バルセロナ五輪で金メダルを獲得した古賀稔彦さん(1992年7月31日)=秋山哲也撮影 【読売新聞社】
(読売新聞)
1992年バルセロナ五輪の柔道男子71キロ級で金メダルを獲得した古賀稔彦(こが・としひこ)さんが24日、死去した。53歳だった。古賀さんが女子柔道部の総監督を務める環太平洋大(岡山市)が明らかにした。関係者によると、古賀さんは、がんの治療中だった。
古賀さんはソウル、バルセロナ、アトランタ五輪に3大会連続で出場。日本選手団の主将を務めたバルセロナ五輪では、大会開幕直前に左膝靱帯損傷の大けがを負ったが、決勝でハンガリー選手を大接戦の末に破って優勝した。96年アトランタ五輪でも78キロ級で銀メダルを獲得した。
世界選手権でも89、91、95年に優勝。小柄な体から切れ味鋭い技を繰り出し、鮮やかな背負い投げで「平成の三四郎」と呼ばれた。現役引退後は川崎市で「古賀塾」を開くなど柔道の普及に尽力していた。2004年アテネ、08年北京両五輪の柔道女子63キロ級で金メダルに輝いた谷本歩実さんも育てた。
普段は柔道の試合なんて観る事もないのに
五輪開催中だけは俄かファンになる人は多いと思います。
日本のお家芸とも言われる柔道は1本勝ちを決めてくれると気分もスカッとしますよね。
でも世界中に広まった柔道はポイントを稼いで勝敗を決める競技になった。
「平成の三四郎」こと古賀稔彦さんも得意の背負い投げで鮮やかに決めてくれる柔道家でした。
車のラジオで聴いた訃報にショックを受けましたよ。
五輪でメダルを獲得してから 飯が食えるようになった選手も多い。
アスリートにとっては人生の転機となるオリンピック
東京五輪を応援しましょう。