傀儡かいらい子こ

傀儡かいらい子こ（くぐつし、くぐつ、かいらいし）とは、木偶でく（木きの人形にんぎょう）またはそれを操あやつる部族ぶぞくのことで、流浪るろうの民みんや旅芸人たびげいにんのうち狩猟しゅりょうと傀儡かいらい（人形にんぎょう）を使つかった芸能げいのうを生業せいぎょうとした集団しゅうだん、後代こうだいになると旅回たびまわりの芸人げいにんの一座いちざを指さした語かたり。傀儡かいらい師しとも書かく。また女性じょせいの場合ばあいは傀儡かいらい女おんな（くぐつ め）ともいう。西宮にしのみや発祥はっしょうのものは正月しょうがつに家々いえいえを廻まわったことから冬ふゆの季語きご。

西宮にしのみや傀儡かいらい師し。摂津せっつ名所めいしょ図会ずえ（18世紀せいき）より。絵えに添そえて、「西宮にしのみや傀儡かいらい師しは末社まっしゃ百ひゃく太夫たゆう神かみを租とす。むかし漢かん高祖こうそ平城ひらじろを囲かこまれし時とき、陳平ちんぺい計けいをめぐらし、木きを刻きざみて美人びじんを作つくり城上じょうかみに立たてて敵てき将しょう単たん于君きみを詐いつわりる。これ傀儡かいらいのはじまりなり」と説明せつめいがある。西宮にしのみや神社じんじゃの周辺しゅうへんは「えびす信仰しんこう」を諸国しょこくに広ひろめたという傀儡かいらい師したちが住すんでいた。首くびから下さげた箱はこの中なかから猫ねこのような小しょう動物どうぶつの人形にんぎょうを出だすことから江戸えどでは別名べつめい「山猫やまねこ」とも呼よばれた。

概略がいりゃく

平安へいあん時代じだい（9世紀せいき）にはすでに存在そんざいし、散楽さるがくなどをする集団しゅうだんとして、それ以前いぜんからも連綿れんめんと続つづいていたとされる。平安へいあん期きには雑ざつ芸げいを演えんじて盛さかんに各地かくちを渡わたり歩あるいたが、中世ちゅうせい以降いこう、土着どちゃくして農民のうみん化かしたほか、西宮にしのみやなどの神社じんじゃの散ち所しょ民みん（労務ろうむを提供ていきょうする代かわりに年貢ねんぐが免除めんじょされた浮浪ふろう生活せいかつ者しゃ）となり、えびす舞まい（えびすまわし、えびすかき）などを演えんじて、のちの人形にんぎょう芝居しばいの源流げんりゅうとなった。

平安へいあん時代じだいには、狩かりも行おこなっていたが諸国しょこくを旅たびし、芸能げいのうによって生計せいけいを営いとなむ集団しゅうだんになっていき、一部いちぶは寺社じしゃ普請ふしんの一環いっかんとして、寺社じしゃに抱かかえられた「日本にっぽんで初はじめての職業しょくぎょう芸能人げいのうじん」といわれている。操あやつり人形にんぎょうの人形にんぎょう劇げきを行おこない、女性じょせいは劇げきに合あわせた詩しを唄うたい、男性だんせいは奇術きじゅつや剣舞けんぶや相撲すもうや滑稽こっけい芸げいを行おこなっていた。呪術じゅじゅつの要素ようそも持もち女性じょせいは禊みそぎや祓はらいとして、客きゃくと閨ねやをともにしたともいわれる。傀儡かいらい女おんなは歌うたと売春ばいしゅんを主おも業ぎょうとし、遊女ゆうじょの一種いっしゅだった。

寺社じしゃに抱かかえられたことにより、一部いちぶは公家くげや武家ぶけに庇護ひごされた。後白河天皇ごしらかわてんのうは今様いまようの主おもな歌うたい手てであった傀儡かいらい女おんならに歌謡かようを習ならい、『梁塵りょうじん秘ひ抄しょう』を遺のこしたことで知しられる。また、青墓あおはか宿やどの傀儡かいらい女おんな、名めい曳（なびき）は貴族きぞくとの交流こうりゅうを通つうじて『詞花しか和歌集わかしゅう』にその和歌わかが収録しゅうろくされた。

