かく戦略せんりゃく

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かく戦略せんりゃく(かくせんりゃく、英語えいご: Nuclear strategy)とは、核兵器かくへいき準備じゅんび抑止よくしおよ使用しよう計画けいかくするための戦略せんりゃく軍事ぐんじ戦略せんりゃくである。

概要がいよう[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき発明はつめいされるとその破壊はかいりょくをどのように戦略せんりゃくてき活用かつようすればよいのかというかく戦略せんりゃく議論ぎろんがされるようになった。バーナード・ブロディ核兵器かくへいきわずかな使用しようであっても都市としけん破壊はかいするうえ有効ゆうこう対抗たいこうさくがないため「絶対ぜったい兵器へいき」であるとしょうして核兵器かくへいき独特どくとく軍事ぐんじりょくとして位置いちづけた。アメリカは1950年代ねんだい大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃくしたが、リデル=ハートはこのかく戦略せんりゃく議論ぎろんで、核兵器かくへいき従来じゅうらいのように実施じっしされてきた戦争せんそう概念がいねん旧式きゅうしきしたとろんじた。かれの『抑止よくし防衛ぼうえいか』では通常つうじょう軍備ぐんび意義いぎ強調きょうちょうしながらも、戦術せんじゅつ核兵器かくへいきについて戦場せんじょうでは威力いりょく発揮はっきするが、戦争せんそうそのものの規模きぼ拡大かくだいしてかく戦争せんそうになるとろんじる。リデル・ハートにつづいてオズグードの『制限せいげん戦争せんそう』、キッシンジャーの『核兵器かくへいき外交がいこう政策せいさく』、シェリングの『紛争ふんそう戦略せんりゃく』などによる理論りろんてき進歩しんぽがあり、核兵器かくへいきによっていかにかく抑止よくしりたせ、また戦争せんそうにおいては制限せいげん戦争せんそうめるための戦略せんりゃく理論りろん構築こうちくされた。

理論りろん[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき核分裂かくぶんれつ反応はんのうまたはかく融合ゆうごう反応はんのうによってられるかくエネルギー破壊はかいりょく利用りようした大量たいりょう破壊はかい兵器へいき一種いっしゅであり、かく戦略せんりゃくとは戦略せんりゃく爆撃ばくげき弾道だんどうミサイルなどの運搬うんぱん手段しゅだんふくめたその核兵器かくへいき破壊はかいりょく活用かつようするための戦略せんりゃくである。核兵器かくへいきにはちょう高温こうおん発熱はつねつ爆風ばくふう衝撃波しょうげきはなどの破壊はかい効果こうか放射線ほうしゃせん効果こうか放射ほうしゃせい降下こうかぶつ散乱さんらん電磁でんじパルスなどの影響えいきょうおよぼす兵器へいきであり、従来じゅうらい火砲かほうなどの兵器へいきとはことなる性質せいしつっている。

かく戦略せんりゃくはこのような核兵器かくへいき特性とくせい立脚りっきゃくしながら国家こっか安全あんぜん保障ほしょう国家こっか目標もくひょう達成たっせいのためにめられるものであり、核兵器かくへいき開発かいはつかく攻撃こうげき目標もくひょう選定せんてい発射はっしゃ管制かんせいかく攻撃こうげきたいする防護ぼうご被害ひがい管理かんりなどの手段しゅだん包括ほうかつしている。ただし留意りゅういすべきてんとして核兵器かくへいきには短期間たんきかんのうちに社会しゃかい機能きのう停止ていしさせるほどの物理ぶつりてき破壊はかいりょくがあり、したがってかく攻撃こうげきがないとしても核兵器かくへいき保有ほゆうによって相手あいて軍事ぐんじ行動こうどうつよ規定きていすることができる。つまり相手あいてこく攻撃こうげきてき行動こうどうおこなえば自国じこく懲罰ちょうばつてき報復ほうふくおこなうことを核兵器かくへいきによって威嚇いかくすることで、相手あいてこく攻撃こうげきてき行動こうどうおもいとどまらせること、すなわちかく抑止よくし可能かのうとなるのである。

