(Translated by https://www.hiragana.jp/)
トニー滝谷 - Wikipedia コンテンツにスキップ

トニー滝谷たきや

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

トニー滝谷たきや」(トニーたきたに)は、村上むらかみ春樹はるき短編たんぺん小説しょうせつ2005ねん市川いちかわじゅん監督かんとくにより映画えいがされた。

概要がいよう[編集へんしゅう]

初出しょしゅつ 文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう1990ねん6がつごう 【ショート・バージョン】
村上むらかみ春樹はるきぜん作品さくひん1979~1989』だい8かん講談社こうだんしゃ、1991ねん7がつ)【ロング・バージョン】
収録しゅうろく書籍しょせき レキシントンの幽霊ゆうれい』(文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう、1996ねん11月)

たん編集へんしゅう『レキシントンの幽霊ゆうれい』にはロング・バージョンが収録しゅうろくされた。

村上むらかみ米国べいこく文芸ぶんげいZoetrope: All-Story』2006ねんなつごうに、「On the Adaptation of Tony Takitani」というエッセイを執筆しっぴつほん短編たんぺんくことになったきっかけについてきしている。なおどうエッセイは現在げんざい村上むらかみ春樹はるき 雑文ざつぶんしゅう』(新潮社しんちょうしゃ、2011ねん1がつ)に収録しゅうろくされており、日本語にほんごでもむことができる(タイトルは「TONY TAKITANIのためのコメント」)。

なお、名前なまえのモデルとなったのは実在じつざいのハワイの弁護士べんごしトニー・タキタニであり、村上むらかみがハワイでその名前なまえかれた選挙せんきょPRのTてぃーシャツをつけたことが命名めいめいのきっかけとなった[1]。なお、タキタニの叔父おじは、マカダミアナッツチョコレートを発明はつめいした滝谷たきやまもるである。


英訳えいやく[編集へんしゅう]

タイトル Tony Takitani
翻訳ほんやく ジェイ・ルービン
初出しょしゅつ ザ・ニューヨーカー』2002ねん4がつ15にちごう[2]
収録しゅうろく書籍しょせき Blind Willow, Sleeping Woman』(クノップフしゃ、2006ねん7がつ

あらすじ[編集へんしゅう]

トニー滝谷たきやというのは主人公しゅじんこう本名ほんみょうだが、トニーの両親りょうしんはれっきとした日本人にっぽんじんだった。トニーのちち滝谷たきや省三郎しょうさぶろうはジャズトロンボーン奏者そうしゃとしてある程度ていど成功せいこうおさめた人物じんぶつだった。孤独こどくかかえて成長せいちょうしたトニーは、イラストレーターとして才能さいのう発揮はっきし、そのみち成功せいこうおさめる。やがて、こなしのうつくしいむすめこいをし結婚けっこんするが、つまたびした衣服いふくたいする執着しゅうちゃく彼女かのじょいやってしまう。トニーはつま大量たいりょう衣服いふくてくれる女性じょせいやとおうとするが、やがて部屋へやいっぱいの衣服いふくつま存在そんざいかげぎないことをかんじ、女性じょせいことわりの電話でんわれてつま衣服いふくをすべてはらう。ちち死後しごかれはその遺品いひんである膨大ぼうだいなレコード・コレクションをはらい、本当ほんとうひとりぼっちになった。

映画えいが[編集へんしゅう]

トニー滝谷たきや
監督かんとく 市川いちかわじゅん
脚本きゃくほん 市川いちかわじゅん
原作げんさく 村上むらかみ春樹はるき『トニー滝谷たきや』(文藝春秋ぶんげいしゅんじゅうかんレキシントンの幽霊ゆうれい所収しょしゅう)より
製作せいさく 米澤よねざわ桂子けいこ
橋本はしもと直樹なおき
出演しゅつえんしゃ イッセいっせ尾形おがた
宮沢みやざわりえ
音楽おんがく 坂本さかもと龍一りゅういち
撮影さつえい 広川ひろかわ泰士やすし
編集へんしゅう 三條さんじょう知生ともお
製作せいさく会社かいしゃ ウィルコ
配給はいきゅう 東京とうきょうテアトル
公開こうかい 日本の旗 2005ねん1がつ29にち
上映じょうえい時間じかん 75ふん
製作せいさくこく 日本の旗 日本にっぽん
言語げんご 日本語にほんご
テンプレートを表示ひょうじ

