オフィーリア (英語 えいご : Ophelia )は、ウィリアム・シェイクスピア の戯曲 ぎきょく 『ハムレット 』の登場 とうじょう 人物 じんぶつ である。デンマーク の若 わか い貴婦人 きふじん で、ポローニアスの娘 むすめ 、レアティーズの妹 いもうと 、ハムレット 王子 おうじ の妃 ひ 候補 こうほ でもある。王妃 おうひ ガートルードとならんで、この戯曲 ぎきょく に登場 とうじょう する2人 ふたり の主 おも な女性 じょせい キャラクターのうちの一人 ひとり である。日本語 にほんご ではオフェリア 、オフェリヤ などと表記 ひょうき することもある。
天王星 てんのうせい の第 だい 7衛星 えいせい オフィーリア のエポニム である。
『ハムレット』第 だい 4幕 まく 第 だい 5場 じょう 、王 おう と王妃 おうひ の面前 めんぜん のオフィーリア(ベンジャミン・ウェスト 、1792年 ねん )
劇 げき 上 じょう 、オフィーリアが最初 さいしょ に発言 はつげん するのは、フランス に出発 しゅっぱつ する兄 あに レアティーズとともに登場 とうじょう する場面 ばめん である[1] 。 レアティーズは妹 いもうと に対 たい し、デンマーク王座 おうざ の後継 こうけい 者 しゃ である王子 おうじ ハムレットは自由 じゆう に誰 だれ とでも結婚 けっこん できるわけではないと注意 ちゅうい を促 うなが す。レアティーズが出発 しゅっぱつ せんとする間 あいだ にオフィーリアの父 ちち ポローニアスも入 はい ってきて、やはり娘 むすめ がハムレットの愛 あい を求 もと めないよう警告 けいこく する。ポローニアスはハムレットがオフィーリアに対 たい して誠意 せいい を持 も っていないのではないかと恐 おそ れているのである。
次 つぎ の登場 とうじょう 場面 ばめん では、オフィーリアはポローニアスに対 たい して、ハムレットが乱 みだ れた服装 ふくそう で自室 じしつ に急 きゅう にやって来 き て、顔 かお に「地獄 じごく の如 ごと き」 ("hellish") 表情 ひょうじょう を浮 う かべ、自分 じぶん をただ見 み つめて話 はな しかけもせずに3度 ど 頷 うなず いたと説明 せつめい する[2] 。オフィーリアに言 い われたことから判断 はんだん して、ポローニアスは娘 むすめ にハムレットと会 あ うことを禁 きん じたのは間違 まちが いで、王子 おうじ は娘 むすめ への恋煩 こいわずら いで狂気 きょうき に陥 おちい ってしまったに違 ちが いないと結論 けつろん する。ポローニアスはすぐにハムレットの叔父 おじ かつ継父 けいふ でデンマークの新 あたら しい王 おう であるクローディアスのもとへ向 む かい、状況 じょうきょう を説明 せつめい しようと決 き める。ポローニアスはこの後 のち で、クローディアスがアラス 織 お りの壁掛 かべか け の後 うし ろに隠 かく れ、ハムレットが内密 ないみつ な会話 かいわ のつもりでオフィーリアに話 はな しかけるのを立 た ち聞 ぎ きしてはと示唆 しさ する[3] 。この時点 じてん でポローニアスはハムレットがオフィーリアに恋煩 こいわずら いしていると確信 かくしん しているため、ハムレットは愛 あい を打 う ちあけるだろうと思 おも っている。クローディアスは後 あと で立 た ち聞 ぎ きをするというこの案 あん に賛同 さんどう する。
ジョン・エヴァレット・ミレー の「オフィーリア 」(1852年 ねん )、テート・ギャラリー のコレクションより。1996年 ねん の映画 えいが 『ハムレット 』はこの絵 え の影響 えいきょう を受 う けている。
この案 あん は通常 つうじょう 「尼寺 あまでら の場 ば 」と呼 よ ばれている場面 ばめん につながる[4] 。 ポローニアスはオフィーリアに、城 しろ のロビーに立 た っているよう指導 しどう し、自分 じぶん とクローディアスは隠 かく れることにする。ハムレットが入場 にゅうじょう し、独白 どくはく で「生 い きるべきか、死 し ぬべきか」の台詞 せりふ を言 い い始 はじ める。ハムレットはオフィーリアに近 ちか づいて話 はな しかける。ハムレットはオフィーリアに「尼寺 あまでら へ行 い け」と命 めい じる。ハムレットは怒 いか り、「もう結婚 けっこん などさせない」と言 い って退場 たいじょう する。オフィーリアは当惑 とうわく し、傷心 しょうしん したまま取 と り残 のこ され、ハムレットは狂気 きょうき に陥 おちい ったと確信 かくしん する。ハムレットが激高 げっこう して出 で ていった後 のち 、オフィーリアは「ああ、気高 けだか いお心 しん が壊 こわ れてしまった」ではじまる台詞 せりふ を言 い う。
