カルナダス

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カルナダス（Qarnadas、? - 1311年ねん）は、大だい元もとウルスに仕つかえたウイグル人じん。『元もと史し』などの漢文かんぶん史料しりょうでは迦魯納おさめ荅思(jiālŭnàdásī)や合ごう魯納答こたえ思おもえ(hélŭnàdāsī)、『集しゅう史し』などのペルシア語ご史料しりょうではقرنطاس(qarnaṭās)と記しるされる[1]。

概要がいよう[編集へんしゅう]

カルナダスはカシミール地方ちほう出身しゅっしんのウイグル人ひとで天竺てんじくの言語げんご(サンスクリット語ご)に通つうじており、後のちにはチベット語ご、モンゴル語ご、漢語かんご、東南とうなんアジアの諸しょ言語げんごなど数すうカ国かこく語ごに通つうじるようになったという。『集あつまり史し』「クビライ・カアン紀き」では「［タムパの他ほかの］バクシは、カシミール人じん(kašmīrī)で、カルナタス・バクシと呼よばれた。彼かれもまた［クビライに］信任しんにんされていた。テムル・カアンもまた変かわらず彼等かれらを信任しんにんしていた」と記しるされている[2]。

カルナダスは翰林かんりん学士がくし承うけたまわ旨むねの安蔵あぞう札さつ牙きば荅思によってクビライに推挙すいきょされたことで大元おおもとウルスに仕つかえるようになり、チベット仏教ぶっきょうサキャ派はの国師こくしとクビライに講こう法ほうを行おこなうことになった。しかしチベット仏教ぶっきょう僧そうとは言語げんごが通つうじなかったため、クビライの命いのちによってカルナダスはチベット仏教ぶっきょうの教義きょうぎ・言語げんご・文字もじを学まなび、短期間たんきかんでこれらを完全かんぜんに習得しゅうとくした。

チベット語ごに通つうじるようになったカルナダスはチベット仏教ぶっきょうの仏典ぶってんをウイグル文字もじを用もちいて翻訳ほんやくし、カルナダスの編纂へんさんした翻訳ほんやく書しょは国家こっか出版しゅっぱんされてモンゴル帝国ていこくの諸王しょおう・大臣だいじんに頒布はんぷされた。西南せいなん方かたのシンハラ(星ほし哈剌)などの小国しょうこくが大だい元もとウルスに来朝らいちょうした時とき、カルナダスはクビライの御前ごぜんで彼等かれらの言語げんごを翻訳ほんやくして上奏じょうそうしたため、諸国しょこくはカルナダスの能力のうりょくに驚嘆きょうたんしたという[3]。

大だい元もとウルスの朝廷ちょうていでシャム(暹国)・ラヴォ(羅ら斛)・マラバール(馬うま八はち児じ)・コッラム(倶藍)・スマトラ(蘇そ木き都と剌)諸国しょこく遠征えんせいの議論ぎろんがなされた時とき、カルナダスは「これらは皆みな小国しょうこくであって、出兵しゅっぺいして征服せいふくしたとしてもどれだけの利益りえきがありましょうか。出兵しゅっぺいによっていたずらに民みんの命いのちを害がいするよりも、使者ししゃを派遣はけんして降伏ごうぶくを促うながす方ほうがよほど良よいでしょう。これらの諸国しょこくが服従ふくじゅうを拒こばんだ後のちにはじめて出兵しゅっぺいを決きめても遅おそくはありません」と述のべた。クビライはカルナダスの意見いけんを取とり入いれ、岳たけ剌也奴やつ・帖じょう滅めつらを使者ししゃとして派遣はけんし、結果けっかとして20ヶ国かこく余あまりが大だい元もとウルスに降ふった[4][5]。

至いたり元もと24年ねん（1287年ねん）、丞相じょうしょうのサンガはカルナダスを翰林かんりん学士がくしとしようとしたが、クビライの「カルナダスの官職かんしょくは、汝なんじの述のべるべきことではない」という言葉ことばによって遮さえぎられた。この後のち、カルナダスは翰林かんりん学士がくし承うけたまわ旨むね・中ちゅう奉たてまつ大夫たいふとして皇太子こうたいしテムルに仕つかえることになり、飲酒いんしゅを節制せっせいさせたという。クビライの死後しご、テムルがオルジェイトゥ・カアン(成なり宗むね)として即位そくいすると、カルナダスの忠義ちゅうぎを称となえて栄さかえ禄ろく大夫たいふ・大だい司つかさ徒ととした。また、オルジェイトゥ・カアンはカルナダスが既すでに老齢ろうれいであることを憐あわれみ、車くるまに乗のって入にゅう殿しんがりすることをゆるした[6]。

