理しゅうりのサポートをしていたとき、ある医者いしゃからTK-80を医療いりょう点数てんすう計算けいさん使つか方法ほうほうについて質問しつもんされ、また商店しょうてんぬしからTK-80で販売はんばい伝票でんぴょう整理せいりできるか質問しつもんされた。加藤かとうは、ユーザーがTK-80を教育きょういくキットではなくコンピュータとして使つかおうとしていることに気付きづいた。しかし、TK-80は実用じつよう使用しようするためにはメモリと拡張かくちょうせい不足ふそくしていた。おなごろ、サードパーティのメーカーより、テレビ出力しゅつりょくとBASICインタプリタを搭載とうさいした拡張かくちょうボードが提案ていあんされた[8]。このボードをTK-80にんだバージョンが、1977ねんまつにTK-80BSとして発売はつばいされた。搭載とうさいされたBASICは4KBのROMにおさまるように設計せっけいされ、いくつかの機能きのうやステートメントのちがいをのぞいておうさとしTiny BASICおなじであった[9]。その機能きのう速度そくどはユーザーを満足まんぞくさせるにはいたらなかった。このことがこうのPC-8001の開発かいはつつながった[6][10]

日本にっぽんでは、Altair 8800は1975ねん販売はんばいされていたが、輸入ゆにゅう仲介ちゅうかい手数料てすうりょうたかかったためれなかった。Apple IIPET 2001同様どうようであった[11]。こうしてワンボードマイコンは人気にんきはくした。

TK-80やTK-80BSなどのおかげで、コンピュータやソフトウェアにかんするハードルが一気いっきがり、日本にっぽんでコンピュータを熱心ねっしん利用りようする人々ひとびと多数たすう誕生たんじょうし、こうした人々ひとびとが1979ねんPC-8001発売はつばいによってさらにその購入こうにゅうしゃ・ユーザとなるなど、日本にっぽんのパーソナルコンピュータ業界ぎょうかいがりへとぐにつながってゆくことになる。

システムの構成こうせい

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最初さいしょ発売はつばいされたTK-80とその廉価れんかばんとして販売はんばいされたTK-80Eでは一部いちぶ使用しよう部品ぶひん変更へんこうされているが、ここでは初代しょだいのTK-80を中心ちゅうしん説明せつめいする。

TK-80はプロセッサ、モニタプログラムをおさめたROM、RAM、DMAにより表示ひょうじされる8けたの7セグメントLED、プログラマブルパラレルポートから構成こうせいされている。

TK-80は、インテル8080A互換ごかんのNECせいマイクロプロセッサμみゅーPD8080AをCPUとして使用しようしている。

μみゅーPD8080Aは同社どうしゃせいμみゅーPD753(μみゅーCOM-8)とのソフトウェア互換ごかんひんであり、8080Aとは完全かんぜん互換ごかんではなかった。10しん加算かさんBCD補正ほせいおこなうDAA命令めいれいがインテルせいのチップは加算かさん補正ほせいしかできなかったのにたいし、NECせい両者りょうしゃとも減算げんざん補正ほせいおこなえたのである。[ちゅう 4]NECせいチップは加減算かげんざんのBCD補正ほせいおこなうために、直前ちょくぜんったのが加算かさんであるか減算げんざんであるかを記憶きおくするSUBフラグをPSW(フラグレジスタ)ちゅう追加ついかした。

プログラムをつく立場たちばからすればNECによる拡張かくちょう便利べんりなものだったのであるがオリジナルの8080Aとの命令めいれい動作どうさちがいフラグの構成こうせいちがいなどの問題もんだいがあり[ちゅう 5]から販売はんばいされたTK-80EではBCD演算えんざん処理しょりがインテルのオリジナルとおなじになっているμみゅーPD8080AFC[ちゅう 6]変更へんこうされた。

8080プロセッサは、TTLレベルではない2そうクロックを必要ひつようとする。また周辺しゅうへん回路かいろ制御せいぎょするための信号しんごう(メモリ-I/Oアクセスの識別しきべつ、リード/ライトの識別しきべつなど)の信号しんごう特定とくていのタイミングでデータバスに出力しゅつりょくされるという構成こうせいであったため、そのままでは簡単かんたん周辺しゅうへんチップを接続せつぞくすることができなかった。インテルせいの8080Aファミリではクロックジェネレータ8224、システムコントローラ8228というチップが用意よういされており8080Aとあわせて3チップでプロセッサユニットとして機能きのうするという設計せっけいだった。

NECせいμみゅーCOM-80ファミリもおな構成こうせいでCPUがμみゅーPD8080AD、クロックジェネレータμみゅーPB8224、システムコントローラがμみゅーPB8228という構成こうせいである。

基板きばんじょうにはROMを4実装じっそうすることができる。キットではμみゅーPD454Dを3装着そうちゃくし、モニタプログラムが実行じっこうされるようになっている。μみゅーPD454DはROMライターを使つかってデータのみ、電気でんきてきなデータ消去しょうきょおこなえる256ワード×8ビット構成こうせいパラレルバスがたEE-PROMである。[12]

