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富士山ふじさんレーダー

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富士ふじ山頂さんちょうレーダーから転送てんそう
富士吉田ふじよしだ市立しりつ富士山ふじさんレーダードーム公園こうえん移設いせつ保存ほぞんされている富士山ふじさんレーダー

富士山ふじさんレーダー(ふじさんレーダー)は、気象庁きしょうちょう1964ねん富士ふじ山頂さんちょう富士山ふじさん測候所そっこうじょ設置せっちした気象きしょうレーダーとその運用うんようシステム。1999ねん運用うんよう終了しゅうりょうした。ほん事案じあん気象きしょうレーダー運用うんよう電気でんき技術ぎじゅつのこすべき顕著けんちょ事例じれいとして2000ねん3がつIEEEマイルストーン認定にんていされた。

概要がいよう

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1959ねん伊勢湾いせわん台風たいふうでは台風たいふう接近せっきん伊勢湾いせわん満潮まんちょう時刻じこくかさなったこと(異説いせつあり[だれによって?])でだい規模きぼ高潮こうちょう被害ひがい発生はっせいし、死者ししゃ行方ゆくえ不明ふめいしゃ5,000めいというだい災害さいがいとなった。これをけて台風たいふう被害ひがい予防よぼうする目的もくてき日本にっぽん本土ほんどちかづくおそれのある台風たいふう位置いち早期そうき探知たんちすることが社会しゃかいてき要請ようせいとなり、気象庁きしょうちょう対策たいさくとして気象きしょうレーダーを設置せっちすることとなった。

設置せっち場所ばしょぜん方向ほうこうにわたってレーダーの電波でんぱ山岳さんがくさえぎられることがないという観点かんてんから富士ふじ山頂さんちょう選定せんていされた。従来じゅうらいから測候所そっこうじょとして機能きのうしていた富士山ふじさん測候所そっこうじょにレーダーとう増設ぞうせつすることとなった。

工事こうじ設置せっち場所ばしょまでの資材しざい搬入はんにゅう経路けいろ確保かくほ格別かくべつ困難こんなんなこと、設置せっち場所ばしょ気象きしょう条件じょうけん過酷かこくなこと、納入のうにゅう機器ききれいない性能せいのうであることから、気象庁きしょうちょう取引とりひきさき選定せんてい競争きょうそう入札にゅうさつ機能きのうしないと判断はんだんし、公共こうきょう工事こうじとしては異例いれい随意ずいい契約けいやくにより三菱電機みつびしでんき大成建設たいせいけんせつ発注はっちゅうした。設置せっち費用ひようは2おく4せんまんえん着工ちゃっこう1964ねん5がつであった。

現場げんば気象きしょう条件じょうけん過酷かこくであるため、工事こうじ難航なんこうした。資材しざい搬入はんにゅう難題なんだいであった。レーダーの設置せっちった三菱電機みつびしでんきでは、搬入はんにゅうブルドーザー強力きょうりょくごうりき人力じんりき輸送ゆそうのこと)、輸送ゆそうようヘリコプターの3方法ほうほうこころみた。1964ねん8がつ15にちにヘリコプター輸送ゆそうおこな設置せっち成功せいこうした。最終さいしゅうてきに、工事こうじ資材しざいは500tえ、そのほとんどがブルドーザーけいひらけどうによりはこばれることになった[よう出典しゅってん]

当時とうじ気象庁きしょうちょう富士山ふじさんレーダーにかける期待きたいはきわめてたかく、すでに運用うんようされていた新潟にいがたけん弥彦山やひこやま島根しまねけん三坂山みさかやま山岳さんがくレーダーでもちいた5.7cmなみレーダーではなく、観測かんそくエリアを広範囲こうはんいにわたって確保かくほするため、途中とちゅう雨雲あまぐもひとしによる電波でんぱ減衰げんすいふせ目的もくてき異例いれいの10cmレーダーをもちいることとした。他方たほう波長はちょうながくなることによるレーダー画像がぞう分解能ぶんかいのう低下ていかふせぐため、使用しようするアンテナ当時とうじ標準ひょうじゅんだった直径ちょっけい3mのものから直径ちょっけい5mに大型おおがたすることとしている。

この富士山ふじさんレーダーができるまで世界せかい一番いちばん高所こうしょにあった気象きしょうようレーダーはアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくモンタナしゅうにある標高ひょうこう2,600mのやま山頂さんちょうにあったものだったので富士山ふじさんレーダーは一気いっきに1,100m以上いじょう世界せかい記録きろくえた。レドームしろジオデシック・ドーム構造こうぞうぶつは、設置せっちされていた当時とうじ富士ふじ山頂さんちょう代表だいひょうてき構造こうぞうぶつのひとつであった。

