比較ひかく文学ぶんがく

比較ひかく文学ぶんがく（ひかくぶんがく）は、文学ぶんがくの一いち分野ぶんや。各国かっこくの文学ぶんがく作品さくひんを比較ひかくして、表現ひょうげん・精神せいしん性せいなどを対比たいひさせて論ろんじる立場たちば。

概況がいきょう

1886年ねん、ニュージーランドのハッチソン・マコーレー・ポスネットという学者がくしゃが『比較ひかく文学ぶんがく』（Comparative Literature)という著書ちょしょを出だしている。20世紀せいき始はじめのフランスで、Littérature comparéeとして、ゲーテのフランス文学ぶんがくへの影響えいきょうを論ろんじるような形かたちで、フェルナン・バルダンスペルジェによってパリ大学だいがくに講座こうざが設もうけられたが、狭義きょうぎでは複数ふくすうの国くにの文芸ぶんげいの影響えいきょう関係かんけいを実証じっしょう的てきに研究けんきゅうするもので、これをフランス派は比較ひかく文学ぶんがくという。

第だい二に次じ大戦たいせん後ごの米国べいこくで、ニュー・クリティシズムの手法しゅほうを用もちいて、特とくに関係かんけいのない文学ぶんがく作品さくひん同士どうしを「比較ひかく」する試こころみが行おこなわれるようになり、これをアメリカ派は比較ひかく文学ぶんがくというが、狭義きょうぎのそれに対たいして、対比たいひ研究けんきゅう（contrastive studies)という。一時いちじ、『老人ろうじんと海うみ』と『山やまの音おと』における老年ろうねんの問題もんだいといった対比たいひ研究けんきゅうも行おこなわれたが、あまりに実証じっしょう性せいに乏とぼしく恣意しい的てきであるため、主流しゅりゅうとはなっていない。

それとは別べつに、エーリヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』、ポール・アザールの著作ちょさくなどが、人間にんげんの普遍ふへん性せいを前提ぜんていとした文芸ぶんげい・文化ぶんか批評ひひょうとして、比較ひかく文学ぶんがくの先駆せんくとされている。

その後ご、構造こうぞう主義しゅぎ以降いこうの、ロシア・フォルマリズムの系譜けいふを引ひく物語ものがたり分析ぶんせき、コンスタンツ学派がくはの受容じゅよう理論りろん、ロラン・バルトの「作者さくしゃの死し」、ジュネーヴ学派がくはのテーマ批評ひひょう、精神せいしん分析ぶんせき批評ひひょう、フェミニズム批評ひひょうなどが盛さかんになると、複数ふくすうの国くにの文学ぶんがく作品さくひんを単たんに「比較ひかく」することを超こえた文学ぶんがく批評ひひょうや理論りろん的てきな思考しこう、学際がくさい性せいを帯おびた研究けんきゅうが、比較ひかく文学ぶんがくの内部ないぶに包括ほうかつされるようになった。

西洋せいようでは、テリー・イーグルトン、エドワード・サイード、ガヤトリ・スピヴァクなども比較ひかく文学ぶんがく者しゃを名乗なのっている。彼かれらは理論りろん的てきな思考しこうや隣接りんせつする学問がくもんの知見ちけんを参照さんしょうし展開てんかいさせていく能力のうりょくに秀ひいでており、また文学ぶんがく研究けんきゅうの政治せいじ性せいを意識いしき化かするための方途ほうとを示しめした。ほぼ同どう時代じだいには、ハロルド・ブルームのように、人間にんげんや文学ぶんがくの西洋せいよう中心ちゅうしん的てきな普遍ふへん性せいを奉ほうじる比較ひかく文学ぶんがくも少すくなくない。

日本にっぽんの状況じょうきょう

黎明れいめい期き

日本にっぽんでは坪内つぼうち逍遥しょうようが「比ひ照あきら文学ぶんがく」の名なで西洋せいようの比較ひかく文学ぶんがくを紹介しょうかいしたが、逍遥しょうよう自身じしんの実践じっせんは、『ユリシーズ』が「百ひゃく合ごう若わか大臣だいじん」に影響えいきょうしたといったものでしかなく、しかもこの説せつは疑問ぎもん視しされている（詳細しょうさいは井上いのうえ章一しょういち著ちょに記しるされている）。

