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宮木 広大(1899年〈明治32年〉9月12日 - 没年不明)は、昭和時代前期の拓務官僚、農商務官僚、台湾総督府官僚。
東京市に生まれる。第二高等学校を経て[2]、1923年(大正12年)3月に東京帝国大学経済学部を卒業し、農商務省に入省し商務局属となる[2]。翌年11月[2]、高等試験行政科に合格。農商務省鉱山監督局書記官、商工事務官、拓務事務官、拓務書記官、拓務局事業課長、同局南洋課長、ブラジル赴任を経て、1940年(昭和15年)5月に新竹州知事に就任し、1942年(昭和17年)7月に台南州知事に転じた。1943年(昭和16年)退官した。
その後、台湾拓殖理事を務めた[4]。戦後、公職追放となった[2]。
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