熈代勝しょう覧らん

『熈代勝しょう覧らん』（きだいしょうらん）は、文化ぶんか2年ねん（1805年ねん）の江戸えど日本橋にほんばしを描えがいた絵巻えまき。作者さくしゃは不明ふめい。縦たて43.7cm、横よこ1232.2cmの長大ちょうだいな絵巻えまきで、日本橋にほんばし通どおりに連つらなる問屋とんや街がいとそれを行いき交かう人物じんぶつが克明こくめいに描えがかれる。

1999年ねんにドイツで発見はっけんされ、化か政せい期きの江戸えどの文化ぶんかを知しる上じょうで貴重きちょうな史料しりょうとして注目ちゅうもくされた。

現在げんざいの日本橋にほんばし室町むろまち二に丁目ちょうめ、当時とうじの本町ほんちょう二に丁目ちょうめ付近ふきん

描えがかれた地域ちいき

日本橋にほんばし川がわに架かかる日本橋にほんばしから竜りゅう閑川に架かかる神田かんだ今川いまがわ橋きょうまでの南北なんぼく約やく7町まち、764mを東ひがしから俯瞰ふかんする。現在げんざいの中央ちゅうおう通どおりに当あたるこの通とおりは当時とうじ通とおり町まちと呼よばれた。現在げんざいでは三井みついグループなど大手おおて企業きぎょうのオフィスビルが立たち並ならび、ビジネス街がいとしての性格せいかくも強つよいが、当時とうじは問屋とんやが隈くまなく立たち並ならぶ江戸一えどいちの商店しょうてん街がいであった。

描えがかれている町まちは絵えの右みぎ、即すなわち北きたから日本橋にほんばし本ほん銀しろがね町まち二に丁目ちょうめ（通つう白銀しらかね町まち）、日本橋にほんばし本石もといし町まち二に丁目ちょうめ（通つう石いし町まち）、本石もといし町まち十じゅう軒けん店てん（十じゅう軒けん店てん）、日本にっぽん橋本はしもと町まち二に丁目ちょうめ（通つう本町ほんちょう）、日本橋にほんばし室町むろまち三さん丁目ちょうめ、同どう二に丁目ちょうめ、同どう一いち丁目ちょうめである。（）は画が中ちゅうの表記ひょうきであるが、日本橋にほんばし通どおり沿ぞいは「通つう」の冠かんむり称しょうを付つけて俗称ぞくしょうされていた。昭和しょうわ初期しょきの町名ちょうめい整理せいりを経へて、現在げんざいでは全体ぜんたいが日本橋にほんばし室町むろまち一いち～四よん丁目ちょうめに含ふくまれる。

店舖てんぽ

絵えには88軒けんの問屋とんやが登場とうじょうするが、暖簾のれんは屋号やごうが判別はんべつできるほど精緻せいちに描えがかれており、当時とうじ通どおり西側にしがわに出店しゅってんしていた店舖てんぽの一覧いちらんを知しることができる。文政ぶんせい7年ねん（1824年ねん）2月がつの『江戸えど買物かいもの獨案内ひとりあんない』にはこのうち4分ぶんの1の店舖てんぽが掲載けいさいされているが、住所じゅうしょが食くい違ちがう所ところも多おおく、入いれ替かわりの激はげしさを偲しのばせる。

町屋まちやは庇ひさしの有無うむ、土蔵どぞうと白しろ漆喰しっくいの違ちがいなど外見がいけん上じょうの特徴とくちょうが細こまかく描えがき分わけられているが、類似るいじ作さくである『江戸えど風俗ふうぞく図ず巻まき』のように店内てんない部ぶを透視とうしするように描えがくことはせず、あくまで写実しゃじつに徹てっしている。町屋まちやの間あいだから裏店うらだなに至いたる路地ろじの存在そんざいが示しめされていることも特徴とくちょうである。

有名ゆうめい店舖てんぽも多数たすう登場とうじょうする。現在げんざいも三越みつこしとして残のこる呉服ごふく店てん越後屋えちごやは道みちから少すこし入はいった駿河するが町まちに本店ほんてんを構かまえるが、当地とうちの定番ていばんとして欠かかせなかったためか全体ぜんたいが余あます所ところなく描えがかれており、通とおり沿ぞいにも系列けいれつ店てんや蔵くらを多数たすう構かまえている。現在げんざいも室町むろまちで打だ刃物はもの問屋とんやとして営業えいぎょうを続つづける木屋こやは室町むろまち二に丁目ちょうめに4店舖てんぽ並ならんで見みえるが、その内木うちき屋や幸こう七ななは工事こうじ中ちゅうで、「普請ふしん之の内うち 蔵ぞうニ而商売しょうばい仕つかまつ候こう」の札さつを掲かかげている。大手おおて書肆しょし須原すはら屋やも善ぜん五ご郎ろうと市兵衛いちべえの2店舗てんぽが見みえる。

