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精霊流しょうりょうなが

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
長崎ながさき五島ごしままち交差点こうさてん辿たどいた精霊船しょうりょうぶね大量たいりょうばくちくによるけむりあたりをおおう。
2018ねん精霊流しょうりょうなが

精霊流しょうりょうなが(しょうろうながし)は、長崎ながさきけん各地かくち熊本くまもとけん一部いちぶおよ佐賀さがぼんおこなわれる、死者ししゃたましいとむらっておく行事ぎょうじのこと。

概要がいよう

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ぼんおこなわれる伝統でんとう行事ぎょうじである。すなわち仏教ぶっきょうもとづき、故人こじん追悼ついとうする。長崎ながさきはじめ、長崎ながさき県内けんない各地かくちおこなわれる(ただし、県内けんないでもうみからとお波佐見はさみまちひとしにはこの風習ふうしゅうはない)。隣県りんけんである佐賀さがけん佐賀さがや、熊本くまもとけん熊本くまもと御船みふねまちなどにも同様どうよう風習ふうしゅうられる。

初盆はつぼんむかえた故人こじん家族かぞくらが、ぼん提灯ぢょうちん造花ぞうかなどでかざられた精霊船しょうりょうぶね(しょうろうぶね)とばれるふね故人こじんれいせて、「ながじょう」とばれる終着しゅうちゃくてんまではこぶ。

毎年まいとし8がつ15にち夕刻ゆうこくから開催かいさいされ、ばくちく破裂はれつおんかねおとごえ交錯こうさくする喧騒けんそうなかおこなわれる。精霊船しょうりょうぶね山車だし(だし)を連想れんそうさせる華美かびなものであり、見物けんぶつきゃくあつまる。「まつり」と誤解ごかいされることもあるが、あくまでも故人こじん追悼ついとうする仏教ぶっきょう行事ぎょうじである。

初盆はつぼんでない場合ばあい精霊船しょうりょうぶねつくらず、わらたばねたちいさなこも(こも)にはな果物くだものなどの供物くもつつつみ、ながじょうっていく。

精霊船しょうりょうぶね供物くもつは、以前いぜん実際じっさいうみへとながされていたが、長崎ながさきでは1871ねん明治めいじ4ねん)に禁止きんしされた。精霊船しょうりょうぶねみずかぶような構造こうぞうにはなっていない。現在げんざいでも島原しまばら西海さいかい松浦まつうら五島ごしまなどでは、実際じっさい川面かわも海上かいじょうかべることもある。

熊本くまもとけん御船みふねまち精霊流しょうりょうながしは、8がつ16にち夕刻ゆうこくから開催かいさいされ、大小だいしょうさまざまな精霊船しょうりょうぶねすうにん引手ひきてともかわなかはいり、2ひゃくメートルほどながされたのち、そのままかわなかやされるというかたちつづいている。

佐賀さがでは8がつ15にち夕刻ゆうこくから河港かこうのあった今宿いましゅくまちなどでおこなわれ[1]100ねん以上いじょう歴史れきしがあったが、2009ねん地域ちいき高齢こうれいによるにな不足ふそくから中止ちゅうしとなっている[2]佐賀さが久保田くぼたまち嘉瀬川かせがわ佐賀さがけん護国ごこく神社じんじゃ沿いの多布施たふせがわなどでもおこなわれているが、それぞれ1989ねん嘉瀬川かせがわ)、2011ねん多布施たふせがわ開始かいし歴史れきしあさ[3][4]

長崎ながさきには長崎ながさきくんちというまつりがあり、精霊船しょうりょうぶねつくりはくんちのものひとつである曳物にている。曳物は山車だしまわすことがパフォーマンスでおこなわれており、精霊流しょうりょうながしのさいもそれを真似まね精霊船しょうりょうぶねまわすことが一部いちぶおこなわれている。この行為こうい一般いっぱんてきにはこのましい行為こういられておらず、警察けいさつ精霊船しょうりょうぶねまわ行為こういには制止せいしおこなっている。郷土きょうど史家しか越中えっちゅう哲也てつやは、長崎放送ながさきほうそう録画ろくが中継ちゅうけいなかで「難破なんぱせんになるですばい」と毎年まいとし出演しゅつえんたびに「しき行為こうい」と解説かいせつしている。