EE-PROM使つかったのは機器きき実験じっけんなどのためにユーザーがデータをえて使つかえるようにするためだったとおもわれるが、アマチュアへの販売はんばいりょうえたために販売はんばいされた後継こうけい廉価れんかばんのTK-80EではμみゅーPD454DとピンコンパチブルなマスクROMμみゅーPD464に変更へんこうされた。

ROMよう領域りょういきは、8080のアドレス空間くうかんの0000Hから03FFHの1Kバイトぶんである。TK-80/TK-80Eともマニュアルどおりの完成かんせい状態じょうたいではPROM実装じっそうようスペースが1つのこっている[13]ので、自分じぶんでROMチップを用意よういしプログラムやデータをくことができる。つまり、TK-80/TK-80E標準ひょうじゅん実装じっそうモニタプログラムようROM領域りょういきは0000Hから02FFHの768バイトで、0300Hから03FFHの256バイトぶんはユーザーよう拡張かくちょうROM領域りょういきとなる。

基板きばんには1Kビット(4ビット×256)のS-RAMを最大さいだい8、つまり1KバイトのRAMを装着そうちゃくできる。TK-80では、μみゅーPD5101Eというバッテリーバックアップ可能かのうなC-MOSのS-RAMを使つかっていた。μみゅーPD5101Eは3Vのスタンバイ電圧でんあつでデータを保持ほじできるためTK-80の基板きばん外部がいぶの3V電源でんげんたんさん電池でんち2ほん)を接続せつぞくし、さらにスイッチでしゅ電源でんげんのVccからバックアップのVccにえられるようになっていた。

スイッチでバッテリーバックアップモード(基板きばんじょう表示ひょうじではPROTECT)にえるとRAMのVcc電源でんげんがバッテリーがわわるとともにRAMチップの制御せいぎょ信号しんごう変化へんかしてディセーブル状態じょうたいになり、メモリアクセスが一切いっさい禁止きんしされる。そのため、動作どうさちゅうにPROTECTにえると(また、PROTECTを解除かいじょすると)プログラム(モニタプログラムもふくむ)は暴走ぼうそうする。このスイッチをえるさいは、RESETボタンをしながらおこなわなければならない。

TK-80Eではコストを低下ていかさせるために、n-MOSのμみゅーPD2101AL-4が使つかわれた。こちらは消費しょうひ電力でんりょく電圧でんあつていかく問題もんだいがあるため、バッテリーバックアップはできなかった。

TK-80ではRAMのメモリアドレスは8000Hから83FFHまでの1KバイトであるがキットにふくまれるRAMチップは4だけで、この空間くうかんのうち8200Hから83FFHに実装じっそうするようになっている。上位じょういアドレスに実装じっそうするのは、さい上位じょういアドレスがモニタプログラムやLEDディスプレイようのワークエリアとして予約よやくされているためである。ユーザーがRAMチップを増設ぞうせつすることで、フルに1Kバイトを利用りようすることが可能かのうになる(マニュアルや各種かくしゅプログラムライブラリに記載きさいされていたプログラムのおおくは、標準ひょうじゅんの8200Hからのメモリ実装じっそう対応たいおうしていた)。

C-MOSの5101はピン互換ごかんのn-MOSの2101と比較ひかくしアクセスタイムがながかったため、CPUによるメモリアクセスのさいに1クロックぶんのウェイトが挿入そうにゅうされた。マスクROMとn-MOSの2101を使つかっているTK-80Eではこのウェイトは不要ふようなため、基板きばんのパターンカットにより速度そくど向上こうじょうさせることができた。ただしタイマールーチンの時間じかんわるため、シリアル通信つうしん伝送でんそうレートが変化へんかしてしまうという問題もんだいがある。

TK-80は、8080ファミリーのプログラマプルなパラレルI/OポートμみゅーPD8255を1個いっこ実装じっそうしている(シリアルI/Oポートの8251は、TK-80には実装じっそうされていない)。8255は8ビットポートを3ポートそなえ(PA、PB、PC)、かくポートの入出力にゅうしゅつりょく動作どうさモードなどをプログラムから設定せっていできる。単純たんじゅんな8ポート×3、2ポート+制御せいぎょ信号しんごう、ビット単位たんい入出力にゅうしゅつりょく指定してい(PCポートのみ)などの動作どうさ可能かのうだ。

TK-80は8255をキーパッドのスキャン、シリアル入出力にゅうしゅつりょく、LEDディスプレイの制御せいぎょ使つかっている。このチップのアドレスは、I/Oアドレス空間くうかんの0F8Hである(ただし、フルデコードされていない)。

キーパッドは回路かいろ直結ちょっけつしているRESETをのぞくと24キーであり、これが3×8のマトリクス接続せつぞくになっている。8255のPCポートの3ビット(PC4からPC6)とPAポートがこのマトリクスに接続せつぞくされておりモニタープログラムないのキースキャンルーチンが8255のポートを制御せいぎょし、キーの状態じょうたい検出けんしゅつする。スイッチ操作そうささいにはチャタリング(断続だんぞくてきなスイッチのオン/オフ)が発生はっせいするがキースキャンルーチンないでのタイマー処理しょりにより、誤動作ごどうさふせいでいる。

