信用取引(しんようとりひき、英: margin trading)とは、金融用語の一つで、株取引において、現金や金融商品を委託保証金(いたくほしょうきん、英: margin)と呼ばれる担保として差し入れて、証券会社より借り入れて株の売買を行う投資制度。英語読みのまま、マージンとも呼ばれる。日本ではアメリカ合衆国の証拠金取引(マージン取引)をベースに、1951年に創設された[1]。現物取引と対比して使われることが多い。
デリバティブ取引の担保は、英語では保証金と同じくマージンと呼ぶが、日本語では区別し、証拠金(英: margin)と呼ぶ。
信用取引は日本の金融商品取引法第156条の24において、「金融商品取引業者が顧客に信用を供与して行う有価証券の売買その他の取引」と定義される[2]。
先物取引の場合は、売り方と買い方の関係は、人気や金利、配当金については鞘(現物と先物価格間や異なる限月間)で現れるだけでゼロサムゲーム(委託手数料等を除く)であり、発注について売り方と買い方は同等であるが、信用取引の場合は、発注について売り方に買い方とは異なる足枷を設けたり、売り方と買い方の受け取り、支払い金利格差や売り方については貸借取引貸株料に加え、場合によって、逆日歩が加算され(先物取引では貸借取引貸株料相当の鞘は存在しない)中間費用がかかるため、先物取引の最大期限内であれば先物取引と比して取引コストが高いのが特徴である(委託手数料等を除く)。
信用取引の売りは、投機筋が株価が本来の価値以上に高いと思われると判断した場合に行われる行為である。信用取引の売りにより株価が本来の価値以下に下がると、買う投機筋が増加し株価が上昇する。「品受」および「品渡」の決済の場合を除き信用取引の売りは、売っただけの将来の決済による買い圧力となり、信用取引の買いは、買っただけの将来の決済による売り圧力となる。
投資家が金融商品取引業者に対し、信用取引口座を開設する意思を示した場合、金融商品取引業者は契約締結前交付書面を投資家に交付し、自社の信用取引開始基準を満たすかどうかの審査を行う。投資家が金融商品取引業者の役員、従業員の場合は信用取引の利用が禁止される。基準を満たす場合、投資家は金融商品取引業者に信用取引口座設定約諾書を差し入れ、私設取引システム(PTS)での信用取引を行う場合はさらにPTS信用取引に係る合意書を差し入れる。
信用取引口座が開設されると、投資家は売買注文に信用取引であること、使用する取引の種類(制度信用取引または一般信用取引)を明示して、金融商品取引業者に委託できるようになる。信用取引であると明示されていない場合、信用取引口座であっても信用取引にならず、現物取引の注文となる。
信用取引を利用した買い注文は「信用買い」、売り注文は「信用売り」または「空売り」と呼称される[6]。信用買いは「カラ買い」(カラがい)とも呼ばれるが、一般的な呼称は「信用買い」である[7]。
日本取引所グループでは新株予約権証券などの信用取引を禁止しており、取引できる銘柄は日本・外国株式にかかわらず日本国内の証券取引所の上場株券に限られる。ただし、株式以外にもJ-REIT、一部の上場投資信託が取引できる。一般信用取引は金融商品取引業者の取り決めを除き、原則として全上場銘柄が対象となるが[8]、制度信用取引ではさらに証券取引所が選定した制度信用銘柄に限られ、うち貸借銘柄に選定された銘柄のみ証券金融会社から貸株(すなわち、信用取引による売付けの利用)ができる。制度信用銘柄で貸借銘柄に選定されていないものは、証券金融会社からの融資(すなわち、信用取引の買付けの利用)のみ利用できる。
東京証券取引所市場第一部(2022年まで)およびプライム市場(2022年以降)は1998年から2023年時点まで一貫して99%以上の上場会社が制度信用銘柄に指定されており、2013年以降は市場第二部、マザーズ、JASDAQ(2022年まで)とスタンダード、グロース市場(2022年以降)においても99%以上の上場会社が指定されている[10]。貸借銘柄については市場第一部では8割台、プライム市場(2022年から2023年時点まで)では9割台で推移し、スタンダード、グロース市場(2022年から2023年時点まで)では5割未満になっている[10]。