傀儡かいらい子こらの芸げいは、のちに猿楽さるがくに昇華しょうかし、操あやつり人形にんぎょうはからくりなどの人形にんぎょう芝居しばいとなり、江戸えど時代じだいに説経節せっきょうぶしなどの語かたり物ものや三味線しゃみせんと合体がったいして人形浄瑠璃にんぎょうじょうるりに発展はってんし文楽ぶんらくとなり、その他たの芸げいは能楽のうがく（能のう、式三番しきさんば、狂言きょうげん）や歌舞伎かぶきへと発展はってんしていった。または、そのまま寺社じしゃの神事しんじとして剣舞けんぶや相撲すもうなどは、舞まい神楽かぐらとして神職しんしょくによって現在げんざいも伝承でんしょうされている。

慶長けいちょう18年ねん1月がつ15日にち（1613年ねん3月がつ6日にち）、夷えびす舁の藤原ふじわら吉次よしじ（監かん物ぶつ）が浄瑠璃じょうるり太夫たゆうとして朝廷ちょうていから「河内かわち目め」の受領じゅりょう名めいを与あたえる宣旨せんじを受うけた。傀儡かいらい子こが朝廷ちょうていから受領じゅりょう名めいを認みとめられたことはその地位ちいの向上こうじょうにつながり、宝永ほうえい5年ねん（1708年ねん）に京都きょうとの傀儡かいらい子こ・小林こばやし新しん助すけが、穢きたな多た頭あたまの弾たま左衛門さえもんによって興業こうぎょうを妨害ぼうがいされた件けんで江戸えど町まち奉行ぶぎょうに訴うったえた際さいに、源みなもと頼朝よりともの朱印しゅいん状じょうなる書類しょるいを提出ていしゅつして傀儡かいらい子こ支配しはいの正統せいとう性せいを主張しゅちょうする弾たま左衛門さえもんに対たいして小林こばやしは藤原ふじわら吉次よしじの先例せんれいを引用いんようして傀儡かいらい子こは受領じゅりょう名めいを与あたえられる身分みぶんで被ひ差別さべつ身分みぶんではないことを主張しゅちょうし、町奉行まちぶぎょうは天皇てんのうの宣旨せんじは臣下しんかである頼朝よりともの朱印しゅいん状じょうを破やぶるとして小林こばやしの勝訴しょうそを宣言せんげん、これによって傀儡かいらい子こや歌舞伎かぶきに対たいする弾たま左衛門さえもんの支配しはい権けんは否認ひにんされることになった。

寺社じしゃに抱かかえられなかった多おおくも、寺社じしゃとの繋つながりは強つよくなっていき、祭まつりや市しの隆盛りゅうせいもあり、旅芸人たびげいにんや渡わたり芸人げいにんとしての地位ちいを確立かくりつしていった。寺社じしゃとの繋つながりや禊みそぎや祓はらいとしての客きゃくとの褥しとねから、その後ごの渡わたり巫女ふじょ（歩ふ巫女ふじょ、梓あずさ巫女ふじょ、市子いちこ）として変化へんかしていき、そのまま剣舞けんぶや辻つじ相撲すもうや滑稽こっけい芸げいを行おこなうもの、大だい神楽かぐらや舞まい神楽かぐらを行おこなう芸人げいにんやそれらを客寄きゃくよせとした街まち商しょう（香具師こうぐし・矢や師し）など現在げんざいの古典こてん芸能げいのうや幾いくつかの古式こしき床ゆかしい生業せいぎょうとして現在げんざいも引ひき継つがれている。

傀儡かいらい子こ集団しゅうだんの源流げんりゅう

「傀儡かいらい」は中国ちゅうごく語ごで人形にんぎょうを意味いみし、中国ちゅうごくの偶人ぐうじん戯おどけ（人形にんぎょう劇げき）の人形にんぎょうも傀儡かいらい子こと呼よばれる。「くぐつ」という音おとは、日本語にほんご古語こご説せつ、中国ちゅうごく語ご説せつ、中国ちゅうごく語ご経由けいゆの朝鮮ちょうせん語ご説せつなど諸説しょせつある。