ただし一般いっぱんてき抑止よくし概念がいねん検討けんとうすれば、みっつの条件じょうけん必要ひつようであるとかんがえられている。

  • 相手あいてこくがた損害そんがいあたえる報復ほうふく能力のうりょく
  • 報復ほうふく能力のうりょく使用しようする意志いし
  • 事態じたい重大じゅうだいせい緊急きんきゅうせいについての相互そうごてき認識にんしき

以上いじょうみっつはまとめて「抑止よくしさん条件じょうけん」とばれており、かく抑止よくしにも適応てきおうしてかんがえることができる。ただし抑止よくし理論りろんてき説明せつめい逸脱いつだつするような自暴じぼうてき軍事ぐんじ行動こうどう相手あいてこく選択せんたくする可能かのうせい否定ひていすることはできない。かく抑止よくしをより確実かくじつりたせるためにはかく戦力せんりょく充実じゅうじつ政治せいじ宣伝せんでんまたは外交がいこう交渉こうしょうおこな努力どりょくおこなうことが可能かのうであり、かく実験じっけんやそれに関連かんれんする外交がいこう声明せいめいによって抑止よくし効果こうかたかめることができる。

分類ぶんるい[編集へんしゅう]

かく戦略せんりゃく基本きほんてきかんがかたについては、以下いかのように分類ぶんるいできる。

かく抑止よくしのためのかく戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

核兵器かくへいきもちいて勝利しょうりしたとしてもその国益こくえきほとんられず、かえって被害ひがい拡大かくだいするために最終さいしゅうてき勝者しょうしゃ存在そんざいしないため、核兵器かくへいきかく戦争せんそう抑止よくしまたはかく戦争せんそうすみやかな終結しゅうけつのためだけに存在そんざいするというかく戦略せんりゃく
バーナード・ブロディは1946ねん編著へんちょ絶対ぜったい兵器へいき』において「今後こんご軍事ぐんじ機構きこう主要しゅよう目的もくてきは、戦争せんそうつことではなく、戦争せんそうけることでなくてはならない」と主張しゅちょうし、戦争せんそう抑止よくしのためのかく戦略せんりゃく構築こうちく提唱ていしょうした[1]

敵国てきこく目的もくてき実現じつげん拒否きょひのためのかく戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき政治せいじ目標もくひょう達成たっせいするための兵器へいきであり、通常つうじょう戦力せんりょくおなじようにてきかく攻撃こうげき被害ひがい最小さいしょうし、国民こくみん国土こくど防衛ぼうえいしててき軍事ぐんじ目標もくひょう達成たっせい拒否きょひするかく戦略せんりゃく

限定げんていてき段階だんかいてきかく攻撃こうげき[編集へんしゅう]

上記じょうきしゃなかあいだてきなものであり、全面ぜんめんかく戦争せんそういたらない程度ていど限定げんていてき地域ちいきで、段階だんかいてき反応はんのうするというかく戦略せんりゃく

柔軟じゅうなん反応はんのう戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

柔軟じゅうなん反応はんのう戦略せんりゃく (flexible response strategy)は、ゲリラせんからかく戦争せんそうまでのあらゆるれつ事態じたいたいして、レベルにおうじた軍事ぐんじてき優位ゆうい保持ほじする能力のうりょく確立かくりつすることによってあらゆる段階だんかい戦争せんそう抑止よくししようとする戦略せんりゃくアメリカ統合とうごう参謀さんぼう本部ほんぶ議長ぎちょうつとめたマクスウェル・テーラーらが提唱ていしょう1961ねんジョン・F・ケネディ政権せいけん採用さいよう

