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ローバー・SD1

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
ローバー・SD1
ローバー3500ヴィテス
ローバー3500(初期しょきがた
ローバー3500ヴィテスのリアビュー
概要がいよう
販売はんばい期間きかん 1976ねん - 1987ねん
ボディ
乗車じょうしゃ定員ていいん 5にん
ボディタイプ 5ドア ハッチバック
駆動くどう方式ほうしき FR
パワートレイン
エンジン 直列ちょくれつ4気筒きとう / 直列ちょくれつ6気筒きとう / Vがた8気筒きとう
変速へんそく 5そくMT / 3そくAT
サスペンション
まえ 独立どくりつマクファーソンストラット
のち 独立どくりつセミトレーリングアームしきサスペンション トランスバースワッツリンク
車両しゃりょう寸法すんぽう
ホイールベース 2,815mm
全長ぜんちょう 4,700mm(1978ねん2600)
全幅ぜんぷく 1,770mm
ぜんこう 1,380mm
車両しゃりょう重量じゅうりょう 1,350kg
系譜けいふ
先代せんだい ローバー・P6
後継こうけい ローバー・800
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ローバー・SD1Rover SD1)は、イギリス・ローバーせい自動車じどうしゃコードネームであり、1976ねんから1987ねんまで生産せいさんされていた一連いちれんなか大型おおがた乗用車じょうようしゃである。

当初とうしょブリティッシュ・レイランド(BLMC)、1986ねんからはローバー・グループによって、「ローバー 2000」「ローバー 2600 SE」「ローバー V8-S」などの名称めいしょう販売はんばいされていた。

開発かいはつ経緯けいい[編集へんしゅう]

1971ねん当時とうじのBLMCではローバー・P6トライアンフ・2000/2500シリーズを並行へいこう生産せいさんしており、くるしい台所だいどころ事情じじょうなか企業きぎょう合同ごうどう効果こうかすためにはりょう車種しゃしゅ統合とうごう不可欠ふかけつ状況じょうきょうになっていた。ローバー・トライアンフりょう部門ぶもん提案ていあんもとめられ、P6とおなじスペン・キング(Spen King )とデビッド・ベイチュのコンビによるローバーあん採用さいようされた。かれらは前年ぜんねん70ねん、SUVの設計せっけいしん境地きょうちひらいたレンジローバーをデビューさせたばかりで、まさあぶらった時期じきにあった。なお、新型しんがたしゃ開発かいはつコードネームはP7ではなく、SD1Specialist Division No. 1 )とされ、ローバーとトライアンフ部門ぶもん統合とうごうされなか高級こうきゅうしゃやスポーティーカーを開発かいはつする部門ぶもんとなったことを象徴しょうちょうしていた。

BLMCのくるしい経営けいえい反映はんえいしてか、スペン・キングの設計せっけいはP6よりもむしろ保守ほしゅてきなものとなり、一般いっぱんてきなモノコック構造こうぞうのボディ、こう固定こていじくのサスペンション、アウトボードしきのサーボきディスク/ドラムのブレーキが採用さいようされた。しかしセルフレベリングしきリアダンパー、ローバーはつのラック&ピニオンしきステアリングなど、時代じだい潮流ちょうりゅうにはけっしておくれてはいなかったし、ベイチュのデザインは1960年代ねんだいピニンファリーナ作品さくひんとくフェラーリ・デイトナのフロントエンドとBMC 1800プロトタイプ(シトロエン・GSCXのデザインにもつよ影響えいきょうあたえた)のシルエットからおおくをまなんだ革新かくしんてきなもので、SD1には、P6につづいてローバー度目どめヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーかがやくだけの十分じゅうぶんあたらしさがあり、沈滞ちんたいきわめた当時とうじのイギリス自動車じどうしゃ業界ぎょうかい希望きぼうほしとなった。

発展はってん[編集へんしゅう]

SD1は1976ねん6がつにまずV8の3500が発売はつばいされた。よく1977ねんちょく6の2300と2600がデビューし、ローバー・P6トライアンフ・2000/2500生産せいさん終了しゅうりょう、ローバーはSD1、トライアンフはTR7に車種しゃしゅ一本いっぽんされることになった。ステーションワゴンも試作しさくされたが生産せいさんにはいたらなかった。当時とうじのBLMC会長かいちょうマイケル・エドワーズきょうがパーソナルカーとしたいちだいがブリティッシュ・モーター・ヘリテッジにいま保存ほぞんされている。

SD1は1975ねんのBLMCの破綻はたんに、政府せいふ資金しきん投入とうにゅうだい改修かいしゅうされた英国えいこくウェスト・ミッドランズしゅうソリハルのローバー工場こうじょうでTR7と並行へいこう生産せいさんされたが、当時とうじのBLせいのあらゆる車種しゃしゅにつきまとった品質ひんしつひくさになやまされた。内装ないそうざい磨耗まもうのひどさや細部さいぶ仕上しあげのわるさが、当初とうしょ好評こうひょうでSD1をむかえた英国えいこくしゃファンをふか失望しつぼうさせたのだった。

SD1はその1979ねんにはこう出力しゅつりょくなV8-Sを追加ついか(メタリックグリーンの車体しゃたい金色きんいろのアロイホイールを装備そうび)、1981ねんには生産せいさん工場こうじょうきゅうモーリスのカウリー工場こうじょううつされ(以後いごソリハルはランドローバー専門せんもん工場こうじょうとなる)、よく1982ねんだい規模きぼマイナーチェンジおこなわれた。クロームでえんられたヘッドライト、おおきく変更へんこうされたインテリア、後方こうほう視界しかい改善かいぜんのためひろげられたリアウインドウなどがしんモデルの特色とくしょくであったが、同時どうじにモーリス・イタルのちょく4 2,000cc・Oシリーズエンジン搭載とうさいしゃ、イタリアVMモトーリせいディーゼルターボエンジンを搭載とうさいした2400 SDターボも追加ついかされた。その一方いっぽう、V8をフューエルインジェクションで190馬力ばりき強化きょうかしたV8-Sにわるホットモデルの3500ヴィテス、豪華ごうかばんのヴァンデン・プラも追加ついかされた。

日本にっぽんには当時とうじのディーラー、日本にっぽんレイランドつうじて1979ねんから1981ねんごろ正規せいき輸入ゆにゅうされたが、元来がんらい品質ひんしつ問題もんだいくわえて排気はいきガス対策たいさく上手うまくいかなかったこともあり、販売はんばいかんばしくなかった。おな理由りゆうたいべい販売はんばい不振ふしんとなった。当時とうじカーグラフィック長期ちょうきテストにはその状況じょうきょうくわしくべられている。

1987ねんホンダ・レジェンドをベースとしたローバー・800登場とうじょうし、SD1の生産せいさんは303,345だいられた。100%英国えいこく技術ぎじゅつつくられた最後さいごのローバーであった。

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]