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オフィーリア

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
オフィーリア (Ophelia)
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス絵画かいが「オフィーリア」(1894ねん
作者さくしゃ ウィリアム・シェイクスピア
詳細しょうさい情報じょうほう
肩書かたがハムレット
家族かぞく ポローニアス (ちち)
レアティーズ (あに)
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オフィーリア英語えいご: Ophelia)は、ウィリアム・シェイクスピア戯曲ぎきょくハムレット』の登場とうじょう人物じんぶつである。デンマークわか貴婦人きふじんで、ポローニアスのむすめ、レアティーズのいもうとハムレット王子おうじ候補こうほでもある。王妃おうひガートルードとならんで、この戯曲ぎきょく登場とうじょうする2人ふたりおも女性じょせいキャラクターのうちの一人ひとりである。日本語にほんごではオフェリアオフェリヤなどと表記ひょうきすることもある。

天王星てんのうせいだい7衛星えいせいオフィーリアエポニムである。

あらすじ

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『ハムレット』だい4まくだい5じょうおう王妃おうひ面前めんぜんのオフィーリア(ベンジャミン・ウェスト、1792ねん

げきじょう、オフィーリアが最初さいしょ発言はつげんするのは、フランス出発しゅっぱつするあにレアティーズとともに登場とうじょうする場面ばめんである[1]。 レアティーズはいもうとたいし、デンマーク王座おうざ後継こうけいしゃである王子おうじハムレットは自由じゆうだれとでも結婚けっこんできるわけではないと注意ちゅういうながす。レアティーズが出発しゅっぱつせんとするあいだにオフィーリアのちちポローニアスもはいってきて、やはりむすめがハムレットのあいもとめないよう警告けいこくする。ポローニアスはハムレットがオフィーリアにたいして誠意せいいっていないのではないかとおそれているのである。

つぎ登場とうじょう場面ばめんでは、オフィーリアはポローニアスにたいして、ハムレットがみだれた服装ふくそう自室じしつきゅうにやってて、かおに「地獄じごくごとき」 ("hellish") 表情ひょうじょうかべ、自分じぶんをただつめてはなしかけもせずに3うなずいたと説明せつめいする[2]。オフィーリアにわれたことから判断はんだんして、ポローニアスはむすめにハムレットとうことをきんじたのは間違まちがいで、王子おうじむすめへの恋煩こいわずらいで狂気きょうきおちいってしまったにちがいないと結論けつろんする。ポローニアスはすぐにハムレットの叔父おじかつ継父けいふでデンマークのあたらしいおうであるクローディアスのもとへかい、状況じょうきょう説明せつめいしようとめる。ポローニアスはこののちで、クローディアスがアラスりの壁掛かべかうしろにかくれ、ハムレットが内密ないみつ会話かいわのつもりでオフィーリアにはなしかけるのをきしてはと示唆しさする[3]。この時点じてんでポローニアスはハムレットがオフィーリアに恋煩こいわずらいしていると確信かくしんしているため、ハムレットはあいちあけるだろうとおもっている。クローディアスはあときをするというこのあん賛同さんどうする。

ジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」(1852ねん)、テート・ギャラリーのコレクションより。1996ねん映画えいがハムレット』はこの影響えいきょうけている。

このあん通常つうじょう尼寺あまでら」とばれている場面ばめんにつながる[4]。 ポローニアスはオフィーリアに、しろのロビーにっているよう指導しどうし、自分じぶんとクローディアスはかくれることにする。ハムレットが入場にゅうじょうし、独白どくはくで「きるべきか、ぬべきか」の台詞せりふはじめる。ハムレットはオフィーリアにちかづいてはなしかける。ハムレットはオフィーリアに「尼寺あまでらけ」とめいじる。ハムレットはいかり、「もう結婚けっこんなどさせない」とって退場たいじょうする。オフィーリアは当惑とうわくし、傷心しょうしんしたままのこされ、ハムレットは狂気きょうきおちいったと確信かくしんする。ハムレットが激高げっこうしてていったのち、オフィーリアは「ああ、気高けだかいおしんこわれてしまった」ではじまる台詞せりふう。

オフィーリアがつぎあらわれるのは「ねずみとり」の芝居しばい場面ばめんで、ハムレットはクローディアスが先王せんおうであるちちハムレットを殺害さつがいしたと証明しょうめいするためこの芝居しばいをかけることにした。ハムレットはオフィーリアと一緒いっしょすわり、性的せいてきなことをくちにする[5]。ハムレットは女性じょせいあいみじかいという発言はつげんもする。