大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃく(massive retaliation strategy)は、あらゆる攻撃こうげきたいして迅速じんそく戦略せんりゃくレベルのだい規模きぼかく報復ほうふくおこな宣言せんげんによって、ソ連それんによるあらゆるレベルの欧州おうしゅう侵攻しんこう抑止よくしすることを目的もくてきとした戦略せんりゃく欧州おうしゅうでのワルシャワ条約じょうやく機構きこうぐん通常つうじょう戦力せんりょくたいするNATOぐん通常つうじょう戦力せんりょく劣勢れっせいを、通常つうじょう戦力せんりょく拡充かくじゅうくらべてコストのかからないかく戦力せんりょく拡充かくじゅう補完ほかんしようとした。
1953ねんアイゼンハワー政権せいけんにおいてニュールック戦略せんりゃく発表はっぴょうされ、1954ねん1がつにダレス国務こくむ長官ちょうかんによって宣言せんげんされた。
大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃく問題もんだいてん以下いかげられる。
  • 抑止よくし硬直こうちょくせい 抑止よくし失敗しっぱい小規模しょうきぼ限定げんていてき攻撃こうげき発生はっせいした場合ばあいであっても、アメリカは都市としへの戦略せんりゃくかくによるだい規模きぼ報復ほうふくをするしかなく、なにもしないか、全面ぜんめんかく戦争せんそうかの選択せんたくせまられる。そのため抑止よくしこくは、アメリカによる報復ほうふく実効じっこうせい疑問ぎもんする可能かのうせいがあり、抑止よくし信憑しんぴょうせい不十分ふじゅうぶんであった。
  • かく戦力せんりょくたい優位ゆうい崩壊ほうかい この戦略せんりゃくはアメリカのかく戦力せんりょく圧倒的あっとうてき優位ゆうい前提ぜんていとしていた。しかし、ソ連それんかく戦力せんりょく拡充かくじゅうICBM開発かいはつによって、スプートニク・ショックミサイル・ギャップ論争ろんそうき、かく戦力せんりょく優位ゆうい崩壊ほうかいし、前提ぜんていくずれた。

相互そうご確証かくしょう破壊はかい(MAD)[編集へんしゅう]

相互そうご確証かくしょう破壊はかい(Mutual Assured Destruction,MAD、1965ねん)はもっとられたかく抑止よくし理論りろんで、ロバート・マクナマラによる。もと確証かくしょう破壊はかい戦略せんりゃく(Assured Destruction Strategy、1954ねん)にさかのぼる。

損害そんがい限定げんてい戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

1964ねんには損害そんがい限定げんてい理論りろん(Damage Limitation)が提唱ていしょうされた。

かく先制せんせい使用しようろん[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき破壊はかいりょく甚大じんだいであるため、先制せんせい攻撃こうげき決定的けっていてきなものとなる。そのため、先制せんせい攻撃こうげきおこなうのかかというてんが、かく先制せんせい使用しようろんまたはかく先制せんせい使用しようろんとして核保有かくほゆうこくあいだ交渉こうしょうされ、思案しあんされた[2]en:No first use参照さんしょう

戦略せんりゃく防衛ぼうえい構想こうそう(SDI)[編集へんしゅう]

1983ねんには戦略せんりゃく防衛ぼうえい構想こうそう(Strategic Defense Initiative, SDI)が提唱ていしょうされた。

テイラード抑止よくし[編集へんしゅう]

最小限さいしょうげん抑止よくし戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

かく戦略せんりゃく理論りろん歴史れきし[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき米国べいこくまれたため、理論りろんてき先駆せんくしゃ米国べいこくである。ここではべいかく戦略せんりゃく変遷へんせんらして、現在げんざいいたるまでのかく戦略せんりゃくながれを記述きじゅつする。

核兵器かくへいき登場とうじょうと「かく抑止よくし」という概念がいねん芽生めば[編集へんしゅう]

核兵器かくへいき1945ねん開発かいはつされ実戦じっせん使用しようされた。核兵器かくへいき通常つうじょう兵器へいきよりも甚大じんだい破壊はかいりょく瞬時しゅんじにもたらす特徴とくちょうち、その甚大じんだいさは関係かんけいしゃ衝撃しょうげきあたえた。しかしその一方いっぽうで、核兵器かくへいき登場とうじょう直後ちょくご戦略せんりゃくたちによる理論りろんてき革新かくしんられず、核兵器かくへいきたんなる「威力いりょく巨大きょだいばくだん」とみなされた。これについては