長崎ながさき尾上おのえながじょう解体かいたいされる精霊船しょうりょうぶね

代表だいひょうてきながじょうである長崎ながさき大波止おおはとには、精霊船しょうりょうぶね解体かいたいする重機じゅうきかれている。家族かぞく親類しんるいらにより、ぼん提灯ぢょうちん遺影いえい位牌いはいなど、いえかえ品々しなじなはずされ、ふねかつぎ(き)合掌がっしょうなか、その解体かいたいされる。

精霊船しょうりょうぶね

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もやいせんしるし灯篭どうろう

精霊船しょうりょうぶねおおきく2つにけることができる。個人こじんせんと、「もやいせん」とばれる自治じちかいなど地縁ちえん組織そしき合同ごうどうふねである。個人こじん精霊船しょうりょうぶねながすのが一般いっぱんてきになったのは、戦後せんごのことである。昭和しょうわ30年代ねんだい以前いぜんは「もやいせん」が主流しゅりゅうであり、個人こじんふねを1そうつくるのは、富裕ふゆうそうかぎられた。

もやいせん個人こじんせんかぎらず、「おおきなふね」「立派りっぱふね」をすことが、ステータスとかんがえているひともいる。現代げんだいでも「もやいせん」の伝統でんとういきづいており、自治じちかいながふねのほか、病院びょういん葬祭そうさい業者ぎょうしゃ音頭おんどり、ながふねもある。また、ひとだけでなく、ペットのためにながふねもある。

ながじょうまでのれつ家紋かもんりの提灯ちょうちんった喪主もしゅや、まち提灯ちょうちんった責任せきにんしゃ先頭せんとうに、なが竿ざおさき趣向しゅこうらした灯篭とうろうをつけた「しるし灯篭どうろう」とばれる目印めじるしった若者わかものかね、そのに、ぞろいのしろ法被はっぴめた大人おとなすうにんがかりでかつ精霊船しょうりょうぶねつづく(「かつぐ」といってもふねした車輪しゃりんをつけたものがおおく、実際じっさいには「く」ことがおおい)。

精霊流しょうりょうながしは午後ごご5ごろから10ぎまでかかることもめずらしくないため、おおくのふねかりがともるように制作せいさくされている。一般いっぱんてき精霊船しょうりょうぶねでは提灯ちょうちん電球でんきゅうみ、ふねんだバッテリー点灯てんとうさせる。小型こがたふね一部いちぶふねではロウソクをもちいるが、振動しんどうにより引火いんかする危険きけんがあるため、電球でんきゅうもちいることがおおい。また、すうじゅうメートルの大型おおがたふねでは、発電はつでん搭載とうさいするおおがかりなものもある。材質ざいしつ木製もくせいのものがおおいが、とくまりはなく、チガヤ西海さいかいやなぎ地区ちくなど[5])や強化きょうかだんボールなどが利用りようされる場合ばあいもある。

精霊船しょうりょうぶねは「みよし」とばれる舳先へさき家紋かもん苗字みょうじ(○○いえ)、もやいせん場合ばあい町名ちょうめいかれている。船橋ふなばし部分ぶぶんには位牌いはい遺影いえい供花きょうかかざられ、ぼん提灯ぢょうちんらされる。仏画ぶつがや「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」の名号みょうごういたがつけられることがおおい。

しるし灯篭どうろうふねごとにことなる。もやいせん場合ばあいはそのまちのシンボルになるものがデザインされている(れい町内ちょうない亀山かめやま社中しゃちゅうあとがある自治じちかい坂本さかもと龍馬りょうまえがいている)。個人こじんせん場合ばあい家紋かもん故人こじん人柄ひとがらしめすもの(れい将棋しょうぎきだったひと将棋しょうぎこま幼児ようじ場合ばあいきだったアニメキャラなど)がえがかれる。