1954年ねん、日本にっぽんの大学だいがくで初はじめて比較ひかく文学ぶんがくの講座こうざが設もうけられたのは東京大学とうきょうだいがくで、英文えいぶん学者がくしゃの島田しまだ謹二きんじが、人文じんぶん科学かがく研究けんきゅう科かに新設しんせつされた比較ひかく文学ぶんがく比較ひかく文化ぶんか研究けんきゅう室しつの初代しょだい主任しゅにんとなり、今日きょうに至いたっている。「比較ひかく文化ぶんか」がついているのは、当時とうじ担当たんとうだった教員きょういんの中なかに、哲学てつがく専攻せんこうの教官きょうかんがいたためである。

大学だいがくでの研究けんきゅう

1996年ねんには、大阪大学おおさかだいがく文学部ぶんがくぶに比較ひかく文学ぶんがく専攻せんこう課程かていが設もうけられ、東京大学とうきょうだいがく比較ひかく文学ぶんがく出身しゅっしんの内藤ないとう高だかが主任しゅにん教授きょうじゅとなって今日きょうに至いたるが、依然いぜんとして比較ひかく文学ぶんがく専攻せんこう課程かていを設もうける大学だいがくは少すくない。文学ぶんがく研究けんきゅう自体じたいが社会しゃかいから無用むよう視しされる中なか、岐路きろに立たたされている。比較ひかく文学ぶんがくの大学院だいがくいんを修了しゅうりょうしても学究がっきゅうを志こころざす場合ばあい、比較ひかく文学ぶんがくの教員きょういんポスト自体じたいがほとんどない。多おおくは既存きそんの諸しょ学科がっかのどれかに職しょくを求もとめる。

東京大学とうきょうだいがくの比較ひかく文学ぶんがくに学まなんだ者ものの中なかから、芳賀はが徹とおる、平川ひらかわ祐ゆう弘ひろし、亀井かめい俊介しゅんすけ、小堀こぼり桂一郎けいいちろうが輩出はいしゅつし、東京大学とうきょうだいがく教授きょうじゅとして「四天王してんのう」と呼よばれ、同どう研究けんきゅう室しつを支ささえたが、うち亀井かめいはアメリカ文化ぶんか研究けんきゅうに移行いこうした。芳賀はが、平川ひらかわはその博識はくしきをもって多様たような手法しゅほうを編あみ出だしたが、小堀こぼりと合あわせて日本にっぽん中心ちゅうしん的てきな志向しこう性せいが目立めだち、彼かれらの退官たいかん以後いご、状況じょうきょうは混沌こんとんとしている。四天王してんのうは、ジャーナリズムへの露出ろしゅつが多おおいことでも異彩いさいを放はなったが、この手法しゅほうを受うけ継ついでいるのは四方田よもだ犬いぬ彦である。また芳賀はがの、文学ぶんがくと美術びじゅつの比較ひかく越境えっきょう的てき研究けんきゅうの志向しこうを受うけ継ついだのが、現在げんざい東京とうきょう大学だいがく比較ひかく文学ぶんがく教授きょうじゅの今橋いまはし映子えいこである。

1948年ねん、日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かいが設立せつりつされたが、当初とうしょの中心ちゅうしん人物じんぶつは初代しょだい会長かいちょうの中島なかじま健蔵けんぞう、二に代目だいめ会長かいちょうの福田ふくだ陸りく太郎たろう、太田おおた三郎さぶろうであり、島田しまだ謹二きんじと仲なかが悪わるく、東大とうだい比較ひかく文学ぶんがく会かいとは一線いっせんを画かくしていたが、1980年代ねんだいに和解わかいがなり、1999年ねん、東京大学とうきょうだいがく教授きょうじゅの川本かわもと皓あきら嗣が5代目だいめ会長かいちょうとなり、以後いごは東京大学とうきょうだいがく比較ひかく文学ぶんがく出身しゅっしん者しゃが会長かいちょうの座ざに就ついている。日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かいの非ひ東京とうきょう大学だいがく系けいの学者がくしゃとして、歴代れきだい会長かいちょうの河竹かわたけ登志夫としお、中西なかにし進すすむのほか、富田とみた仁ひとし、松村まつむら昌あきら家か、剣持けんもち武彦たけひこ、小玉こだま晃一こういち、児玉こだま実みのる英えい、池谷いけがや敏さとし忠ただし、小田桐おだぎり弘子ひろこらがいる。