オフィーリアが次 つぎ に現 あらわ れるのは「ねずみとり」の芝居 しばい の場面 ばめん で、ハムレットはクローディアスが先王 せんおう である父 ちち ハムレットを殺害 さつがい したと証明 しょうめい するためこの芝居 しばい をかけることにした。ハムレットはオフィーリアと一緒 いっしょ に座 すわ り、性的 せいてき なことを口 くち にする[5] 。ハムレットは女性 じょせい の愛 あい が短 みじか いという発言 はつげん もする。
その夜 よる 、芝居 しばい の後 のち に、ハムレットは母 はは である王妃 おうひ ガートルードと私的 してき に会合 かいごう するが、その最中 さいちゅう にポローニアスを殺 ころ してしまう[6] 。オフィーリアが次 つぎ に現 あらわ れるのは父 ちち の死 し の後 のち で、オフィーリアは狂気 きょうき に陥 おちい っており、他 た の登場 とうじょう 人物 じんぶつ はこれを父 ちち をなくしたことによる嘆 なげ きのせいだと考 かんが えている[7] 。オフィーリアは謎 なぞ かけや詩 し で話 はな し、死 し や処女 しょじょ を失 うしな った乙女 おとめ に関 かん する「狂気 きょうき の」猥褻 わいせつ な歌 うた を何 なん 曲 きょく か口 くち ずさむ。全員 ぜんいん に「おやすみなさい」と挨拶 あいさつ した後 のち に退場 たいじょう する。
オフィーリアが最後 さいご に舞台 ぶたい に現 あらわ れるのは、レアティーズが父 ちち ポローニアスの死 し をめぐってクローディアスに挑 いど もうと城 しろ にやって来 き た後 のち の場面 ばめん である。オフィーリアはさらに歌 うた を歌 うた い、花 はな の持 も つ象徴 しょうちょう 的 てき な意味 いみ を述 の べながら花 はな を渡 わた すが、意味 いみ の解釈 かいしゃく は渡 わた す相手 あいて ごとに違 ちが っていることもある。オフィーリアが自身 じしん の花 はな にするのは英語 えいご で「後悔 こうかい 」を表 あらわ す"rue"と呼 よ ばれているヘンルーダ だけで、「あなたにヘンルーダを、そして少 すこ し私 わたし にも。日曜日 にちようび の恵 めぐ みのハーブとも言 い います。ああ、でもあなたは違 ちが った意味 いみ でヘンルーダをつけないと」という台詞 せりふ を言 い う。ヘンルーダは後悔 こうかい を象徴 しょうちょう する花 はな として有名 ゆうめい であるが、痛 いた みや傷 きず を治療 ちりょう するのに使 つか われており、中絶 ちゅうぜつ の薬効 やっこう もあると言 い われる[8] 。
アレクサンドル・カバネル の「オフィーリア」
第 だい 4幕 まく 第 だい 7場 じょう で王妃 おうひ ガートルードは「小川 おがわ を斜 なな めに横切 よこぎ ってはえるヤナギが…」で始 はじ まる台詞 ぜりふ で、オフィーリアがヤナギ の木 き に登 のぼ り、小枝 さえ が折 お れたせいで小川 おがわ に落 お ちて溺死 できし してしまったことを報告 ほうこく する。ガートルードは、オフィーリアは「自身 じしん の災難 さいなん もわからぬまま」のように見 み えたと述 の べる。ガートルードがオフィーリアの死 し を説明 せつめい する場面 ばめん は、文学 ぶんがく における最 もっと も詩的 してき な死 し の知 し らせの一 ひと つとして賞賛 しょうさん を集 あつ めている[9] 。
後 ご の場面 ばめん で、墓場 はかば にいる墓 はか 掘 ほ り人 じん はオフィーリアは自殺 じさつ したに違 ちが いないと主張 しゅちょう している[10] 。レアティーズは墓地 ぼち で聖職 せいしょく 者 しゃ が言 い ったことに対 たい して怒 いか りを露 あら わにし、聖職 せいしょく 者 しゃ は地獄 じごく で「吠 ほ え面 づら をかくことになる」時 じ にオフィーリアは天国 てんごく で天使 てんし になるだろうと答 こた えている。
フランセス・マクドナルド 「オフィーリア」(1898年 ねん )