正規せいきの店舖てんぽのほか、木戸きど番ばんが非ひ正規せいきに営いとなむ商しょう番屋ばんやが描えがかれている点てんも注目ちゅうもくされる。

人々ひとびと

絵えには総計そうけい1671人にんが描えがかれるが、このうち女性じょせいは200人にんと性せい比ひがかなり偏かたよっている。

日本橋にほんばしに近ちかいほど人ひとが多おおく、実際じっさいの混雑こんざつの分布ぶんぷが反映はんえいされているとみられる。買かい物もの客きゃくの外そと、振ふ売うれ、辻占つじうら、読売よみうりなど路上ろじょうの商人しょうにん、六ろく十じゅう六ろく部ぶや勧進かんじん僧そうなどの僧侶そうりょ、寺子屋てらこやに通かよう親子おやこなど様々さまざまな人種じんしゅが活いき活いきと描えがかれている。

人ひと以外いがいにも、野犬やけん20匹ひき、馬うま13頭とう、牛車うしぐるま4輌りょう、猿飼さるかいの猿さる1匹ひき、鷹匠たかじょうの鷹たか2羽わが描えがかれている。

年代ねんだい

室町むろまち二に丁目ちょうめ付近ふきんの勧進かんじん集団しゅうだんの一人ひとりが「文化ぶんか二に／回向えこう院いん」と書かかれた勧進かんじん箱ばこを舁かいでいることから、絵えは文化ぶんか2年ねん（1805年ねん）の設定せっていであることがわかる。描えがかれた日本橋にほんばし界隈かいわいは翌年よくねん3月4日にちの文化ぶんかの大火たいかで全焼ぜんしょうしているが、店舖てんぽの配置はいちは大火たいか前まえのものであることから、実際じっさいに参考さんこうにした風景ふうけいも文化ぶんか2年ねん頃ごろのものと考かんがえられる。

季き節ぶしについては、例年れいねん2月がつ末まつから3月がつ初はじめに出店しゅってんされる十じゅう軒けん店てんの雛ひな市しが見みられるので初春しょしゅんと考かんがえられるが、日本橋にほんばし魚河岸うおがしの鰹かつおや日本橋にほんばし川がわに遊あそぶ子供こどもに注目ちゅうもくし、特定とくていの季き節ぶしが意識いしきされているわけではないとする見方みかたもある。

製作せいさく年代ねんだいについては、題字だいじを書かいた佐野さの東ひがし洲しゅうが文化ぶんか11年ねん（1814年ねん）3月がつ10日とおかに没ぼっしていることから、少すくなくともこれは下くだらない。

作者さくしゃ

題字だいじには署名しょめいがないが、「左ひだり潤じゅん之の印しるし」の白文はくぶん方かた印しるし及および「東ひがし洲しゅう」の朱しゅ文ぶん方かた印しるしがあり、書家しょか佐野さの東ひがし洲しゅうの手てによることがわかる。奇くしくも日枝ひえ神社じんじゃに同おなじく文化ぶんか2年ねん佐野さの東ひがし洲しゅうによって揮毫きごうされた「山王さんのう大だい権現ごんげん」の扁額へんがくが残のこされているが、こちらには「東ひがし洲しゅう左ひだり潤じゅん拜はい書しょ」の署名しょめいがある。

絵師えしを示しめすものは何なにもなく、現在げんざいのところ不明ふめいである。佐野さの東ひがし洲しゅうは文化ぶんか初年しょねんに一時期いちじき山東さんとう京山きょうざんを婿養子むこようしにとっていることから、その兄あにであり、北尾きたお政まさし演えんじの名なで絵師えしとしても活躍かつやくした山東さんとう京伝きょうでんではないかと見みる説せつが一般いっぱん的てきである。また浅野あさの秀しげる剛つよしは作風さくふうや活動かつどう時期じきから消去しょうきょ法的ほうてきに勝川かちがわ春はる英えいを導みちびき出だしているが、いずれも推測すいそくの域いきを出でない。

題字だいじには「熈代勝しょう覧らん　天てん」とあることから、もとは「天てん」「地ち」の二部作にぶさく、或あるいは「天てん」「地ち」「人ひと」の三さん部ぶ作さくであった可能かのう性せいが高たかいが、これらの消息しょうそくは不明ふめいである。他たの巻まきは同おなじ通どおりを反対はんたいの西にしから俯瞰ふかんしたものか、日本橋にほんばしより南側みなみがわの同おなじ通どおり又または交差こうさする本町ほんちょうの通とおり、若もしくは隅田川すみだがわや吉原よしはら遊廓ゆうかくなど江戸えどの他ほかの名所めいしょを描えがいた可能かのう性せいもあるが、いずれにしても現存げんそんすれば貴重きちょうな史料しりょうとなることは間違まちがいなく、発見はっけんが熱望ねつぼうされている。

