寿ことぶき曽我そが対面たいめん

寿ことぶき曽我そが対面たいめん（ことぶきそがのたいめん、正せい字体じたい：壽ことぶき曾我そが對面たいめん）は歌舞伎かぶき狂言きょうげんの演目えんもく。『吉例きちれい寿ことぶき曽我そが』とも、また略りゃくして『曽我そがの対面たいめん』『対面たいめん』とも通称つうしょうされる。一幕ひとまくの時代物じだいもの。初演しょえんは延のべ宝たから4年ねん正月しょうがつ（1676年ねん2月がつ）、江戸えど中村なかむら座ざ。

あらすじ[編集へんしゅう]

源みなもと頼朝よりともの重臣じゅうしん工藤くどう祐ゆう経けいは富士ふじの巻狩まきがりの総そう奉行ぶぎょうを仰おおせつけられることとなり、工藤くどうの屋敷やしきでは大名だいみょうや遊女ゆうじょ大磯おおいその虎とら、化粧けしょう坂ざかの少将しょうしょうが祝いわいに駆かけ付つけている。そこへ朝比奈あさひな三郎さぶろう（小林こばやし朝比奈あさひな）が二に人にんの若者わかものを連つれてくる。見みれば、かつて工藤くどうが討うった河津かわづ三郎さぶろうの忘わすれ形見がたみ、曽我そが十郎じゅうろう・五郎ごろうの兄弟きょうだいであった。父ちちの敵てきとはやる兄弟きょうだいに朝比奈あさひながなだめ、工藤くどうは、巻狩まきがりの身分みぶん証明しょうめい書しょである狩場かりばの切手きってを兄弟きょうだいに与あたえ双方そうほう再会さいかいを期きして別わかれる。

概略がいりゃく[編集へんしゅう]

もともと延のべ宝たから4年ねん（1676年ねん）正月しょうがつ、江戸えど中村なかむら座ざで初演しょえんされたものであるが、享とおる保ほ期きに江戸えど歌舞伎かぶきの正月しょうがつ興行こうぎょうに曽我そが狂言きょうげんを行おこなうしきたりができてから、一いち番目ばんめの大詰おおづめに必かならず演えんじられるようになった。それ以降いこう初春しょしゅんを寿ことほぐ祝祭しゅくさい劇げきとして、更さらにさまざまな演出えんしゅつが行おこなわれるようになり、一いち千せん種しゅともいわれる派生はせい型がたができた。現行げんこうの台本だいほんは河竹かわたけ黙阿弥もくあみにより整理せいりされ、明治めいじ36年ねん（1903年ねん）3月がつに上演じょうえんされたものが行おこなわれている。かつては「鶴岡つるおか石段いしだんの場ば」や「鬼王おにお貧ひん家かの場ば」など曽我そが狂言きょうげんに関係かんけいする人物じんぶつを中心ちゅうしんとする幕まくもあったが、「石段いしだん」はまれに上演じょうえんされる程度ていどであり「鬼王おにお貧ひん家か」は全まったく上演じょうえんされない。

座頭ざがしらの工藤くどう・和わ事ごとの十郎じゅうろう・荒事あらごとの五郎ごろう・道化どうけ役やくの朝比奈あさひな・立女形たておやまの虎とら・若わか女形おんながたの少将しょうしょう・敵役かたきやくの八幡やはた・立役たちやくの近江おうみ・実事じつごとの鬼王おにおと、歌舞伎かぶきの役やくどころがほとんど勢せいぞろいし、視覚しかく的てきにも音楽おんがく的てきにも様式ようしき美びにあふれた一幕ひとまくである。特とくに五郎ごろうは典型てんけい的てきな荒事あらごと役やくとして知しられる。

さまざまな演出えんしゅつ[編集へんしゅう]

レビュー形式けいしきの演目えんもくだけに江戸えど時代じだいには毎年まいとしさまざまな演出えんしゅつが行おこなわれてきた。戸板といた康二こうじによれば、「釣つり狐きつねの型かた」や工藤くどうが鳥目とりめになったり、障子しょうじで琴きんを弾ひいたりするのがあった。桜田さくらだ門外もんがいの変へんをとりこんだ「雪ゆきの対面たいめん」もあったという（『名作めいさく歌舞伎かぶき全集ぜんしゅう第だい13巻かん』東京とうきょう創そう元新もとしん社しゃ、1969年ねん）。現行げんこうでは、出演しゅつえん俳優はいゆうの都合つごう上じょう、朝比奈あさひな役やくを女形おんながたが「小林こばやしの妹いもうと・舞鶴まいづる」として出演しゅつえんすることがある。大阪おおさかでは三さん代目だいめ尾上おがみ多た見み蔵ぞうが源頼朝みなもとのよりとも役やくで特別とくべつ出演しゅつえんする演出えんしゅつがあったが、これは多た見み蔵ぞうの引退いんたい興行こうぎょうのためであった。

