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3DO - Wikipedia

3DO

マルチメディア規格きかく、またはその機器きき名称めいしょう

3DO(スリーディーオー)は、以下いかのいずれかをす。

3DO
メーカー 松下電器産業まつしたでんきさんぎょう
三洋電機さんようでんき
金星きんぼししゃ
(ライセンス供給きょうきゅうもと:The 3DO Company)
種別しゅべつ 据置すえおきがたゲーム
世代せだい だい5世代せだい
発売はつばい アメリカ合衆国の旗カナダの旗 1993ねん10月4にち
日本の旗 1994ねん3がつ20日はつか
欧州連合の旗 1994ねん
対応たいおうメディア CD-ROM
対応たいおうストレージ メモリーユニット
コントローラ入力にゅうりょく ケーブル
売上うりあげ台数だいすう 日本の旗 72まんだい[1]
アメリカ合衆国の旗 63まんだい
200まんだい[1]
互換ごかんハードウェア 3DO TRY
3DO ALIVE
3DOブラスター
次世代じせだいハードウェア 3DO M2(Panasonic M2)
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ほんこうでは上記じょうきの3つについてべる。

 
The 3DO Companyのロゴ

The 3DO Companyは、1990ねんエレクトロニック・アーツ以下いか、EA)の創始そうししゃ一人ひとりトリップ・ホーキンスゲームプラットホーム開発かいはつ目的もくてき設立せつりつしたアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく企業きぎょうである。元々もともとはSMSG(San Mateo Software Group)という名前なまえだった。「3DO」の「3D」は3次元じげん3 Dimension)、そして、オーディオ(Audio)やビデオ(Video)のように一般いっぱんてきなものになるようにねがって、両者りょうしゃ共通きょうつうする最後さいご一文字ひともじ「O」をつけられた。

1993ねん32ビットマルチメディア端末たんまつ統一とういつ規格きかく「3DO」を開発かいはつ発表はっぴょうし、北米ほくべいのマスコミをつうじて「マルチメディア時代じだい到来とうらい宣伝せんでんした。3DOしゃ自社じしゃではハードを製造せいぞうせず、ライセンスを提供ていきょうした電機でんきメーカーからハードをリリースし、ハードおよびソフトがれるたびにロイヤリティを徴収ちょうしゅうするというビジネスモデルをとった。またトリップ・ホーキンスがEAの設立せつりつしゃでもあることから、EAが事実じじつじょうのセカンドパーティとして機能きのうした。だが、リリースされた3DOハードの高額こうがくさ、サードパーティーせいのソフトのかず不足ふそくなど複数ふくすう要因よういんかさなり競合きょうごうにシェアをうばわれ、会社かいしゃ設立せつりつからほどなくしてThe 3DO Companyの業績ぎょうせき悪化あっか任天堂にんてんどう次世代じせだいNINTENDO64発売はつばい目前もくぜんひかえた1995ねんすえにThe 3DO Companyは3DOと開発かいはつちゅうだった64ビット規格きかく次世代じせだいM2」の権利けんり松下電器まつしたでんき売却ばいきゃくしてハード事業じぎょうから撤退てったい、ゲームメーカーとしてSSやPS、PCようのソフトを開発かいはつ発売はつばいした。そして2003ねん5月に連邦れんぽう倒産とうさんほうだい11しょう申請しんせい倒産とうさんした。いくつかのゲームソフトは倒産とうさん会社かいしゃ買収ばいしゅうされ、続編ぞくへん開発かいはつされている。

3DOしゃおもなゲームソフト

編集へんしゅう

日本にっぽんでは1994ねん3がつ20日はつかに、スプライト動画どうが再生さいせい能力のうりょくつ32ビットゲーム先駆さきがけとして、3DO規格きかく「3DO REAL」を松下電器まつしたでんきがパナソニックブランドでインタラクティブ・マルチプレイヤーという家電かでん製品せいひん一種いっしゅとして発売はつばいした[2]当初とうしょ発表はっぴょうされた希望きぼう小売こうり価格かかくは79,800えんで、実際じっさいには54,800えん発売はつばいされた。イメージキャラクターには3DCGでえがかれ、「なんかった?」とつぶやアインシュタイン使用しようされた。