  • 当時とうじ核兵器かくへいき信頼しんらいせいひくかった
  • 運搬うんぱん手段しゅだんばくげきしかなく、迎撃げいげきされる可能かのうせいがあった

などの信頼しんらいせいひくさが理由りゆうにあったとされる[よう出典しゅってん]

ランド研究所けんきゅうじょバーナード・ブロディは、かく抑止よくし理論りろん初期しょき段階だんかい中心ちゅうしんてき役割やくわりになった。かれは、核兵器かくへいき使用しようできない「絶対ぜったい兵器へいき」であると位置いちづけたうえで、その役割やくわり戦争せんそう回避かいひかぎられるとかんがえ、かく抑止よくし理論りろん構築こうちくした[1]。ブロディのかんがえは次第しだい支持しじて、べいえい導入どうにゅうされた[よう出典しゅってん]

1949ねんソ連それん原爆げんばく開発かいはつ核兵器かくへいき保有ほゆうこくとなった。これにより、アメリカによるかく独占どくせん状態じょうたい崩壊ほうかいしたが、依然いぜんとしてかく戦力せんりょく圧倒的あっとうてき優位ゆうい保持ほじつづけた。

1954ねんアイゼンハワー政権せいけんは、かく戦力せんりょく優位ゆういかした大量たいりょう報復ほうふく戦略せんりゃく(massive retaliation strategy)を発表はっぴょうした。

1957ねんソ連それんにより大陸たいりくあいだ弾道だんどうミサイルという運搬うんぱん手段しゅだん開発かいはつされ、べい本土ほんどかく脅威きょういさらされるにいたった。

制限せいげん戦争せんそうろん[編集へんしゅう]

これらの理論りろん依然いぜんとしてあらさが目立めだ不完全ふかんぜんであり、おおくの批判ひはんにさらされた。おもな批判ひはんしゃとしてはブロディ自身じしんキッシンジャーげられる[よう出典しゅってん]核兵器かくへいきはその威力いりょくおおきさから全面ぜんめん戦争せんそう不可能ふかのうにしたが、核兵器かくへいき存在そんざいしてもなお通常つうじょう戦力せんりょくもちいた朝鮮ちょうせん戦争せんそうインドシナ戦争せんそう発生はっせいしたため、核兵器かくへいきによって制限せいげんされた制限せいげん戦争せんそう限定げんてい戦争せんそうとも)の概念がいねんまれた。制限せいげん戦争せんそうでは通常つうじょう兵器へいきもまた必要ひつようであるとかんがえられた。

キッシンジャーは、核兵器かくへいきはあまりに威力いりょくおおきすぎるため、相手あいてこく全面ぜんめん戦争せんそうへとむというおど以上いじょう使用しようできない、と指摘してきした[よう出典しゅってん]

一連いちれん議論ぎろんによって、核兵器かくへいき登場とうじょうした時代じだいでの「通常つうじょう兵器へいき」「制限せいげん戦争せんそう」の位置いちづけがまれ、かく抑止よくし理論りろんふかまりをせた。

制限せいげん戦争せんそうろん交渉こうしょう重視じゅうしした。かく抑止よくし理論りろんゲーム理論りろんれられ、戦争せんそうちゅうの2こくあいだには交渉こうしょう余地よち存在そんざいする(双方そうほうにとって共通きょうつう利益りえき存在そんざいする)ことが示唆しさされた。たとえば核兵器かくへいき両国りょうこくっていれば、たがいの核兵器かくへいき使用しようによる甚大じんだい破壊はかい回避かいひすることは両国りょうこく共通きょうつう利益りえきとなる。したがって、戦争せんそう制限せいげんされることと交渉こうしょうによって制限せいげんしょうじることには妥当だとうせいがある。通常つうじょう兵器へいき交渉こうしょう重要じゅうようせいたかまった。

戦術せんじゅつかく理論りろん[編集へんしゅう]