オフィーリアの葬儀 そうぎ で王妃 おうひ ガートルードは「美 うつく しい人 ひと には美 うつく しいものを」と言 い いながら墓 はか に花 はな を撒 ま き、オフィーリアがハムレットの妻 つま になってほしかったと述 の べている。これはレアティーズが第 だい 1幕 まく でオフィーリアに対 たい して警告 けいこく していた内容 ないよう とは逆 ぎゃく である。それからレアティーズはオフィーリアの墓穴 ぼけつ に飛 と び降 お り、もう一度 いちど 最後 さいご に妹 いもうと を腕 うで に抱 だ きしめ、自分 じぶん がどれほどオフィーリアを愛 あい していたか宣言 せんげん するまで埋葬 まいそう を待 ま ってくれと頼 たの む。近 ちか くに隠 かく れていたハムレットがレアティーズに挑戦 ちょうせん し、自分 じぶん は「4万 まん 人 にん の」兄弟 きょうだい よりもオフィーリアを愛 あい していたと主張 しゅちょう する。葬儀 そうぎ の場面 ばめん の後 のち ではオフィーリアはもう言及 げんきゅう されることはない。
メアリ・キャサリン・ボルトン(後 ご のレディ・サーロウ、1790年 ねん - 1830年 ねん )が1813年 ねん にオフィーリアを演 えん じた。ジョン・フィリップ・ケンブル が相手 あいて 役 やく のハムレットを演 えん じた。
シェイクスピアの時代 じだい の上演 じょうえん ではハムレット役 やく はリチャード・バーベッジ が演 えん じたと考 かんが えられているが、オフィーリア役 やく については記録 きろく がない。エリザベス朝 ちょう イングランドにおける商業 しょうぎょう 演劇 えんげき にはプロの女優 じょゆう がいなかったため、少年 しょうねん 俳優 はいゆう がオフィーリアを演 えん じたと考 かんが えられる[11] 。オフィーリアはバラッド 「ウォルシンガム」の一節 いっせつ を歌 うた い、またファースト・クォートによるとリュート を持 も って入場 にゅうじょう するので、演 えん じた役者 やくしゃ は音楽 おんがく の技術 ぎじゅつ を身 み につけていたと考 かんが えられる[12] 。
初期 しょき 近代 きんだい イングランド の舞台 ぶたい では女性 じょせい の狂気 きょうき についてエンブレム 的 てき な表現 ひょうげん の型 かた が確立 かくりつ されており、おろしたままの乱 みだ れ髪 かみ 、白 しろ い衣装 いしょう 、野生 やせい の花 はな を用 もち いた飾 かざ りなどの装 よそお いにより、オフィーリアの精神 せいしん の状態 じょうたい はすぐに初演 しょえん の観客 かんきゃく に「わかるように」表現 ひょうげん されていたと推測 すいそく される[13] 。アンドルー・ガーは「色彩 しきさい は舞台 ぶたい におけるシンボリズムの主要 しゅよう な源 みなもと であり、ゆえにハムレットの「夜 よる の色 いろ 」(1.2.68)や「厳粛 げんしゅく な黒 くろ の習慣 しゅうかん に基 もと づく衣服 いふく 」(1.2.78)と、オフィーリアの「処女 しょじょ 性 せい を示 しめ す空白 くうはく の白 しろ 」は特定 とくてい のジェンダー化 か された連想 れんそう を働 はたら かせただろうと述 の べている[14] 。エレイン・ショーウォルターの議論 ぎろん によると、野 の の花 はな 々を宮廷 きゅうてい の人々 ひとびと に差 さ し出 だ す行動 こうどう は象徴 しょうちょう 的 てき な処 しょ 女性 じょせい の喪失 そうしつ (deflowering) であり、一方 いっぽう で溺 おぼ れたことによる「怪 あや しい死 し に方 かた 」も女性 じょせい 性 せい を連想 れんそう させるものである[15] 。
ハムレットとオフィーリアの狂気 きょうき の違 ちが いは、初期 しょき 近代 きんだい においてはジェンダー の差 さ によって作 つく られるものとして理解 りかい されていた。メランコリー は男性 だんせい の知性 ちせい の病 やまい として理解 りかい されていたが、一方 いっぽう でオフィーリアはエロトマニア にかかっていると理解 りかい された可能 かのう 性 せい がある[13] 。こうした女性 じょせい の狂気 きょうき に関 かん する言説 げんせつ は1660年代 ねんだい 以降 いこう 、イングランドの商業 しょうぎょう 演劇 えんげき にプロの女優 じょゆう が現 あらわ れ、役柄 やくがら に「新 あたら しい意味 いみ と転覆 てんぷく 的 てき なテンション」を持 も ち込 こ むようになってからオフィーリアの表象 ひょうしょう に影響 えいきょう を与 あた えた[16] 。