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やなぎなかいっ

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やなぎ なかいっ(リュ・ジュンイル)
Ryu Joong-Il
基本きほん情報じょうほう
国籍こくせき 大韓民国の旗 大韓民国だいかんみんこく
出身しゅっしん 慶尚北道けいしょうほくどうみつるとくぐん
生年月日せいねんがっぴ (1963-04-28) 1963ねん4がつ28にち(61さい
身長しんちょう
体重たいじゅう
176 cm
74 kg
選手せんしゅ情報じょうほう
投球とうきゅう打席だせき みぎとうみぎ
ポジション 遊撃手ゆうげきしゅ
プロ 1987ねん 1ドラフト
はつ出場しゅつじょう 1987ねん
最終さいしゅう出場しゅつじょう 1999ねん
経歴けいれき括弧かっこないはプロチーム在籍ざいせき年度ねんど
選手せんしゅれき
監督かんとく・コーチれき
リュ・ジュンイル
各種かくしゅ表記ひょうき
ハングル 류중일
漢字かんじ やなぎなかいっ
発音はつおん リュジュンイル
英語えいご表記ひょうき Ryu Joong-Il
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やなぎ なかいっ(リュ・ジュンイル、朝鮮ちょうせん: 류중일1963ねん4がつ28にち - )は、大韓民国だいかんみんこく慶尚北道けいしょうほくどうみつるとくぐん出身しゅっしんもとプロ野球やきゅう選手せんしゅ内野ないやしゅ)、野球やきゅう指導しどうしゃ

経歴けいれき人物じんぶつ

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大学だいがく卒業そつぎょう自身じしん地元じもと慶尚北道けいしょうほくどう本拠地ほんきょちサムスン・ライオンズ上位じょうい指名しめいされ入団にゅうだんそく戦力せんりょく新人しんじんとして1ねん1987ねんからレギュラーに定着ていちゃく。そのも、俊足しゅんそく強肩きょうけんかした安定あんていした活躍かつやくつづけフランチャイズスターとして人気にんきもあったが、1997ねんから怪我けがなやまされ1999ねん現役げんえき引退いんたい引退いんたいはそのままサムスンのコーチに就任しゅうにん2000ねん走塁そうるいコーチ、2008ねんからは守備しゅびコーチをになうことに。そのあいだ2006ねんワールド・ベースボール・クラシック2009ねんワールド・ベースボール・クラシック広州こうしゅうアジア競技きょうぎ大会たいかいにもコーチとして出場しゅつじょう。2010ねん12がつまつ監督かんとくせんどうれつ突然とつぜん辞任じにんにより、2011ねん1がつサムスンのだい13だい監督かんとく就任しゅうにん

就任しゅうにん初年度しょねんどの2011ねん、サムスンを5ねんぶりの韓国かんこくシリーズ優勝ゆうしょうみちびいた。2012ねん、サムスンを2度目どめ韓国かんこくシリーズ2連覇れんぱみちびいたことで、2013 ワールド・ベースボール・クラシック韓国かんこく代表だいひょう監督かんとく就任しゅうにんしたが、2013ねん3がつほん大会たいかいにおいて同国どうこく野球やきゅう史上しじょうはつの1ラウンド敗退はいたいという結果けっかわった。2014ねん9がつ仁川にがわアジア競技きょうぎ大会たいかい野球やきゅう韓国かんこく代表だいひょう監督かんとくとして2大会たいかい連続れんぞく4度目どめのアジア競技きょうぎ大会たいかい優勝ゆうしょうみちびいた。同年どうねんサムスンは韓国かんこくプロ野球やきゅう史上しじょうはじめて4ねん連続れんぞく正規せいきシーズン・韓国かんこくシリーズともに優勝ゆうしょうをおさめた。2015ねん、サムスンを5ねん連続れんぞく正規せいきシーズン優勝ゆうしょうみちびいたが、韓国かんこくシリーズで斗山とさんベアーズやぶれたため、史上しじょうはつの5ねん連続れんぞく韓国かんこくシリーズ優勝ゆうしょうはならなかった。2016ねんはチーム史上しじょう最低さいていの9わり、契約けいやく期間きかん満了まんりょうしたことで同年どうねんかぎりにてサムスンの監督かんとく退任たいにんした。

