イデア論ろん

イデア論ろん（イデアろん、英えい: theory of Forms, theory of Ideas, 独どく: Ideenlehre）は、プラトンが説といたイデア（希まれ: ιδέα、英えい: idea）に関かんする学説がくせつのこと。 本当ほんとうにこの世よに実在じつざいするのはイデアであって、我々われわれが肉体にくたい的てきに感覚かんかくする対象たいしょうや世界せかいとはあくまでイデアの似に像ぞうにすぎない、とする。

イデア論ろんの概要がいよう

「イデア」という語かたりは、古代こだいギリシャ語ごの動詞どうし「idein」（見みる）に由来ゆらいする。プラトンの哲学てつがくでは、《idea》（イデア）と《eidos》（エイドス）は同義どうぎである。eidosというのもやはりideinに由来ゆらいする言葉ことばである。 ideaやeidosが哲学てつがく用語ようご・専門せんもん用語ようごとして意味いみが固定こていしたのは、弟子でしのアリストテレスが用もちいて以降いこうであり、プラトン自身じしんがそれらを専門せんもん用語ようごとして用もちいていたわけではなかったという。 プラトンの説せつには変遷へんせんが見みられる。ここでは初期しょき、中期ちゅうき、後期こうきに分わけて記述きじゅつする。

初期しょき

プラトンの初期しょきの哲学てつがくは、ソクラテスが実践じっせんしたphilosophy（愛あい智さとし）を描えがくものであるが、その根本こんぽんの動機どうきというのは《良よく生いきる》ことであるということ、また愛あい智さとしの目的もくてき（徳とくの「何なにであるか」の探求たんきゅうと学習がくしゅう）を明あきらかにしつつ、また「無知むちの知ち」を自覚じかくさせ、人間にんげんのpsyche（プシュケー、命いのち、魂たましい）を愛あい智さとしの道みちの出発しゅっぱつ点てんに立たたせようとする。

ソクラテスが倫理りんり的てきな徳目とくもくについて、それが《何なにであるか》を問とい求もとめたわけであるが、それに示唆しさを得えて、ソクラテスの問といに答こたえるような《まさに～であるもの》あるいは《～そのもの》の存在そんざい（＝イデア）を想定そうていし、このイデアのみが知ちのめざすべき時空じくうを超こえた・非ひ物体ぶったい的てきな・永遠えいえんの実在じつざい・真ま実在じつざいであり、このイデア抜ぬきにしては確実かくじつな知ちというのはありえない、とした。

中期ちゅうき

中期ちゅうきの哲学てつがくは、『メノン』で取とり上あげられ『パイドン』で展開てんかいされる《想起そうき》（アナムネーシス）という考かんがえ方かたの導入どうにゅうによって始はじまる。これは、学習がくしゅうというのは実じつは《想起そうき》である、という説明せつめいである。つまり我々われわれのプシュケー（魂たましい）というのは不滅ふめつであって輪廻りんね転生てんせいを繰くり返かえしており、もともとは霊界れいかいにいてそこでイデアを見みていたのであって、こちらの世界せかいへと来くる時ときにそれを忘わすれてしまったが、こちらの世界せかいで肉体にくたいを使つかい不完全ふかんぜんな像ぞうを見みることによりイデアを思おもい出だしているのだ、それが学習がくしゅうということだ、という考かんがえ方かたである。 （この《想起そうき》という考かんがえ方かたによって、プラトンは「徳とくとは《何なにであるか》という問といに答こたえられないし、不知ふちな対象たいしょうは探求たんきゅうは不可能ふかのうだ」とする「探求たんきゅうのパラドックス」は間違まちがっているとする。）

そしてプラトンはphilosophy（愛知あいち）というのは、まさに《死しの練習れんしゅう》なのであって、真しんの愛知あいち者しゃというのは、できるかぎり自分じぶんのプシュケーをその身体しんたいから分離ぶんり解放かいほうし、プシュケーが純粋じゅんすいにそれ自体じたいにおいてあるように努つとめる者ものだ、とする。そして愛知あいち者しゃのプシュケーが知しる対象たいしょうとして提示ていじされるのが《イデア》である。