TK-80モニタプログラムは、110bpsでのシリアル入出力にゅうしゅつりょくをサポートしている。これはシリアル入出力にゅうしゅつりょくLSIを使つかわずソフトウェアでタイミング処理しょりおこない、8255のパラレルポートのビットを使用しようしておこなう。使用しようしているのはPC0(シリアル出力しゅつりょく)とPB0(シリアル入力にゅうりょく)である。タイミング生成せいせいはソフトウェアのタイマールーチン(そらループにより時間じかんをつぶすという方法ほうほう)を使つかっているため、この処理しょりちゅうはDMAによるLEDディスプレイを停止ていしさせる必要ひつようがある。このための制御せいぎょは、8255のPC7ポートでおこなわれる。

TK-80モニタプログラムはSTORE DATAキー、LOAD DATAキーを使つかいメモリデータをシリアル出力しゅつりょくし、また外部がいぶからシリアルデータをロードできる。一般いっぱんてき用法ようほうはシリアル出力しゅつりょくポートのビット出力しゅつりょくすうkHzきろへるつのオーディオ信号しんごうでトーンバースト変調へんちょうし、このデータをカセットテープレコーダに出力しゅつりょくするというものである。またこのオーディオ信号しんごう復調ふくちょうし、シリアル入力にゅうりょくポートにあたえることで保存ほぞんしたデータをロードすることができる。TK-80そのものにはこのようなオーディオ変調へんちょう復調ふくちょう回路かいろふくまれていないが、マニュアルには回路かいろれい記載きさいされておりおおくのユーザーは基板きばんじょうのフリースペースにこの回路かいろんでいた。

LEDディスプレイ

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8けた7セグメントLEDはパラレルポートなどをかいして表示ひょうじされるという構造こうぞうではなくRAMちゅう特定とくていのアドレス(83F8Hから83FFの8バイト)のデータをDMAし、かくバイトの8ビットデータのおうじて7セグメントLEDの小数点しょうすうてんふくめた8セグメントを点灯てんとう消灯しょうとうする。これにより、小数点しょうすうてんふくむ8のセグメントを任意にんいのパターンで表示ひょうじすることができた。

データバスからしたメモリデータは、8212チップでラッチされる。これは8ビットラッチ/3ステートバッファのバイポーラICで、プログラマブルI/Oポートとして8080ファミリーにふくまれているチップである。回路かいろ構成こうせいからすると8212ではなく単純たんじゅんなラッチでもむのであるが、トレーニングキットという性格せいかくからこのチップを使つかったものとかんがえられる。

LEDの点灯てんとうはプログラムの動作どうさとは関係かんけいなく555タイマーチップを使つかったすうひゃくHzへるつ信号しんごうでCPUをホールドし、そして前述ぜんじゅつ範囲はんいでアドレスを1つずつすすめ(555の出力しゅつりょくで、3ビットのアドレスようカウンタが動作どうさする)RAMちゅうのデータを1バイトずつしラッチで保持ほじし、該当がいとうけたのLEDを点灯てんとうさせるというダイナミック点灯てんとう構造こうぞうである。

このような構造こうぞうにより、プログラムは83F8Hから83FFの8バイトに適当てきとうなデータをむだけで出力しゅつりょくルーチンをすことなくLED表示ひょうじおこなうことができる。またデータを16進数しんすう表示ひょうじするというルーチンがモニタないにあり、これを使つかうことで簡単かんたん数値すうち表示ひょうじおこなうこともできる。

8080のような単純たんじゅんなプロセッサの場合ばあい、プログラムの実行じっこうステップすうかぞえることでかなり正確せいかく時間じかんはかることができるがこのようなDMA処理しょりおこなうとCPUの実行じっこう速度そくど多少たしょう低下ていか時間じかん正確せいかくはかれなくなる。そのため110bpsの入出力にゅうしゅつりょく処理しょりちゅうなど、厳密げんみつ時間じかん測定そくてい必要ひつようときにはDMAによるLED表示ひょうじ停止ていしすることができる。これは、8255の特定とくていのビットで制御せいぎょできる。

シングルステップ実行じっこう

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TK-80モニタプログラムは、プログラムをデバッグするためのシングルステップ実行じっこうをサポートしている。シングルステップスイッチをAUTOモードからSTEPモードにするとプロセッサからられるM1信号しんごう(インストラクションのフェッチ、つまり1つの命令めいれい実行じっこう開始かいししめ信号しんごう)が、プロセッサの要求ようきゅう入力にゅうりょくされる。これにより、8080プロセッサは処理しょり開始かいしする。