2017ねん10がつLGツインズ監督かんとく就任しゅうにんした。契約けいやく期間きかんは2018ねんから3年間ねんかん。2019ねん、2020ねんとLGを2ねん連続れんぞくでポストシーズン進出しんしゅつみちびくも、2020ねんじゅんプレーオフでの敗退はいたい辞意じい表明ひょうめいし、さい契約けいやくせずに退任たいにんした[1]

2022ねん2がつ23にち同年どうねん9がつ杭州こうしゅうアジア競技きょうぎ大会たいかい野球やきゅう韓国かんこく代表だいひょう監督かんとく選任せんにん発表はっぴょうされた[2]。1ねん延期えんきされた2023ねん杭州こうしゅうアジア競技きょうぎ大会たいかい野球やきゅうでは韓国かんこく代表だいひょう自身じしん2度目どめ、4大会たいかい連続れんぞく6度目どめ優勝ゆうしょうみちびいた。同年どうねんアジアプロ野球やきゅうチャンピオンシップ2023でも韓国かんこく代表だいひょう指揮しきした。

2024ねん2がつ23にち同年どうねん11がつWBSCプレミア12まで韓国かんこく代表だいひょう指揮しきすることが発表はっぴょうされた[3]

詳細しょうさい情報じょうほう

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年度ねんどべつ打撃だげき成績せいせき

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とし

たま

だん
ためし

ごう


かず
とく

てん
やす


るい
さん
るい
ほん
るい
るい



てん
ぬすめ

るい
ぬすめ
るい
とげ
よん

たま


たま
さん


ころせ
しつ

さく


りつ

るい
りつ
なが

りつ
O
P
S
1987 サムスン 104 352 57 101 17 2 2 128 28 8 4 39 3 34 8 13 .287 .363 .364 .727
1988 47 116 18 35 3 2 0 42 11 5 2 11 0 15 1 15 .302 .362 .362 .724
1989 113 329 39 81 15 3 5 117 38 14 3 31 2 56 4 18 .246 .315 .356 .671
1990 120 425 70 132 22 5 6 182 45 23 8 50 10 55 6 12 .311 .396 .428 .824
1991 90 344 59 98 14 4 5 135 45 19 7 34 4 54 10 14 .285 .347 .392 .739
1992 104 294 43 62 12 1 5 91 27 8 2 35 3 42 6 16 .211 .301 .310 .611
1993 107 377 58 106 13 1 8 145 45 6 4 57 3 44 9 7 .281 .380 .385 .765
1994 36 131 22 43 8 3 4 69 22 5 1 16 2 19 4 9 .328 .409 .527 .936
1995 64 155 11 35 11 1 0 48 10 2 1 8 3 27 2 12 .226 .277 .310 .578
1996 111 355 37 87 13 2 2 110 35 13 5 40 4 66 6 8 .245 .346 .310 .656
1997 79 215 34 52 13 0 8 89 34 1 3 23 2 43 4 4 .242 .321 .414 .735
1998 64 140 14 28 8 0 0 36 13 4 0 13 1 38 1 4 .200 .273 .257 .530
1999 56 60 13 14 1 0 0 15 6 1 0 6 1 14 1 3 .233 .313 .250 .563
つう さん 1095 3293 475 874 150 24 45 1207 359 109 40 363 38 507 62 125 .265 .345 .367 .712
  • 太字ふとじはリーグ最高さいこう

背番号せばんごう

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  • 1 (1987ねん - 1999ねん
  • 75 (2000ねん - 2016ねん、2018ねん - 2020ねん

脚注きゃくちゅう

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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  • 選手せんしゅ各国かっこく通算つうさん成績せいせき KBO