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グラン・ブルー (映画えいが)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
グラン・ブルー
Le Grand Bleu
監督かんとく リュック・ベッソン
脚本きゃくほん リュック・ベッソン
ロバート・ガーランド
製作せいさく パトリス・ルドゥー
出演しゅつえんしゃ ロザンナ・アークエット
ジャン=マルク・バール
ジャン・レノ
音楽おんがく エリック・セラ
主題歌しゅだいか エリック・セラ
『My Lady Blue』
撮影さつえい カルロ・ヴァリーニ
製作せいさく会社かいしゃ ゴーモン
配給はいきゅう 日本の旗 20世紀せいきフォックス(1988ねん
日本の旗 日本ヘラルド映画にっぽんへらるどえいが(1992ねん
日本の旗 角川かどかわ映画えいが(2010ねん
公開こうかい フランスの旗 1988ねん5がつ11にち
日本の旗 1988ねん8がつ20日はつか
上映じょうえい時間じかん 132ふん(オリジナルばん
120ふん編集へんしゅうばん
168ふん完全かんぜんばん
製作せいさくこく フランスの旗 フランス
イタリアの旗 イタリア
言語げんご 英語えいご
フランス語ふらんすご
イタリア
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グラン・ブルー』(Le Grand Bleu)は、1988ねん公開こうかいされたフランスイタリア合作がっさく映画えいが監督かんとくリュック・ベッソン

概要がいよう[編集へんしゅう]

フリーダイビング世界せかい記録きろくいど2人ふたりのダイバーの友情ゆうじょう軋轢あつれき、そしてうみきるおとこあいしてしまった女性じょせいしん葛藤かっとうえが海洋かいようロマン。

10代からダイビングにしたしんできたベッソン監督かんとくが、長年ながねんゆめだった“イルカせられた潜水せんすいおっと物語ものがたり”を、実在じつざい天才てんさいダイバー、ジャック・マイヨール協力きょうりょく映画えいが撮影さつえい1987ねん6がつからやく9かげつわたり、パリふくフランスニューヨークなどでおこなわれた。

フランスでは公開こうかい、ハイティーンの若者わかものたち絶大ぜつだい支持しじあつめ、映画えいがかんまえ長蛇ちょうだれつ上映じょうえいまえわりには、れんばかりの拍手はくしゅ映画えいがかんめるような狂騒きょうそうとなった。フランス国内こくない観客かんきゃく動員どういんすうは1000まんにん、パリでは187しゅう連続れんぞく上映じょうえいという記録きろくちたてた。かれらは「Grand Bleu Generation」とばれ、社会しゃかい現象げんしょうにまでなった。

ストーリー[編集へんしゅう]

イタリアじんフリーダイバーで呼吸こきゅう潜水せんすい世界せかいチャンピオンであるエンゾはあるおとこさがしていた。ギリシアの海辺うみべまちそだったエンゾはだれよりももともぐりが得意とくいガキ大将がきだいしょうだったが、かれ唯一ゆいいつみとめていたのが、潜水せんすいおっと息子むすこである一人ひとり気弱きよわそうな少年しょうねんだった。

ニューヨークではたら保険ほけん調査ちょうさいんジョアンナは、自動車じどうしゃ事故じこ調査ちょうさペルーアンデス山脈あんですさんみゃく高地こうちにいた。そこで彼女かのじょは、氷結ひょうけつしたみずうみ酸素さんそボンベもなしに潜水せんすいしていく1人ひとりのダイバーに出会であう。ジャック・マイヨール。かれこそがエンゾがさがしていた少年しょうねん成長せいちょうした姿すがただった。

シチリアタオルミーナ開催かいさいされるフリーダイビング競技きょうぎかいにジャックを招待しょうたいするエンゾ。ジャックをってジョアンナもやってた。簡単かんたんしん記録きろくすエンゾ。翌日よくじつもぐったジャックもはつ参加さんかながらじゅん優勝ゆうしょうした。

仕事しごとをクビになり、ジャックとらしはじめるジョアンナ。各地かくち大会たいかい出場しゅつじょうはじめたジャックは、やがてエンゾを上回うわまわる120メートルのだい記録きろくちたてた。ジャックの記録きろくえることは生理学せいりがくてき危険きけんだとして、つぎ大会たいかい直前ちょくぜん中止ちゅうしする医師いし主催しゅさいしゃたち。それを無視むししてもぐったエンゾは急死きゅうしした。

そのよる勝手かって潜水せんすい機材きざいうごかし、くらうみくぐろうとするジャック。妊娠にんしんしたことをげてめるジョアンナ。だが、うみしかえないジャックのために、ジョアンナはみずか機材きざい始動しどうさせた。浮上ふじょう補佐ほさするロープの最深さいしんまでくぐるジャック。ロープを手放てばなしたジャックはむかえにたイルカとともに、くら海中かいちゅうへとおよった。