8080プロセッサは要求ようきゅうがあると、データバスからみのための命令めいれいむという動作どうさをする。TK-80で採用さいようされている8080ようシステム・コントローラ/バッファ8228はINTA端子たんし使つかかたにより2種類しゅるい動作どうさえらべる。 1番目ばんめ使つかかたは8228のINTA端子たんし応答おうとう出力しゅつりょく端子たんしとして使つか方法ほうほうである。INTA端子たんしがアクティブになったときにシステムデータバス(8228からメモリやI/Oが接続せつぞくされているがわのデータバス)に接続せつぞくされているみコントローラ(8212、8214、8259とう)がRST 0~7命令めいれいやCALL命令めいれいをシステムデータバスにせ8228はそれをCPUデータバスにつたえるというものである。プロセッサはこの命令めいれい実行じっこうする。 2番目ばんめ使つかかたは8228のINTA端子たんしを1KΩおめが抵抗ていこうかいして+12Vにプルアップするというものである。このような処理しょりをすると8228は、このフェーズにおいてシステムデータバスの状態じょうたいとは関係かんけいなくRST 7命令めいれいをCPUデータバスにおくる。プロセッサは0038Hへのサブルーチンしを実行じっこうする。 TK-80では2番目ばんめの8228を1レベルのみコントローラとして使つか方法ほうほう採用さいようしている。この8228のINTA端子たんしたい処理しょりはTK-80の回路かいろによって確認かくにんできる。

処理しょり開始かいしされると許可きょかフラグがディセーブルされるので、モニタープログラムない処理しょり連続れんぞく実行じっこうされる。モニタープログラムないではこのみエントリから実行じっこうはじまるとPC(プログラムカウンタ)、Aレジスタ、PSW(フラグ)レジスタの内容ないようをLEDに表示ひょうじする。その、RETキーをすとこのサブルーチンコールがリターンしユーザープログラムにリターンし、命令めいれい実行じっこう継続けいぞくする。このリターンの直前ちょくぜんみが許可きょかされるのでユーザープログラムが1命令めいれいだけ実行じっこうされ、ふたたびモニタープログラムにもどってくる。EI(許可きょか命令めいれいのち、RET(サブルーチン/みからのリターン)命令めいれい実行じっこうするが、単純たんじゅんにM1信号しんごう要求ようきゅう接続せつぞくするとRET命令めいれい実行じっこうみがかかりユーザープログラムが実行じっこうされない。そのためTK-80のシングルステップ実行じっこう機能きのう許可きょか、1命令めいれい(RET命令めいれい)を実行じっこうしそのつぎ命令めいれい(ユーザープログラムの1命令めいれい)の実行じっこうみが実行じっこうされるような回路かいろになっている。

モニタプログラム

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電源でんげん投入とうにゅう、あるいはRESETスイッチの操作そうさによりTK-80はモニタプログラムの実行じっこう開始かいしする。モニタプログラムは、以下いか操作そうさおこなうことができる。

RAMへのデータ
指定していしたアドレスに、プログラムやデータをみことができる。
メモリデータの
指定していしたアドレスのメモリデータをすことができる。
プログラムの実行じっこう
指定していしたアドレスからプログラムを実行じっこうする。
シングルステップ実行じっこう
STEPモードのさいに、1命令めいれいずつ実行じっこうする。あるいはブレークポイントとブレークカウンタを指定していし、条件じょうけんたすまでSTEPモードの実行じっこう連続れんぞくてきかえすことができる。STEPモードでモニタにもどってきたさいには、退避たいひされたレジスタの内容ないよう参照さんしょうすることができる。
プログラム/データのロードとセーブ
STORE DATAキーの操作そうさによりメモリデータをシリアルポートに出力しゅつりょくできる。これをオーディオ信号しんごうなどのかたち保存ほぞんしておけば、あとでLOAD DATAキーを使つかってデータをロードすることができる。
ライブラリルーチンの提供ていきょう
キーパッドからの入力にゅうりょく、LEDへの16しん数値すうち表示ひょうじ、タイマー、シリアル入出力にゅうしゅつりょくなどのサービスを提供ていきょうするサブルーチン利用りようすることができる。

拡張かくちょうせい

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100ピンのエッジコネクタにはアドレスバスデータバス、メモリ/I/Oのきの信号しんごうなどが接続せつぞくされていたので外部がいぶ回路かいろ接続せつぞくすることができる。またバックプレーン用意よういすれば同型どうけい基板きばんかさねるように使用しようし、システムを拡張かくちょうすることも可能かのうである。から発売はつばいされたTK-80 Basic Station、メモリカードなどは、このような構成こうせい接続せつぞくする。また、自由じゆう回路かいろ作成さくせいできるユニバーサル基板きばん販売はんばいされていた。

しかしTK-80はトレーニングキットとして設計せっけいされたものであったため、本格ほんかくてき拡張かくちょうまでかんがえて設計せっけいされていたわけではなかった。

たとえば、メモリアドレスのデコードである。TK-80のROMとRAMはそれぞれ最大さいだいで1KBなので、アドレスの下位かい10ビットはデコーダとメモリチップに接続せつぞくされていた。そしてROMとRAMのえをさい上位じょうい1ビットでおこない、A10からA14まではデコードされていなかった。そのため0000Hから7FFFHまでは先頭せんとう1KBのROMイメージがかえあらわれ、8000HからFFFFHまではRAMイメージがかえあらわれることになった。