ライセンシーである松下電器まつしたでんきは、1993ねん1がつ7にちから開催かいさいされた'93冬期とうきコンシューマー・エレクトロニクス・ショーで、3DO本体ほんたい、ゲームのデモ映像えいぞう出展しゅってんした。さらにThe 3DO Companyは、当時とうじ北米ほくべいハード業界ぎょうかい二分にぶんしていたセガ任天堂にんてんどうよりやすいロイヤリティでゲームソフトのサードパーティーあつめ、松下電器まつしたでんき北米ほくべい日本にっぽんでプロモーションをおこな知名度ちめいどげた。のち三洋電機さんようでんきからも「3DO TRY」が発売はつばいされた。

3DO REALは発売はつばい直後ちょくご品切しなぎれが続出ぞくしゅつし、4がつまつまでにやく10まんだい出荷しゅっかするが5がつはいると売上うりあげなやみ、7がつまつまでに18まんだい出荷しゅっかするにとどまった[3]。また、3DO REALが発売はつばいされてからやく半年はんとしの11月には「セガサターン」(以下いか、SS)、12月には「PlayStation」(以下いか、PS)などの競合きょうごう発売はつばいされ、それに対抗たいこうするため、高額こうがくだった本体ほんたい設計せっけい見直みなおしによる改良かいりょう「3DO REAL II」を44,800えん販売はんばいするなど普及ふきゅう戦略せんりゃく仕掛しかけたが、ようゲーと国内こくない中小ちゅうしょうのサードパーティーが開発かいはつした版権はんけんキャラクターもののタイトルでめていた3DOははやくもかれてしまう。

1995ねんには北米ほくべいおよび日本にっぽんにてSSやPSが普及ふきゅうし、The 3DO Companyの業績ぎょうせき悪化あっか任天堂にんてんどう次世代じせだいNINTENDO64発売はつばい目前もくぜんひかえた1995ねんすえにThe 3DO Companyは3DOと開発かいはつちゅうだった64ビット規格きかく次世代じせだいM2」の権利けんり松下電器まつしたでんき売却ばいきゃくしてハード事業じぎょうから撤退てったい、ゲームメーカーとしてSSやPS、PCようのソフトを開発かいはつ発売はつばいした。

3DOの権利けんり松下電器まつしたでんき北米ほくべいで1996ねん2がつより3DO REALの価格かかくげるが、ハードの高価こうかさ、サードパーティーの支持しじすくなさ、ソフトのすくなさ、競合きょうごう普及ふきゅうなどの要因よういんかさなり、販売はんばい台数だいすうばせず、3DOは1996ねんちゅう市場いちばから姿すがたした。

次世代じせだい頓挫とんざ

編集へんしゅう

1996ねん4がつには松下電器まつしたでんきのゲーム事業じぎょう担当たんとうするパナソニック・ワンダーテインメントしゃ設立せつりつし、同時どうじに「Panasonic M2」としょうする次世代じせだいのプロモーションを開始かいしした。M2端末たんまつは1997ねん4がつから6がつ発売はつばいとされており、旧来きゅうらいの3DO端末たんまつユーザーにもなんらかのアップグレード施策しさく約束やくそくされた。1997ねんには松下電器まつしたでんきとLG電子でんしきゅう金星かなぼし電子でんしげんLGエレクトロニクス)からM2端末たんまつのプロトタイプ発表はっぴょうもなされた。しかし、そのころには競合きょうごうのPSが普及ふきゅうしており、松下電器まつしたでんき次世代じせだい展開てんかい断念だんねん。1997ねん6がつにはゲーム事業じぎょうからの撤退てったい表明ひょうめいし、3DOにかんするすべてのプロジェクトを終結しゅうけつさせた。3DO M2のローンチタイトルとしてワープが『Dの食卓しょくたく2』の開発かいはつ表明ひょうめいし、プロモーションビデオも公開こうかいされ1996ねんなつ発売はつばい予定よていとされたが、3DOの終息しゅうそくにより開発かいはつ中止ちゅうしされた[注釈ちゅうしゃく 1]結局けっきょくパナソニック・ワンダーテインメントしゃからはソフトとハードども発売はつばいされずにわった。

