木ノ下きのした裕一ひろいち×岡田おかだ利とし規ぶんまわし×成なる河かわ×石橋いしばし静しず河かわが模索もさくする「桜さくら姫ひめ東ひがし文章ぶんしょう」

木ノ下きのした裕一ひろいちが考かんがえる、岡田おかだ利とし規ぶんまわしと鶴屋つるや南北なんぼくの共通きょうつう点てん

──岡田おかださんと木ノ下きのしたさんの最初さいしょの出会であいは、木ノ下きのした歌舞伎かぶきが初はじめて東京とうきょう公演こうえんを行おこなった、2007年ねんの「アゴラサミット」でしょうか？（編集へんしゅう注ちゅう：東京とうきょう・こまばアゴラ劇場げきじょうがかつて夏なつと冬ふゆに開催かいさいしていた舞台ぶたい芸術げいじゅつフェスティバル。岡田おかだは2006年ねん冬ふゆから2年間ねんかんディレクターを務つとめており、木ノ下きのした歌舞伎かぶきは「夏なつのサミット2007」に「yotsuya-kaidan」で参加さんかした）。

木ノ下きのした裕一ひろいち　そうです。ただ僕ぼくが岡田おかださんを知しったのはそれより前まえの、京都きょうと造形ぞうけい芸術げいじゅつ大学だいがく（現げん・京都きょうと芸術げいじゅつ大学だいがく）の学生がくせいだった2004年ねん頃ごろで、“なんだか現代げんだい演劇えんげきにすごい人ひとが現あらわれたらしい”という評判ひょうばんが京都きょうとにも届とどいていて（笑）。当時とうじは、今いまほど気軽きがるに東京とうきょうに観劇かんげきにも来こられなかったので、映像えいぞうで「三さん月がつの5日間にちかん」を拝見はいけんしたんです。それで岡田おかださんの演出えんしゅつにどハマりしまして。

岡田おかだ利とし規ぶんまわし　そうなんだ。

木ノ下きのした　その後ご、2006年ねんに岡田おかださんが「アゴラサミット」のディレクターになられ、木ノ下きのした歌舞伎かぶきはまだ旗揚はたあげ間あいだもなかったんですけど、東京とうきょう公演こうえんがしたいと思おもって「アゴラサミット」の参加さんか団体だんたい募集ぼしゅうに応募おうぼし、選出せんしゅつしていただきました。なので僕ぼくにとって岡田おかださんはものすごい先輩せんぱいというか、今いまもそうですけど当時とうじはもっと大御所おおごしょという印象いんしょうで……。

岡田おかだ　大御所おおごしょじゃないですよ（笑）。

成なり河かわ　でも木ノ下きのしたさんの気持きもちはわかります。学生がくせいからしたら、そう感かんじますよね。

──その出会であいから今こん公演こうえんまでかなり時間じかんが空あいていますが、今回こんかいのタッグはどのように実現じつげんしたのでしょうか？

木ノ下きのした　実じつは、岡田おかださんと一緒いっしょにお仕事しごとができるとはまだ思おもってもいなかった頃ころの“夢ゆめのプラン”みたいなものがありまして。その頃ころの僕ぼくは、岡田おかださんの作品さくひんは言葉ことばが生なまっぽいというか、リアルな言葉ことばが舞台ぶたいに上あがっているという印象いんしょうを持もっていたんですね。で、日常にちじょうのリアルな言葉ことばが劇げきの言葉ことばになり得えるということに、江戸えど時代じだいで挑戦ちょうせんした作者さくしゃのひとりに鶴屋つるや南北なんぼくがいて、岡田おかださんと南北なんぼくは通つうじるのではないか、と思おもったんです。また例たとえば「三さん月がつの5日間にちかん」では社会しゃかい的てきな問題もんだいを背景はいけいに、若者わかものの個人こじん的てきなある数日すうじつ間あいだの話はなしが描えがかれますが、「忠臣蔵ちゅうしんぐら」の手前てまえに「四谷よつや怪談かいだん」があるというような、大おおきな物語ものがたりと“俗ぞくな営いとなみ”の対比たいひという構造こうぞうも、南北なんぼくに通つうじるなと思おもったんです。それで岡田おかださんにお声こえがけしました。