外部がいぶにメモリを増設ぞうせつする場合ばあいは、まずこのゴーストイメージ対策たいさくおこな必要ひつようがある。具体ぐたいてきには、アドレスをきちんとデコードするということである。TK-80の基板きばんはフルデコードするために、パターンをカットしてデコード信号しんごう接続せつぞくできるようになっていた。

Basic Station基板きばんはROMとRAMを搭載とうさいしているため、BS基板きばんとTK-80を接続せつぞくするさいにはこのフルデコード改造かいぞうおこな必要ひつようがあった。そのためBasic Station基板きばんじょうにはTK-80基板きばんじょうのROMとRAMのアドレスをデコードする回路かいろっており、このデコード信号しんごうがエッジコネクタ経由けいゆでTK-80基板きばんおくられるようになっていた。TK-80がわではパターンをカットしたのち、この信号しんごうをメモリチップようのデコーダに接続せつぞくしなければならなかった。

シリーズ商品しょうひん

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TK-80には初期しょきモデルμみゅーPD8080A(減算げんざんの10しん補正ほせい可能かのうでインテルと互換ごかん)とμみゅーPD454D(EEPROM)、uPD5101E(バッテリーバックアップ可能かのう)、てい価格かかく後期こうきモデル(TK-80E:Economy)μみゅーPD8080AFCとuPD464(マスクROM)、uPD2101AL-4 がある。

純正じゅんせいオプションとしてメモリーボードTK-M20K(RAM:12kBytes実装じっそうずみ、ROM:8kBytes実装じっそう可能かのう、パラレルI/Oポート:8ビット×6くみμみゅーPD8255×2実装じっそうずみ、シリアルI/Oポート:μみゅーPD8251×1個いっこ 実装じっそうずみ[14]μみゅーCOM BASIC STATION TK-80BS(Level1BASIC:整数せいすうBASIC、Level2BASIC:実数じっすうBASIC)があった。

TK-80E
EはEconomicのEつまり簡易かんいひん値段ねだん機能きのう少々しょうしょうとされていた下位かいバージョンである。1977ねん12月発売はつばい[15]。67,000えん
TK-80BS
したふし #TK-80BSとCOMPO BS/80詳説しょうせつ。128,000えん
TK-80EとTK-80BSは同時どうじ発売はつばいで、BASIC目当めあてでりょう機種きしゅわせてっても20まんえん以下いか価格かかく設定せっていとなった。
COMPO BS/80-A
TK-80BSとCPUボードとインターフェースボードづけカセットデッキと電源でんげん装置そうち内蔵ないぞうした製品せいひん[16]、ワンボードとデスクパソコンの過渡かとてき存在そんざい。1978ねん10がつ発表はっぴょう[17]。238,000えん
カセットデッキをオプションにした80-B(198,000えん)も同時どうじ発売はつばいされた。
オプション機器きき
  • BSD-1200MT JMCカセットデッキ
80-Aに標準ひょうじゅん搭載とうさいされているカセットデッキ+サブボードのセット。29.000えん
  • BSD-80PRT プリンタ
放電ほうでん破壊はかい記録きろく方式ほうしき。1ぎょう20けた/40けた/80けた印字いんじはば指定してい可能かのう。128,000えん
  • BSD-50PW パワーサプライ
COMPO BSに内蔵ないぞうされている電源でんげんユニット。TK-80けいシステムよう電源でんげんとして使用しよう。38,000えん
TK-85
CPU:μみゅーPD8085AC(動作どうさクロック:2.4576MHz)、ROM:2Kバイト、RAM:1Kバイト、パラレルI/O:μみゅーPD8255AC-5×1個いっこ、カンサスシティースタンダード1200ボーCMTインターフェースが標準ひょうじゅん実装じっそうされ[18]、8しんLEDにはあかいアクリルばんいていた。このころすでにワンボードからデスクパソコンに移行いこう完了かんりょうしていた時期じきで、ホビーけのワンボードとしては勿論もちろん最後さいご機種きしゅとなった。1980ねん5がつ発売はつばい[15]

TK-80BSとCOMPO BS/80

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COMPO BS/80(1979ねん

上述じょうじゅつとおりTK-80は本来ほんらいμみゅーCOM80プロセッサをむための「おためしキット」であるため、高級こうきゅう言語げんごへの対応たいおうなどは、まったく想定そうていされていなかった。しかしながらホビイストからの熱狂ねっきょうてきアプローチで、専門せんもんでTK-80でBASICをうごかす記事きじ掲載けいさいされるようになり[ちゅう 7]、さらにはサードパーティからTK-80ようしょうした拡張かくちょう機器ききが(NECとは関係かんけいしに)販売はんばいされるようになると、NECも事態じたい静観せいかんできなくなり、ついにはメーカー公式こうしきのBASICキットを発売はつばいするはこびとなった。