プシュケーの徳とくに関かんして、《美よしそのもの》（美びのイデア）《正せいそのもの》（正せいのイデア）《善ぜんそのもの》（=善ぜんのイデア）などが提示ていじされることで、愛知あいちの道みちの全体ぜんたい像ぞうが提示ていじされる。（《善ぜんそのもの》は、「知ちと真実しんじつの原因げんいん」とされ、太陽たいようにも喩たとえられている）。

愛知あいち者しゃのプシュケーが、問答もんどう法ほうによって《善ぜんそのもの》へ向むかい、それを観かんずることによって、自みずからのうちに《知ちと真実しんじつ》をうむこと、そして《善ぜんそのもの》を頂点ちょうてんとしたイデアを模範もはんとすることで、自己じこ自身じしんである自分じぶんのプシュケーをそのイデアの似に姿すがたとして形かたちづくること、それがプラトンの思おもい描えがいたことである。

イデアの種類しゅるいには、様々さまざまな一般いっぱん的てきな性質せいしつに対応たいおうする「大だいそのもの」「小しょうそのもの」などが提示ていじされた。「単たん相しょう」「純粋じゅんすい」といった存在そんざい論ろんからのものや、「知しられるもの」といった認識にんしき論ろんからのものも示しめされた。

「美よしそのもの」と「美うつくしいものども」との関係かんけいは、《分有ぶんゆう》あるいは《与あずかり》の関係かんけいであると言いわれ（「イデア原因げんいん説せつ」と呼よばれる）、 また前者ぜんしゃが《範はん》であり、後者こうしゃが《似に像ぞう》として理解りかいされるときは《類似るいじ》の関係かんけいだと言いわれる（「パラデイグマ」「範はん形がたイデア論ろん」などと呼よばれる）。

後期こうき

中期ちゅうきの終おわり頃ころに位置いちする『パルメニデス』ではイデアの措定そていの困難こんなんを取とり上あげ、「第だい三さん人にん間あいだ論ろん」などのイデア論ろん批判ひはんを行おこなう。それとともに想起そうき説せつなどが取とり下さげられ、後期こうきではイデアやエイドスは、中期ちゅうきのそれとは異ことなったものになり、分割ぶんかつと総合そうごうの手続てつづきにより新あらたに定義ていぎされる問答もんどう法ほうで扱あつかわれる《形相ぎょうそう》あるいは《類るい》として理解りかいされるようになる。

後世こうせいの人々ひとびと

プラトンの弟子でしのアリストテレスは、《形相ぎょうそう》や《類るい》の分割ぶんかつや交まじわりが引ひき起おこす「1対たい多た問題もんだい」や、定義ていぎの「一いち性せい」問題もんだいについて考察こうさつしつつ、自己じこの哲学てつがくを確立かくりつしていった。

およそ500年ねん後ごのプロティノスは、万物ばんぶつは一いち者しゃ（善ぜんのイデア）から流出りゅうしゅつしたとした（→ネオプラトニズム）。

イデアが実在じつざいすると考かんがえる考かんがえは後のちにidealism（観念論かんねんろん）と呼よばれるようになった。そして「実在じつざい論ろん」(realism) の系譜けいふに属ぞくする、とされるようになった。

参考さんこう文献ぶんけん

• 藤澤ふじさわ令れい夫おっと「イデア」『世界せかい大だい百科ひゃっか事典じてん』1988年ねん。 
• 今井いまい知正ともまさ「イデア」『哲学てつがく ・ 思想しそう 事典じてん』1998年ねん。 

関連かんれん項目こうもく

• 洞窟どうくつの比喩ひゆ
• 真理しんり - 善ぜん - 美よし
• 観念かんねん、ドイツ観念論かんねんろん
• 実在じつざい論ろん