──岡田おかださんは木ノ下きのしたさんのオファーをどう受うけ止とめられたのですか？

岡田おかだ　うれしかったです。自分じぶんだけのプロダクションでは絶対ぜったいやらないようなチャレンジになるし、自分じぶんだけではできないことができるチャンスをもらったということなので、それがうれしいなと。

“わからない”から「桜さくら姫ひめ」を選えらんだ

──演目えんもくは2020年ねんごろに決定けっていしたそうですね。

木ノ下きのした　はい。そのときは3本ほん候補こうほがあって、「桜さくら姫ひめ東ひがし文章ぶんしょう」のほかに、お初はつと徳兵衛とくべえ“以外いがいの人ひと”に焦点しょうてんを当あてた「曽根崎そねざき心中しんちゅうの」と、「妹背山しはいやま婦女ふじょ庭訓ていきん」を考かんがえていたのですが、「桜さくら姫ひめ」が良よいのではないかと。

岡田おかだ　「桜さくら姫ひめ」が良よいなと思おもったのは、どういうものかわからない作品さくひんだから、ということが大おおきかったです。また「桜さくら姫ひめ」を読よんだとき、インモラルを通とおしてモラルの問題もんだいが描えがかれていて、そこに自分じぶんがこの作品さくひんを扱あつかう手てがかりがあるような気きがしました。モラルって時代じだいと結むすびついていると思おもうんですね。つまり時代じだいが変かわると、モラルがどう機能きのうするかは変かわってくる。でもインモラルのほうは、“もともとダメなこと”なので、もうちょっと普遍ふへん性せいがある（笑）。なので、歌舞伎かぶきの物語ものがたりの中なかで価値かちが置おかれているものを、今いま見みたらどうなんだろうという視点してんで捉とらえ、そこにチャレンジするのは面白おもしろいことだと思おもいました。

──確たしかに（親おやが主君しゅくんへの忠義ちゅうぎのために我わが子こを手てにかける）「寺子屋てらこや」などは、今いまの観客かんきゃくになかなか通つうじないという話はなしを聞きいたことがあります。

岡田おかだ　そうだと思おもいます。

木ノ下きのした　でもそれはけっこう大事だいじな話はなしで、「寺子屋てらこや」をちゃんと読よめば、単たんなる子こ殺ころし万まん歳さいの話はなしではなくて、「それで本当ほんとうに良よいんですか？」という批評ひひょう性せいを持もった演目えんもくだとわかると思おもうんですね。でも上演じょうえんする側がわも観客かんきゃくも、そこまで読よみ込こむということが難むずかしくなってきていることはあるんじゃないかなと。

──「桜さくら姫ひめ」は岡田おかださんがおっしゃるように“よくわからない”と言いわれがちな作品さくひんですが、最近さいきんは歌舞伎かぶきや現代げんだい劇げきでもよく上演じょうえんされていますね。2021年ねんに上演じょうえんされた片岡かたおか仁左衛門にざえもんさん、坂東ばんどう玉三郎たまさぶろうさんの共演きょうえんはチケットが即日そくじつ完売かんばいするなど大おおきな話題わだいとなりましたし、2022年ねんに上演じょうえんされたシルヴィウ・プルカレーテ演出えんしゅつ版ばんでは男性だんせいが女性じょせい役やく、女性じょせいが男性だんせい役やくを演えんじていました。