そのメーカー公式こうしきBASICキットは、ひろ一般いっぱん型番かたばんで「TK-80BS」とばれ(なおメーカー内部ないぶ品名ひんめいとしては「μみゅーCOM Basic Station」という名称めいしょう一応いちおうはあったが、メーカー関係かんけいしゃだい多数たすうも、販売はんばいてん人々ひとびとも、ユーザーたちも「TK-80BS」としかんでおらず、雑誌ざっし記事きじでも通常つうじょう「TK-80BS」となっていた)、内容ないようとしてはベーシック・ステーションボード、基板きばん接続せつぞくするバックプレーン、キーボードとうがセットになったものである[19]。ベーシック・ステーションボードはTK-80とかさねて実装じっそうできる基板きばん拡張かくちょうRAM、BASICインタープリタのROM、キーボードインターフェイス、キャラクタディスプレイようV-RAM、カセットインターフェイスを装備そうびしていた。製品せいひん自体じたいはJMC(日本にっぽんマイクロコンピューター)が受託じゅたく製造せいぞうしていた。

BASIC ROMは初期しょき整数せいすうBASICであるLevel-1 BASIC(4K BASIC)であったが、1978ねん9がつ以降いこう出荷しゅっかぶん実数じっすうBASICであるLevel-2 BASIC(8K BASIC)が標準ひょうじゅんとなり、Level-1 BASIC購入こうにゅうしゃにはLevel-2のBASIC ROMが無償むしょう配布はいふされた。このさい、Level-1 BASICのROMは回収かいしゅうされなかったので、配布はいふ対象たいしょうユーザーはROMをえることでLevel-1 BASICとLevel-2 BASICの両方りょうほう利用りようすることができた。

Level-1とLevel-2のBASICには互換ごかんせいいため、Level-2のROMを装着そうちゃくするとLevel-1でつくったプログラムは実行じっこうできなくなってしまい、どうしても必要ひつよう場合ばあいはプログラムをなおすかROMをえる必要ひつようがあった。そこでスイッチでえる方法ほうほうかんがえられた。BASICがはいっているROM (μみゅーPD2332) には2つのチップセレクト端子たんし (CS1,CS2) がある。CS2 がhigh (5V)、CS1 がlow (0V) のときこのROMがセレクトされる。基板きばんのパターンの特徴とくちょうかしてひょうにLevel-2のROM、うらにLevel-1のROM (ぎゃく) を装着そうちゃくするとすべての対応たいおうする端子たんし追加ついか配線はいせんしに並列へいれつ接続せつぞくすることができる。そこでCS1だけをよこげ、のこりの端子たんしをすべて並列へいれつ接続せつぞくする。CS1端子たんしからした配線はいせんえスイッチに接続せつぞくすればLevel-1とLevel-2をえられるようになる[20]

その、BASICマシンとして販売はんばいされたCOMPO BS/80は電源でんげん、カセットテープドライブを装備そうびしたケースにTK-80BSをおさめた完成かんせい製品せいひんであるがこれにはTK-80基板きばんふくまれていない。プロセッサユニットは、バックプレーンボードじょう実装じっそうされていた。このプロセッサ基板きばんには当然とうぜんLEDディスプレイ、キーパッド、TK-80モニタープログラムなどは実装じっそうされておらず電源でんげん投入とうにゅうでBASICが起動きどうするようになっていた。TK-80BSとCOMPO BS/80のおおきなちがいとしてはカセットテープのボーレートのちがいがあり、TK-80BSは300bpsだったのがCOMPO BS/80は1200bpsにアップされた。

完成かんせいひんのCOMPO BS/80とはべつにケース、電源でんげん部品ぶひんとしても販売はんばいされていた。部品ぶひんのケースを購入こうにゅうし、TK-80基板きばんとベーシック・ステーションボードをかさねてバックプレーンで接続せつぞくしたユニットとキーボードを内部ないぶ装着そうちゃくすると完成かんせいひんのCOMPO BS/80と同等どうとうのものにできた。この構成こうせいではBASIC環境かんきょう起動きどうするためにTK-80のキーパッドを操作そうさする必要ひつようがあるが、このケースはキーパッドの上部じょうぶ開閉かいへい可能かのうなフタになっており自由じゆうにTK-80基板きばん操作そうさすることができた(完成かんせいひんのCOMPO BS/80もおなじケースを使つかっていたので、このフタもあった。もちろん、けてもした基板きばんえるだけである)。

日本にっぽんホビーパソコンとしてはめずらしく、COMPO BS/80は電源でんげんスイッチがキースイッチであった。また、キーボード右側みぎがわ部分ぶぶん内蔵ないぞう可能かのう専用せんようカセットデッキは、BASICからテープの早送はやおくりやもどしをコントロールすることができた。

元々もともとCOMPO BS/80は「はじめから完成かんせいされたTK-80BSがしい」というニーズにこたえて、既製きせいのTK-80BS相当そうとうひん電源でんげんとカバーをけただけの即席そくせきひんである(のこったらケースをばらってキットとして発売はつばいするつもりでいた)。このころすでべつラインでPCX-1(PC-8001のコードネーム)の開発かいはつすすめられていた。

プロセッサのトレーニングキットの当初とうしょ存在そんざい理由りゆう

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トレーニングキットやエバリュエーションキットというものの、TK-80発売はつばいころまでの位置いちづけや当時とうじ存在そんざい意義いぎ