オルジェイトゥ・カアンの死後しご、クルク・カアン(武たけ宗はじめカイシャン)が即位そくいすると、カルナダスは再ふたたび東南とうなんアジア諸国しょこくとの外交がいこうに携たずさわることになった。至大しだい2年ねん（1309年ねん）、カルナダスとトゴン・テムル、サンガシリらは海外かいがい諸国しょこくに使者ししゃを派遣はけんすることを上奏じょうそうし、これを取とり入いれたクルク・カアンはチャンパ(占うらない八はち)などの諸国しょこくに大だい規模きぼな使節しせつ団だんを派遣はけんした[7]。

クルク・カアンの死し[8]後ご、新あらたに即位そくいしたブヤント・カアン(仁ひとし宗そうアユルバルワダ)政権せいけんによってクルク・カアン派は官僚かんりょうの大だい規模きぼな粛正しゅくせいが行おこなわれたが、カルナダスは老齢ろうれいもあってか粛正しゅくせいを免まぬかれた。カルナダスは大だい司つかさ徒との地位ちいを保たもたれたばかりか文官ぶんかんとしては開府かいふ儀ぎ同どう三さん司しの資し品ひんを加くわえられ、直々じきじきに城しろ玉だまの鞍くらを与あたえられた。ブヤント・カアンの即位そくいから約やく半年はんとし後ご、至大しだい4年ねん（1311年ねん）8月がつにカルナダスは亡なくなった[9]。

カルナダスの息子むすこにはテジュという息子むすこがおり、父ちちの名前なまえの漢字かんじ表記ひょうき(迦魯納おさめ荅思)から一いち字じとって姓せいとし、魯明善ぜんという漢かん名めいを名なのった。テジュ(魯明善ぜん)は父ちちの後のちを継ついでブヤント・カアンに仕つかえ、『農のう桑くわ撮要さつよう』の編者へんしゃとして後世こうせいに知しられた[10]。

仏典ぶってんの翻訳ほんやく[編集へんしゅう]