岡田おかだ　これは声こえを大だいにして言いいたいんですけど、今いまのように流行はやる前まえに、僕ぼくらは「やる」と決きめていました！

一同いちどう　あははは！

多面ためん的てきな魅力みりょくを持もつ成なり河かわ、芯しんの強つよさを感かんじさせる石橋いしばし静しず河かわ

──清玄せいげんと桜さくら姫ひめの描えがかれ方かたはカンパニーによってさまざまですが、成なり河かわさん、石橋いしばしさんをキャスティングされたのは？

岡田おかだ　これは木ノ下きのしたくんからの提案ていあんなんですが、2人ふたりの顔合かおあわせは面白おもしろいなと思おもいました。

木ノ下きのした　成なる河かわさんとは実じつは以前いぜんから知しり合あいで、ずっと一緒いっしょにお仕事しごとしたいと思おもっていました。また、清玄せいげんと釣鐘つりがね権助ごんすけは一人ひとり二に役やくで演えんじることを前提ぜんていに描えがかれている作品さくひんなので、もちろん二に役やくでやらない選択肢せんたくしもありますけど、二に役やくやっていただくという目線めせんで考かんがえたときに、清廉せいれん潔白けっぱくな清玄せいげんと荒あらくれ者ものの釣鐘つりがね権助ごんすけの振ふり幅はばを両方りょうほう演えんじることができる俳優はいゆうさんといえば、もうそれは成なり河かわさんだろうと。非常ひじょうにアクティブで身体しんたい能力のうりょくも高たかく、パワーがある方ほうとしても定評ていひょうがありますが、それだけじゃなくて細ささやかさとか神経質しんけいしつさ……ある意味いみネチネチしたところも感かんじさせてくれる方ほうで。

成なり河かわ　あははは！

木ノ下きのした　でもそれを突つき抜ぬけたときに静しずかな狂気きょうきに入はいっていく感かんじがある。成なり河かわさんのそんな両面りょうめんが、今回こんかいの役やくで生いきるんじゃないかなと思おもいました。桜さくら姫ひめについては、実じつはすごく難むずかしくて。と言いうのも桜さくら姫ひめの見みえ方かたで作品さくひんの見みえ方かた、方向ほうこう性せいが決きまってしまうところがあるんですよね。これまでの上演じょうえんでは、桜さくら姫ひめは受うけ身みの人間にんげんというか、掴つかみどころのないような、あまり意思いしを感かんじない人物じんぶつとして描えがかれてきたんですけれど……。

岡田おかだ　筋すじが通とおったところがない、というような意味いみですよね。

木ノ下きのした　ええ。でも現代げんだいで「桜さくら姫ひめ」をやるなら桜さくら姫ひめがもっと主体性しゅたいせいを持もっていることが大事だいじなんじゃないかと。そう考かんがえていたときに石橋いしばしさんが出演しゅつえんされた映像えいぞう作品さくひんや、岡田おかださんが演出えんしゅつされた「未練みれんの幽霊ゆうれいと怪物かいぶつ―『挫くじけ波は』『敦賀つるが』―」（参照さんしょう：現実げんじつとパラレルな世界せかいを幻まぼろし視しして「未練みれんの幽霊ゆうれいと怪物かいぶつ」上演じょうえんに岡田おかだ利とし規ぶんまわし「とてもハッピー」）などを拝見はいけんし、石橋いしばしさんは美うつくしさと同時どうじに芯しんの強つよさを感かんじさせてくれる俳優はいゆうさんだなって思おもったんです。石橋いしばしさんが桜さくら姫ひめをやったら桜さくら姫ひめのイメージが刷新さっしんされるんじゃないかな、現代げんだいに生いきる桜さくら姫ひめになるんじゃないかなと思おもいました。

成なり河かわ　話はなし出だすと長ながくなるんですが（笑）、僕ぼくが最初さいしょに木ノ下きのした歌舞伎かぶきを拝見はいけんしたのは、「黒くろ塚づか」の初演しょえんでした。これがもう、めちゃくちゃ面白おもしろくて！ その日ひがたまたまアフタートークがあった日ひだったので、木ノ下きのしたさんのお話はなしも聞きいて、非常ひじょうに独特どくとくな語かたり口くちをされる方ほうだなと（笑）。でもしばらく聞きいていると、その独特どくとくさは専門せんもん性せいに基もとづくものだとわかり、またとても大衆たいしゅう的てきな語かたり口くちなのでわかりやすく、“開ひらく”ということを意識いしきされている方ほうなんだなと感かんじました。そういうところがとにかく魅力みりょく的てきだと感かんじましたし、「それがつまり歌舞伎かぶきそのものなんだ」と納得なっとくしました。それから数すう年ねん経たって「子午線しごせんの祀まつり」（参照さんしょう：2021年版ねんばん「子午線しごせんの祀まつり」開幕かいまく、野村のむら萬まん斎とき「より凝縮ぎょうしゅくした“ドラマ”になった」と手応てごたえ）に出演しゅつえんした頃ころに、ちょうど木ノ下きのしたさんと僕ぼくの共通きょうつうの知しり合あいの方ほうが久留米くるめでフィールドワークなどのワークショップをやっていて、そこに参加さんかしてご縁えんができまして。久留米くるめで平家ひらか物語ものがたりの史跡しせきを案内あんないしてもらったりもしました。それで、「いつかはご一緒いっしょしたい」とお話はなしをしていたところ、今回こんかいようやく叶かなったというわけなんです。

