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スラヴ神話しんわ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
ズブルチの偶像ぐうぞう世界せかい構造こうぞう以下いかに、地球ちきゅう保持ほじしている3つのクトニオスのかみ々がえがかれている。

スラヴ神話しんわ(スラヴしんわ、Slavic mythology)とは、9世紀せいきころまでにスラヴ民族みんぞくあいだつたえられた神話しんわのことである[1]

概要がいよう

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スラヴ民族みんぞく文字もじたなかったため、つたえられた神話しんわ民族みんぞく独自どくじ記録きろくした資料しりょう存在そんざいしない[2]。スラヴ神話しんわ存在そんざいしたことしる資料しりょうとして、9世紀せいきから12世紀せいきあいだおこなわれたキリスト教きりすときょう改宗かいしゅう弾圧だんあつさいの「キリストきょう」の立場たちばからしるされた断片だんぺんてき異教いきょう信仰しんこうしめ内容ないよう記述きじゅつのこるのみである[1]

スラヴ神話しんわ地方ちほうにより様々さまざまなバリエーションがあった[1]ことが近年きんねん研究けんきゅうによりあきらかになっている。

スラヴ神話しんわかみ

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ひがしスラヴのかみ

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キエフ・ルーシでもっともふる年代ねんだいである『原初げんしょ年代ねんだいぎし年月としつき物語ものがたり)』には、ひがしスラヴ信仰しんこうされていたかみ々にかんする記述きじゅつがある。それによれば、980ねんころヴラジーミル宮殿きゅうでんちかくのおか下記かきの6はしらかみ々のぞう設置せっちさせたという[3]

以下いかに、除村よけむら吉太郎よしたろうやくの『原初げんしょ年代ねんだい』の記述きじゅつ引用いんようする。

しかしてヴラヂミルは一人ひとりでキエフに君臨くんりんはじめ、テレムのやしき(やしき)のそとおかうえ偶像ぐうぞうてた。ぎんあたまかねひげゆう(も)つ木造もくぞうのペルーン、ホルス、ダージヂボグ、ストリボーグ、セマルグラおよびミコーシを《てた》。しかして彼等かれらかみんで、彼等かれら礼拝れいはいし、おのが息子むすこたちむすめたちともなきたり、悪鬼あっきども礼拝れいはいし、おのれの生贄いけにえ(いけにえ)によって大地だいちけがれ(けが)した。しかして《生贄いけにえ》のによってルーシのとかのおかけがされた。 — 《ヴラヂミルがキエフおよびノヴゴロドに偶像ぐうぞうてる》[4]

に、以下いかかみ々もられている。

おそらく、スラブ神話しんわには、天体てんたい擬人ぎじんされたかみ々(ペルーン、ダジボーグ、モコシ)とクトニオスのかみ両方りょうほう存在そんざいしていた。[14]

西にしスラヴのかみ

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西にしスラヴ信仰しんこうされていた主要しゅようかみ々は、『スラヴ年代ねんだい』などの資料しりょうじゅうはしらほどが記録きろくされている[15]。この地域ちいきでは軍神ぐんしんおも信仰しんこうされていた[16]

みなみスラヴのかみ

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みなみスラヴでは下記かきかみられている[17]

英雄えいゆう神格しんかく

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歴史れきしじょう英雄えいゆう神格しんかくしたとかんがえられている下記かきかみ々もられている[17]

民間みんかん信仰しんこう

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10世紀せいきにスラヴにおいてキリストきょうへの改宗かいしゅうすすめられ、主要しゅようかみ々(神格しんかく)への信仰しんこううしなわれた。しかし下記かきのような「しょう神格しんかく(ディイ・ミノーレス)」については、キリスト教徒きりすときょうととなったスラヴじん生活せいかつなか民間みんかん信仰しんこうとしてのこってきた[18]。これらは自然しぜん現象げんしょうなどに由来ゆらいした精霊せいれいかんがえられている[17]

さらに、下記かきのような存在そんざい昔話むかしばなしにも登場とうじょうする[17]

スラヴの民間みんかん伝承でんしょうとく有名ゆうめいなのは、吸血鬼きゅうけつき(シチシガ英語えいごばん)とひとおおかみ(ヴィルコラク英語えいごばん)にかんするものである[20]