登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

ジャック・マイヨール
フランスじんダイバー。驚異きょういてき潜水せんすい能力のうりょくち、潜水せんすい生理学せいりがくしゃローレンス博士はかせ研究けんきゅう対象たいしょうとなっている。ギリシアでの子供こども時代じだいに、潜水せんすいおっとであるちち潜水せんすいちゅう事故じこ死亡しぼうおおきな喪失そうしつかんかかえており、イルカだけがしんどころとなっている。
モデルは同名どうめい実在じつざいのダイバー、ジャック・マイヨール
エンゾ・モリナーリ
イタリアじんダイバー。フリーダイビング競技きょうぎかい強豪きょうごうであり、その性格せいかく尊大そんだいにして、どこまでも陽気ようき。ただしママにはあたまがらない。
モデルは実在じつざいのイタリアじんダイバー、エンゾ・マイオルカ
ジョアンナ・ベイカー
ニューヨークではたら保険ほけん調査ちょうさいん都会とかい喧騒けんそう渋滞じゅうたい、ルームメイトのグチにウンザリしていたなか、ジャックと運命うんめいてき出会であいをする。

キャスト[編集へんしゅう]

日本語にほんご吹替[編集へんしゅう]

役名やくめい 俳優はいゆう 日本語にほんご吹替
テレビ朝日てれびあさひはん テレビ東京てれびとうきょうはん
ジョアンナ・ベイカー ロザンナ・アークエット 松井まつい菜桜子なおこ おか寛恵ひろえ
ジャック・マイヨール ジャン=マルク・バール 池田いけだ秀一ひでかず 辻谷つじたに耕史こうじ
エンゾ・モリナーリ ジャン・レノ 屋良やら有作ゆうさく 晴彦はるひこ
ローレンス博士はかせ ポール・シェナー 吉水よしみずけい 田中たなか秀幸ひでゆき
ノヴェリ セルジオ・カステリット 秋元あきもとひつじかい 伊藤いとう和晃かずあき
ロベルト マルク・デュレ 堀内ほりうち賢雄けんゆう 立木たちき文彦ふみひこ
ルイ叔父おじ ジャン・ブイーズ ばんおさむ
ダフィー グリフィン・ダン 山路やまじ和弘かずひろ
  • テレビ朝日てれびあさひばん初回しょかい放送ほうそう1990ねん12月15にち『ウィークエンドシアター』(01:15-03:10)
日本にっぽん劇場げきじょう公開こうかいされた「国際こくさいばん」が『グレート・ブルー』の邦題ほうだい放送ほうそうされた。
  • テレビ東京てれびとうきょうばん初回しょかい放送ほうそう2000ねん12月30にち『20世紀せいき名作めいさくシネマ』(23:30-02:40)※ノーカット放送ほうそう
監督かんとく最初さいしょ完成かんせいさせた「ちょうしゃくばん」が『グラン・ブルー グレート・ブルー完全かんぜんばん』の邦題ほうだい放送ほうそうされた。
  • 2019ねん現在げんざい発売はつばいされているソフトにはいずれの日本語にほんご吹替も収録しゅうろくされていない。

制作せいさく[編集へんしゅう]

原案げんあん[編集へんしゅう]

リュック・べッソンは、ちいさいころからスキューバダイビングに没頭ぼっとうしていたが、事故じこ二度にどくぐれなくなってしまう。そのときたまたまジャック・マイヨールの記録きろくフィルムをて、かれは「うみかんする映画えいがつくらなければ」とおもったという[1]翌年よくねんには、かれ本格ほんかくてき映画えいが製作せいさくみちへとすすはじめる。

プリプロダクション[編集へんしゅう]

サブウェイ」の撮影さつえいちゅう主演しゅえん女優じょゆうイザベル・アジャーニ友人ゆうじんであるウォーレン・ベイティ食事しょくじせき一緒いっしょになったベッソンは、「グラン・ブルー」の冒頭ぼうとう部分ぶぶんについてかたり、になったベイティはプロデューサーになりたいともうし、さらにかれはベッソンに前金まえきんとして25000ドルを小切手こぎってわたした。1985ねん、ベッソンはサブウェイの配給はいきゅうおこなったゴーモンに出資しゅっしたのみ、またジャン・レノエリック・セラクリストファー・ランバートともないロケハンを開始かいしする。