木ノ下きのした　ありがとうございます（笑）。

成なり河かわ　岡田おかださんは……言いってしまうと僕ぼく、ただのファンで（笑）。古ふるくから、と言いっても「ポスト＊労苦ろうくの終おわり」（2005年ねん）からくらいですけど、観み続つづけています。

岡田おかだ　わ、けっこう前まえからですね！

成なり河かわ　空間くうかんの作つくり方かたや観客かんきゃくとの関係かんけいの取とり方かたが今いままで観みたことがない！と思おもい、ハマりまして、そこからことあるごとに観み続つづけていたんですけど、自分じぶんにはない材料ざいりょうで作つくられているというか、岡田おかださんの作品さくひんの中なかで自分じぶんを生いかせるイメージが湧わかなかったんです。でも結果けっか的てきにこのくらいの年齢ねんれいになって、岡田おかださんとこういう出会であい方かたができたのはすごく良よかったなと感かんじています。縁えんをつなげてくださった木ノ下きのしたさんに感謝かんしゃしています。

石橋いしばし静しず河かわ　私わたしが木ノ下きのした歌舞伎かぶきを初はじめて観みたのは、2015年ねんの「三さん人にん吉三きちぞう」だったんですけど、当時とうじは踊おどりをやっていて、演劇えんげきはまだあまり観みたことがなく、俳優はいゆうさんたちのエネルギーがとにかくすごいなと。ただあまりに上演じょうえん時間じかんが長ながくてお尻しりが痛いたくなりました（笑）。

木ノ下きのした　上演じょうえん時間じかん5時じ間あいだ半はんでしたからねえ（笑）。

石橋いしばし　今回こんかいお声こえがけいただき、まさか自分じぶんが出でる側がわになると考かんがえたこともなかったから不安ふあんはあったんですけど、お話はなしをいただいたのがちょうど「未練みれんの幽霊ゆうれい～」が終おわった直後ちょくごだったので、あのとき、個人こじん的てきにはすごく悔くやしい思おもいをしていたので……。

──あんなに素晴すばらしかったのに！

石橋いしばし　だからリベンジしたい、という気持きもちもあり、出演しゅつえんしたいと思おもいました。それになんだか“いい匂におい”がする場所ばしょだなと思おもったんですよね。どんなことになるのか全然ぜんぜんわからないけれど、いい匂においがするから大丈夫だいじょうぶだろうと。

──「桜さくら姫ひめ」という作品さくひんについて、成なり河かわさんと石橋いしばしさんは何なにかイメージをお持もちでしたか？

成なり河かわ　あまり知しらないまま、（仁左衛門にざえもんと玉三郎たまさぶろうが出演しゅつえんした）シネマ歌舞伎かぶき（参照さんしょう：美内みうちすずえが胸むねときめかせる、シネマ歌舞伎かぶき「桜さくら姫ひめ東ひがし文章ぶんしょう」）から入はいりました。ただ、よくわからない話はなしと言いわれますけど、僕ぼくは意外いがいと……というか、よく話はなしがわかって。桜さくら姫ひめを演えんじていたのが玉三郎たまさぶろうさんだったこともあるかもしれませんが、「こういう（桜さくら姫ひめみたいな）人にん、よくいる！」と思おもったんです。もちろんはちゃめちゃで言動げんどうに一貫いっかん性せいはないんだけど、そういうところも含ふくめて軸じくがないまま流ながされていく人ひとって山やまほどいるんじゃないかなと。ただそんな流ながれに流ながされ続つづけた桜さくら姫ひめが最後さいごに通とおした筋すじが、お家いえのために我わが子こを殺ころすというところはちょっと納得なっとくできないなとは思おもうんですけど。