なお、松下電器まつしたでんきがThe 3DO Companyから買収ばいしゅうしたM2のアーキテクチャは、松下電器まつしたでんき業務ぎょうむよう端末たんまつ自動じどう販売はんばいなどのよう基板きばんとしておも流用りゅうようされ、ゲーム用途ようととしてはコナミのアーケードゲーム基板きばんとして一部いちぶ採用さいようされた。またパナソニック・ワンダーテインメントしゃ他社たしゃハードけのソフトウェア開発かいはつ転換てんかんしたが、実際じっさい開発かいはつおこなわれることいまま1999ねん清算せいさんされた。一方いっぽうThe 3DO Companyはその、ゲームメーカーとしてセガサターン(SS)やPlayStation(PS)、PCようのソフトを開発かいはつ発売はつばいしていた。そして2003ねん5月に連邦れんぽう倒産とうさんほうだい11しょう申請しんせい倒産とうさんした。いくつかのゲームソフトは倒産とうさん会社かいしゃ買収ばいしゅうされ、続編ぞくへん開発かいはつされている。

ハードウェア

編集へんしゅう
  • CPU : 32ビットRISCプロセッサ ARM60(12.5MHz)
  • メモリ : メイン2MB,VRAM 1MB,SRAM 32KB[バッテリーバックアップ(3DO REAL IIではCR2032を使用しよう)]
  • バス速度そくど : 50MB/びょう
  • DMA : 24ch
  • 描画びょうが速度そくど : 6400まんピクセル/びょう
  • 解像度かいぞうど : 640ドット×480ライン
  • カラー機能きのう : 最大さいだい1,670まんしょく、32,000しょく同時どうじ発色はっしょく
  • ポリゴン機能きのう : テクスチャマッピンググーローシェーディング
  • サウンド : DSP
  • CD-ROMドライブ : 倍速ばいそく
    • 対応たいおうCD-ROM規格きかく : 3DOようCD・CD-DAビデオCDCD-GフォトCD
    • 毎秒まいびょう30フレームのフルスクリーン・フルカラー動画どうが再生さいせい機能きのう(シネパック)
    • ビデオCDの再生さいせいにはビデオCDアダプターが必要ひつようこう精細せいさい静止せいし不可ふか

バリエーション

編集へんしゅう
 
松下電器産業まつしたでんきさんぎょう「3DO REAL II」
 
三洋電機さんようでんき「3DO TRY」
 
Goldstar「3DO ALIVE」

東芝とうしばAT&Tなどかなりおおくの企業きぎょうが3DO端末たんまつ発売はつばい意欲いよくしめしたが3DO端末たんまつ発売はつばいしたのは、最終さいしゅうてきには松下電器まつしたでんき(Panasonic)、三洋電機さんようでんき(Sanyo)、金星きんぼししゃ(Goldstar)の3しゃだけで、ほかにはクリエイティブ・テクノロジーがPC拡張かくちょうカードかたち販売はんばいおこなったにとどまっている。北米ほくべい市場いちば日本にっぽん市場いちばともに、松下電器まつしたでんき機種きしゅ「3DO REAL」がもっともよくられている。おくれてサムスン電子でんし(Samsung)も3DO端末たんまつ発売はつばい表明ひょうめいしたが、ハードを発売はつばいするまえに3DOが終息しゅうそくしてしまったため、モックアップが公開こうかいされたのみである。