トゥルファンではMañjusrīnāmasamgītiというウイグル語ご訳やく仏典ぶってんの版本はんぽんがいくつか発見はっけんされているが、その内うちの一ひとつの奥書おくがきには1302年ねん（壬みずのえ寅とら）にカルナダスが「大だい都とにある白しろ塔とうをもつ大寺おおてらにおいて(taydu-taqi aq stup-luy uluy vxar-ta)」翻訳ほんやくしたものであると記しるされている[11]。このウイグル語ご訳やく仏典ぶってんの存在そんざいは「チベット語ごやインド語ごの経論きょうろんをウイグル語ご訳やくし、クビライの命いのちにより木版もくはん印刷いんさつに付ふされ、諸王しょおう・大臣だいじんに頒布はんぷされた(以畏吾われ字じ訳やく西にし天たかし・西番にしのばん経論きょうろん、既成きせい、進すすむ其書、帝みかど命いのち鋟版、賜たまもの諸王しょおう大臣だいじん)」という『元もと史し』カルナダス伝でんの記述きじゅつが事実じじつであると裏付うらづけるものに他たならない[11]。なお、「大だい都とにある白しろ塔とうをもつ大寺おおてら」とは、「白しろ塔寺とうでら」の異称いしょうをもつ大だい聖寿せいじゅ万まん安寺あてらを指さすと考かんがえられる[11]。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Rawshan1373,p930
  2. ^ Rawshan1373,p930/Thackston2012,p323/余あまり大だい鈞ひとし・周しゅう建けん奇き1985,357頁ぺーじ
  3. ^ 『元もと史し』巻まき134列伝れつでん21迦魯納おさめ荅思伝でん,「迦魯納おさめ荅思、畏かしこ吾われ児じ人じん、通つう天竺てんじく教きょう及諸国語こくご。翰林かんりん学士がくし承うけたまわ旨むね安蔵あぞう札さつ牙きば荅思薦こも於世祖そ、召入朝にゅうちょう、命いのち与国よこく師し講こう法ほう。国師こくし西番にしのばん人じん、言語げんご不ふ相そう通どおり。帝みかど因いん命いのち迦魯納おさめ荅思従したがえ国師こくし習其法ほう、及言与あずか字じ、期き年ねん皆みな通どおり。以畏吾われ字じ訳やく西にし天たかし・西番にしのばん経論きょうろん、既成きせい、進すすむ其書、帝みかど命いのち鋟版、賜たまもの諸王しょおう大臣だいじん。西南せいなん小国しょうこく星ぼし哈剌的てき威い二に十じゅう餘よ種しゅ来朝らいちょう、迦魯納おさめ荅思於帝前ぜん敷じき奏そう其表章あきら、諸国しょこく驚おどろき服ふく」
  4. ^ 『元もと史し』巻まき134列伝れつでん21迦魯納おさめ荅思伝でん,「朝議ちょうぎ興きょう兵へい討暹国こく・羅ら斛・馬うま八はち児じ・倶藍・蘇そ木き都と剌諸国こく、迦魯納おさめ荅思奏そう「此皆蕞爾之の国くに、縦たて得どく之の、何なに益えき。興きょう兵へい徒と残ざん民みん命いのち、莫若遣や使つかい諭さとし以禍福かふく、不服ふふく而攻、未み晩ばん也」。帝みかど納おさめ其言。命いのち岳だけ剌也奴やつ・帖じょう滅めつ等とう往使、降くだ者しゃ二に十じゅう餘あまり国こく」
  5. ^ 『集しゅう史し』「クビライ・カアン紀き」には「船ふねを以もってヒンドゥー諸国しょこくの大だい部分ぶぶんに、帰き附ふせしむべくイルチ(使者ししゃ)を遣つかわした。はなからどうしようもできず受諾じゅだくした。現在げんざいに至いたるまで、『治平じへい』の路線ろせんを以もってイルチたちが往来おうらいをなしている」との記述きじゅつがあり、これは『元もと史し』に記しるされるカルナダスの提言ていげんによってなされた南みなみアジア・東南とうなんアジア諸国しょこくへの使者ししゃの派遣はけんに対応たいおうすると見みられている(宮みや2018,928/953頁ぺーじ)
  6. ^ 『元もと史し』巻まき134列伝れつでん21迦魯納おさめ荅思伝でん,「至いたり元もと二に十じゅう四よん年ねん、丞相じょうしょう桑くわ哥奏為ため翰林かんりん学士がくし、帝みかど曰「迦魯納おさめ荅思之の官かん、非ひ汝なんじ所しょ当とう奏そう也」。既すんで而擢翰林かんりん学士がくし承うけたまわ旨むね・中ちゅう奉たてまつ大夫たいふ、遣や侍さむらい成なり宗むね於潜邸てい、且俾以節飲いん致戒。成なり宗むね即位そくい、思おもえ其忠、遷栄禄ろく大夫たいふ・大だい司つかさ徒と；憐其老おい、命いのち乗車じょうしゃ入いれ殿どの」
  7. ^ 『元もと史し』巻まき23武たけ宗はじめ本紀ほんぎ2,「［至大しだい二に年ねん八はち月がつ］己おのれ亥い……合ごう魯納答こたえ思おもえ・禿かぶろ堅けん鉄てつ木き児じ・桑くわ加か失しつ里さと等とう奏そう請遣人じん使し海外かいがい諸国しょこく。以禿堅けん・張ちょう也先・伯はく顔がお使し不ふ憐八孫まご、薛徹兀・李り唐とう・徐じょ伯はく顔がお使し八はち昔むかし、察罕・亦また不ふ剌金・楊忽答こたえ児じ・阿おもね里さと使し占うらない八はち」
  8. ^ 皇太子こうたいしアユルバルワダ一いち派はによる暗殺あんさつと見みられる。
  9. ^ 『元もと史し』巻まき134列伝れつでん21迦魯納おさめ荅思伝でん,「仁ひとし宗むね即位そくい、廷議汰冗官かん、独どく迦魯納おさめ荅思為ため司し徒と如故、仍加開府かいふ儀ぎ同どう三さん司つかさ、賜たまもの玉だま鞍くら一いち。是ぜ年ねん八はち月がつ卒そつ」
  10. ^ 宮みや2018,381-385頁ぺーじ
  11. ^ a b c 中村なかむら2023,255頁ぺーじ

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 『元もと史し』巻まき134列伝れつでん21
  • 『新元しんもと史し』巻まき92列伝れつでん89
  • 『蒙こうむ兀児史記しき』巻まき118列伝れつでん100
  • ラシードゥッディーン『集あつまり史し』（Jāmiʿ al-Tavārīkh）
    • (校訂こうてい本ほん) Muḥammad Rawshan & Muṣṭafá Mūsavī, Jāmiʿ al-Tavārīkh, (Tihrān, 1373 [1994 or 1995] )
    • (英訳えいやく) Thackston, W. M, Classical writings of the medieval Islamic world v.3, (London, 2012)
    • (中ちゅう訳やく) 余あまり大だい鈞ひとし,周しゅう建けん奇き訳やく『史し集しゅう　第だい2巻かん』商務しょうむ印しるし書しょ館かん、1985年ねん
  • 中村なかむら淳あつし「チベット仏教ぶっきょうとモンゴル」『モンゴル帝国ていこくと海域かいいき世界せかい：12-14世紀せいき』岩波書店いわなみしょてん〈岩波いわなみ講座こうざ世界せかい歴史れきし 10〉、2023年ねん
  • 宮みや紀子のりこ『モンゴル時代じだいの「知ち」の東西とうざい』名古屋大学出版会なごやだいがくしゅっぱんかい、2018年ねん
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