本来ほんらいなら「トレーニングキット (マイクロプロセッサ)」というべつ記事きじげておくべきなのだが、現状げんじょうとう百科ひゃっか事典じてんではそのべつ記事きじちあげられておらず、だがTK-80を理解りかいするにはそれの知識ちしきもあったほうがよいので、とりあえずここで解説かいせつする(だがいずれはべつ記事きじげ、そこに移行いこうする)。

初期しょきの(4ビットなどの)マイクロプロセッサは、おも電卓でんたくなどに使つかわれることを意図いとしていた。その性能せいのう向上こうじょうとともに電卓でんたく以外いがい用途ようと想定そうていされるようになった。従来じゅうらい「ハードウェアてき」な技術ぎじゅつ、つまりワイヤードロジック回路かいろリレー回路かいろアナログ回路かいろ機械きかい機構きこうなどを複雑ふくざつわせて実現じつげんしていた機能きのう、でさまざまな機器きき機能きのう実現じつげんしていたのであるが、それをソフトウェア制御せいぎょ実現じつげんし、機器ききのコストダウンや小型こがたはかろうとしたのである。

マイクロプロセッサを使つかったソフトウェア制御せいぎょおこなうためには、機器きき設計せっけいする技術ぎじゅつしゃは、マイクロプロセッサのハードウェアめん理解りかいするだけでなく、ソフトウェアプログラム)というものを自力じりき開発かいはつする技術ぎじゅつったり習得しゅうとくする必要ひつようがある。そのためマイクロプロセッサを製造せいぞう販売はんばいする会社かいしゃ技術ぎじゅつしゃがマイクロプロセッサのハードウェアおよびソフトウェアの両方りょうほう技術ぎじゅつるためのエバリュエーションキット(評価ひょうかようキット)や、技術ぎじゅつ習得しゅうとくするためのトレーニングキット(教材きょうざいようキット)を提供ていきょうするようになった。

このたねのキットはCPUROMRAMI/Oチップなどの構成こうせい部品ぶひんを1まい基板きばんじょう実装じっそう最小さいしょう構成こうせいのマイクロプロセッサシステムを構成こうせいしていた(このような構造こうぞうから、ワンボードマイコンとばれた)。通常つうじょうROMにはモニタ/デバッグプログラムがかれていたが、ユーザーが自分じぶんようのプログラムにえて各種かくしゅ実験じっけんおこなったりあるいはそのままそのボードを制御せいぎょよう部品ぶひんとして製品せいひんむこともできた。

光栄こうえい創業そうぎょうしゃえりがわ陽一よういちは、TK-80をてているのをつまえりがわ恵子えこからMZ-80Cをプレゼントされゲーム開発かいはつはじめた[21]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 7まんだいったとする文献ぶんけんもある[4]
  2. ^ 半導体はんどうたい部門ぶもんは2002ねん分社ぶんしゃて2010ねんよりルネサス エレクトロニクスとして存続そんぞく
  3. ^ 1976ねん9がつ電子でんしデバイス販売はんばい事業じぎょう改称かいしょう
  4. ^ その命令めいれい実行じっこうサイクルすうがインテルせいとはことなるなどのちがいもあった
  5. ^ 部品ぶひん仕入しいれる担当たんとうしゃ立場たちばでは、NECせい入手にゅうしゅできない場合ばあいにインテルせいふく他社たしゃひん代替だいたいできないのも問題もんだいであった。これはμみゅーPD753があまりれなかったのと同様どうよう理由りゆうである
  6. ^ μみゅーPD8080AFのあとのCはプラスチックパッケージをしめすサフィックスである。μみゅーPD8080AおよびAFのあとにDがあるバージョンもあり、Dは同様どうようにセラミックパッケージをしめす。のICの末尾まつび文字もじ同様どうようである
  7. ^ たとえば月刊げっかんI/O1977ねん12がつごうでは、アドテックのメモリボード(ADB-001)、ディスプレイユニット(TVD-02)、キーボード(KB-02)を接続せつぞくして東大とうだいばん2K BASICをうごかす方法ほうほう紹介しょうかいされていた。