そのよる芝居しばいのちに、ハムレットはははである王妃おうひガートルードと私的してき会合かいごうするが、その最中さいちゅうにポローニアスをころしてしまう[6]。オフィーリアがつぎあらわれるのはちちのちで、オフィーリアは狂気きょうきおちいっており、登場とうじょう人物じんぶつはこれをちちをなくしたことによるなげきのせいだとかんがえている[7]。オフィーリアはなぞかけやはなし、処女しょじょうしなった乙女おとめかんする「狂気きょうきの」猥褻わいせつうたなんきょくくちずさむ。全員ぜんいんに「おやすみなさい」と挨拶あいさつしたのち退場たいじょうする。

オフィーリアが最後さいご舞台ぶたいあらわれるのは、レアティーズがちちポローニアスのをめぐってクローディアスにいどもうとしろにやってのち場面ばめんである。オフィーリアはさらにうたうたい、はな象徴しょうちょうてき意味いみべながらはなわたすが、意味いみ解釈かいしゃくわた相手あいてごとにちがっていることもある。オフィーリアが自身じしんはなにするのは英語えいごで「後悔こうかい」をあらわす"rue"とばれているヘンルーダだけで、「あなたにヘンルーダを、そしてすこわたしにも。日曜日にちようびめぐみのハーブともいます。ああ、でもあなたはちがった意味いみでヘンルーダをつけないと」という台詞せりふう。ヘンルーダは後悔こうかい象徴しょうちょうするはなとして有名ゆうめいであるが、いたみやきず治療ちりょうするのに使つかわれており、中絶ちゅうぜつ薬効やっこうもあるとわれる[8]

アレクサンドル・カバネルの「オフィーリア」

だい4まくだい7じょう王妃おうひガートルードは「小川おがわななめに横切よこぎってはえるヤナギが…」ではじまる台詞ぜりふで、オフィーリアがヤナギのぼり、小枝さえれたせいで小川おがわちて溺死できししてしまったことを報告ほうこくする。ガートルードは、オフィーリアは「自身じしん災難さいなんもわからぬまま」のようにえたとべる。ガートルードがオフィーリアの説明せつめいする場面ばめんは、文学ぶんがくにおけるもっと詩的してきらせのひとつとして賞賛しょうさんあつめている[9]

場面ばめんで、墓場はかばにいるはかじんはオフィーリアは自殺じさつしたにちがいないと主張しゅちょうしている[10]。レアティーズは墓地ぼち聖職せいしょくしゃったことにたいしていかりをあらわにし、聖職せいしょくしゃ地獄じごくで「づらをかくことになる」にオフィーリアは天国てんごく天使てんしになるだろうとこたえている。

フランセス・マクドナルド「オフィーリア」(1898ねん)

オフィーリアの葬儀そうぎ王妃おうひガートルードは「うつくしいひとにはうつくしいものを」といながらはかはなき、オフィーリアがハムレットのつまになってほしかったとべている。これはレアティーズがだい1まくでオフィーリアにたいして警告けいこくしていた内容ないようとはぎゃくである。それからレアティーズはオフィーリアの墓穴ぼけつり、もう一度いちど最後さいごいもうとうできしめ、自分じぶんがどれほどオフィーリアをあいしていたか宣言せんげんするまで埋葬まいそうってくれとたのむ。ちかくにかくれていたハムレットがレアティーズに挑戦ちょうせんし、自分じぶんは「4まんにんの」兄弟きょうだいよりもオフィーリアをあいしていたと主張しゅちょうする。葬儀そうぎ場面ばめんのちではオフィーリアはもう言及げんきゅうされることはない。

配役はいやく

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メアリ・キャサリン・ボルトン(のレディ・サーロウ、1790ねん - 1830ねん)が1813ねんにオフィーリアをえんじた。ジョン・フィリップ・ケンブル相手あいてやくのハムレットをえんじた。

舞台ぶたい上演じょうえん

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シェイクスピアの時代じだい上演じょうえんではハムレットやくリチャード・バーベッジえんじたとかんがえられているが、オフィーリアやくについては記録きろくがない。エリザベスちょうイングランドにおける商業しょうぎょう演劇えんげきにはプロの女優じょゆうがいなかったため、少年しょうねん俳優はいゆうがオフィーリアをえんじたとかんがえられる[11]。オフィーリアはバラッド「ウォルシンガム」の一節いっせつうたい、またファースト・クォートによるとリュートって入場にゅうじょうするので、えんじた役者やくしゃ音楽おんがく技術ぎじゅつにつけていたとかんがえられる[12]