ふねおおきさは様々さまざまで、全長ぜんちょう1~2メートル程度ていどのものから、ながいものではふねなんれんつらね20~50メートルにたっするものまである。

精霊船しょうりょうぶね基本形きほんけい前述ぜんじゅつとおりであるが、近年きんねんではしるし灯篭どうろうの「あそごころ」がふね本体ほんたいにも影響えいきょうおよぼし、ふねかたちをなしていない、いわゆる「わり精霊船しょうりょうぶね」も数多かずおおられる(れいヨットきの故人こじん→ヨットがたバス運転うんてん西方せいほう浄土じょうどくだり方向ほうこうまくかかげたバスがたなど)。

精霊流しょうりょうながしとばくちく

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路上ろじょう散乱さんらんするばくちく

ばくちく精霊流しょうりょうながしで使つかわれる由来ゆらいには諸説しょせつあるが、中国ちゅうごくいろどりせんなが影響えいきょう色濃いろこているものとされている。また、ながじょうまでの道行みちゆきらされるばくちくは、中国ちゅうごく起源きげんであるなら「魔除まよけけ」の意味いみであり、精霊船しょうりょうぶねとおみちきよめるためとされる。近年きんねんではその意味いみうすれ、「とにかく派手はでらせばよい」という思慮しりょ傾向けいこうつよまっている。かずひゃくばくちくれたダンボールばこいち点火てんかして火柱ひばしらがったりするひとし危険きけん点火てんか行為こうい問題もんだいされている。観覧かんらんしゃ建物たてもの直撃ちょくげきすることがおおくあるため、ロケット花火はなび使用しよう禁止きんしされている。ぎたばくちく使用しようをした場合ばあいかくふね花火はなび取扱とりあつかい責任せきにんしゃ事前じぜん精霊流しょうりょうながしの花火はなびについての講習こうしゅうけたもの)に警察けいさつから指導しどう場合ばあいがある。

伊藤いとういちちょう狙撃そげきされて死去しきょしたとき、伊藤いとう精霊流しょうりょうながしのさいは、ばくちくおと銃声じゅうせいをイメージするとして自粛じしゅくされた。

2022ねん精霊流しょうりょうながしのには、走行そうこうちゅう路面ろめん電車でんしゃ直前ちょくぜんに、すう人組にんぐみのグループが、多数たすうばくちくはこれたままをつけ、ばくちくらす危険きけん行為こういおよ事件じけん発生はっせいしている[6]

2023ねん精霊流しょうりょうながしのに、長崎ながさき中心ちゅうしんの3ヵ所かしょ火災かさい発生はっせいし、このなかには精霊船しょうりょうぶね1せきふくまれていた。いずれの火災かさいも、ばくちく火花ひばなうつったものとられている[7]

見物けんぶつポイント

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長崎ながさき場合ばあいは、長崎放送ながさきほうそう中継ちゅうけい録画ろくがおこな県庁けんちょうざかどおりにはすうおおくのふねながれ、「わり精霊船しょうりょうぶね」もおおられる。一方いっぽう市役所しやくしょどお周辺しゅうへんではもやいせん伝統でんとうのこ下町したまちおおく、3れん、4れん巨大きょだい精霊船しょうりょうぶね見物けんぶつすることができる。