Panasonic FZ-1 R.E.A.L. 3DO Interactive Multiplayer
通称つうしょうは「3DO REAL」
1994ねん3がつ20日はつか日本にっぽん発売はつばい予価よか79,800えん発売はつばい価格かかく54,800えん。アジア、北米ほくべい、ヨーロッパでも発売はつばい当時とうじ最新さいしんのIBM-PCより動画どうが処理しょり能力のうりょくすぐれており、サウンドを同時どうじらすことも可能かのうだった。サウンドは、CD音声おんせいとPCM音源おんげん利用りよう可能かのうで、これまでIBM-PCやゲームセンターでしかたのしめなかったゲームが、家庭かていあそべるようになった[4]
世界せかい[4]最初さいしょ登場とうじょうした3DOはしまつであり、北米ほくべい市場いちばで$699.99で販売はんばいされた。1994ねんに$399.99に値下ねさげされた[5]
トレイしきCD-ROMドライブには、その当時とうじ松下寿電子工業まつしたことぶきでんしこうぎょう生産せいさんし、コンパックApple ComputerなどPCベンダー各社かくしゃ供給きょうきゅうされていたCR-503けいのドライブが搭載とうさいされていた。
ROBO
「3DO ROBO」ではなく「ROBO」が正式せいしき名称めいしょう
日本にっぽん発売はつばい。FZ-1のカスタム仕様しよう双葉電子工業ふたばでんしこうぎょう子会社こがいしゃであるナイステックしゃラブホテル納入のうにゅうするために500だい製作せいさくしたもの[6]
ビデオCDアダプタが標準ひょうじゅん付属ふぞくし、あらかじめ5まいのCDを磁力じりょくげてけ、CDをえて使用しよう出来できる。一般いっぱんには出回でまわっていないが、一時いちじ秋葉原あきはばらとう少量しょうりょうられていた。
Panasonic FZ-10 R.E.A.L. 3DO Interactive Multiplayer
通称つうしょうは「3DO REAL II」
1994ねん11月11にち日本にっぽん発売はつばい。44,800えん、1995ねんなつごろからオープン価格かかく北米ほくべい、ヨーロッパでも発売はつばい
FZ-1の後継こうけいとして、よりてい価格かかく、スリム軽量けいりょうがなされた。CDドライブをトップローディングしき変更へんこうし、倍速ばいそくCD-ROMの駆動くどう回路かいろ電子でんし回路かいろ集積しゅうせきなどでコストダウンをした。内部ないぶメモリマネージャーがいており、LEDとコントローラ接続せつぞく端子たんし位置いち変更へんこうされている。コントローラもFZ-1より軽量けいりょう小型こがたされており、ヘッドホン出力しゅつりょく端子たんし削除さくじょされた。
Sanyo IMP-21J TRY 3DO Interactive Multiplayer
通称つうしょうは「3DO TRY」
1994ねん10月1にち日本にっぽん発売はつばい[7]発売はつばい価格かかく54,800えん。1995ねんなつごろからオープン価格かかく
フロントローディングしきだが、りレンズがトレイについている[8]
Goldstar GDO-101M 3DO Interactive Multiplayer
通称つうしょうは「3DO ALIVE」
1994ねん韓国かんこく北米ほくべい、ヨーロッパで発売はつばい
形状けいじょうてきにはFZ-1にているが、ハードてきには仕様しようちがう。また、ファイルの処理しょりすう制限せいげんのために、いくつかのソフトがうごかないとの報告ほうこくがある。
Goldstar GDO-203P 3DO Interactive Multiplayer
通称つうしょうは「3DO ALIVE II」
韓国かんこく発売はつばい
ほん発売はつばいちゅうにGoldstarの社名しゃめいがLGに変更へんこうされたため、後期こうき製品せいひんはLGの名義めいぎ販売はんばいされた。
SAMSUNG 3DO
発売はつばい中止ちゅうし
VHSビデオデッキのようなデザイン。本体ほんたい内部ないぶにビデオCDアダプター接続せつぞく専用せんようのスペースがある。従来じゅうらいではオプションあつかいだったMPEGデコーダを内蔵ないぞうしている。
Creative 3DO Blaster
PCようISA拡張かくちょうカードの形式けいしき販売はんばいされた。PCで3DOようゲームをたのしむため、2ばいそくCD-ROMとコントローラーが付属ふぞくしている。