制限せいげん戦争せんそうろんかんする議論ぎろんはさらにつづいた。戦術せんじゅつかくをこの理論りろんにどうむのかという問題もんだいしょうじた。当時とうじは(現在げんざいもであるが)戦略せんりゃくかく戦術せんじゅつかく境界きょうかい確定かくていであった。

戦術せんじゅつかく使用しようロバート・オスグッドなどはとなえたが[よう出典しゅってん]核兵器かくへいき戦術せんじゅつてき使用しよう全面ぜんめんかく戦争せんそうへと発展はってんする可能かのうせいがあり、戦術せんじゅつかく使用しようされるべきではないとブロディやリデル・ハートなどはろんじた[よう出典しゅってん]

欧州おうしゅうにおける運用うんよう政策せいさくでは、通常つうじょう戦力せんりょくにおけるワルシャワ条約じょうやく機構きこうぐんたいするNATOぐん劣勢れっせいを、通常つうじょう戦力せんりょく拡充かくじゅうくらべてコストのかからない戦術せんじゅつかく補完ほかんしようとした。

かく戦略せんりゃく議論ぎろん全盛期ぜんせいき[編集へんしゅう]

1960年代ねんだいは、かく抑止よくし理論りろんがもっとも活発かっぱつ議論ぎろんされた時期じきであり、多様たよう分析ぶんせきがなされ、理論りろんまれた。そのなかで、地上ちじょう配備はいびされたICBM脆弱ぜいじゃくせいかく抑止よくし不安定ふあんていしていると指摘してきされ、だい一撃いちげきからの残存ざんそんせいたかSLBM開発かいはつされた。ケネディ政権せいけんではマクナマラ国防こくぼう長官ちょうかん制限せいげん戦争せんそう理論りろんもとづき通常つうじょう戦力せんりょくふくめた戦力せんりょく整備せいびすすめ、1962ねんには柔軟じゅうなん反応はんのう戦略せんりゃく採用さいようした。

また抑止よくし理論りろん心理しんりがくてき考察こうさつもなされた。チャールス・オスグッドなどは、政治せいじてき緊張きんちょう緩和かんわ軍縮ぐんしゅく有効ゆうこうであり、これをきっかけとしてたがいがさらなる緊張きんちょう緩和かんわ軍縮ぐんしゅくすすむことができるとして、段階だんかいてき相互そうご緊張きんちょう緩和かんわさくとなえた[3]。これは国際こくさい関係かんけいにおいて無視むしされがちな「善意ぜんい」や「信頼しんらい」といったものを平和へいわへとつなげる理論りろんとして評価ひょうかされている。

停滞ていたい[編集へんしゅう]

1970年代ねんだい以後いごかく理論りろんへの関心かんしん急速きゅうそくうすれていく。およそかく戦略せんりゃくべるものが研究けんきゅうされくしてしまったということもあるが、なにより国際こくさい関係かんけい決定けってい要因よういんとしての軍事ぐんじりょく相対そうたいてきよわまったのである[よう出典しゅってん]制限せいげん戦争せんそうろんでは国際こくさい関係かんけい中核ちゅうかく交渉こうしょうとなったが、軍事ぐんじりょくはその交渉こうしょう圧力あつりょくとなりにくい側面そくめんてきた。軍事ぐんじりょくは、かつてはエスカレーション理論りろんのもと、現状げんじょうより強力きょうりょく武力ぶりょくもちいるとおどしをかけることで他国たこく圧力あつりょくをかけることができた[よう出典しゅってん]。しかし理論りろんじょう両国りょうこくとも戦争せんそう激化げきかふせぐことにこそ共通きょうつう利益りえきいだせたはずである。すなわち、戦争せんそう激化げきかめることこそが利益りえきとなるのに、エスカレーションによるおどしをかけるのは論理ろんりてき矛盾むじゅんしている。ベトナム戦争せんそう実証じっしょうされたように、米国べいこくきたベトナムよりはるかに巨大きょだいちからっていたにもかかわらず、きたベトナムを屈服くっぷくさせることはできなかった。エスカレーションの影響えいきょうりょく限定げんていてきであることがあきらかになった。