信用取引が成立すると、成立の日から起算して3営業日目の正午までの金融商品取引業者が指定した日時を期限として、金融商品取引業者は投資家から委託保証金と呼ばれる担保を徴収する。この時点で徴収する委託保証金の金額は保証金に関する内閣府令第2条の1により、信用取引に係る有価証券の時価の30%と規定されるが、30万円未満の場合は30万円となる。これは資本の少ない投資家による信用取引利用を抑制するための既定である。ただし、「30%と30万円の高い方」は法令上の規定であり、金融商品取引業者がそれ以上の金額を定めることもできる[13]。
委託保証金の通貨は証券取引所の受託契約準則により円またはアメリカ合衆国ドルと規定され、米ドルの場合は円に換算した価格の95%が委託保証金の金額となる。
委託保証金は現金、または株式や国債などの有価証券(代用有価証券)を充てることができ、代用有価証券は種類によって異なる現金換算率で現金に換算される。
すでに既存の受入保証金があり、余剰が生じている場合、実務上は余剰保証金を新規取引の委託保証金に充当できる。
現物で株式を買い、それを委託保証金として差し入れて、同株式を信用取引で買うことを信用二階建て、または二階建取引と言う[15][16]。信用二階建てでは株価が下がった場合、現物株の担保価値と信用取引分の価値が同時に下がる[15]。
受入委託保証金の金額が信用取引に係る有価証券の時価の委託保証金の維持率未満になった場合、投資家は委託保証金と同様に定められる期限までに、保証金が維持率以上になるよう追加保証金、略して追証(おいしょう、英: margin call)を差し入れる義務がある[17]。維持率は証券取引所の受託契約準則では20%とされるが、金融商品取引業者がそれ以上の維持率を定めることもできる[13]。
「追証」という略語に関しては、デリバティブ取引の追加証拠金も同様の略語となる[17]。
信用取引の費用には委託手数料、管理費、代金にかかる金利(信用買いの場合は支払い、信用売りの場合は受け取る)、信用取引貸株料(信用売りの場合)、品貸料(信用売りの場合)、配当落調整額(信用買いの場合は受け取り、信用売りの場合は支払う)がある。
信用買いの場合、投資家は金融商品取引業者から融資を受けて(資金を借りて)有価証券を購入する[6]。融資は信用取引が成立した日から起算して3営業日目に行われ、その金額は信用取引に係る有価証券の時価(約定代金)となる。この融資には金利(日歩とも[20])がかかり、投資家と金融商品取引業者の合意で決定される。金利は買い方の借入の金利は受渡日ベースでの両端入れ計算となる[注 1]。このときに購入した有価証券は担保として、金融商品取引業者が保有する。
信用売りの場合、投資家は金融商品取引業者から有価証券を借りて、その有価証券を売る[6]。有価証券を借りるとき、投資家は信用取引貸株料を支払う。信用取引貸株料は受渡日ベースでの両端入れ計算となる。売却代金は担保として、金融商品取引業者が保有し、その売却代金にかかる金利は金融商品取引業者から投資家に支払われ、金利は二者の合意で決定される。
信用売りにおいて、借り入れようとする有価証券の調達にコストがかかるときがあり、この場合には品貸料(逆日歩(ぎゃくひぶ)とも)を支払う。品貸料は受渡日ベースで初日不算入の片端入れの計算となる。品貸料は有価証券の調達先に支払われ、その有価証券の信用買い取引を行っている投資家が調達先になった場合には品貸料を受け取れる。
信用取引が決済されるまでに配当、株式分割、新株予約権付与など有価証券に関する権利変動がある場合、その権利から税金を引いた金額が信用売りの投資家から徴収され、信用買いの投資家から支払われる。この費用は配当落調整額(配当の場合)または権利処理価額(株式分割、新株予約権付与の場合)と呼ばれる。費用が支払われるのは、信用供与がない場合、有価証券の所有者がこれらの権利を有するためであり、費用の支払により、権利変動から生じる有価証券価格の下落が補填されることとなる。