ショーウォルターは「オフィーリアを演 えん じた女優 じょゆう の中 なか で最 もっと ももてはやされたのは、愛 あい に失敗 しっぱい したという噂 うわさ があった者 もの たちである」と述 の べている[16] 。ショーウォルターは恋人 こいびと に裏切 うらぎ られて狂気 きょうき に陥 おちい った元 もと 女優 じょゆう のスーザン・マウントフォートが1720年 ねん に監視 かんし の目 め を抜 ぬ け出 だ して劇場 げきじょう に入 はい り込 こ み、オフィーリアが登場 とうじょう するはずの場面 ばめん で舞台 ぶたい に出 で てきて観客 かんきゃく を驚 おどろ かせたという逸話 いつわ をひいて、女優 じょゆう のアイデンティティと演 えん じた役柄 やくがら が重 かさ なる感覚 かんかく を説明 せつめい している[17] 。
ソプラノ 歌手 かしゅ のミニョン・ネヴァダが1910年 ねん 頃 ごろ にアンブロワーズ・トマ のオペラ 『ハムレット 』でオフィーリアを演 えん じる様子 ようす 。オペラ版 ばん はプロットを単純 たんじゅん にしてハムレットの窮状 きゅうじょう とオフィーリアがそこから受 う ける影響 えいきょう に焦点 しょうてん を当 あ てている。
18世紀 せいき の間 あいだ 、オーガスタン時代 じだい の演劇 えんげき のコンヴェンションにおいては、これほど強烈 きょうれつ ではなく、もっとセンチメンタルで上品 じょうひん にオフィーリアの狂気 きょうき とセクシュアリティ を描写 びょうしゃ する傾向 けいこう があった。1772年 ねん のミセス・レッシンガムから1813年 ねん にジョン・フィリップ・ケンブル の相手 あいて 役 やく をつとめたメアリ・ボルトンまで、オフィーリアは情熱 じょうねつ の化身 けしん のような役 やく どころからもう少 すこ しなじみのあるイコノグラフィへと変 か わった。サラ・シドンズ は1785年 ねん に「堂々 どうどう とした古典 こてん 的 てき な尊厳 そんげん 」をもってオフィーリアの狂気 きょうき を演 えん じた[18] 。
オフィーリアを演 えん じるサラ・シドンズ
多 おお くの偉大 いだい な女優 じょゆう が長年 ながねん にわたりオフィーリアを舞台 ぶたい で演 えん じてきた。19世紀 せいき にはオフィーリアはヘレナ・フォーシット 、ドラ・ジョーダン、フランセス・アビントンなどによって演 えん じられ、ペグ・ウォッフィントン はこの役 やく を演 えん じて舞台 ぶたい で初 はじ めて名声 めいせい を勝 か ち取 と った[19] 。劇場 げきじょう マネージャーのテイト・ウィルキンソンはスザンナ・シバー を除 のぞ いてはエリザベス・サッチェル(有名 ゆうめい なケンブル一族 いちぞく の一員 いちいん )が今 いま まで見 み た中 なか では最高 さいこう のオフィーリアだったと述 の べた[20] 。
近年 きんねん の上演 じょうえん では、2009年 ねん にはジュード・ロウ の相手 あいて 役 やく としてググ・バサ=ロー が[21] 、2015年 ねん にはベネディクト・カンバーバッチ の相手 あいて 役 やく としてシャーン・ブルック が舞台 ぶたい でオフィーリアを演 えん じている[22] [23] 。
オフィーリアはサイレント映画 えいが の初期 しょき から映画 えいが で描 えが かれてきた。ドロシー・フォスターがチャールズ・レイモンド演 えん じるハムレットの相手 あいて 役 やく として1912年 ねん の映画 えいが 『ハムレット』でオフィーリアを演 えん じた。ジーン・シモンズ はハムレット役 やく のローレンス・オリヴィエ がアカデミー主演 しゅえん 男優 だんゆう 賞 しょう を受賞 じゅしょう した1948年 ねん の『ハムレット 』でオフィーリアを演 えん じたが、シモンズもこの時 とき にアカデミー助演 じょえん 女優 じょゆう 賞 しょう にノミネートされている。もっと新 あたら しい映像 えいぞう 化 か では、アナスタシア・ヴェルチンスカヤ (ロシア語 ご 版 ばん 、英語 えいご 版 ばん ) (1964年版 ねんばん 、ロシア語 ご )、マリアンヌ・フェイスフル (1969年版 ねんばん )、ヘレナ・ボナム=カーター (1990年版 ねんばん )、ケイト・ウィンスレット (1996年版 ねんばん )、ジュリア・スタイルズ (2000年版 ねんばん )、マライア・ゲイル(2009年版 ねんばん 、デイヴィッド・テナント 主演 しゅえん の舞台 ぶたい のテレビ化 か )などがオフィーリアを演 えん じている。オフィーリアに関連 かんれん する映画 えいが としては、Ophelia Learns to Swim (2000年 ねん )や Dying Like Ophelia (2002年 ねん )などがある。