またきゅうソ連それん核兵器かくへいき各地かくち管理かんりされず、テロリストなどに拡散かくさんするリスクから非核ひかく支援しえん議論ぎろんされた。1991ねん米国べいこくブッシュ大統領だいとうりょう政権せいけんにおいて「ナン=ルーガー法案ほうあん」が採決さいけつされ、核軍縮かくぐんしゅくへの道筋みちすじがついた。これ以後いご軍事ぐんじりょくだけでなく、国家こっか多面ためんてきにとらえた国際こくさい関係かんけいろん構築こうちくされていくこととなる。

冷戦れいせん終結しゅうけつ[編集へんしゅう]

1991ねんソ連それん崩壊ほうかいともな冷戦れいせん終結しゅうけつしたため、ソ連それんいちこく抑止よくし対象たいしょうとした米国べいこくかく戦略せんりゃく前提ぜんていおおきく変化へんかした[4]ならずもの国家こっか地域ちいき覇権はけんこく目指めざだいさん世界国家せかいこっかへのかく拡散かくさん中堅ちゅうけん核保有かくほゆうこくかく戦力せんりょく近代きんだい2001ねん以降いこうかくテロリズムなどによる脅威きょういなどがしょうじた。これらの多様たよう脅威きょういたいしては、従来じゅうらい全面ぜんめんかく戦争せんそう抑止よくしするかく戦略せんりゃくのみで抑止よくしすることは困難こんなんとなるため、あらたなかく戦略せんりゃく軍備ぐんび管理かんり方法ほうほう模索もさくされた[5][6]従来じゅうらいかく抑止よくし機能きのうしない状況じょうきょうたいしては、ミサイル防衛ぼうえいやハイテク通常つうじょう戦力せんりょくによる対処たいしょかんがえられた。

2002ねんジョージ・W・ブッシュ政権せいけんかく態勢たいせい見直みなおし(2002NPR)において、地域ちいきごとの多様たよう脅威きょうい対処たいしょする必要ひつようせいから、それぞれの地域ちいき相手あいてこく適応てきおうしたテイラード抑止よくし宣言せんげんした。また「あらたなかくの3ほんばしら」として①かく通常つうじょう戦力せんりょくわせた打撃だげきりょく、②ミサイル防衛ぼうえい能力のうりょく、③かく産業さんぎょうインフラの整備せいびしめされている。

オバマ政権せいけんは、2009ねんプラハ演説えんぜつで「核兵器かくへいき廃絶はいぜつ」の目標もくひょうかかげ、2010ねんかく態勢たいせい見直みなおし(2010NPR)において、かく戦争せんそうとおのいた脅威きょういかくテロリズムとかく拡散かくさんせまった脅威きょうい位置付いちづけ、ちゅうロとの戦略せんりゃくてき安定あんていせい確保かくほする必要ひつようがあるとし、協力きょうりょくする姿勢しせいしめした。また通常つうじょう戦力せんりょくたいする核兵器かくへいき役割やくわり低減ていげんする方向ほうこうせいしめし、潜水艦せんすいかん発射はっしゃがたかく巡航じゅんこうミサイル退役たいえき決定けっていした。2013ねんのベルリンにおいてオバマ大統領だいとうりょうは、戦略せんりゃくかくおよ戦術せんじゅつかく大幅おおはば削減さくげん協力きょうりょくをロシアにけたが[7]通常つうじょう戦力せんりょくでNATOに劣勢れっせいでありその補完ほかん核兵器かくへいき依存いぞんするロシアはこの提案ていあん拒否きょひした[8]

ミサイル防衛ぼうえい(MD)[編集へんしゅう]

近年きんねんでは、あらたな拒否きょひてき抑止よくし手段しゅだんとしてイージス弾道だんどうミサイル防衛ぼうえいシステムパトリオットミサイルなどで多重たじゅうされたミサイル防衛ぼうえいシステムが整備せいびされている。MDは損害そんがい限定げんてい能力のうりょく向上こうじょうさせる。

ハイテク兵器へいき次世代じせだい兵器へいき[編集へんしゅう]