石橋いしばし　私わたしも「桜さくら姫ひめ」についてはよく知しらなくて、あらすじを読よんでも全然ぜんぜんわからないからどうしようと思おもったんですけど（笑）、稽古けいこが始はじまって木ノ下きのしたさんから、この物語ものがたりは「道成寺どうじょうじ」と「清玄せいげん桜さくら姫ひめ」と「隅田川すみだがわ」がないまぜになったお話はなしだという説明せつめいを聞きいて、納得なっとくがいきました。桜さくら姫ひめという女おんなの人ひとを1人ひとりの女性じょせいと考かんがえると一貫いっかん性せいはないかもしれないけど、さまざまな女おんなの人ひとの生いき方かたや要素ようそが組くみ合あわさった物語ものがたりと考かんがえるとすごく面白おもしろいなと思おもうようになってきました。

完かんコピ稽古けいこからの、それぞれの発見はっけん

──木ノ下きのした歌舞伎かぶきで恒例こうれいの“完かんコピ”稽古けいこ（編集へんしゅう注ちゅう：歌舞伎かぶきの映像えいぞうを観みながら歌舞伎かぶき俳優はいゆうのセリフや動うごきをすべてコピーする稽古けいこ）も行おこなわれたそうですね。実際じっさいにやってみて感かんじたことはありましたか？

成なり河かわ　木ノ下きのしたさんが、この穏おだやかな口調くちょうで「“完かんコピ”します」とサラッとおっしゃって、やることはわかっていましたが、まさか最初さいしょから最後さいごまで、2週間しゅうかんで完かんコピすることになるとは思おもわなかったですね（笑）。でもやっぱり、あれがあっての今いまだなとは思おもいます。

石橋いしばし　今回こんかいは岡田おかださんの演出えんしゅつを通とおした歌舞伎かぶきを立たち上あげることになりますが、そもそも自分じぶんの身体しんたいの中なかには歌舞伎かぶき（の要素ようそ）はないのでその点てんが不安ふあんでした。でも完かんコピしたことで、しかも玉三郎たまさぶろうさんの動うごきを知しることができたことで、ストレートなバージョン（の桜さくら姫ひめ）が自分じぶんの身体しんたいの中なかに通かよって、そこと比較ひかくしながら演えんじることができるようになったのはめちゃくちゃ大おおきなことだと思おもいます。

成なり河かわ　歌舞伎かぶきって、一見いっけんするともう決きまった型かたがあって、それを決きめて決きめて決きめて……とやっているように見みえる。僕ぼくもそういうイメージでいたんですけど、完かんコピをするにあたって虫眼鏡むしめがねで見みていくと、1つの所作しょさやセリフにも非常ひじょうに情報じょうほう量りょうが多おおいんですよね。独特どくとくのい回いまわしもそうだし、音おとの高低こうてい差さだったり、息いきの入いれ方かた抜ぬき方かただったり、ものすごく情報じょうほう量りょうが多おおくて驚おどろきましたし、それら全部ぜんぶコピーできたわけではないけれど、それだけの情報じょうほう量りょうが詰つまっているということがわかったのが良よかったです。

木ノ下きのした　完かんコピの様子ようすを拝見はいけんしていて、僕ぼくもいろいろと発見はっけんがありました。例たとえば女郎じょろう屋やに売うられた桜さくら姫ひめは、後半こうはんで姫ひめ言葉ことばと女郎じょろう言葉ことばがちゃんぽんになっていくんですけど、歌舞伎かぶきでは“そういう芸げいを持もっている”ことを披露ひろうする場面ばめんという認識にんしきのされ方かたをしていますが、石橋いしばしさんが演えんじた桜さくら姫ひめはそのようには見みえなかったんです。それは石橋いしばしさんが1つひとつ疑問ぎもんをもって役やくを見みつめていったからだと思おもいますが、つまり桜さくら姫ひめのベースは姫ひめ言葉ことばで、でも新あたらしく覚おぼえた女郎じょろう言葉ことばを“あえて使つかおうとする”んだけど、やっぱり語彙ごいが足たりなかったり、咄嗟とっさに女郎じょろう言葉ことばに変換へんかんできないところで姫ひめ言葉ことばが出でてしまう、だからちゃんぽんになってしまう人ひと、というように見みえたんです。そう思おもって見直みなおしてみると、玉三郎たまさぶろうさんも確たしかにそのように演えんじているし、南北なんぼくの原作げんさくにもそのように書かいてあるんですね。その発見はっけんはそれまで僕ぼくにはなかったので、新鮮しんせんでした。桜さくら姫ひめが変かわろうとしている、今こん自分じぶんのいるコミュニティに合あわせて女郎じょろう言葉ことばでしゃべろうとしている、という主体性しゅたいせいがあるんだと感かんじました。