ベイティにもだつ稿こうしたスクリプトをわたし、契約けいやくけようとするが保留ほりゅうとの返事へんじる。翌年よくねん、ベッソンは小切手こぎってわたされたおかね使つかってしまい、またベイティとも連絡れんらくりづらくなったためことわぶんいた手紙てがみおくり、25000ドルもなんとかあつめて返金へんきんする。ベッソンはゴーモンの会長かいちょうニコラ・セドゥ脚本きゃくほんわたす。脚本きゃくほんたセドゥは制作せいさく希望きぼうし、またワーナーブラザースからも連絡れんらくはいるが、同年どうねん、ベイティにスクリプトをわたしたとき通訳つうやく担当たんとうのマルジョリー・イスラエルがほんさく権利けんりをベイティにわたし、ベイティはフォックスに企画きかくんで制作せいさく50まんドルをっていたことが発覚はっかく。ベッソンは謝罪しゃざいし、権利けんり放棄ほうきのためにベイティから要求ようきゅうされた50まんドルをゴーモンが支払しはらったことでトラブルは解決かいけつした。(20世紀せいきフォックスにはアメリカとイタリア以外いがいでの作品さくひん配給はいきゅうけんだけがのこった。)

撮影さつえい[編集へんしゅう]

ジャック・マイヨールがこおったみずうみむシーンでは、実際じっさいのペルーのみずうみで、スタントなしでジャン=マルク・バール本人ほんにんもぐった。もともとかれおよぎは得意とくいなほうだったが、ベッソンは「かれひとみなかに、しん恐怖きょうふかんえた」とかたっている。また、天井てんじょうからみずせまってくるジャックの悪夢あくむのシーンは実写じっしゃで、天井てんじょうにベッドをるして、プールにひたして撮影さつえいした。

様々さまざまなバージョン[編集へんしゅう]

はつ上映じょうえいは1988ねん5がつ10日とおかだい41かいカンヌ国際映画祭かんぬこくさいえいがさいさかえあるオープニング作品さくひんとしてだったが、メディアはこぞって酷評こくひょうよく5がつ11にちからフランス国内こくない公開こうかいされるが、当初とうしょ数字すうじ惨憺さんたんたるものだった。

  • Le Grand Bleu』 フランス公開こうかいばん(132ふん) - ふつ国内こくない最初さいしょ公開こうかいされたはん。カンヌで上映じょうえいされたものとおなじ。ほんさく元々もともと国際こくさいマーケットけに製作せいさくされたもので、セリフはすべて英語えいごふつ公開こうかいばん俳優はいゆう本人ほんにんたちが仏語ふつご吹替ふきかえている。
  • THE BIG BLUE国際こくさいばん(120ふん) - 海外かいがい編集へんしゅうばんふつ公開こうかいばんより12ふんカット。日本にっぽんでは『グレート・ブルー』の邦題ほうだい劇場げきじょう公開こうかいされた。
  • THE BIG BLUE』アメリカ公開こうかいばん(118ふん) - ベースは国際こくさいばんだが音楽おんがくエリック・セラではなく、ビル・コンティのスコアにえられている。またラストシーンに追加ついかされた1カットのために、作品さくひん結末けつまつおおきくわってしまっている。
  • Le Grand Bleu/VERSION LONGUEちょうじゃくばん(168ふん) - ベッソン監督かんとく最初さいしょ完成かんせいさせたわば“編集へんしゅうばん”(フランスはつ公開こうかいばんは、このバージョンから監督かんとくみずから36分間ふんかんカットしたもの)。
    日本にっぽんでは『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全かんぜんばん』の邦題ほうだい劇場げきじょう公開こうかいされた(上映じょうえい仏語ふつご吹替ふきかばん)。
  • 10ans Le Grand Bleu/VERSION ORIGINALE』オリジナルばん(132ふん) - 1998ねん作品さくひん生誕せいたん10周年しゅうねん記念きねんしてフランスでリバイバル上映じょうえいされたもの。ふつはつ公開こうかいばんおなぶつ日本にっぽんでも同年どうねん、『グラン・ブルー/オリジナル・バージョン』として劇場げきじょう公開こうかい。ベッソン監督かんとくは「これこそがみがきにみがきぬいた、一生いっしょう大事だいじにしていきたい、しん一本いっぽん」と表明ひょうめいしている。

日本にっぽんでの「グラン・ブルー・ジェネラシオン」[編集へんしゅう]

日本にっぽんでは20世紀せいきフォックス配給はいきゅうがけ、『グレート・ブルー』として1988ねん8がつ20日はつか東宝とうほう洋画ようがけいにて公開こうかいされた。公開こうかい当時とうじのキャッチ・コピーは「うみには、おおくの秘密ひみつがある。」。しかしどう時期じき公開こうかいのヒットさくおおくに興行こうぎょうめん苦戦くせんしてしまい、メイン上映じょうえいかんであったにちげきプラザは2週間しゅうかん新宿しんじゅくプラザ劇場げきじょうは1週間しゅうかんりとなる。