スラヴ神話しんわ研究けんきゅう

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スラヴ神話しんわ研究けんきゅうは19世紀せいきなかごろからロシア神話しんわ学派がくはばれる一連いちれん研究けんきゅうしゃらのによって開始かいしされた[17]1960ねんだい以降いこうより、ロシア言語げんご学者がくしゃイワーノフトポロフトルストイロシアばんウスペンスキー英語えいごばん考古こうこ学者がくしゃルイバコフ英語えいごばん叙事詩じょじし研究けんきゅうしゃメレチンスキー英語えいごばんらによって古代こだいスラブの神話しんわ世界せかいさい構築こうちくしようとするこころみがおこなわれている[17]その研究けんきゅうしゃに、ロマーン・ヤーコブソンがいる。[よう出典しゅってん]

注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 時代じだいによる信仰しんこう変化へんかがあり、多様たようせつがあってかっていない部分ぶぶんがあるが、ロードは出産しゅっさん運命うんめい一族いちぞく父祖ふそなどをつかさど男性だんせいてきかみであり、ロジャニツァはははしんで、出産しゅっさん運命うんめいつかさどる。初期しょきはロジャニツァ単独たんどくだったが、中世ちゅうせい以降いこう通常つうじょう「ロードとロジャニツァ」と併記へいきされるそうかみとなり、夫婦ふうふしんわれることもある。「ウプィリとベレグィニャ」崇拝すうはいさかんだった時期じきから、ペルーン崇拝すうはいさかんになる時代じだいあいだ時代じだいに、「ロードとロジャニツァ」がさかんに崇拝すうはいされ、先祖せんぞ崇拝すうはい関連かんれんし、ロードは最高さいこうしんわれることもある。ロジャニツァが出産しゅっさんつかさどり、ロードがひと誕生たんじょうさいしてたましいむとされる。豊饒ほうじょう多産たさん祈願きがん対象たいしょうとなるそうかみである[6][7][8][9][10][11][12]。ロード崇拝すうはい中心ちゅうしんひとつがロデニであり、「ロデニ」の名前なまえはロードにちなむものである[13]

出典しゅってん

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  1. ^ a b c さかない 2004 p. 400.
  2. ^ 伊東いとう 2002, p. 51.
  3. ^ ワーナー 2004, pp. 7-8.
  4. ^ 除村よけむら 1943, p. 62.
  5. ^ 和田わだ 1997, pp. 151-152.
  6. ^ Hubbs, Joanna (1993-09-22) (英語えいご). Mother Russia: The Feminine Myth in Russian Culture. Indiana University Press. p. 15. ISBN 978-0-253-11578-2. https://books.google.co.jp/books?id=fVQz3I4FCWUC&pg=PA15 
  7. ^ Kalik, Judith; Uchitel, Alexander (2018-07-11) (英語えいご). Slavic Gods and Heroes. Routledge. pp. 20-21. ISBN 978-1-351-02868-4. https://books.google.co.jp/books?id=ZbJjDwAAQBAJ&pg=PT21 
  8. ^ Goscilo, Helena; Holmgren, Beth (1996) (英語えいご). Russia--women--culture. Indiana University Press. p. 155. ISBN 978-0-253-21044-9. https://books.google.co.jp/books?id=s-g2_mK1oicC&pg=PA155 
  9. ^ 三浦みうら 清美きよみ中世ちゅうせいロシアの異教いきょう信仰しんこうロードとロジャニツァ:日本語にほんご増補ぞうほ改訂かいていばん前編ぜんぺん 資料しりょう」『電気通信大学でんきつうしんだいがく紀要きようだい17かんだい1-2ごう、2005ねん1がつ31にち、73-96ぺーじISSN 0915-0935 
  10. ^ 三浦みうら 清美きよみ中世ちゅうせいロシアの異教いきょう信仰しんこうロードとロジャニツァ:日本語にほんご増補ぞうほ改訂かいていばん後編こうへん 分析ぶんせき」『電気通信大学でんきつうしんだいがく紀要きようだい18かんだい1-2ごう、2006ねん1がつ31にち、59-88ぺーじISSN 0915-0935 
  11. ^ "スラブ神話しんわ". 日本にっぽんだい百科全書ひゃっかぜんしょ(ニッポニカ). コトバンクより2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん
  12. ^ "Rod". 世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん. コトバンクより2022ねん6がつ11にち閲覧えつらん
  13. ^ Миронов, Владимир; Голубев, Сергей (2022-05-15) (ロシア). Русь между Югом, Востоком и Западом. Litres. p. 134. ISBN 978-5-4250-9669-2. https://books.google.co.jp/books?id=nQ6BAQAAQBAJ&pg=PT134 
  14. ^ このような解釈かいしゃくは、文献ぶんけん学者がくしゃグリゴリー・グリンカ(ロシアによってはじめて提案ていあんされた。"ДРЕВНЯЯ РЕЛИГИЯ СЛАВЯН" (スラヴじん古代こだい宗教しゅうきょう、ロシア)を参照さんしょう。 ミタヴァ1840ねん
  15. ^ 和田わだ 1997, p. 152.
  16. ^ 伊東いとう 2002 , p. 54.
  17. ^ a b c d e f さかない 2004 p. 401.
  18. ^ アレグザンスキー 1993, p. 26.
  19. ^ アレグザンスキー 1993, pp. 19-20.
  20. ^ 伊東いとう 2002 p. 58.