2005ねん市川いちかわじゅん監督かんとくにより、イッセいっせ尾形おがた主演しゅえん映画えいがされた。だい57かいロカルノ国際こくさい映画えいがさい(スイス)コンペ部門ぶもん審査しんさいん特別とくべつしょうなどを受賞じゅしょうサンダンス映画えいがさいノミネート。

概要がいよう[編集へんしゅう]

監督かんとく市川いちかわじゅんはもともと原作げんさくしゃ村上むらかみ春樹はるき小説しょうせつのファンで、念願ねんがん村上むらかみ作品さくひん映画えいがだった。村上むらかみの『午後ごご最後さいご芝生しばふ』『蜂蜜はちみつパイ』なども映画えいが候補こうほとしてかんがえていたという。また主演しゅえんイッセいっせ尾形おがた村上むらかみのファンだった[3][4]

予算よさんすくなくてスタジオのなかにセットがめず、横浜よこはま広大こうだいにセットをてて撮影さつえいされた。セットはだいうえてるだけで天井てんじょうもなく、ガラスまどもないもとけだったため、スタッフは騒音そうおんふうなどに苦労くろうしたが、市川いちかわは「ふうとおける映画えいがにしよう」とったという[5]

原作げんさくではトニー滝谷たきたにつまとアルバイトにやとおうとした女性じょせい名前なまえしるされていないが、映画えいがではそれぞれA小沼おぬま英子えいこ)・B斉藤さいとう久子ひさこ)という名前なまえがつけられている[6]。また原作げんさくでは直接的ちょくせつてきには登場とうじょうしない、つま結婚けっこんまえっていたおとこが、映画えいがではつま死後しご登場とうじょうする。また原作げんさくつまちちうしなったトニーがみずからの孤独こどく実感じっかんするシーンでわるが、映画えいがではその原作げんさくにないエピローグを追加ついかしている。

市川いちかわほんさく上映じょうえいされたとし知人ちじんのオフィスの忘年会ぼうねんかいでイラストレーターの安西あんざいみずまるい、さけっていたせいもあって、村上むらかみなにほんさくについてっていなかったかしきりにいた。根負こんまけした安西あんざいが「面白おもしろいとっていた」とうと、とてもよろこんでいたという[7]

メイキング・ドキュメンタリー『れたいえ』(監督かんとく村松むらまつ正浩まさひろ、68ふん)もあわせて製作せいさくされており、2005ねん2がつ5にち劇場げきじょう公開こうかいされた。ほんさくのDVDのプレミアム・エディションに収録しゅうろくされている。

キャスト[編集へんしゅう]

スタッフ[編集へんしゅう]

受賞じゅしょう[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ https://blazevy.com/20210316-1948/
  2. ^ FICTION TONY TAKITANI BY HARUKI MURAKAMI. April 15, 2002The New Yorker
  3. ^ 河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ へん市川いちかわじゅん河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ、2009ねん、104-110ぺーじISBN 978-4-309-01907-9 
  4. ^ DVD同封どうふうブックレット。
  5. ^ 河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ へん市川いちかわじゅん河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ、2009ねん、126-127,142ぺーじISBN 978-4-309-01907-9 
  6. ^ ただしげきちゅう名前なまえばれることはない。なお映画えいがでは宮沢みやざわりえがAとBやくえんじているが、原作げんさくではトニーのつま映画えいがのA)とアルバイトにやとおうとした女性じょせい映画えいがのB)の顔立かおだちはていないとしるされている。
  7. ^ 河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ へん市川いちかわじゅん河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ、2009ねん、56-57ぺーじISBN 978-4-309-01907-9 
  8. ^ りえら出演しゅつえん映画えいが「トニー滝谷たきや」が審査しんさいん特別とくべつしょう受賞じゅしょう”. SANSPO.COM. 2022ねん1がつ21にち閲覧えつらん
  9. ^ 市川いちかわじゅん監督かんとく最新さいしんさく『トニー滝谷たきや』がロカルノ国際こくさい映画えいがさいでトリプル受賞じゅしょう!!”. CINEMA TOPICS ONLINE (2004ねん8がつ16にち). 2022ねん1がつ21にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

  • ねじまきとりクロニクル……登場とうじょう人物じんぶつ笠原かさはらメイの台詞せりふで、ほんさく主人公しゅじんこうのトニー滝谷たきや彼女かのじょいえとなりめんしたいえんでいるという話題わだいてくる。ただし文庫ぶんこばんではそのくだりは大幅おおはばにカットされている。
  • 英語えいご村上むらかみ春樹はるき

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]