現代 げんだい の上演 じょうえん や映像 えいぞう 化 か の多 おお くで、オフィーリアは狂気 きょうき の場面 ばめん において裸足 はだし で現 あらわ れる。映画 えいが ではグリゴーリ・コージンツェフ の1964年版 ねんばん 、フランコ・ゼフィレッリ の1990年版 ねんばん 、ケネス・ブラナー の1996年版 ねんばん 、マイケル・アルメレイダ の2000年版 ねんばん などがこの演出 えんしゅつ を用 もち いている。
ノルウェン・ルロワ 、2013年 ねん
いずれも歌曲 かきょく 。
ベルリオーズ :「オフェーリアの死 し 」※のち、合唱 がっしょう 曲 きょく 集 しゅう 「トリスティア」Op.18の第 だい 2曲 きょく に編曲 へんきょく 。
サン=サーンス :「オフェーリアの死 し 」
ブラームス :「5つのオフェーリアの歌 うた 」WoO 22
ノルウェン・ルロワ のアルバム『Ô Filles de l'eau』には『オフィーリア - Ophélia』という歌 うた がある。
オフィーリアはしばしば美術 びじゅつ 作品 さくひん の主題 しゅだい となっており、古典 こてん 主義 しゅぎ 、ロマン主義 しゅぎ 、ラファエル前 まえ 派 は などの画家 がか たちに画題 がだい とされた。
メアリ・カウデン・クラークがシェイクスピアのヒロインの少女 しょうじょ 時代 じだい を描 えが いた The Girlhood of Shakespeare's Heroines に登場 とうじょう するオフィーリアの挿絵 さしえ
FXケーブルのテレビドラマ、『サンズ・オブ・アナーキー 』のタラ・ノウルズはオフィーリアにあたる役柄 やくがら である[24] 。
ポール・グリフィスの小説 しょうせつ let me tell you (2008年 ねん )におけるオフィーリアはシェイクスピアの登場 とうじょう 人物 じんぶつ の派生 はせい 形 がた で、自分 じぶん の物語 ものがたり を自分 じぶん の言葉 ことば で語 かた るが、文字通 もじどお りの意味 いみ で芝居 しばい で話 はな すことになっている言葉 ことば しか使 つか えない。子 こ ども時代 じだい のこと、両親 りょうしん や兄 あに のこと、ハムレットのこと、芝居 しばい が始 はじ まる時点 じてん までに起 お こったことなどを語 かた る[25] 。
ジャンニーナ・ブラスキのポストコロニアル 小説 しょうせつ United States of Banana (2011年 ねん )におけるオフィーリアは21世紀 せいき の受動 じゅどう 的 てき 攻撃 こうげき 行動 こうどう をとる人物 じんぶつ で、元 もと 恋人 こいびと のハムレットとい争 いあらそ っている時 とき に手首 てくび を切 き ると脅 おど す。フアン・パブロ・フェリクスによる舞台 ぶたい 化 か が2015年 ねん にニューヨーク のコロンビア劇場 げきじょう で上演 じょうえん された。
心理 しんり 学者 がくしゃ のメアリ・パイファーはシェイクスピアのオフィーリアにちなんで自著 じちょ を Reviving Ophelia: Saving the Selves of Adolescent Girls (1994年 ねん 、日本語 にほんご タイトル『オフェリアの生還 せいかん ―傷 きず ついた少女 しょうじょ たちはいかにして救 すく われたか?』岡田 おかだ 好恵 よしえ 訳 やく 、学習研究社 がくしゅうけんきゅうしゃ 、1997年 ねん )と命名 めいめい した。この本 ほん の中 なか でパイファーは、現代 げんだい アメリカの思春期 ししゅんき の少女 しょうじょ たちがおくる問題 もんだい の多 おお い生活 せいかつ を精査 せいさ している。
^ Hamlet , Act 1, Scene 3
^ Hamlet , Act 2, Scene 1
^ Hamlet , Act 2, Scene 2
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