出典しゅってん

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  1. ^ a b c d 太田おおたこうせい『パソコン誕生たんじょう日本電気にほんでんき文化ぶんかセンター、1983ねん、22ぺーじISBN 4930916119 
  2. ^ a b 佐々木ささき 2013, p. 8.
  3. ^ a b 日本電気にほんでんきしゃ編纂へんさんしつ日本電気にほんでんき株式会社かぶしきがいしゃひゃくねん日本電気にほんでんき、2001ねん12月25にち、649-661ぺーじ 
  4. ^ 上前うわまえじゅん一郎いちろうむクスリ』文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう文春ぶんしゅん文庫ぶんこ)、1987ねん、14ぺーじISBN 4-16-724807-7
  5. ^ a b c 関口せきぐち, 和一かずいち『パソコン革命かくめい旗手きしゅたち』日本経済新聞社にほんけいざいしんぶんしゃ、2000ねん、35-39ぺーじISBN 4-532-16331-5 
  6. ^ a b 田中たなか, しげるこう「ドキュメント・NECのPC戦略せんりゃく市場いちば制覇せいはへのみちひらいた戦士せんしたち その決断けつだん挑戦ちょうせん歴史れきし」『100まんにんなぞく ザ・PCの系譜けいふ』コンピュータ・ニュースしゃ、1988ねん2がつ17にち、76–89ぺーじISBN 4-8061-0316-0 
  7. ^ しお田紳でんしん国産こくさんめい列伝れつでん開発かいはつしゃインタビュー「オープンの発想はっそうはPDP-8からまなんだ―TK-80開発かいはつしゃ後藤ごとうく」」『ASCII』だい22かんだい5ごう、アスキー、1998ねん、314ぺーじISSN 0386-5428 
  8. ^ 加藤かとうあきら、「PC-8001の開発かいはつ」 『電子でんし情報じょうほう通信つうしん学会がっかい 通信つうしんソサイエティマガジン』 2010ねん 2010かん 15ごう p.15_58-15_65, doi:10.1587/bplus.2010.15_5 電子でんし情報じょうほう通信つうしん学会がっかい
  9. ^ 「TK-80BS」『ASCIIだい2かんだい1ごう、アスキー出版しゅっぱん、1978ねんISSN 0386-5428 
  10. ^ 田中たなか, しげるこう「NECのハード開発かいはつ戦略せんりゃく―ユーザーをとらえた「互換ごかんせい継承けいしょうせい追求ついきゅう優先ゆうせん製品せいひん開発かいはつ」『100まんにんなぞく ザ・PCの系譜けいふ』コンピュータ・ニュースしゃ、1988ねん2がつ17にち、94–105ぺーじISBN 4-8061-0316-0 
  11. ^ 塩田しおだ, しん国産こくさんめい列伝れつでん:History「マイコンとばれていたころ」」『ASCIIだい22かんだい5ごう、アスキー、1998ねん、312-313ぺーじISSN 0386-5428 
  12. ^ μみゅーCOMシリーズ 総合そうごうユーザーズガイド 1978 SPRINGへん日本電気にほんでんき株式会社かぶしきがいしゃ、1978ねん3がつ3にち。IEM-517N。 
  13. ^ μみゅーCOM-80トレーニング・キット TK-80E/80ユーザーズ・マニアル』
  14. ^ メモリボード TK-M20K”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012ねん11月2にち閲覧えつらん
  15. ^ a b 太田おおたこうせい『パソコン誕生たんじょう日本電気にほんでんき文化ぶんかセンター、1983ねん、29ぺーじISBN 4930916119 
  16. ^ COMPO BS/80”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012ねん11月2にち閲覧えつらん
  17. ^ 日本電気にほんでんきしゃ編纂へんさんしつ日本電気にほんでんき株式会社かぶしきがいしゃひゃくねん日本電気にほんでんき、2001ねん12月25にち、653ぺーじ 
  18. ^ トレーニングマイクロコンピュータ TK-85”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012ねん11月2にち閲覧えつらん
  19. ^ μみゅーCOMベーシックステーション TK-80BS”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012ねん11月2にち閲覧えつらん
  20. ^ 竹下たけした ひろし、ワンタッチLEVEL-I ↔ LEVEL-II えシステム『ラジオの製作せいさく別冊べっさつ マイコンプログラム全集ぜんしゅう1』p.12、電波でんぱ新聞しんぶんしゃ、1979ねん
  21. ^ でんファミニコゲーマー編集へんしゅう (2016ねん3がつ22にち). “信長のぶながから乙女おとめゲームまで… シブサワ・コウとそのつまかたるコーエー立志伝りっしでん世界せかいはつばかりだとユーザーにおこられた(笑)」”. でんファミニコゲーマー – ゲームの面白おもしろ記事きじんでみない?. 2024ねん5がつ31にち閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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  • μみゅーCOM-80トレーニング・キット TK-80E/80ユーザーズ・マニアル』日本電気にほんでんき株式会社かぶしきがいしゃ。IEM-560D。 
  • 佐々木ささき, じゅん (2013), 80年代ねんだいマイコンだい百科ひゃっか, 総合そうごう科学かがく出版しゅっぱん 

参考さんこう資料しりょう

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2000ねんに、さかき正憲まさのりちょ復活ふっかつ! TK-80』(ISBN 978-4-7561-3401-1)という書籍しょせきアスキーより販売はんばいされた。このほんにはWindowsうえ動作どうさするTK-80のシミュレータプログラム、そのソース、TK-80の当時とうじのマニュアル(回路かいろ、モニタプログラムのソースもふくむ)をPDF形式けいしき復刻ふっこくしたものがふくまれている。

2008ねん現在げんざい、TK-80上位じょうい互換ごかん製品せいひんとして中日ちゅうにち電工でんこうより「トレーニングボード ND80K」という製品せいひん販売はんばい継続けいぞくしている。

2019ねん現在げんざい、TK-80互換ごかん製品せいひんとしてpicosoftより「ZK-80」という製品せいひん販売はんばいされている。

外部がいぶリンク

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