核兵器かくへいきは、削減さくげん圧力あつりょくつよく、使用しようにあたっても政治せいじてきリスクがたかい。そのためごくちょう音速おんそくミサイルやたいかん弾道だんどうミサイルなど、高速こうそくなためミサイル防衛ぼうえいもうでも対処たいしょむずかしい精密せいみつ打撃だげき通常つうじょう戦力せんりょくもちいた、武装ぶそう解除かいじょてきたい兵力へいりょく攻撃こうげきによる損害そんがい限定げんてい能力のうりょく拒否きょひてき抑止よくし向上こうじょうかんがえられ、これらの兵器へいき開発かいはつすすんでいる[9]

大国たいこくあいだ競争きょうそう時代じだい[編集へんしゅう]

2014ねんのロシアによるクリミア併合へいごうかく恫喝どうかつ[10]2022ねんのロシアによるかく恫喝どうかつ[11][12]ともなウクライナ侵攻しんこう中国ちゅうごくによる台湾たいわん周辺しゅうへんでの軍事ぐんじ演習えんしゅうなどがしめすように「かく忘却ぼうきゃく」の時代じだいわり、かく背景はいけいにした大国たいこくあいだ競争きょうそう時代じだい復活ふっかつした。ちか将来しょうらい米国べいこく中国ちゅうごく、ロシアの3カ国かこくかく大国たいこくあいだとその国々くにぐに相互そうご多層たそうてき影響えいきょうしあう時代じだいとなり、かく戦略せんりゃく前提ぜんていふたたおおきく変化へんかすることが予想よそうされる[13]。また限定げんていかく戦争せんそう危機きき現実げんじつしているため、実際じっさい使用しようできるてい出力しゅつりょくかく必要ひつようせい顕在けんざいし、その態勢たいせい整備せいびすすめられている[14]

2018ねんトランプ政権せいけんかく態勢たいせい見直みなおし(2018NPR)を策定さくていし、ロシアと中国ちゅうごくとの大国たいこくあいだ競争きょうそう米国べいこく同盟どうめいこく安全あんぜん保障ほしょうにおけるさい重要じゅうよう課題かだい位置付いちづけた[15]。そのなかで、核兵器かくへいきの「ただいち目的もくてき」の否定ひてい明記めいきし、核兵器かくへいき役割やくわりさい拡大かくだいする方針ほうしんしめし、てい出力しゅつりょくかくオプション導入どうにゅう決定けっていした。これはロシアによるてい出力しゅつりょくかく先行せんこう使用しよう抑止よくしするためのオプションの空白くうはくめることを目的もくてきとしているとされる。またそれにともなえない海洋かいよう発射はっしゃがたかく巡航じゅんこうミサイル(SLCM-N)の新規しんき開発かいはつ決定けっていした。これは戦術せんじゅつ航空機こうくうき搭載とうさいがたかく戦力せんりょくの、即応そくおうせいひくさや接近せっきん阻止そし領域りょういき拒否きょひ(A2/AD)能力のうりょくたいする脆弱ぜいじゃくせい補完ほかんするためと指摘してきされている[16][17]

2022ねんバイデン政権せいけんかく態勢たいせい見直みなおし(2022NPR)を策定さくていした。そのなかで、現状げんじょう変更へんこう国家こっか対抗たいこうするために柔軟じゅうなん抑止よくし態勢たいせい整備せいびすることが宣言せんげんされた。しかし、トランプ政権せいけん決定けっていした海洋かいよう発射はっしゃがたかく巡航じゅんこうミサイル(SLCM-N)の開発かいはつ中止ちゅうし決定けっていされ、これは一貫いっかんせいけると指摘してきされている。


日本にっぽんにおけるかく戦略せんりゃく[編集へんしゅう]

日本にっぽんにおいては、日米にちべい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやくとともに米国べいこくからかくかさ提供ていきょうしてもらうことによってかく抑止よくしりょくてきた。詳細しょうさいについては「かく抑止よくし」などの記事きじ参照さんしょうされたい。