1999ねん11月1にち富士山ふじさんレーダーは気象きしょう衛星えいせいにより台風たいふう接近せっきん観測かんそくできるようになったことと、代替だいたいレーダーが静岡しずおかけん牧之原まきのはら台地だいち牧之原まきのはら気象きしょうレーダー観測かんそくしょ)と長野ながのけん車山くるまやま車山くるまやま気象きしょうレーダー観測かんそくしょ)の2カ所かしょ設置せっちされることによりその役割やくわりえ、運用うんよう終了しゅうりょうした。その本体ほんたい解体かいたい撤去てっきょされ、2001ねん9月に富士吉田ふじよしだ移設いせつされ、富士吉田ふじよしだ市立しりつ富士山ふじさんレーダードームかんとして公開こうかいされている。

この気象きしょうレーダーの建設けんせつ完了かんりょうまでの過程かてい特集とくしゅうした内容ないようが2000ねん3がつNHK総合そうごうテレビドキュメンタリー番組ばんぐみプロジェクトX ~挑戦ちょうせんしゃたち~』のだい1かい巨大きょだい台風たいふうから日本にっぽんまもれ ~富士山ふじさんいただきおとこたちはいのちをかけた~」として放映ほうえいされた。

レーダードーム骨格こっかく空輸くうゆ

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アンテナを保護ほごするレドームジオデシック・ドーム構造こうぞう骨格こっかくは、様態ようたいから開発かいはつ関係かんけいしゃ現場げんば工事こうじ関係かんけいしゃらに「とりかご」とあだされた。直径ちょっけい9mの半球はんきゅうじょうドーム骨格こっかくでパネルをったのちに風速ふうそく100m/びょうふゆふうえられる仕様しようで、重量じゅうりょう620kgであった。これを現地げんち搬送はんそうするさい一部いちぶ分解ぶんかいして運搬うんぱん山頂さんちょうてることはむずかしく、ヘリコプターによる空輸くうゆでは揚力ようりょく不足ふそくすることが骨格こっかく完成かんせい判明はんめい[注釈ちゅうしゃく 1]なん工事こうじ最後さいご障害しょうがいとなってちふさがった。最終さいしゅうてきには揚力ようりょく不足ふそくしているぶんだけヘリコプターのドアや座席ざせきなどはずしてかるくし、最小限さいしょうげん燃料ねんりょう搭載とうさい対応たいおうした。

このとき利用りようされたヘリコプターシコルスキー S-62は、晴天せいてんとなった1964ねん8がつ15にち午前ごぜん755ふん富士宮ふじのみやにある臨時りんじヘリポートを離陸りりくやく18ふん骨格こっかく設置せっち予定よてい富士ふじ山頂さんちょう到着とうちゃく好天こうてんわざわいし富士ふじ山頂さんちょう上空じょうくう無風むふうでホバーリングにてきさず、ヘリコプターの操縦そうじゅう困難こんなんきわめたが「げ(エスケープ)」とマニューバ強行きょうこうし、レーダードーム設置せっち成功せいこうした。

レーダー性能せいのうしょもと

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1965ねん運用うんよう開始かいし使用しよう波長はちょうは2.88GHzおび(10センチ、Sバンド)で出力しゅつりょくは1,500kW、5mみち回転かいてんしきパラボラアンテナ(3 - 5回転かいてん/ぶん)の気象きしょうレーダー最大さいだい800kmさきまで観測かんそく可能かのうだった(雨雲あまぐもいき上空じょうくう10,000m以下いか想定そうてい)。1978ねんには従来じゅうらい真空しんくうかん方式ほうしきから半導体はんどうたい回路かいろあらためられた2代目だいめ更新こうしんされ、1999ねん運用うんよう終了しゅうりょうまで使用しようされた。

発行はっこうぶつ

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脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 富士ふじ山頂さんちょう上空じょうくう高度こうど、すなわち空気くうき密度みつどにてペイロード上限じょうげんは450kgであったが、開発かいはつ関係かんけいしゃらは空気くうき密度みつどがる上空じょうくうではペイロード上限じょうげんがるヘリコプターの特性とくせい理解りかいしておらず、利用りようしたヘリコプターの離陸りりく、すなわち1気圧きあつ平地ひらちにおけるペイロード上限じょうげん600kgをもとにドーム骨格こっかく重量じゅうりょう600kgを目標もくひょう設計せっけい製造せいぞうし、20kg超過ちょうかしていた。

参考さんこう文献ぶんけん

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  • Tapan K. Sarkar, Robert Mailloux, Arthur A. Oliner, Magdalena Salazar-Palma, Dipak L. Sengupta, History of Wireless, Wiley-IEEE, 2006, pages 470-471. ISBN 0471783013.

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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