そのフランスでのがりがつたわるにつれ、くちコミで話題わだいとなり、1989ねん4がつにセルビデオが発売はつばいされると、六本木ろっぽんぎWAVEビデオ部門ぶもんで1となるなど、おりからのカルト映画えいがブームもあり『グレート・ブルー』人気にんき熱気ねっきびていく。

当時とうじキリン・シーグラムから発売はつばいされたウイスキー「HIPS」のCMにはジャン・レノマルク・デュレ2人ふたりげきちゅうのエンゾ、ロベルト兄弟きょうだいのイメージをそのままに起用きようされ、業界ぎょうかいでの注目ちゅうもくたかかった。

その「HIPS」がかんむりスポンサーとなり、1992ねん6がつ20日はつかには『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全かんぜんばん』がシネセゾン渋谷しぶや独占どくせん公開こうかい配給はいきゅう日本ヘラルド映画にっぽんへらるどえいがミニシアターでの興行こうぎょうではあるが、連日れんじつるほどの盛況せいきょうとなり、それ以降いこう全国ぜんこく順次じゅんじ公開こうかいされた。

2010ねん8がつ7にちから『グラン・ブルー完全かんぜんばん 〜デジタル・レストア・バージョン〜』が角川かどかわ映画えいが配給はいきゅうにより角川かどかわシネマ新宿しんじゅくなどで日本にっぽん公開こうかいされ、同年どうねん9月24にちどうバージョンのBlu-ray Disc発売はつばいされた。

実話じつわとの相違そういてん[編集へんしゅう]

ほんさくは、実在じつざい世界せかいてきフリーダイバー、ジャック・マイヨールエンゾ・マイオルカをモデルにした以外いがい、ストーリーはほぼフィクションである。

  • げきちゅう時代じだい設定せっていは、1980年代ねんだい後半こうはんになっているが、実際じっさいかれらが記録きろくきそったのは1960年代ねんだい後半こうはんから1970年代ねんだい前半ぜんはんである。
  • マイヨールと恋仲こいなかになる女性じょせい架空かくう人物じんぶつ
  • 映画えいがではマイオルカが事故じこ死亡しぼうすることになっているが、実際じっさいには一命いちめいめ、医師いしから潜水せんすいきんじられたので、一線いっせんいたのである。
  • げきちゅうのマイヨールは物静ものしずかでひかえめな男性だんせいえがかれているが、実際じっさい饒舌じょうぜつ自己じこ主張しゅちょうつよく、いかりっぽい人物じんぶつであった。ぎゃくに、口汚くちぎたな粗野そや人物じんぶつえがかれたマイオルカは「この作品さくひん監督かんとくおなじフランスじん主役しゅやくにしているため、マイヨールは実際じっさい人物じんぶつぞうよりも美化びかされ、ぎゃくにマイオルカは気品きひんのないイタリアじんおとしめられている」とかたっている。[2]

トリビア[編集へんしゅう]

  • ジャックのちちえんじるクロード・ベッソンはリュック・ベッソンの父親ちちおやである。うみ窒息ちっそくするシーンでは実際じっさい窒息ちっそくしてしまい、大事だいじにはいたらなかったものの、ベッソンはかなりんだという。
  • エンディングに「むすめのジュリエットにささぐ(Dedicaded to my daughter Juliette)」の文字もじはいる。これは、映画えいが撮影さつえい開始かいし同時どうじまれ、おも病気びょうきってまれたベッソンのむすめのことである。
  • 北海道ほっかいどう函館はこだてコミュニティFM放送ほうそうきょくFMいるか」にて、この作品さくひんのBGMが時折ときおりながれている。協賛きょうさん企業きぎょう紹介しょうかいは「Deep Blue Dream」、放送ほうそう機器ききメンテナンスとうによる夜間やかん放送ほうそう休止きゅうしは「The Big Blue Overture」がながれている(時期じき不明ふめい - 2005ねん4がつ3にちまでは毎日まいにちぜん番組ばんぐみ終了しゅうりょうにフルコーラスながれていた)。なお、夜間やかん放送ほうそう休止きゅうしからの放送ほうそう再開さいかいは「Virgin Islands」がフルコーラスながれている。毎日まいにち23:59 - よく0:00・4:59 - 5:00のジャンクションは、深夜しんやは「Virgin Islands」、早朝そうちょうは「The Big Blue Overture」がながれている(2022ねん10がつ1にち現在げんざい)。
  • モデルのジャック・マイヨール2001ねん自殺じさつによって死去しきょした[3]


脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 『グラン・ブルー リュック・ベッソンの世界せかい』 (ソニーマガジンズかん 1996ねん3がつ

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]