初期しょき近代きんだいイングランド舞台ぶたいでは女性じょせい狂気きょうきについてエンブレムてき表現ひょうげんかた確立かくりつされており、おろしたままのみだかみしろ衣装いしょう野生やせいはなもちいたかざりなどのよそおいにより、オフィーリアの精神せいしん状態じょうたいはすぐに初演しょえん観客かんきゃくに「わかるように」表現ひょうげんされていたと推測すいそくされる[13]。アンドルー・ガーは「色彩しきさい舞台ぶたいにおけるシンボリズムの主要しゅようみなもとであり、ゆえにハムレットの「よるいろ」(1.2.68)や「厳粛げんしゅくくろ習慣しゅうかんもとづく衣服いふく」(1.2.78)と、オフィーリアの「処女しょじょせいしめ空白くうはくしろ」は特定とくていのジェンダーされた連想れんそうはたらかせただろうとべている[14]。エレイン・ショーウォルターの議論ぎろんによると、はな々を宮廷きゅうてい人々ひとびと行動こうどう象徴しょうちょうてきしょ女性じょせい喪失そうしつ (deflowering) であり、一方いっぽうおぼれたことによる「あやしいかた」も女性じょせいせい連想れんそうさせるものである[15]

ハムレットとオフィーリアの狂気きょうきちがいは、初期しょき近代きんだいにおいてはジェンダーによってつくられるものとして理解りかいされていた。メランコリー男性だんせい知性ちせいやまいとして理解りかいされていたが、一方いっぽうでオフィーリアはエロトマニアにかかっていると理解りかいされた可能かのうせいがある[13]。こうした女性じょせい狂気きょうきかんする言説げんせつは1660年代ねんだい以降いこう、イングランドの商業しょうぎょう演劇えんげきにプロの女優じょゆうあらわれ、役柄やくがらに「あたらしい意味いみ転覆てんぷくてきなテンション」をむようになってからオフィーリアの表象ひょうしょう影響えいきょうあたえた[16]。ショーウォルターは「オフィーリアをえんじた女優じょゆうなかもっとももてはやされたのは、あい失敗しっぱいしたといううわさがあったものたちである」とべている[16]。ショーウォルターは恋人こいびと裏切うらぎられて狂気きょうきおちいったもと女優じょゆうのスーザン・マウントフォートが1720ねん監視かんしして劇場げきじょうはいみ、オフィーリアが登場とうじょうするはずの場面ばめん舞台ぶたいてきて観客かんきゃくおどろかせたという逸話いつわをひいて、女優じょゆうのアイデンティティとえんじた役柄やくがらかさなる感覚かんかく説明せつめいしている[17]

ソプラノ歌手かしゅのミニョン・ネヴァダが1910ねんごろアンブロワーズ・トマオペラハムレット』でオフィーリアをえんじる様子ようす。オペラばんはプロットを単純たんじゅんにしてハムレットの窮状きゅうじょうとオフィーリアがそこからける影響えいきょう焦点しょうてんてている。

18世紀せいきあいだオーガスタン時代じだい演劇えんげきのコンヴェンションにおいては、これほど強烈きょうれつではなく、もっとセンチメンタルで上品じょうひんにオフィーリアの狂気きょうきセクシュアリティ描写びょうしゃする傾向けいこうがあった。1772ねんのミセス・レッシンガムから1813ねんジョン・フィリップ・ケンブル相手あいてやくをつとめたメアリ・ボルトンまで、オフィーリアは情熱じょうねつ化身けしんのようなやくどころからもうすこしなじみのあるイコノグラフィへとわった。サラ・シドンズは1785ねんに「堂々どうどうとした古典こてんてき尊厳そんげん」をもってオフィーリアの狂気きょうきえんじた[18]

オフィーリアをえんじるサラ・シドンズ

おおくの偉大いだい女優じょゆう長年ながねんにわたりオフィーリアを舞台ぶたいえんじてきた。19世紀せいきにはオフィーリアはヘレナ・フォーシット、ドラ・ジョーダン、フランセス・アビントンなどによってえんじられ、ペグ・ウォッフィントンはこのやくえんじて舞台ぶたいはじめて名声めいせいった[19]劇場げきじょうマネージャーのテイト・ウィルキンソンはスザンナ・シバーのぞいてはエリザベス・サッチェル(有名ゆうめいなケンブル一族いちぞく一員いちいん)がいままでなかでは最高さいこうのオフィーリアだったとべた[20]

近年きんねん上演じょうえんでは、2009ねんにはジュード・ロウ相手あいてやくとしてググ・バサ=ロー[21]、2015ねんにはベネディクト・カンバーバッチ相手あいてやくとしてシャーン・ブルック舞台ぶたいでオフィーリアをえんじている[22][23]