なお一部いちぶ論者ろんしゃからは、かねてから日本にっぽんかく武装ぶそうろんとなえられてきた。これについてはかく武装ぶそうろん参照さんしょう

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b Brodie 1946.
  2. ^ かく先制せんせい使用しようかんする議論ぎろん経緯けいい課題かだい 小川おがわ伸一しんいち
  3. ^ An alternative to war or surrender, University of Illinois Press, 1962.邦訳ほうやく戦争せんそう平和へいわ心理しんりがく田中たなかやすしせいみなみひろしやく岩波書店いわなみしょてん, 1968ほか
  4. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, p. 6.
  5. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, p. 23.
  6. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, pp. 219–221.
  7. ^ オバマ米国べいこく大統領だいとうりょうによるベルリンでの演説えんぜつについて(外務がいむ大臣だいじん談話だんわ”. Ministry of Foreign Affairs of Japan. 外務省がいむしょう. 2023ねん9がつ11にち閲覧えつらん
  8. ^ オバマまい大統領だいとうりょうあらたな核兵器かくへいき削減さくげん提案ていあん、ロシアは一蹴いっしゅう」『Reuters』、2013ねん6がつ20日はつか2023ねん9がつ11にち閲覧えつらん
  9. ^ 防衛ぼうえいしょうごくちょう音速おんそくミサイル開発かいはつ - ロイター
  10. ^ “プーチン大統領だいとうりょう、クリミア併合へいごうで「核兵器かくへいき準備じゅんびしていた」”. ロイター. (2015ねん3がつ16にち). https://jp.reuters.com/article/ptin-idJPKBN0MC03220150316 
  11. ^ “プーチン大統領だいとうりょう 抑止よくしりょく特別とくべつ警戒けいかい態勢たいせいげるようめいじる”. NHK. (2022ねん2がつ28にち). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220227/k10013504601000.html 
  12. ^ “「だい3世界せかい大戦たいせんかく戦争せんそうに」 ロシア外相がいしょう威嚇いかく. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん. (2022ねん3がつ2にち). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR02CFJ0S2A300C2000000/ 
  13. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, pp. 37–39.
  14. ^ "Statement on the Fielding of the W76-2 Low-Yield Submarine Launched Ballistic Missile Warhead" (Press release). アメリカ国防総省こくぼうそうしょう. 4 February 2020. 2023ねん9がつ5にち閲覧えつらん
  15. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, p. 116.
  16. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, pp. 31–34.
  17. ^ 秋山あきやま高橋たかはし 2019, pp. 117–118.

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Brodie, Bernard (1946). The Absolute Weapon: Atomic Power and World Order. San Diego, California: Harcourt, Brace and Company. ISBN 9780836927542 
  • 防衛大学校ぼうえいだいがくこう安全あんぜん保障ほしょうがく研究けんきゅうかいへん安全あんぜん保障ほしょうがく入門にゅうもん』(亜紀あき書房しょぼう、2005ねん
  • 高坂こうさかただし桃井ももいしんへん多極化たきょくか時代じだい戦略せんりゃくうえかく理論りろん史的してき展開てんかい』 日本にっぽん国際こくさい問題もんだい研究所けんきゅうじょ、1973ねん
  • 高坂こうさかただし堯、桃井ももいしんへん多極化たきょくか時代じだい戦略せんりゃくした〉さまざまな模索もさく』 日本にっぽん国際こくさい問題もんだい研究所けんきゅうじょ、1973ねん
  • 森本もりもとさとし『ミサイル防衛ぼうえいあたらしい国際こくさい安全あんぜん保障ほしょう構図こうず』 日本にっぽん国際こくさい問題もんだい研究所けんきゅうじょ、2002ねんISBN 4819303325
  • 杉田すぎた弘毅こうき検証けんしょう 非核ひかく選択せんたく』 岩波書店いわなみしょてん 2005ねん ISBN 4000019376
  • 秋山あきやましんしょう高橋たかはし杉雄すぎお『「かく忘却ぼうきゃく」のわり: 核兵器かくへいき復権ふっけん時代じだい』勁草書房しょぼう、2019ねん6がつ20日はつかISBN 978-4326302802 


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