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん図書としょ

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  • 『ロシアの神話しんわ伝説でんせつのぼり曙夢しょむへん名著めいちょ普及ふきゅうかい世界せかい神話しんわ伝説でんせつ大系たいけい 32〉、1980ねん改訂かいていばん)、ISBN 4-89551-282-7NCID BN01846370

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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  • ブリュクネル, アレクサンデル『スラヴ神話しんわ長谷見はせみ一雄かずおやく、lavistika(東京大学とうきょうだいがく大学院だいがくいん人文じんぶん社会しゃかいけい研究けんきゅうスラヴスラヴ文学ぶんがく研究けんきゅうしつ年報ねんぽう
    • アレクサンデル ブリュクネル, 長谷見はせみ一雄かずお, 三浦みうら清美きよみ, 三好みよし俊介しゅんすけ, 熊野くまのたに葉子ようこ, 「スラヴ神話しんわ (1)」『東京大学とうきょうだいがく大学院だいがくいん人文じんぶん社会しゃかいけい研究けんきゅうスラヴスラヴ文学ぶんがく研究けんきゅうしつ年報ねんぽう』 13かん p.291-311 1998ねん, doi:10.15083/00038315
    • アレクサンデル ブリュクネル, 長谷見はせみ一雄かずお, 三浦みうら清美きよみ, 三好みよし俊介しゅんすけ, 熊野くまのたに葉子ようこ, 「スラヴ神話しんわ (2)」『東京大学とうきょうだいがく大学院だいがくいん人文じんぶん社会しゃかいけい研究けんきゅうスラヴスラヴ文学ぶんがく研究けんきゅうしつ年報ねんぽう』 14かん p.110-129 1999ねん, doi:10.15083/00038296
    • ブリュクネル アレクサンデル, 長谷見はせみ一雄かずお, 三浦みうら清美きよみ, 三好みよし俊介しゅんすけ, 熊野くまのたに葉子ようこ, 寒河江さがえ光徳みつのり, 「スラヴ神話しんわ (3)」『東京大学とうきょうだいがく大学院だいがくいん人文じんぶん社会しゃかいけい研究けんきゅうスラヴスラヴ文学ぶんがく研究けんきゅうしつ年報ねんぽう』 15かん p.136-157 1000ねん, doi:10.15083/00038284
    • アレクサンデル ブリュクネル, 長谷見はせみ一雄かずお, 三浦みうら清美きよみ, 三好みよし俊介しゅんすけ, 熊野くまのたに葉子ようこ, 小椋おぐらあや, 柿沼かきぬま伸明のぶあき, 鳥山とりやま祐介ゆうすけ, 「スラヴ神話しんわ (4)」『東京大学とうきょうだいがく大学院だいがくいん人文じんぶん社会しゃかいけい研究けんきゅうスラヴスラヴ文学ぶんがく研究けんきゅうしつ年報ねんぽう』 16/17かん p.284-315 2001ねん, doi:10.15083/00038276
  • Г. Глинка "ДРЕВНЯЯ РЕЛИГИЯ СЛАВЯН " http://old-ru.ru/articles/art_27.htm