1959年ねんに東大とうだい伝染でんせん病びょう研究所けんきゅうじょ（現げん東京大学とうきょうだいがく医科いか学がく研究所けんきゅうじょ）の沢井さわい芳男よしお氏しらが乾燥かんそう血清けっせいを開発かいはつして、長期ちょうき保存ほぞんが可能かのうになった。

　そもそも今いまの東大とうだい医科研いかけんが1902年ねんに奄美あまみで研究けんきゅうを始はじめた目的もくてきがハブ毒どくに効きく血清けっせいの開発かいはつであり、私わたしもハブの個体こたいの特徴とくちょうや生態せいたい調査ちょうさと同時どうじにハブ毒どくの治療ちりょう法ほうについても研究けんきゅうしてきた。

　血清けっせいづくりに心血しんけつを注そそいだ多おおくの先達せんだつのおかげでハブへの恐怖きょうふを感かんじる場面ばめんはなくなった、とい切いきりたいところだが、実じつは地元じもとの人ひと以外いがいには誤解ごかいされていることがある。

　血清けっせいは完全かんぜんには効きかないのだ。数時間すうじかん以内いないに血清けっせいを打うたなければ後遺症こういしょうに苦くるしむことは少すこしずつ知しられるようになったが、血清けっせいを適切てきせつなタイミングで打うったとしても苦くるしむ。どっちにしろ、しんどい。これはハブ毒どくの成分せいぶんに関係かんけいしている。ハブの毒どくは現在げんざいの医療いりょうを上回うわまわる複雑ふくざつさを持もっているのである。

複雑ふくざつ怪奇かいきすぎる
ハブ毒どくの成分せいぶん

　生いき物ものの毒どくではフグのテトロドトキシンが有名ゆうめいだ。これはフグがつくっているのではなく、バクテリアなどが生うみ出だした毒どく成分せいぶんを、餌えさを通つうじて体内たいないに蓄積ちくせきしている。イモリやヒキガエルの毒どくも同おなじで、外部がいぶから取とり入いれてため込こんでいる。

　ハブに限かぎらず毒蛇どくへびの毒どくはたんぱく質しつでできている。これは自身じしんが体内たいないでつくっている毒どくだ。たんぱく質しつが主体しゅたいの毒どくならば血液けつえきの中なかに抗体こうたいをつくりだすことができる。

　馬うまなどの動物どうぶつに毒液どくえきを少すこしずつ注射ちゅうしゃして量りょうを増ふやしていき、毒どくを最もっとも中和ちゅうわする段階だんかいで、血液けつえきを全ぜん採血さいけつして、有効ゆうこう成分せいぶんを取とり出だす。

　ハブの血清けっせいも馬うまに毒液どくえきを打うって、抗体こうたいの増ふえた血液けつえきを取とり出だしてつくられるが、難むずかしいのはハブ毒どくはたんぱく質しつの混合こんごう液えきである点てんだ。毒腺どくせんは耳下腺じかせんという唾液腺だえきせんが進化しんかしたものだ。ハブは、私わたしたちが消化しょうか酵素こうそと呼よぶものの遺伝子いでんしを少すこしずつ変異へんいさせてさまざまな毒どくをつくり出だす。

　血管けっかんを壊こわす毒どくと筋肉きんにく細胞さいぼうを破壊はかいする毒どく、分解ぶんかい酵素こうそなど何なんらかの組織そしきに影響えいきょうを及およぼす毒どくも含ふくめ、たんぱく質しつの成分せいぶんがわかっているだけでも約やく20種類しゅるい含ふくまれている。

　そうなると、毒液どくえきが及およぼす影響えいきょうを完璧かんぺきに抑おさえようとすれば、20種類しゅるいの抗体こうたいが必要ひつようになる。当然とうぜん、そのバランスをとるのが非常ひじょうに難むずかしく、完全かんぜんには抑おさえ切きれないのが実情じつじょうだ。

　ハブに咬かまれると、内出血ないしゅっけつを起おこし、赤あかく腫はれ上あがり、放置ほうちすると黒くろ変へんする。次つぎに筋肉きんにくの細胞さいぼうが壊死えしするために、歩行ほこう障害しょうがいや指ゆびの動作どうさ不良ふりょうなどの後遺症こういしょうが残のこる場合ばあいもある。ある人ひとは1958（昭和しょうわ33）年ねん、咬かまれて数日すうじつ後ごに、筋肉きんにくが壊死えししている。脚あしの切断せつだんはまぬがれたが、筋肉きんにくは再生さいせいせず、歩行ほこう困難こんなんとなった。