周辺しゅうへん機器きき

編集へんしゅう
3DOコントロールパッド(Panasonic FZ-JP1X/FZ-JP2X)
標準ひょうじゅんコントロールパッド。パッド上部じょうぶべつのパッドを接続せつぞくするためのコネクタをそなえており、デイジーチェーンで8だいまで接続せつぞくできる。FZ-JP1Xの手前てまえがわにはステレオヘッドフォン端子たんし音量おんりょうボリュームがあり、ヘッドホンをすことでおとがモニターできる。
3DOマウス(Panasonic FZ-JM1)
3DO専用せんようマウス。『レミングス』など、マウス対応たいおうのソフトでのみ使用しよう可能かのう[8]
デジタルスティックコントローラー
アーケードゲーム仕様しようのコントローラー。(Panasonic FZ-JS1)
6ボタンコントロールパッド(Panasonic FZ-JJ1XP)
スーパーファミコンようコントローラー「カプコンパッドソルジャー」の3DOばん
メモリーユニット(Panasonic FZ-EM256)
ゲームのセーブデータを保存ほぞんしておくための外部がいぶ補助ほじょ記憶きおく装置そうち容量ようりょうは256KBで、本体ほんたい内蔵ないぞうメモリーの8ばい容量ようりょうである。
ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV1)
ビデオCD再生さいせいするのに必要ひつようなアダプタ。COMPACT DISC DIGITAL VIDEO、VIDEO CD、3DO DIGITAL VIDEO対応たいおう。Panasonic 3DO REAL(FZ-1)専用せんよう
ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV1A)
上記じょうきFZ-FV1のVCD Ver.2.0、PBC(プレイバックコントロール)機能きのう対応たいおうばん
ビデオCDアダプターよう電源でんげん(Panasonic FZ-AA103)
上記じょうきFZ-FV1、FZ-FV1Aの電源でんげん
ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV10)
FZ-10専用せんようビデオCDアダプタ。
3DOよう互換ごかんアダプター 3D ZERO SUPER NES CONTROLLER ADAPTOR FOR 3DO(SUPERUFO F-952)
本体ほんたいとパッドのあいだにつなげることスーパーファミコンのコントローラーが使つかえるようにするコンバーター。[9]
カラオケミキサー(Panasonic FZ-AKI)
REALに接続せつぞくするだけで本格ほんかくてきなカラオケがたのしめる。2ほんのマイクが接続せつぞく可能かのう。エコーやボーカルキャンセルなどの機能きのう搭載とうさいされている。カラオケをたのしむには専用せんようのCDソフトが必要ひつよう[8]
推奨すいしょうマイク(RP-VK-90-K)
ステレオヘッドホン(RP-HT950-H)
ビデオプリンター(NV-NP7)

ソフトタイトル

編集へんしゅう

The 3DO Companyのおもなゲームソフトとしては、『突撃とつげき!アーミーマン 史上しじょう最小さいしょう作戦さくせん』、マイト・アンド・マジックシリーズ、『Meridian 59』、『Cubix Robots for Everyone』などがある。

日本にっぽん発売はつばいされた初期しょきのゲームソフトの大半たいはんはエレクトロニック・アーツ・ビクター(EAV、げんエレクトロニック・アーツ日本にっぽん法人ほうじん)らによる「ようゲー」の日本語にほんごばんだった。

3DOはEAのほかにもサードパーティーとしてコナミクリスタル・ダイナミックス、フューチャー・パイレーツ、カプコン、ワープなどが参加さんかした。

フューチャー・パイレーツの高城たかぎつよしは1994ねん当時とうじ日本にっぽんのテレビとうで3DOを賞賛しょうさん。『チキチキマシンもうレース』などを製作せいさく。3DOいちしゃ提供ていきょうのTV番組ばんぐみ高城たかぎつよしX」(テレビ東京てれびとうきょう)を制作せいさく出演しゅつえんした。

カプコン発売はつばいした『スーパーストリートファイターII X』は国内こくないのコンシューマソフトとしては発売はつばいされていなかったこともありキラーソフトとなった。