日本にっぽんの比較ひかく文学ぶんがくは、当初とうしょは、近代きんだい日本にっぽん文学ぶんがくに対たいする西洋せいよう文学ぶんがくの影響えいきょうの実証じっしょう研究けんきゅうをともに中心ちゅうしんとしていた。なおほかに和漢わかん比較ひかく文学ぶんがく会かいもあるが、もともと古典こてん研究けんきゅうにおいては漢かん文学ぶんがくからの影響えいきょうを研究けんきゅうするのは半なかば当然とうぜんのことであり、昨今さっこんは日本にっぽん近代きんだい文学ぶんがく研究けんきゅう者しゃも普通ふつうに西洋せいようの作品さくひんを参照さんしょうするため、比較ひかく文学ぶんがくの独自どくじ性せいは疑問ぎもんにさらされつつある。また、西洋せいよう人じんの日本にっぽん研究けんきゅう家かとの共同きょうどう作業さぎょうをもって比較ひかく文学ぶんがくとすることもあるが、これは学問がくもん内容ないようの呼称こしょうとはいえない。

近年きんねんでは、構造こうぞう主義しゅぎ以降いこうのポストコロニアリズムやカルチュラル・スタディーズの隆盛りゅうせいを受うけて、従来じゅうらいの比較ひかく文学ぶんがくに顕著けんちょであった文化ぶんか本質ほんしつ主義しゅぎ的てきな問題もんだい設定せっていが批判ひはんされている。この方向ほうこうでの議論ぎろんは、E・サイードやG・スピヴァクといった比較ひかく文学ぶんがく者しゃから出発しゅっぱつしたものであったが、地域ちいき研究けんきゅうや社会しゃかい学がく、歴史れきし学がく、経済けいざい史しや哲学てつがくなどと関心かんしんを共有きょうゆうしており、同どう時代じだい的てきな学際がくさい性せいに棹さおさすものとなっている。それらは、かつての比較ひかく文学ぶんがくを根本こんぽんから支ささえていた国民こくみん文化ぶんかや伝統でんとう文化ぶんかなどをめぐる観念かんねんの歴史れきし的てきな由来ゆらいを明あきらかにしたり、政治せいじや権力けんりょくなどの視点してんからそれらの価値かちを相対そうたい化かするために、当然とうぜんながら、文化ぶんか保守ほしゅ主義しゅぎ者しゃたちの情緒じょうちょ的てきな反発はんぱつをしばしば引ひき起おこしている。

日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かいの学会がっかい誌しとして年とし一いち回かい刊行かんこうの『比較ひかく文学ぶんがく』、また東京とうきょう大学だいがく比較ひかく文学ぶんがく会かいのものとして年とし二に回かい刊行かんこうの『比較ひかく文学ぶんがく研究けんきゅう』がある。日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かいでは1995年ねんから、若手わかてを対象たいしょうとした日本にっぽん比較ひかく文ぶん学会がっかい賞しょうを出だしている。

日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かい歴代れきだい会長かいちょう

年とし	代だい	氏名しめい	肩書かたがき（当時とうじ）
1977年ねん	第だい2代だい	福田ふくだ陸りく太郎たろう	東京教育大学とうきょうきょういくだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ
1985年ねん	第だい3代だい	河竹かわたけ登志夫としお	早稲田大学わせだだいがく教授きょうじゅ
1993年ねん	第だい4代だい	中西なかにし進すすむ	筑波大学つくばだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ 国際こくさい日本にっぽん文化ぶんか研究けんきゅうセンター教授きょうじゅ
1999年ねん	第だい5代だい	川本かわもと皓あきら嗣	東京大学とうきょうだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ
2003年ねん	第だい6代だい	私わたし市し保彦やすひこ	武蔵大学むさしだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ
2007年ねん	第だい7代だい	井上いのうえ健けん	東京大学とうきょうだいがく教授きょうじゅ
2011年ねん	第だい8代だい	大嶋おおしま仁ひとし	福岡大学ふくおかだいがく教授きょうじゅ
2015年ねん	第だい9代だい	西にし成彦なるひこ	立命館大学りつめいかんだいがく教授きょうじゅ
2019年ねん	第だい10代	ソーントン不破ふわ直子なおこ	日本女子大学にほんじょしだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ
2023年ねん	第だい11代だい	菅原すがわら克也かつや	東京大学とうきょうだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ 武蔵野むさしの大学だいがく教授きょうじゅ