かく自治体じちたいによる規定きてい

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  • 道路どうろじょうでのふね作成さくせいや、全長ぜんちょう2メートル以上いじょうふねなが場合ばあいは、所轄しょかつ警察けいさつ署長しょちょう道路どうろ使用しよう許可きょか必要ひつよう
  • ふねおおきさは最大さいだい全長ぜんちょう10メートル(10メートル以上いじょう場合ばあいは10メートル以下いかふね連結れんけつする)、胴体どうたい7メートル、はば2.5メートル、たかさ3.5メートル(げたりにないだりしたときのたかさ)。
  • 火矢ひや(やびや、ロケット花火はなび)、連発れんぱつ花火はなびなどの使用しよう禁止きんし悪質あくしつ場合ばあい法律ほうりつもとづき処罰しょばつされる。
  • 花火はなびひと車両しゃりょうけて使つかってはいけない。
  • ながじょうあつかえる精霊船しょうりょうぶねおおきさは各所かくしょことなり、おおきいものは長崎ながさきであれば大波止おおはとなど、一部いちぶ場所ばしょでしかあつかえない。
  • 長崎ながさき花火はなび取扱とりあつかいしゃ以外いがい花火はなびあつかいは禁止きんし[8]
  • 長崎ながさき責任せきにんしゃあお花火はなび取扱とりあつかいしゃあかのたすきが必要ひつよう。このたすきは事前じぜんとどおこなさいに、所轄しょかつ警察けいさつしょ署長しょちょうから交付こうふされる[8]

精霊流しょうりょうながしにともな影響えいきょう

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  • 精霊流しょうりょうながしがおこなわれるときあいだたいは、長崎ながさき中心ちゅうしんはじめとする各所かくしょ交通こうつう規制きせいおこなわれ、路線ろせんバス各社かくしゃ長崎ながさきバス県営けんえいバス)や市内しないはし路面ろめん電車でんしゃ経路けいろ変更へんこうするかたち運行うんこうされる。
  • 精霊流しょうりょうながしののち自治体じちたい精霊船しょうりょうぶね処分しょぶんおこなうため、一定いってい期間きかん粗大そだいごみの搬入はんにゅう停止ていしされる。
  • 近年きんねん薄暮はくぼ競走きょうそうおこなうようになった大村おおむら競艇きょうていじょうは、最終さいしゅう12競走きょうそう本場ほんば発売はつばい締切しめきり時刻じこくを1840ふん2007ねん8がつ2008ねん8がつ実績じっせき)としているが、精霊流しょうりょうなが当日とうじつのみ、最終さいしゅう12競走きょうそう本場ほんば発売はつばい締切しめきり時刻じこくが1815ふんになる(これにともない、当日とうじつかくレースの発売はつばい締切しめきり時刻じこくや、発走はっそう時刻じこくとう変更へんこうとなる)。

さだまさしと精霊流しょうりょうなが

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長崎ながさきひとにとっては大変たいへん重要じゅうよう行事ぎょうじであり、長崎ながさき出身しゅっしん歌手かしゅさだまさしいたはなしによれば、1945ねん昭和しょうわ20ねん8がつ9にち長崎ながさきへの原子げんしばくだん投下とうかさいには、おおくのひと被爆ひばくからわずか6にちにある精霊流しょうりょうながしをおもい、んでしまったらだれ自分じぶん精霊船しょうりょうぶねしてくれるのだろうか[9]けながらくなっていったという。

さだまさしは、自分じぶん従兄じゅうけい事故死じこしさいしておこなわれた精霊流しょうりょうながしを題材だいざいにした「精霊流しょうりょうなが」を作詞さくし作曲さっきょく1974ねん昭和しょうわ49ねん)にリリースした(グレープ2さくにしてはつヒットにあたる)。きょくだいヒットにいたったが、「精霊流しょうりょうながし」のヒットがしめやかなイメージをつくげてしまったため、観光かんこうきゃく実際じっさい精霊流しょうりょうながしをたりにして、あまりのにぎやかさに「うたちがう!」とおどろくこともしばしばある。しかし、さだは歌詞かしなかで「精霊流しょうりょうながしがはなやかに」といており、グレープのファーストアルバム『わすれもの』でも、「精霊流しょうりょうながし」のイントロアウトロ部分ぶぶん歓声かんせいかねおとばくちくおとれており、実際じっさいはにぎやかさもえがいている。後述こうじゅつする「灯籠とうろうなが」などとむすびついた一般いっぱんてき行事ぎょうじ印象いんしょうがいかにつよいかを物語ものがたるエピソードともえる。