1995ねん4がつ、ワープの飯野いいの賢治けんじ制作せいさくした『Dの食卓しょくたく』や家庭かていようゲームはじめて移植いしょくされた同年どうねん9がつまつ発売はつばいでコナミの小島こじま秀夫ひでお制作せいさくした『ポリスノーツ』は話題わだいあつめた[2]

なお、同年どうねんちゅうにコナミからメタルギアシリーズだいさんさくとして『メタルギア3(かり)』の発売はつばい計画けいかくすすめられるも、阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさいによる神戸こうべ本社ほんしゃ被災ひさいと3DO市場いちば低迷ていめいから事実じじつじょう凍結とうけつとなり、1998ねんにPSの『メタルギアソリッド』と改変かいへんのうえ発売はつばいされた[10]

3DOでは実写じっしゃアダルトゲーム発売はつばいがあり、海外かいがいタイトルではポルノ女優じょゆう静止せいし動画どうが再生さいせいするもの、国産こくさんでは脱衣だつい麻雀まーじゃんものや野球やきゅうけんによる脱衣だついゲームるい美少女びしょうじょゲーム発売はつばいされている。再生さいせい対応たいおうとしていたビデオCDはLDとくら画質がしつおとることもあり、日本にっぽんではもっぱアダルトビデオ系統けいとう正規せいきタイトルがおおかったため、これを逆手さかてり、ナイステックの「ROBO」が発売はつばいされラブホテルのサービス機器ききとして実用じつようされた。

3DOソフトとして製作せいさくされた一部いちぶのタイトルはPSやSSで移植いしょくばん発売はつばいされ、さらに『テーマパーク』などのその一部いちぶゲームアーカイブス配信はいしんタイトルとなり現在げんざいもプレイ可能かのうである。

レイティング

編集へんしゅう

自主じしゅ規制きせいによるレイティングシステムさだめられた。

E
  • アイコンはみどり一般いっぱんむこう
16
  • アイコンは。16さい未満みまん不適ふてき過激かげき暴力ぼうりょく猟奇りょうきてき描写びょうしゃふくまれるタイトル、AOよりも性的せいてき描写びょうしゃ軽微けいびなタイトルに指定してい
AO
  • アイコンはあか成人せいじん専用せんようで、18さい未満みまん販売はんばい禁止きんし。「AO」はAdults Onlyのりゃくで、性的せいてき表現ひょうげんふくんだアダルトゲームタイトルに指定してい

評価ひょうか

編集へんしゅう

1994ねん当時とうじ北米ほくべいでのおも競合きょうごうである任天堂にんてんどうSNESやセガ・Genesisくらべてハードウェアの性能せいのうたかく、タイムによって"1994 Product of the Year"に選出せんしゅつされている。

しかし、ハードのプロモーションを事実じじつじょういちになった松下電器まつしたでんき規格きかく提唱ていしょうしゃでもゲームメーカーでもないハードウェアメーカーであり、プロモーションでも「インタラクティブ」や「マルチメディア」を強調きょうちょうするのみで、肝心かんじんのソフトの宣伝せんでんおこなわなかった。また競合きょうごうゲームのように「ハードを赤字あかじ覚悟かくご販売はんばいし、ソフトのげやサードパーティーからのロイヤリティで補填ほてんする」というビジネスモデルをれずハードのみで利益りえき必要ひつようがあった。しかもゲームショップなどをメインに販売はんばいされた競合きょうごうゲームたいし、3DO REALは松下まつした家電かでんとしての販路はんろ利用りようしておも販売はんばいされた。松下電器まつしたでんき地域ちいき専門せんもんてん、いわゆる「ナショナルショップ」での販売はんばいおこなったので、メーカーにたいする発言はつげんりょくつよいこれらのみせもうかる施策しさく必要ひつようで、競合きょうごうのような積極せっきょくてき値引ねび販売はんばいができなかった。三洋電機さんようでんき販売はんばいした「3DO TRY」のじつうれ価格かかくは3DO REALと比較ひかくして安価あんかだったが、松下まつしたよりもさらに販路はんろよわ三洋さんよう家電かでん販路はんろ利用りようして販売はんばいされたため、非常ひじょう流通りゅうつうりょうかぎられた。このように発売はつばい当初とうしょの3DO端末たんまつ旧来きゅうらい家電かでん製品せいひんのビジネスモデルから脱却だっきゃくできなかった。