岡田おかだ　確たしかに原作げんさくにも「地金じがねが出でる」ってセリフがありますもんね。

木ノ下きのした　そうなんです。第三者だいさんしゃが、桜さくら姫ひめの地金じがねは姫ひめ言葉ことばだって言いってるんですよね。石橋いしばしさんの取とり組くみ方かたを見みていてそのことがすごくよくわかって、それはすごいことだと思おもいました。そこと同おなじ場面ばめんなんですけど、権助ごんすけが桜さくら姫ひめに最後さいごの最後さいごでなぜか、吉田よしだ家かの家宝かほうの巻物まきもの・都鳥みやこどりを桜さくら姫ひめに見みせて、「これがあれば俺おれだって出世しゅっせできる」と酔よった勢いきおいでぼろっとしゃべってしまうくだりがあります。そのまま読よむとちょっとご都合主義つごうしゅぎというか、「なんでそんな大おおきな秘密ひみつをここで暴露ばくろしちゃうんだ！」って思おもうんですけど（笑）、完かんコピ稽古けいこでの成なり河かわさんの演技えんぎを拝見はいけんしたら、桜さくら姫ひめが姫ひめ言葉ことばを挟はさみながら話はなすことに対たいしてのコンプレックスというか、「俺おれだってこれさえあれば出世しゅっせできるんだけどね」みたいな、男おとこのプライドをひけらかしたようにも見みえるなと思おもいました。で、そこも確たしかに映像えいぞうで見返みかえしてみたら、仁左衛門にざえもんさんの権助ごんすけもそのように見みえるんです。

成なり河かわ　それは、仁左衛門にざえもんさんの演技えんぎを顕微鏡けんびきょう（のような気持きもち）で見みて、そんな匂においを感かんじたということだけなんですけどね。

木ノ下きのした　いやいや、それは成なり河かわさんが権助ごんすけを拡大かくだいして見みせてくれたおかげだなと思おもいます。お二人ふたりをはじめ俳優はいゆうさんたちがすごいなって思おもうのは、ただ型がたをコピーするんじゃなくて、“私わたしがこの役やくに1本筋ほんすじを通とおすならこうだ”という筋すじの通とおし方かたをちゃんと見みえてくるようなコピーをされているところ。なので、完かんコピ稽古けいこを見みてちょっと戦慄せんりつが走はしりました。

岡田おかだ　完かんコピは僕ぼくが演出えんしゅつをするわけではないので、木ノ下きのしたさんにお任まかせだったのですが、でも俳優はいゆうにとってはめちゃくちゃ負荷ふかがかかることだと思おもうので、これを無駄むだにしてはいけない、と強つよく思おもっています。完かんコピ稽古けいこと今いまやっている稽古けいこは、言いってみれば山やまの両側りょうがわからトンネルを掘ほるみたいなことだと思おもうんです。僕ぼくのやり方かたでやっているだけではいけないところに完かんコピではいけると思おもうし、その逆ぎゃくもまたそうだと思おもうし。ただ、完かんコピ発表はっぴょう会かいを観みて、実じつは自分じぶんが当初とうしょ思おもっていた以上いじょうにテキストを直なおしました。

──そうなんですね！

岡田おかだ　ええ。台本だいほんで読よんでいるときは「ここはカットしても良よいかもしれない」と思おもっていたところがそうじゃないなとわかったりして。でもそれは完かんコピを観みなければ起おこらなかったことだと思おもいます。