参考さんこう文献ぶんけん

• 『比較ひかく文学ぶんがく史し』フレデリック・ロリエ著ちょ・戸川秋骨とがわしゅうこつ訳わけ、大だい日本にっぽん文明ぶんめい協会きょうかい、1910年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』ポール・ヴァン=ティーゲム著ちょ・太田おおた咲太郎さきたろう訳わけ、丸岡まるおか出版しゅっぱん社しゃ、1943年ねん。
• 『ポーとボードレール：比較ひかく文学ぶんがく史し研究けんきゅう』島田しまだ謹二きんじ、イヴニング・スター社しゃ、1948年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく入門にゅうもん』小林こばやし正ただし、東京とうきょう大学だいがく出版しゅっぱん部ぶ、1951年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく序説じょせつ』中島なかじま健蔵けんぞう、河出かわで書房しょぼう、1951年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』マリウス＝フランソワ・ギュイヤール著ちょ・福田ふくだ陸りく太郎たろう訳やく、白水しろみず社しゃ(文庫ぶんこクセジュ)、1953年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』島田しまだ謹二きんじ、要よう書房しょぼう、1953年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』太田おおた三郎さぶろう、研究けんきゅう社しゃ出版しゅっぱん、1955年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』矢野やの峰みね人じん、南雲なぐも堂どう、1956年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく講座こうざ』全ぜん3巻かん、中島なかじま健蔵けんぞう・太田おおた三郎さぶろう・福田ふくだ陸りく太郎たろう(編へん)、清水しみず弘文こうぶん堂どう書房しょぼう、1971年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』吉田よしだ精一せいいち・武田たけだ勝彦かつひこ・佐渡谷さどや重信しげのぶ、潮しお文ぶん社しゃ、1972年ねん。
• 『現代げんだい比較ひかく文学ぶんがくの展望てんぼう』亀井かめい俊介しゅんすけ、研究けんきゅう社しゃ出版しゅっぱん、1972年ねん。
• 『講座こうざ比較ひかく文学ぶんがく』全ぜん8巻かん、芳賀はが徹とおる・平川ひらかわ祐ゆう弘ひろし・亀井かめい俊介しゅんすけ・小堀こぼり桂一郎けいいちろう(編へん)、東京とうきょう大学だいがく出版しゅっぱん会かい、1973-76年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがくの周辺しゅうへん』小玉こだま晃一こういち、笠間かさま書院しょいん、1973年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく読本とくほん』島田しまだ謹二きんじ・富士川ふじかわ英郎ひでお・氷上ひかみ英えい広ひろ(編へん)、研究けんきゅう社しゃ出版しゅっぱん、1973年ねん。
• 『日本にっぽんにおける外国がいこく文学ぶんがく』上下じょうげ、島田しまだ謹二きんじ、朝日新聞社あさひしんぶんしゃ、1975-76年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく：日本にっぽんと西洋せいよう』A.O.オールドリッジ著ちょ・秋山あきやま正幸まさゆき編へん訳やく、南雲なぐも堂どう、1979年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく』日本にっぽん文学ぶんがく研究けんきゅう資料しりょう叢書そうしょ、剣持けんもち武彦たけひこ編へん、有精ゆうせい堂どう出版しゅっぱん、1982年ねん。
• 『東西とうざい比較ひかく文学ぶんがく研究けんきゅう』アール・マイナー著ちょ・加納かのう孝代たかよほか訳やく、明治めいじ書院しょいん、1990年ねん。
• 『日本にっぽん文学ぶんがくと外国がいこく文学ぶんがく』中西なかにし進すすむ・松村まつむら昌あきら家か、英えい宝たから社しゃ、1990年ねん。
• 『叢書そうしょ比較ひかく文学ぶんがく比較ひかく文化ぶんか』全ぜん6巻かん、芳賀はが、平川ひらかわ、亀井かめい、小堀こぼり、川本かわもと、大澤おおさわ吉博よしひろ編へん、中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、1993-94年ねん。
• 『南蛮なんばん幻想げんそう：ユリシーズ伝説でんせつと安土あづち城じょう』井上いのうえ章一しょういち、文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう、1998年ねん。
• 『比較ひかく文学ぶんがく入門にゅうもん』イヴ・シュヴレル著ちょ・小林こばやし茂しげる訳やく、白水しろみず社しゃ(文庫ぶんこクセジュ)　

外部がいぶリンク

• 日本にっぽん比較ひかく文学ぶんがく会かい