信用取引成立の日から起算して、1か月以上経過してから決済する場合、管理費(信用取引管理費、事務管理費とも)が発生する。1か月経過するまでに決済した場合は発生しない。管理費は1か月100円から1000円までの範囲に定められ、消費税がかかる。
このほか、取引の委託に手数料がかかり、手数料にはさらに消費税がかかる。信用買いをしている場合で、決算期末や増資の割当日などを越えて建玉を保持している場合は、1単元あたり50円(税別)の名義書換料が発生する。
信用取引の決済は制度信用取引に関しては6か月の期限があり、一般信用取引に関しては投資家と金融商品取引業者の合意で決定される。
決済の手段は反対売買と受渡決済(信用買いの場合は現引き、信用売りの場合は現渡し)の2種類がある。反対売買では信用取引の注文と逆方向の売買(信用買いの場合は証券の転売、信用売りの場合は証券の買戻し)を行うことで、両方の代金の差額を受払いする(差金決済)。現引きでは投資家が現金を金融商品取引業者に渡して証券を受け取り、現渡しでは投資家が証券を金融商品取引業者に渡して現金を受け取る。金利、信用取引貸株料、品貸料といった費用の受払いも行われる。
信用取引における課税は決済手段によって異なる[26][27]。反対売買の場合、申告分離課税が適用され、所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%が課税される[26][27]。現渡しの場合、現物証券の売却と同様に差益が課税対象となり、前述と同様の税率、申告分離課税が適用される[26][27]。現引きの場合、決済時点では有価証券を購入したにすぎず、課税されない[27]。後に証券を売却したときに課税される[26]。
私設取引システムの信用取引
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以前は日本の私設取引システム(PTS)市場で信用取引を行うことはできなかった[28][29][30]。しかし、金融庁が「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」を改正し、2019年8月からPTSでの信用取引が解禁された[31][32]。PTSを運営する金融商品取引業者が信用取引を取扱う場合は、「利益相反防止措置」と「自主規制措置」を講じなければならない[31]。
- 利益相反防止措置:当該金融商品取引業者やそのグループ会社が実質的な資金・株券の提供者とならないようにすること[31]。
- 自主規制措置:金融商品取引所の自主規制機能と同等の措置を講じること[31]。
2022年6月には、SBIグループのジャパンネクスト証券(JNX)、Cboeグローバル・マーケッツ(英語版)傘下のCboeジャパン[33]に続く第3のPTS運営会社として、SBI系の大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)が株式PTS事業に新規参入した。
PTSにかかる規制緩和が行われ、日本証券クリアリング機構(JSCC)における清算解禁により、取引後の決済(英語版)が取引所と全く同じになったことや、信用取引がPTSでも可能になったことで、PTSの市場シェア増加につながっている[32]。取引所取引に対するPTS取引の割合(売買代金ベース)の推移を見ると、信用取引の解禁前はJNX・Cboeジャパン・ODXの3社合計で5%程度だったが、2022年8月末時点では13.2%まで増えてきている[34]。
アメリカの取引所では信用取引にあたる制度として証拠金取引(margin transaction)がある。日本における信用取引と違い、信用供与の金額は買付代金と証拠金の差額となる。一般的には決済期限がなく、当初証拠金は買付総費用または売付純手取金の50%と2,000米ドルのうち高い方であり、維持率は証拠金買付の場合が25%、空売りの場合が30%となる。決済は反対売買または現引き、現渡しで行われる。
