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イテリメン

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
イテリメン
итэнмэн(Itənmən
はなされるくに ロシアの旗 ロシア
地域ちいき コリヤーク管区かんく
話者わしゃすう 82にん(2010ねん国勢調査こくせいちょうさ[1]
言語げんご系統けいとう
表記ひょうき体系たいけい キリル文字もじ
言語げんごコード
ISO 639-1 -
ISO 639-2 mis
ISO 639-3 itl
消滅しょうめつ危険きけん評価ひょうか
Critically endangered (Moseley 2010)
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イテリメン英語えいご: Itelmen, ロシア: ительменский язык)は、シベリア諸語しょごひとつでカムチャツカ半島はんとう西部せいぶイテリメンぞく固有こゆう言語げんご。イテリメンが自称じしょうであるが、かつてはカムチャダールともばれた。チュクチ・カムチャツカ語族ごぞくふくめられるが、言語げんごとはおおきくことなり、べつ語族ごぞくとするせつもある[2]

話者わしゃはすでに年配ねんぱいしゃコリヤーク管区かんくすうじゅうにんしかなく、それ以外いがいひと(3せんにん以上いじょう)はもっぱロシア使つかっている。しかし現地げんち教育きょういくげられ復活ふっかつこころみられている。かつてはカムチャツカ東部とうぶ西部せいぶ南部なんぶの3方言ほうげんがあったが、このうち東部とうぶ南部なんぶは19世紀せいきまつまでに消滅しょうめつしてしまい、いま西部せいぶしかのこっていない。また、西部せいぶ方言ほうげんさら北部ほくぶ南部なんぶの2つの下位かい分類ぶんるいがなされるが、このうち辞書じしょ文法ぶんぽうしょなどの資料しりょう西部せいぶ南部なんぶ方言ほうげんげたものが大半たいはんであり[3]学校がっこう教育きょういくよう刊行かんこうぶつもすべて西部せいぶ南部なんぶ方言ほうげん準拠じゅんきょしたものとなっている[4]

カムチャツカ半島はんとうには17世紀せいきからロシアじんコサック)が入植にゅうしょくし、イテリメンぞく圧迫あっぱくし、また同化どうかしたため、イテリメンとロシアとのクレオール言語げんご(これがカムチャダールともばれた)も発達はったつした。現在げんざいのイテリメンも、ロシアからつよ影響えいきょうけ、数詞すうしなども借用しゃくようもちいている。19世紀せいきからソビエト時代じだいにかけてさらに同化どうか政策せいさくすすめられ、1930年代ねんだいにはもっぱらロシアによる教育きょういくおこなわれた。このころラテン文字もじもちいてイテリメンしるされるようになったが、普及ふきゅうしなかった。現在げんざいは1986ねん制定せいていされたキリル文字もじ(32)がもちいられている。

どう語族ごぞくとされるほか言語げんご破裂はれつおんやぶおとには無声音むせいおん摩擦音まさつおんには有声音ゆうせいおんしかない)に比較ひかくすると子音しいん種類しゅるいおおく、破裂はれつおんやぶおとには放出ほうしゅつおん系列けいれつがあり、摩擦音まさつおんには無声音むせいおん有声音ゆうせいおん系列けいれつがある。母音ぼいんは5または6種類しゅるいで、母音ぼいん調和ちょうわがある。

文法ぶんぽう

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のチュクチ・カムチャツカ語族ごぞく言語げんご抱合ほうごうふく統合とうごう)でのう格言かくげんであるが、イテリメンについては抱合ほうごうおこなわず類型るいけいろんてきには膠着こうちゃくであるとえる[5]。また主語しゅご目的もくてきがすべておな語形ごけい中立ちゅうりつがたアラインメントとなっている[6]

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 小野おの智香子ちかこ『イテリメン文法ぶんぽう動詞どうし形態けいたいろん中心ちゅうしんに―北海学園大学ほっかいがくえんだいがく出版しゅっぱんかい、2021ねん3がつ31にちISBN 978-4-910236-02-5 

関連かんれん文献ぶんけん

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脚注きゃくちゅう

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  1. ^ http://www.gks.ru/free_doc/new_site/population/demo/per-itog/tab6.xls
  2. ^ 小野おの 2021, p. 4.
  3. ^ 小野おの 2021, p. 5.
  4. ^ 小野おの 2021, p. 8.
  5. ^ 小野おの 2021, p. 18.
  6. ^ 小野おの 2021, p. 19.

外部がいぶリンク

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