「奈良なら時代じだいの乞食こじき者しゃの後身こうしんであり、古代こだいの漁労ぎょろう民みん・狩猟しゅりょう民みんである」とする林屋はやしや辰三郎たつさぶろう説せつ、「芸能げいのうを生地きじで中国人ちゅうごくじんか西域せいいき人じんに学まなんだ朝鮮ちょうせんからの渡来とらい人じんである」とする滝川たきがわ政次郎まさじろう説せつ、「過重かじゅうな課か役やくに耐たえかねて逃亡とうぼうした逃散農民のうみんである」とする角田つのだ一郎いちろう説せつなどがある。

また、平安へいあん時代じだいの文人ぶんじん、大江匡房おおえのまさふさの『傀儡かいらい子こ記き』に日本にっぽん民族みんぞくとは異ことなる習俗しゅうぞくであるとあり、インドからヨーロッパに渡わたったジプシーと同どう源みなもとで、インドから中国ちゅうごく・韓国かんこく経由けいゆで日本にっぽんに来きた浮浪ふろう漂泊ひょうはくの民族みんぞくとする奇き説せつもある。白柳しらやなぎ秀湖しゅうこは、大江匡房おおえのまさふさの『傀儡かいらい子こ記き』の記述きじゅつから、「傀儡かいらい子こ」は大陸たいりくのジプシーが中国ちゅうごく・朝鮮ちょうせんなどを経へて渡来とらいした漂泊ひょうはくの民族みんぞくであるが、「傀儡かいらい師し」は時代じだいが下くだり、その芸能げいのうを受うけ継ついだ浮浪ふろうの人々ひとびとであり民族みんぞく的てきなものではない、としている。

その他たに、その源流げんりゅうの形態けいたいを色濃いろこく残のこすものとして、サンカ（山窩さんか）との繋つながりを示唆しさする研究けんきゅう者しゃもいる。

『傀儡かいらい子こ記き』

1087年ねんに大江匡房おおえのまさふさによって書かかれたもので、漢かん文体ぶんたい320文字もじ程度ていどの小品しょうひんだが、当時とうじの傀儡かいらい子こたちがどのような生活せいかつ様式ようしきをもち、どのように諸国しょこくを漂泊ひょうはくしていたかがうかがわれる数少かずすくない資料しりょうとなっている。傀儡かいらい子こ集団しゅうだんは定住ていじゅうせず家いえもない、水草みずくさを追おって流ながれ歩あるき、北狄ほくてき（蒙こうむ古人こじん）の生活せいかつによく似にているとし、皆みな弓ゆみや馬ばができて狩猟しゅりょうをし、2本ほんの剣けんをお手玉てだまにしたり七ななつの玉たま投なげなどの芸げい、「魚さかな竜りゅう蔓延まんえん(魚さかな龍りゅう曼延)の戯おどけ」といった変幻へんげんの戯おどけ芸げい、木きの人形にんぎょうを舞まわす芸げいなどを行おこなっていたとある。魚さかな龍りゅう曼延とは噴水ふんすい芸げいのひとつで、舞台ぶたい上じょうに突然とつぜん水みずが噴ふき上あがり、その中なかを魚さかなや竜りゅうなどの面めんをつけた者ものが踊おどり回まわって観客かんきゃくを驚おどろかせる出だし物ものである。

また、傀儡かいらい女おんなに関かんしては、細ほそく描えがいた眉まゆ、悲かなしんで泣ないた顔かおに見みえる化粧けしょう、足あしが弱よわく歩あるきにくいふりをするために腰こしを曲まげての歩行ほこう、虫歯むしばが痛いたいような顔かおでの作つくり笑わらい、朱しゅと白粉おしろいの厚化粧あつげしょうなどの様相ようそうで、歌うたを歌うたい淫楽いんらくをして男おとこを誘さそうが、親おやや夫おっとらが気きにすることはなく、客きゃくから大金たいきんを得えて、高価こうかな装身具そうしんぐを持もち、労働ろうどうもせず、支配しはいも受うけず安楽あんらくに暮くらしていると述のべ、東海道とうかいどうの美濃みの・三河みかわ・遠江とおとうみの傀儡かいらい女おんながもっとも美うつくしく、次ついで山陽さんようの播磨はりま、山陰さんいんの但馬たじまが続つづき、九州きゅうしゅうの傀儡かいらい女おんなが最下さいか等とうだと記しるす。なお、大江匡房おおえのまさふさは『遊女ゆうじょ記き』も著あらわしており、「遊女ゆうじょ」と「傀儡かいらい女おんな」はどちらも売春ばいしゅんを生業せいぎょうとするものの、区別くべつして捉とらえていたとされる。