映像えいぞう作品さくひん

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オフィーリアはサイレント映画えいが初期しょきから映画えいがえがかれてきた。ドロシー・フォスターがチャールズ・レイモンドえんじるハムレットの相手あいてやくとして1912ねん映画えいが『ハムレット』でオフィーリアをえんじた。ジーン・シモンズはハムレットやくローレンス・オリヴィエアカデミー主演しゅえん男優だんゆうしょう受賞じゅしょうした1948ねんの『ハムレット』でオフィーリアをえんじたが、シモンズもこのときアカデミー助演じょえん女優じょゆうしょうにノミネートされている。もっとあたらしい映像えいぞうでは、アナスタシア・ヴェルチンスカヤロシアばん英語えいごばん1964年版ねんばん、ロシア)、マリアンヌ・フェイスフル1969年版ねんばん)、ヘレナ・ボナム=カーター1990年版ねんばん)、ケイト・ウィンスレット1996年版ねんばん)、ジュリア・スタイルズ2000年版ねんばん)、マライア・ゲイル(2009年版ねんばんデイヴィッド・テナント主演しゅえん舞台ぶたいのテレビ)などがオフィーリアをえんじている。オフィーリアに関連かんれんする映画えいがとしては、Ophelia Learns to Swim (2000ねん)や Dying Like Ophelia (2002ねん)などがある。

現代げんだい上演じょうえん映像えいぞうおおくで、オフィーリアは狂気きょうき場面ばめんにおいて裸足はだしあらわれる。映画えいがではグリゴーリ・コージンツェフ1964年版ねんばんフランコ・ゼフィレッリ1990年版ねんばんケネス・ブラナー1996年版ねんばんマイケル・アルメレイダ2000年版ねんばんなどがこの演出えんしゅつもちいている。

音楽おんがく

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ノルウェン・ルロワ、2013ねん

いずれも歌曲かきょく

  • ベルリオーズ:「オフェーリアの」※のち、合唱がっしょうきょくしゅう「トリスティア」Op.18のだい2きょく編曲へんきょく。 
  • サン=サーンス:「オフェーリアの
  • ブラームス:「5つのオフェーリアのうたWoO22
  • ノルウェン・ルロワのアルバム『Ô Filles de l'eau』には『オフィーリア - Ophélia』といううたがある。

美術びじゅつ

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オフィーリアはしばしば美術びじゅつ作品さくひん主題しゅだいとなっており、古典こてん主義しゅぎロマン主義しゅぎラファエルまえなどの画家がかたちに画題がだいとされた。

翻案ほんあんにおけるオフィーリア

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メアリ・カウデン・クラークがシェイクスピアのヒロインの少女しょうじょ時代じだいえがいた The Girlhood of Shakespeare's Heroines登場とうじょうするオフィーリアの挿絵さしえ
  • FXケーブルのテレビドラマ、『サンズ・オブ・アナーキー』のタラ・ノウルズはオフィーリアにあたる役柄やくがらである[24]
  • ポール・グリフィスの小説しょうせつ let me tell you (2008ねん)におけるオフィーリアはシェイクスピアの登場とうじょう人物じんぶつ派生はせいがたで、自分じぶん物語ものがたり自分じぶん言葉ことばかたるが、文字通もじどおりの意味いみ芝居しばいはなすことになっている言葉ことばしか使つかえない。ども時代じだいのこと、両親りょうしんあにのこと、ハムレットのこと、芝居しばいはじまる時点じてんまでにこったことなどをかた[25]
  • ジャンニーナ・ブラスキのポストコロニアル小説しょうせつ United States of Banana (2011ねん)におけるオフィーリアは21世紀せいき受動じゅどうてき攻撃こうげき行動こうどうをとる人物じんぶつで、もと恋人こいびとのハムレットといいあらそっているとき手首てくびるとおどす。フアン・パブロ・フェリクスによる舞台ぶたいが2015ねんニューヨークのコロンビア劇場げきじょう上演じょうえんされた。