なお実際じっさい精霊流しょうりょうながしをらないひとから精霊流しょうりょうながしが「灯籠とうろうなが」であると誤解ごかいされていることもある[10]

さだ自身じしん2009ねん平成へいせい21ねん)のれに父親ちちおやを89さいくしており、よく2010ねん平成へいせい22ねん)に親族しんぞく精霊船しょうりょうぶねしたさいには地元じもとかくテレビ局てれびきょく取材しゅざいしネットワークをつうじて全国ぜんこく配信はいしんされ、沿道えんどうからもおおくのひとふね見送みおくった[11]。また2016ねん平成へいせい28ねんはる母親ははおやくし、そのとし親族しんぞく精霊船しょうりょうぶねしたさいは、NHKドキュメント72あいだ日本にほんテレビ系列けいれつとおくへきたいなどでその様子ようす放映ほうえいされた。

テレビ中継ちゅうけい

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長崎ながさき精霊流しょうりょうながしは長崎放送ながさきほうそう(NBC)、テレビ長崎てれびながさき(KTN)のかくテレビ局てれびきょくが、深夜しんや録画ろくが放送ほうそうする。

NHK長崎放送局ながさきほうそうきょく長崎国際ながさきこくさいテレビ(NIB)、長崎文化放送ながさきぶんかほうそう(ncc)は放送ほうそうしないが、夕方ゆうがたのローカルニュースであつかうことがある。以下いか2022ねん実績じっせき

  • 長崎放送ながさきほうそうは、23:56から24:50まで、さい放送ほうそうは、8がつ20日はつか15:00から15:54まで『長崎ながさき精霊流しょうりょうながし2022』とだいして放送ほうそう
  • テレビ長崎てれびながさきは、24:25から25:20まで、さい放送ほうそうは、8がつ20日はつか13:00から13:55まで『精霊流しょうりょうながし2022』とだいして放送ほうそう

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 今宿いまじゅく(あけぼのきょう)の精霊流しょうりょうなが佐賀さが地域ちいき文化財ぶんかざいデータベースサイト さがの歴史れきし文化ぶんかたからちょう
  2. ^ 佐賀さが歴史れきしてき風致ふうち維持いじ向上こうじょう計画けいかく - だい3しょう 歴史れきしてき風致ふうち維持いじおよ向上こうじょうかんする基本きほん方針ほうしん
  3. ^ 精霊流しょうりょうながし」川面かわも合掌がっしょう故人こじんおくる 嘉瀬川かせがわ佐賀さが新聞しんぶん - 2017ねん8がつ16にち
  4. ^ 多布施たふせがわ精霊流しょうりょうながし 故人こじんをしのぶ佐賀さが新聞しんぶん - 2018ねん8がつ16にち
  5. ^ チガヤやたけ精霊船しょうりょうぶねづくり 西海にしうみやなぎ地区ちく、おぼん伝統でんとう脈々みゃくみゃく - 長崎ながさき新聞しんぶん
  6. ^ 独自どくじ大量たいりょうばくちく路面ろめん電車でんしゃまえす…故人こじんおく精霊流しょうりょうながしであきれた危険きけん行為こうい FNNプライムオンライン 2022ねん8がつ16にち
  7. ^ 長崎ながさき伝統でんとう行事ぎょうじ精霊流しょうりょうながし」の最中さいちゅうに3カ所かしょ火災かさい  精霊船しょうりょうぶね炎上えんじょう “ばくちく火花ひばなうつった”か…けがにんはなし FNNプライムオンライン 2023ねん8がつ17にち
  8. ^ a b (広報こうほうながさき 2015, p. 25)
  9. ^ このはなしは、さだのソロコンサート3000かい記念きねんライブ・アルバム燦然さんぜんかい〜コンサート3000かい達成たっせい記念きねん集會しゅうかい収録しゅうろくの「Talk-9 生命せいめいのバトン」でかたられている。
  10. ^ (さだ 1978, p. 29)
  11. ^ ぼん伝統でんとう行事ぎょうじ精霊流しょうりょうながし」、長崎ながさき - YouTube

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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