アメリカではレバレッジ規制についてT規則(英語版)とportfolio marginがあり、T規則の場合はレバレッジ最大2倍の規制であるが、10万ドル以上ある場合はportfolio marginを選択でき、より大きなレバレッジが可能になる。
アメリカでは私設取引所でも信用取引が可能である。
信用取引は1920年代にはアメリカで仲立人からの融資を利用して行われていたが、要求される保証金率が低く、1930年には経済学者アーヴィング・フィッシャーが信用取引を1929年のウォール街大暴落までの株式暴騰の理由と主張した[37]。この状況を受けて、1934年証券取引所法が制定され、連邦準備制度理事会は同法で与えられた権限に基づき1934年にT規則(英語版)、1936年にU規則(Regulation U)を制定、前者で証拠金所要率を規制、後者で銀行による信用供与量を規制した。さらに1968年にG規則(Regulation G、銀行と証券業者以外による信用供与の規制)、1971年にX規則(Regulation X、使用供与される投資家への規制)を定めたが、1983年に簡素化され、1998年にG規則がU規則に統合された。
第二次世界大戦前の日本において、株式の取引は「清算取引」と呼ばれる先物取引を中心に発展した[1]。戦後に証券取引所再開の動きがあり、1948年に証券取引法が公布され、1949年5月以降に東京証券取引所などが設立された[1]。証券取引所の再開直前、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は証券取引委員会に「証券取引三原則」の厳守を命じ、そのうちの1つに「先物取引の禁止」があった[1]。設立された証券取引所も三原則の厳守を誓約したため、当初は現物取引のみ再開された[1]。証券業界では仮需給の導入を目指すべく清算取引復活の意見が根強かったものの、GHQと東京証券取引所の首脳は清算取引の復活に否定的であり、代わりに1951年6月1日にアメリカ合衆国の証拠金取引(マージン取引)をベースに信用取引制度を創設した[1][39]。
2002年2月26日に金融庁より公表された「空売り規制の遵守状況に関する総点検結果等を踏まえた対応について」[40]を受け、「貸借取引貸株料」が創設された。貸借取引貸株料とは、制度信用取引において、証券会社が証券金融会社から株券を借りてきて顧客に貸し付ける場合、証券金融会社が証券会社から、貸し付ける株券等の価額に対して一定率を乗じた額を日々徴収する制度。逆日歩の場合、株券等の貸付けを受けた証券会社から徴収した品貸料(逆日歩)は、当該株券等の買付代金の融資を受けた証券会社に支払われるが、貸借取引貸株料は融資を受けた証券会社に支払われることはない。この制度は、2002年5月7日約定分から実施されている。
2013年1月1日より、日本の金融商品取引法第161条の2に規定する取引及びその保証金に関する内閣府令の一部改正により、信用取引における法令の制限が改正され、信用取引に係る委託保証金の計算方法等が変更となり、(イ)信用取引により翌営業日に委託保証金の拘束が解除されていたものが、同日において、同一資金で何度でも信用取引の売買が可能となり、(ロ)建玉の反対売買による確定利益は、受渡日から利用が可能であったものが、受渡日前でも利用が可能となり、(ハ)信用取引で追証が発生した場合、信用取引の建て玉(ポジション)を解消しただけでは駄目で、実際に入金をする必要があったが、改正の後は、建て玉解消による委託証拠金維持率の回復による追証の解消が可能になった。(ニ)以上により、法令上、信用取引の差金決済が事実上、解禁され、信用取引において同一の保証金を使っての回転売買が無制限に可能となった。
日本では2019年7月16日にPTS信用取引が新設され、2022年7月1日より外国株式の信用取引が解禁された。
- ^ 利息計算の民法第140条本文の初日不算入問題については、最高裁昭和33年6月6日判決民集12巻9号1373頁で初日算入が認められている。
- 東京証券取引所株式部信用取引グループ『東証公式株式サポーター 信用取引編』(第6版)東京証券取引所、東京、2019年7月。