そのため競合きょうごうゲームくらべてこう価格かかく設定せっていとなり、輸出ゆしゅつさきのアメリカでは699ドル、欧州おうしゅう輸出ゆしゅつしたときにはEUから、ゲームではなく関税かんぜいたかい「情報じょうほう家電かでん」として認定にんていされたので、価格かかくがさらにたかくなった。「安価あんかなゲーム」ではなく「こう価格かかくなマルチメディア」というコンセプトは、普及ふきゅうおおきなさまたげとなった。結果けっかとしてハイエンドゲーマーしかさなかった。松下電器まつしたでんきは「3DOがこれほどこう価格かかくなのは、これがたんなるゲームではなくインタラクティブ・マルチプレイヤーだからである」と主張しゅちょうしてその価格かかく正当せいとうした。

3DOはEAのほかにもサードパーティとしてコナミやクリスタル・ダイナミックスなどの大手おおてメーカーの支持しじけた。しかし、のサードパーティの支持しじがそれほどあつまらなかったため、ゲームの本数ほんすう自体じたいすくなかった。またメガCDのタイトルをそのまま3DOに移植いしょくした『ナイト・トラップ』など、「インタラクティブ・ムービー」としょうして動画どうが再生さいせいするタイトルはゲームせいひくいものがおおく、3DOがりにした「マルチメディア」にしても、3DOが標準ひょうじゅん再生さいせいできるデジタルムービーは品質ひんしつひくく、ビデオCD規格きかく動画どうが再生さいせい可能かのうにするには周辺しゅうへん機器ききビデオCDアダプター(MPEG1デコーダ)を追加ついか購入こうにゅうする必要ひつようがあった。なお、インタラクティブ・ムービーものの一部いちぶタイトルには「3DO VIDEO」とパッケージに表記ひょうきされた。

上記じょうき理由りゆうから、3DO REALはローンチに失敗しっぱい。3DOは北米ほくべい大手おおてゲーム雑誌ざっしであるエレクトロニック・ゲーミング・マンスリーによって"Worst Console Launch of 1993"に選出せんしゅつされている。

このように日本にっぽん発売はつばい当初とうしょの3DOはハード・ソフトどもにゲーマーへのアピールがよわく、その結果けっかほん本来ほんらいっていたはずの「ゲームにまらない情報じょうほう家電かでん」というマシンへの展開てんかいがなされず、「たんたかいゲーム」「ようゲー主流しゅりゅうりつきにくいマシン」というイメージで一般いっぱんそう普及ふきゅうしないという悪循環あくじゅんかんおちいった。「ゲームにまらない」という方向ほうこうせいのためおおくのゲーム雑誌ざっしでもあつかいはのゲーム同格どうかくではなく、別枠べつわく便宜べんぎてき紹介しょうかいされるだけだったのも一般いっぱんへの認知にんちひろがりを阻害そがいした。任天堂にんてんどう山内やまうちは、当時とうじ開発かいはつちゅうの3DOについて、NHKの取材しゅざいなかでソフトメーカー、流通りゅうつう関係かんけいしゃなどから、「発売はつばいまえからされることが確定かくていした」とわれており、ユーザーはハードをもとめているのではなく、独創どくそうてきたのしさをもつソフトであり、みずからの意見いけんとしても3DOは99.99%駄目だめだと酷評こくひょうした[11]