ノンフィクション

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心理しんり学者がくしゃのメアリ・パイファーはシェイクスピアのオフィーリアにちなんで自著じちょReviving Ophelia: Saving the Selves of Adolescent Girls (1994ねん日本語にほんごタイトル『オフェリアの生還せいかんきずついた少女しょうじょたちはいかにしてすくわれたか?』岡田おかだ好恵よしえやく学習研究社がくしゅうけんきゅうしゃ、1997ねん)と命名めいめいした。このほんなかでパイファーは、現代げんだいアメリカの思春期ししゅんき少女しょうじょたちがおくる問題もんだいおお生活せいかつ精査せいさしている。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ Hamlet, Act 1, Scene 3
  2. ^ Hamlet, Act 2, Scene 1
  3. ^ Hamlet, Act 2, Scene 2
  4. ^ Hamlet, Act 3, Scene 1
  5. ^ Hamlet, Act 3, Scene 2
  6. ^ Hamlet, Act 3, Scene 4
  7. ^ Hamlet, Act 4, Scene 5
  8. ^ Rue”. Drugs.com. 2016ねん9がつ11にち閲覧えつらん
  9. ^ For one example of praise, see "The Works of Shakespeare", in 11 volumes (Hamlet in volume 10), edited by Henry N. Hudson, published by James Munroe and Company, 1856: "This exquisite passage is deservedly celebrated. Nothing could better illustrate the Poet's power to make the description of a thing better than the thing itself, by giving us his eyes to see it with."
  10. ^ Hamlet, Act 5, Scene 1
  11. ^ Taylor (2002, 4); Banham (1998, 141).
  12. ^ ファースト・クォートには"Enter Ofelia playing on a Lute..."というト書とがきがある。
  13. ^ a b Showalter (1985, 80-81).
  14. ^ Gurr (1992, 193) and Showalter (1985, 80-81).
  15. ^ Showalter (1985, 81).
  16. ^ a b Showalter (1985, 80, 81).
  17. ^ Showalter (1985, 81-82).
  18. ^ Showalter (1985, 82).
  19. ^ William Cullen Bryant & Evert A. Duyckinck (eds.), The Complete Works of Shakespeare, 1888
  20. ^ Some aspects of provincial drama in the eighteenth centuryFrederick T. Wood English Studies, Volume 14, Issue 1 - 6 1932 (p. 73)
  21. ^ John, Emma (2009ねん5がつ31にち). “Jude, don't make her mad”. http://www.theguardian.com/stage/2009/may/31/gugu-mbatha-raw-hamlet 2014ねん11月27にち閲覧えつらん 
  22. ^ Trueman, Matt (2011ねん11月18にち). “Sian Brooke: The beauty of changing places”. The Stage. http://www.thestage.co.uk/features/feature.php/34276/sian-brooke-the-beauty-of-changing-places 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん 
  23. ^ Sierz, Aleks (2011ねん11月18にち). “Reviews: Reasons To Be Pretty”. The Stage. http://www.thestage.co.uk/reviews/review.php/34271/reasons-to-be-pretty 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん 
  24. ^ Adair, Jaime (2015ねん9がつ15にち). “Hamlet and Sons of Anarchy”. Sons of Anarchy, The Bastard Executioner, Honor-based Culture (History Behind Game of Thrones). http://history-behind-game-of-thrones.com/soa/soa-medievalneeded 2016ねん5がつ17にち閲覧えつらん 
  25. ^ * Tonkin, Boyd, "Singing in the chains: a tongue-tied heroine", The Independent, 16 January 2009. Accessed 29 April 2014.

参考さんこう文献ぶんけん

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  • Banham, Martin, ed. 1998. The Cambridge Guide to Theatre. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-43437-8.
  • Charney, Maurice. 2000. Shakespeare on Love & Lust. New York: Columbia University Press. ISBN 0-231-10429-4.
  • Gurr, Andrew. 1992. The Shakespearean Stage 1574-1642. Third ed. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-42240-X.
  • Hattaway, Michael. 1982. Elizabethan Popular Theatre: Plays in Performance. Theatre Production ser. London and Boston: Routledge and Kegan Paul. ISBN 0-7100-9052-8.
  • Showalter, Elain. "Representing Ophelia: Women, Madness, and the Responsibilities of Feminist Criticism". In Shakespeare and the Question of Theory.. Ed. by Patricia Parker and Geoffrey Hartman. New York and Lonson: Methuen, 1985, pp. 77-94.
  • Taylor, Gary. "Shakespeare Plays on Renaissance Stages". In The Cambridge Companion to Shakespeare on Stage. Ed. by Stanley Wells and Sarah Stanton. Cambridge: Cambridge University Press, 2002, pp. 1-20.
  • Thomson, Peter. 1983. Shakespeare's Theatre. Theatre Production ser. London and Boston: Routledge and Kegan Paul. ISBN 0-7100-9480-9.
  • Wells, Stanley, and Sarah Stanton, eds. 2002. The Cambridge Companion to Shakespeare on Stage. Cambridge Companions to Literature ser. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-79711-X.

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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