制作せいさく目的もくてき

題字だいじに署名しょめいがなく、絵師えしに至いたっては手てがかりすら残のこされていない所ところをみると、武家ぶけや豪商ごうしょうなど貴人きじんの注文ちゅうもんによって制作せいさくされた絵えとするのが妥当だとうである。画題がだいの「熈代勝しょう覧らん」は「熈（かがや）ける御代みよの勝かち（すぐ）れたる景観けいかん」の意いであり、また関せき防ぼう印しるしには「英傑えいけつ之の餘事よじ文章ぶんしょう之の急務きゅうむ」とあることから、当時とうじの江戸えどの繁栄はんえいを後世こうせいに残のこす目的もくてきで制作せいさくされたと考かんがえられる。

絵えには後ごから金箔きんぱくで地名ちめいが付ふされているが、室町むろまち一いち丁目ちょうめで東ひがしに入はいる高砂たかさご新道しんどうを「浮世うきよ小路こうじ」、同どう三さん丁目ちょうめで東ひがしに入はいる浮世うきよ小路こうじを「胡坐こざ店てん」と取とり違ちがえ、（本ほん）小田原おだわら町まちを「小田おだ町まち」とするなど、誤あやまりが多おおい。もし金箔きんぱくを付ふしたのが注文ちゅうもん主ぬしであるとすれば、この界隈かいわいに詳くわしくない人物じんぶつであるとみられる。

発見はっけんとその後ご

1995年ねん、ベルリン自由じゆう大学だいがく生物せいぶつ学がく教授きょうじゅであり中国ちゅうごく美術びじゅつ収集しゅうしゅう家かのハンス・ヨアヒム・キュステルと妻つまインゲが親戚しんせき宅たくの屋根裏やねうらで発見はっけんし、自身じしんが会員かいいんとして所属しょぞくするベルリン東洋とうよう美術館びじゅつかんに他たの収集しゅうしゅう品ひんと共ともに寄託きたくした。これ以前いぜんの経緯けいいは全まったく不明ふめいである。

以降いこう中国ちゅうごく美術びじゅつとして保管ほかんされていたが、1999年ねんキュステルが死去しきょし、遺品いひん整理せいりが行おこなわれた際さい、丁度ちょうど日本にっぽんギャラリー新装しんそうのため雇やとわれていた日本にっぽん美術びじゅつ学芸がくげい員いんカアン・トリンが日本にっぽんの作品さくひんと確認かくにんした。

ビルバルト・ファイト館長かんちょうがケルン大学だいがく日本にっぽん学がく教授きょうじゅフランジスカ・エームケを介かいし、講演こうえんでケルンにいた学習院大学がくしゅういんだいがく教授きょうじゅ小林こばやし忠ただしに話はなしを持もちかけた。小林こばやし忠ただしはチューリッヒリートベルク美術館びじゅつかん・ベルリン自由じゆう大学だいがくでの講演こうえんを済すませた後のち、同どう美術館びじゅつかんに立たち寄より、調査ちょうさを行おこなった。

絵えは日本にっぽんギャラリー新装しんそうの目玉めだまとして同どう美術館びじゅつかんで初はつ公開こうかいされた後のち、2003年ねん1月がつ5日にちから2月がつ23日にちまで江戸えど東京とうきょう博物館はくぶつかんの「江戸えど開府かいふ400年ねん博物館はくぶつかん10周年しゅうねん記念きねん - 大江戸おおえど八はち百ひゃく八はち町まち展てん」、2006年ねん1月がつ7日にちから2月がつ12日にちまで三井みつい記念きねん美術館びじゅつかんの「開館かいかん記念きねん特別とくべつ展てんII - 日本橋にほんばし絵巻えまき展てん」に展示てんじされ、二に度どの里帰さとがえりを果はたした。

その後ご、名な橋きょう「日本橋にほんばし」保存ほぞん会かい及および日本橋にほんばし地域ちいきルネッサンス100年ねん計画けいかく委員いいん会かいによって江戸えど東京とうきょう博物館はくぶつかん監修かんしゅうの下した、1.4倍ばいの複製ふくせいが制作せいさくされた。複製ふくせいは詳細しょうさいな解説かいせつとともに東京とうきょうメトロ三越みつこし前ぜん駅えき地下ちかコンコースに設置せっちされ、2009年ねん11月30日にち除幕じょまくされた。

絵画かいがは現在げんざいも旧きゅうベルリン東洋とうよう美術館びじゅつかん、現げんベルリン国立こくりつアジア美術館びじゅつかんがこれを所蔵しょぞうしている。

熈代勝しょう覧らん全ぜん図ず

熈代勝しょう覧らん全ぜん図ず

参考さんこう文献ぶんけん

• 浅野あさの秀しげる剛つよし・吉田よしだ伸之のぶゆき　『大江戸おおえど日本橋にほんばし絵巻えまき - 「熙代勝しょう覧らん」の世界せかい』　講談社こうだんしゃ、2003年ねん
• 小澤おざわ弘ひろし・小林こばやし忠ただし　『活気かっきにあふれた江戸えどの町まち　『熈代勝しょう覧らん』の日本橋にほんばし』　小学館しょうがくかん、2006年ねん

外部がいぶリンク

• 名な橋きょう「日本橋にほんばし」保存ほぞん会かい
• ベルリン国立こくりつアジア美術館びじゅつかん