脚注きゃくちゅう

編集へんしゅう

注釈ちゅうしゃく

編集へんしゅう
  1. ^ その、ストーリー構成こうせいからつくなおし「D2」として1999ねん12月にドリームキャスト発売はつばいされている。

出典しゅってん

編集へんしゅう
  1. ^ a b オークラ出版しゅっぱん家庭かていようゲーム興亡こうぼう」167ぺーじ
  2. ^ a b ウワーマン (2020ねん3がつ20日はつか). “3DO REALが日本にっぽん発売はつばいされた。『スパIIX』や『Dの食卓しょくたく』、『ポリスノーツ』がいちはやあそべた大手おおて電機でんきメーカー開発かいはつわりだねハード【今日きょうなん?】”. ファミ通ふぁみつう. KADOKAWA. 2020ねん5がつ30にち閲覧えつらん
  3. ^ 松下まつした、リアル販売はんばい不振ふしん現実げんじつ-マルチメディア事業じぎょう戦略せんりゃく暗雲あんうん日経にっけい産業さんぎょう新聞しんぶん、1994ねん8がつ31にち、1ぺーじ
  4. ^ a b 電撃でんげきおう 3DOマシンだい1ごうアメリカで10がつ発売はつばい!』通巻つうかん9ごうメディアワークス、1993ねん10がつ1にち、26ぺーじ 
  5. ^ Markoff, John (December 11 1994). “For 3DO, a Make-or-Break Season”. New York Times. http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9904E1DF1039F932A25751C1A962958260&sec=&spon=&pagewanted=all 2007ねん12月31にち閲覧えつらん. 
  6. ^ ROBO (3DO)
  7. ^ 週刊しゅうかんファミコン通信つうしん no.330. 株式会社かぶしきがいしゃアスキー. (1995ねん4がつ14にち). p. 74 
  8. ^ a b c 電撃でんげきおう マルチにたのしむ3DOだい研究けんきゅう通巻つうかん31ごうメディアワークス、1995ねん3がつ1にち、152,153,ぺーじ 
  9. ^ 週刊しゅうかんファミコン通信つうしん no.328. 株式会社かぶしきがいしゃアスキー. (1995ねん3がつ31にち). p. 115 
  10. ^ 小島こじま秀夫ひでおが「HIDECHAN! ラジオ」にて発言はつげんしている。
  11. ^ 相田あいだひろし; だい墻敦 (1997-01-20). しん電子でんし立国りっこく〈4〉ビデオゲーム・巨富きょふ攻防こうぼう. 日本にっぽん放送ほうそう出版しゅっぱん協会きょうかい. pp. 261-265 

関連かんれん項目こうもく

編集へんしゅう
  • 松下電器産業まつしたでんきさんぎょうのハード
    • MSXturboR - 1990ねん発表はっぴょうされたパソコンの規格きかく参入さんにゅうしたのは松下電器産業まつしたでんきさんぎょうのみで、事実じじつじょう松下まつしたのハードだった。
    • Panasonic Q - 2001ねん松下電器産業まつしたでんきさんぎょう発売はつばいしたニンテンドーゲームキューブ互換ごかんマルチメディア。ちなみにこの時代じだいの「マルチメディア」とは「DVDビデオ再生さいせい対応たいおう」という意味いみ
    • The Jungle - 2010ねんにパナソニックが発表はっぴょうした携帯けいたいがたゲーム。2011ねん市場いちば変化へんかにより発売はつばい断念だんねんしたとのアナウンスがあった。
  • どう時期じきのマルチメディア
    • CD-i - フィリップスしゃ策定さくていし、1991ねん最初さいしょ対応たいおう製品せいひん発売はつばいしたマルチメディアの規格きかく
    • Commodore CDTV - 1991ねんコモドールしゃ発売はつばいしたマルチメディア
    • レーザーアクティブ - 1993ねんにパイオニアが発売はつばいしたマルチメディア
    • NUON(ヌオン) - 1998ねん発売はつばいされ、3DOとおなじコンセプトで失敗しっぱいしたマルチメディア。3DOに正式せいしき参入さんにゅうしつつもハードの発売はつばい時期じきのがしたサムスンと、当初とうしょ賛同さんどう表明ひょうめいしつつも最終さいしゅうてき参入さんにゅう見送みおくった東芝とうしばの2しゃ対応たいおう機種きしゅ発売はつばいした。
  • Mana(マナ) - ギタリスト・シンセシスト・音楽おんがくプロデューサー。3DOに造詣ぞうけいふかい。

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