ゆかりの場所ばしょ

• 西宮にしのみや神社じんじゃ近ちかくに傀儡かいらい師し故こ跡あとがあり、首くびから箱はこを下さげた傀儡かいらい師しの半身はんしん像ぞうが建たてられている。傀儡かいらい師しが人形にんぎょう芝居しばいの元祖がんそであると言いわれていることから、西宮にしのみや市し内うちに戎えびす座ざ人形にんぎょう芝居しばい館かんもある。
• 愛知あいち県けん半田はんだ市しには、江戸えど後期こうきから続つづく傀儡かいらい師しのからくり人形にんぎょうが載のった山車だし（田中組たなかぐみ神楽かぐら車しゃ）があり、5月の亀崎かめざき潮干しおひ祭さいで演舞えんぶが披露ひろうされる。

画像がぞう

• 
  一筆いっぴつ斉ひとし文調ぶんちょう「からくり御伽おとぎ傀儡かいらい師し」
• 
  田中組たなかぐみ神楽かぐら車しゃのからくり人形にんぎょう「傀儡かいらい師し」

関連かんれん作品さくひん

• 俳句はいくでは冬ふゆ（新年しんねん）の季語きご。
  • 傀儡かいらい師し阿波あわの鳴戸なるとを小歌こうたかな（宝井たからい其角きかく）
  • 節ふしになる古ふるき訛なまりや傀儡かいらい師し（炭たん太祇たいぎ）
• 清元きよもと節たかし・長唄ながうた『傀儡かいらい師し』
• 芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ短たん編集へんしゅう『傀儡かいらい師し』 （短たん編集へんしゅうの題だいのみで傀儡かいらい師しという作品さくひんはない）
• 瀬戸内せとうち晴美はるみ小説しょうせつ『祇園女御ぎおんのにょうご』- 主人公しゅじんこうが参道さんどうに捨すてられていたのを拾ひろって育そだてたという、傀儡かいらい師し一座いちざの頭領とうりょう・鷲わし丸まるが登場とうじょう。物語ものがたり後半こうはんでは、傀儡かいらい師し同士どうしで駆かけ落おち結婚けっこんした夫婦ふうふの間あいだに出来できた娘むすめが主人公しゅじんこうの妹いもうと分ぶんとして引ひき取とられる設定せっていである。

関連かんれん事項じこう

• 猿楽さるがく
• 巫女ふじょ
• 舞まい神楽かぐら
• 神事しんじ
• 人形にんぎょう劇げき
• 剣舞けんぶ
• 男おとこ寺てら党とう
• コクトゥカクシノルム
• 天津てんしん司し舞まい
• 山窩さんか

外部がいぶリンク

• ジプシーと傀儡かいらい子こ『日本にっぽん民族みんぞく文化ぶんか史し考こう』白柳しらやなぎ秀湖しゅうこ著ちょ (文理ぶんり書院しょいん, 1947年ねん)
• 庶民しょみんの文化ぶんか - 西宮にしのみやの傀儡かいらい師し『淡路あわじ地方ちほう史し: 一いち郷土きょうど史家しかの考察こうさつ』大江おおえ恒雄つねお、文芸ぶんげい社しゃ、2003年ねん
• 陳平ちんぺい伝説でんせつ中国ちゅうごく都市とし芸能げいのう研究けんきゅう会かい『都市とし芸げい研けん』第だい五ご輯/郃陽木偶でく戯おどけ初はつ探さがせ、2006年ねん