関東かんとうと関西かんさいで多少たしょうの演出えんしゅつの違ちがいがあり、工藤くどうが兄弟きょうだいの父ちちの最期さいごの様ようを語かたる件けんで背面はいめんの襖ふすまを開あけて富士山ふじさんの遠見とおみを見みせるのが関西かんさいのやり方かたである。

その他た[編集へんしゅう]

幕切まくぎれの見み得とくは、工藤くどうが立たって鶴づるの見み得え、十郎じゅうろう、五郎ごろう、朝比奈あさひなが富士山ふじさんの見み得え、鬼王おにおが平伏ひれふして亀かめの見み得えとそれぞれ縁起物えんぎもので名なづけられている。
工藤くどうが舞台ぶたいの高座こうざにあがるとき一礼いちれいするが、江戸えど時代じだいの劇場げきじょうの櫓ろに敬意けいいを表ひょうする意味いみである。
朝比奈あさひなの衣装いしょう、得意とくいな隈くまや「モサ言葉ことば」とばれる科白せりふは17世紀せいきの歌舞伎かぶき役者やくしゃ初代しょだい中村なかむら傳でん九郎くろうが考案こうあんしたものである。
五郎ごろうの足あしの運はこびは市川いちかわ團だん十郎じゅうろうの紋もんの三さん升しょうを書かくと、十郎じゅうろうの足あしの運はこびは片足かたあしを内輪うちわにもう片足かたあしを外輪がいりんにすると、それぞれ口伝くでんがある。
五郎ごろうの隈くまは『むきみ隈くま』とよばれ『助六すけろく』の花川戸はなかわど助じょ六ろくと同おなじであるが、助六すけろくは実じつは曽我そが五郎ごろうという役やくどころであるので一致いっちしなければならないのである。
兄弟きょうだいが登場とうじょうするとき、舞台ぶたいの並ならび大名だいみょうが「アーリャ・コーリャ・デッケエ（ドッコイ）」という化粧けしょう声ごえをかける。五郎ごろうが揚あげ幕まくから出でて腰こしを落おとしてから七なな回かい。花道かどうのスッポンから舞台ぶたいまでが五ご回かい。舞台ぶたいできまるまでを三さん回かいと定さだめている。
工藤くどうは座頭ざがしら級きゅうの役者やくしゃが受うけ持もち、動うごきこそ少すくないが、他たの役者やくしゃを圧倒あっとうするだけの貫禄かんろくを持もつことが求もとめられる。古ふるくは五ご代目だいめ中村なかむら歌右衛門うたえもん、近年きんねんでは十じゅう三さん代目だいめ片岡かたおか仁左衛門にざえもんが、不自由ふじゆうな身体しんたいながらも抜群ばつぐんの存在そんざい感かんを示しめしていた。五ご代目だいめ歌右衛門うたえもんは、「工藤くどうという役やくは位置いちと貫目かんめで見みせる役やくなのです。重味しげみがあり、芝居しばい全体ぜんたいを統一とういつする力ちからがないと無理むりかと思おもいます。・・・仕つかまつ所ところと云ゆってはなく、全まったく位くらいで見みせる役やくとでも云ゆったらよいでしょう」と語かたっている
明治めいじ36年ねん3月がつの上演じょうえんの際さいは、九きゅう代目だいめ市川いちかわ團だん十郎じゅうろうの工藤くどうに、若わかき日ひの六ろく代目だいめ尾上おがみ菊五郎きくごろうと六ろく代目だいめ尾上おがみ梅幸ばいこう、六ろく代目だいめ坂東ばんどう彦三郎ひこさぶろうがそれぞれ五ご郎ろう、十郎じゅうろう、八幡やはたを演えんじた。この上演じょうえんには、2月がつに父ちち五ご代目だいめ菊五郎きくごろうを亡なくした三さん人にんの遺児いじを引ひき立たてる團だん十郎じゅうろうの意思いしが働はたらいていた。團だん十郎じゅうろうは口上こうじょうでも「弱よわきを助たすけ孤独こどくを哀あわれむ皆様みなさま方かたのお引ひき立たてを」と述のべ、劇げき中ちゅうの工藤くどうの台詞せりふ「その面差おもざし、ハテ誰だれやらに似にたわ、似にたわ」のときには團だん十郎じゅうろうの眼めに涙なみだが光ひかっていたという。